第二話 『ザクロアの闇の中で』 その6


「だ、団長!?」


「いいんだよ、ロロカ。彼は冷静だ。全て、理解してくれているさ」


 そうだろう、ジュリアン・ライチ?賢き大商人よ。


「……ハナシが早くて助かりますね」


 ジュリアンの気配が、少しだけ変わる。よそ行き用の顔は止めて、ホンモノの大商人ジュリアン・ライチへと戻ったのか。


「ええ。もちろん、理解しておりますよ……クラリス陛下は、ルード王国は、我らがザクロアと軍事同盟を結びたいのでしょう?」


 アンタが本音で話すなら、こっちもそうしてやるよ、代表さん。


「……ああ。オレもクラリス陛下もファリス帝国をぶっ潰すつもりだよ。そこで、アンタたちザクロアと同盟を組みたいんだ」


「なるほど。そこで、私が邪魔というわけですな?」


「ああ。ぶっちゃけね」


「ほう。素直にお認めになるか」


「時間のムダは省こうと思ってな。で、どうなんだ。アンタは親帝国という立場のようだが、考えを改めるつもりはないのか?」


「……帝国軍との戦力の差。それは、どうにも埋められるモノではない」


「ルード王国を軽んじるのか?第七師団を葬った軍勢だぞ」


「……彼らの全軍が来てくれるわけではないでしょう?ここと、あの国は離れすぎているではないですか?」


「……陛下は約束は破らん。出せる全軍で、ザクロアを支援する」


「出せる全軍?……それでは、足りないでしょう?」


「ああ。足りるとは言わない」


「それでは、同盟を組む意味が―――」


「意味はあるぞ」


「……何ですかな?」


「お前たちは、最後のそのときまで、真のザクロア市民でいられる」


 オレの言葉を、ジュリアンは気に入らなかったようだ。嫌悪を露わにして、オレへその質問を返してきた。


「……それで?『誇りのために』、『街の全員を犠牲にしろ』と?」


「それはオレたちの手腕の結果次第だ」


「……っ!?」


「戦で負けるのは、指揮官のせいだ。指揮官が良ければ、勝てる」


「この圧倒的な戦力差の前で、よくもそのような言葉を……ッ」


「アンタは、『この戦に勝てるのならば』、ルードに協力してくれる意志があるのか?」


「……それは、当然だ。私とて、ファリス帝国が好きで従おうとしているわけじゃないのだよ」


「その誇りは残っているんだな?……ならば、それでいい」


「……『策』があるというのか?」


「無いまま、ここに来たと思うのかよ」


「……聞かせてもらいたいトコロだな」


「言えんさ。敵になるかもしれん男に?……オレたちの策を言えると思うか?……もしも、アンタが、オレたちと運命を共にすると誓うのなら、教えてやる。どうだ、ライチ?オレの言葉に、おかしなところがあるか?」


 ライチはそのスマートな顔を歪める。やはり彼も葛藤していたか。そうだな、分かるよ?アンタは怖かったはずだな。汗をかいているし、瞳孔も揺れている。オレがクラリス陛下の暗殺者だと感づいて、だからこそ、出鼻をくじこうとココに来た。


 冒険したな。可能性はいつだって全ての事象に用意されている―――この場でオレに殺される可能性を完全には否定出来なかったはずだよな。


 だから、怖い。お前は、ストラウス一族じゃない。フツーの商人だから。


 命を惜しむ、まともな男だ。


 それが?このオレを怖くないはずがないな。


 オレは、一秒あれば、アンタをどんな形状に変えてやることも出来るんだ。二つになりたいかい?三つになりたいか?それとも四つ?いくらでも、アンタのことを好きな数に、切り裂いちまえる。


 ああ、アンタとの付き合いの仕方が、オレには段々と分かってきたように思えるよ。うわべだけの言葉なんて、ダメだ。アンタにゃ見抜かれる。


 本当のことだけを言うよ。それが、ストラウスらしいってもんだろ?


 すまんね、クラリス陛下。難しいことは、オレにはやはりムリだよ。


 だから、本音で話す。


 ああ。腹を決めると、なんとも気楽になっちまった。残念だね、ジュリアン・ライチ。オレは、もうアンタに呑まれないわ。


「で。どうなんだ、ライチ?アンタは、ルードの仲間か?それとも、敵か?」


「……私は、多くの商人と市民を代表している。身の振り方は、議会が選ぶ」


「なるほど。それがザクロアの流儀というのなら、それでいいさ。しかし、早くしてくれると助かる。アンタだって、無意味に命を使いたくないだろう?」


「……一週間の時間をくれるか?……議会も、それだけあれば結論が出る」


「……分かったよ。こちらも、準備はしておく。君たちが敵に回るなら、それなりの対応を取らなくてはならんしな」


「……私を、殺すか?」


「陛下は、そんなことを命じてはいないよ。陛下は、ね」


「……そうかね」


「ルード王国と帝国の戦端は開かれている。生存競争だ。どちらかが滅び去るまで、この戦いはもう止まらない。クラリス陛下は寛大な女王だが、味方と敵の区別はつけるぞ。幻想は抱くな」


「……ルードは、我々を侵略するのか?」


「陛下はしない。オレも、そんなことに手を貸す趣味はない。だが、ルードを守るためなら、オレは、どれだけの罪にでも汚れてやるよ。そして、これも忘れるな?」


「何を、だね?」


「オレは、仲間を裏切ることはしない。仲間になると誓うなら、アンタのことも、このザクロアのことも、命がけで守ってやるよ。その結末が、幸福なモノではないにしろな。ザクロアがルードの同盟であるのなら、オレはここを守って死んでやる」


「……揺らがない瞳で、そんなことを言ってもいいのか?」


「ああ。嘘は言っていないからな。敵なら、殺す。味方なら、命をかけて守ってやる。それがオレの真実だ」


「……ガルーナの竜騎士らしい哲学だよ」


「そう思ってくれるなら、誇らしいね」


「……陛下の親書をくれるかい?それも読んだ上で、仲間たちと相談したい」


「ああ。いいぜ」


 そしてオレは荷物をあさり、陛下からの親書を取り出す。オレはその親書をジュリアン・ライチに渡した。


「たしかに渡したぞ、クラリス陛下からの親書をな」


「ええ。たしかに受け取りましたぞ、ソルジェ・ストラウス殿」


「……では。気をつけてお帰りを。雪が積もっている。転けないようにな」


「……お気遣い頂き、ありがたいですな」


「一週間後、どんな答えが聞けるのか、期待しながら待っている」


「……ええ。どんな答えになろうとも……私は、きっと貴方を恨まないでしょう」


「―――だろうな。アンタは、命がけで、このザクロアを守ろうとしているからな」


「ええ。貴方が、ルードを守ろうとしているように」


 もし。オレに殺されたとしても?それはアンタがアンタの正義を貫いた証だよ。帝国と組んででも、この国の人々を守ろうとした証だ。オレは、その真実を忘れない。


 アンタの血で汚れた竜太刀のことを、いつまでも誇るだろう。そのときのアンタは、誰よりも斬るに値する男なのだから―――。


「……それでは、また」


「ああ。また会おう、ジュリアン・ライチ」


 そして、ライチ代表はこのロイヤル・スイートを出て行ってしまう。


 それから三十秒。


 オレもロロカも固まったままだったな。


 緊張が、今になって出て来た。クソ、自分だけのことならともかく、国単位でヒトの命を背負った会話なんて、ストレス強すぎるな。


「……ロロカ、だいじょうぶか?」


「え、ええ!なんとか……緊張しました。すみません、何の助力も出来ずに」


「いや。いてくれるだけで助かった」


「だ、団長っ」


「ひとりなら、あのオッサンのペースにされていたよ」


「そ、そんな。私、全然、役に立たなくて、ほんと、申し訳ないですう、副官なのに」


「……泣くな、バカ」


 オレはロロカの金色の髪のあいだから突き出た角を撫でてやる。撫でながら、気づいた。これ、ヤバイ。角に触れると、殺される―――。


 あわてて角から指を離した。そして、思わず身構えるが、何も起きなかった。気づかなかったのか?なら、いいけど……不用意なタッチは、ディアロス的解釈により、全力の反撃を招くというのにな?……ライチ代表が去って、気を緩め過ぎているのかもしれん。


「オレは、まだまだ甘いな……」


「……そ、そんなことないですよ!?」


「ん?」


「だ、団長!!すっごく、カッコ良かったですよ!!」


「そうか?ありがたいね、君に褒めてもらえるなんて」


「すごいです!!あったんですね、『策』!!ザクロア軍で、帝国の第五師団を打ち破る方法なんて!!いったい、どんなことを思いついていたんですか!?」


「……え?オレには無いけど?」


「……え?」


「オレに、そんな難しいコトを考えつけるわけがないだろう」


「え、ええ……あ、あれ、ハッタリですか……ガッカリです」


 ロロカ先生が、イスに座る。ああ、イスから跳び上がってまで、オレのこと褒めてくれていたから嬉しかったのになあ。


 先生は、メガネの下にある綺麗な水色の瞳を細めながら、オレのことを結婚詐欺師かペテン師でも見るような表情になった。


「……そんなガッカリするなよ?」


「ガッカリしますよ?期待しまくっていたのが、全然、サッパリ嘘だったんですから?」


「人聞きの悪いコトを言うなよ?嘘じゃないぜ」


「え?」


「オレは思いつかなかったというだけだ。だが、『オレたち』にならあるだろう」


「えーと?」


 ロロカ先生が首をかしげる。そうだな、先生、ちょっと天然なところがあるもんな。


「……昨日、オレに言いかけただろう?『この北の大地に、帝国と戦える大きな力を構築する』……」


「あ」


 ロロカ・シャーネルが、その口を両手で押さえていた。ホント、忘れていたんだな。賢いけど、天然でメガネで巨乳。あと馬上槍術の使い手で、角触った相手を殺す女。ほんと、ロロカ先生ったら、魅力で一杯。


「それが、『オレたち』の策だ」


「忘れていました。そーですね。はい、ありますよ、『策』!」


「で、どんな策だ?」


 そこまではオレは知らない。無責任だって?バカ言え、オレはロロカ先生を信じているだけだ。彼女が間違ったコトを言うはずないだろ?だから、信じたまでのこと。そして、オレの選択は正しかったんだろう、ロロカ?


 ロロカ先生の水色の瞳が、オレを力強く見つめていた。彼女の魅力あふれる唇が、ゆっくりと開かれていった。


「……はい!『それ』は、ここよりもっと北に旅立つことで得られる力」


「ここよりも、もっと北?」


「ええ。『バロー・ガーウィック』……私たち、ディアロス族の都です」




 ―――大いなる策が明らかになった、目指すは謎の種族の都である。


 『バロー・ガーウィック』、人間族が足を運んだ歴史はあるか?


 雪に閉ざされた世界を旅して、竜騎士たちは北を目指す。


 不思議な文化に彩られた、氷点下の都を目指して。




 ―――防寒装備の購入だ!大枚はたいて、毛皮を買うぞ!!


 リエルとミアが買い出し担当、うつくしさがプライスダウンを誘うはず。


 ディアロス文化に怯えるジャンは、荷物持ち。


 力は一杯、根性ヘタレ、がんばれ若き期待の星よ。




 ―――狼男は街に流れる歌を聴く、大いなる竜騎士の歌だ。


 赤毛の剣鬼たちの、歴史の歌だ、狼男は顔をほころばせる。


 偉大な男たちに憧れる、憧れるだけじゃダメだと、首を振る。


 なるんだ……僕も、団長みたいな男に―――?




 ―――ジャン・レッドウッド、その至高の嗅覚が、異変を嗅いだ。


 なんだろう、わからない、でも、なんだ、なにかいる?


 空を見上げる、青い空、吸い込まれそうな青い空。


 ジャンは、それが不安でたまらない。




 ―――子盗りが出た、また、子盗りだわ。


 その偉大な耳が、不穏な噂を聞きつける。


 英雄たちの歌に紛れて、涙をながす母親たちの歌があった。


 わからない、なぜ、それが、そこまで気になってしまうのか?




 ―――弱き心は、忘れたふりをしているのだ。


 封印された記憶の底に、彼は『ゼルアガ』を知っている。


 覚えていないのかい、君の血が、初めて爆ぜたあの夜を?


 運命に囚われたのは、君だけだったかい?




 ―――ジャン・レッドウッドは、分からなかった。


 呪われた君ならば、異界の真実にさえ気づけるというのに。


 でも、それは、ジャンの罪ではない。


 罪深い者は、そう……他にいるのだから。




 ―――ザクロアの闇は、静かに潜む。


 まだまだ、足りぬ、まだ足りぬ。


 あつめよ、無垢なる魂を。


 全ては、我らが祖国を、守るため。


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