第二話 『ザクロアの闇の中で』 その5
―――ストラウスの歌が、流れていく。
竜と共に在る、無敵の剣鬼。
懐かしき歌は、人の心を揺らしていった。
竜と共に戦うべきか、それとも、『竜の敵』になるべきか。
―――ザクロアの人々は、迷っているのだ。
誇りと共に、雄々しく敵と戦い、死ぬか。
命を求めて、敵にその身と心を捧げるか。
どちらもが……苦しい痛みを伴う道だ。
―――それでも、その夜の酒は美味かった。
スケルトンの群れから商隊を救い、今夜は季節外れのレイスを滅ぼす。
過去の歌も選ばれる、皆が、まるで自分のことのように!
赤毛の剣鬼たちのことを、歌い、杯を揺らした!!
……北のイエスズメの歌は、ピヨ、キョ、ピキキ……なんだなあ。
そんなことを思いながら、オレは大きなベッドのなかで目を覚ます。春だってのに、クソ寒いね。寝る前に暖炉へ大量に薪を追加していて良かったよ。酔いがすっかりと冷めた体は、かなり冷えちまっている。
しかしよ?こんな広いベッドを独り占めなんて、バチが当たりそうだね?ああ、レイスどもの乱入のせいで、オレ、このロイヤルスイートを間違った使い方してる。
本来なら、オレみたいなイケメンが、こんな豪華なベッドに一人で寝るもんじゃない。
一晩経って、冷静になると、本当に勿体ないことをしたと後悔してる。なんで、あのときオレは気絶しちまったかなあ?あの30メートルの崖を登り切ってさ?すぐ、魔力切れで気を失っちまったわけだけど。あのロスが響いた……何十分?それとも、十分ぐらい?
精確な時間は分からないけど、その時間が、昨夜のオレにあれば?
間違いなく、このキングサイズのベッドの上で、リエルちゃんとイエスズメの歌を聴いていたのになあ……。
で?起きたら?
朝っぱらからだけど、絶対にセックスしてるもん。イヤがられても?そこは、もう勢いでどうにでもなるだろ。心は愛し合ってるわけだし?肉体でも愛し合うなんてフツーのことだ。
ああ。この素敵なロイヤルスイートを、百倍は楽しめるはずだったのにな。オレがあのとき気絶しなければ?……あるいは、悪霊どもの乱入がなければ?……ほんと、朝から愚痴っぽくてイケねえや。
「……愚痴っても仕方ねえから、起きるか。あー、そうだな、朝風呂ってのもいいよね?」
リエルかロロカが風呂に入っていないかな?ミアでもいい。とにかく、女体とふれあって、このとんでもなく損した気持ちを頭の中から払っておきたいぜ。
だってよ?
今日は、ちょーっと、ハードな仕事が待ってるわけだしね……。
この都市の代表格の二人と会うわけだ。片一方のルードとの反帝国同盟へ参加してくれそうなヴァシリ・ノーヴァとは気楽に話せそうだが……帝国との戦いに反対している、親帝国派のジュリアン・ライチ―――こっちが問題だ。
オレは……その二人にクラリス陛下からの親書を渡す。それはいいさ。でも、それだけが仕事じゃない。ルード王国とザクロア都市連合の『軍事同盟』を成立させるのが真の仕事だ。
さて、どうすればいいか。
……クラリス陛下が口にはしなかったが、否定もしなかった行為をしなくてはならない可能性があるんだ。
同盟を成したければ?
……同盟に反対している人物を、『排除』すればいいだろ?そしたら、すんなりコトは運ぶよね。
つまり、オレは『東ザクロア商業同盟』の、ジュリアン・ライチ。彼のことを、斬らなければならないかもしれない―――クソ。『ヒトを殺すこと』なんかで、こんなに悩ませられるのは初めてのことだ。
戦争で勝つには必要な犠牲?……たしかにね。そりゃ、分かる。
……でもよ?
もしも、本当にそんなことしちまったら。オレは自分のために皆が歌ってくれる歌を、喜んで聞けるのかね……?毎日、楽しく暮らせていけるか?……戦場で死ぬ日に、オレは笑っていられるのか……?
『騎士道』ってのは、何だろう。
ルード王国を守りたいという気持ちに嘘はないし、そのためになら、どんな汚れ仕事さえもしてやるつもりだよ。
でも……オレがライチを暗殺するのか……ヤツの弟は、ヴィクトーは、オレを見て親父の名前を呼び、オレのコトを、親戚にでも会ったかのように、抱きしめてくれたんだぞ?
……ははは。
……今さ、オレ、リエルがここにいなくて、良かったとか思っちまった。
いたら、甘えそうだ。甘えたって、何も手に入られないと承知の上で、あいつに頼り、慰安的ななぐさめを求めて、何度も何度もセックスしてただろうね。
苦悩を、快楽で誤魔化す?
そんなヘタレな行為のために、リエルの肉体を消費し、貪っていたかもしれん。
あの子がオレにくれている愛情を利用しちまってね。
情けねえ。
オレとリエルのセックスが、そんなもんでいいはずはねえよ。だから、ほんと、良かったわ。イエスズメの歌を、ひとりぼっちで聞けてよ。
さて。どうしたもんかね……とりあえずは、ノーヴァ代表だ。『西ザクロア鉄血同盟』の長である、自由騎士・ヴァシリ・ノーヴァ。彼と会い、東ザクロアを説得するための政治力を構築したい。話し合いで解決出来たら、それが最高だ。
一番いいことだろ?
ノーヴァもライチもルードもザクロアも。みんなで手を組んで、帝国軍と戦争しようぜ?
……たとえ、その先にある帝国第五師団との戦が、どれほど絶望的だったとしても、オレは笑いながらその先陣を切って、敵に突撃してやるよ―――クソ!!ああ、この世界が、オレの性格みたく、もっとシンプルで雑に出来ていればいいのによ……。
「……はあ。クラリス陛下も難しい仕事を回してくれたもんだぜ」
彼女は、オレに何を期待しているんだろう?
……期待?
あれ?そう言えば、ロロカが、昨日、オレに何かを伝えかけていたな?……ジャンが、スケルトンの群れの気配を嗅ぎつける直前にさ。その後、何も言ってこないから、忘れていたが……。
『この北の大地に、帝国と戦うための大きな力を築く』……オレにはまったく思いつけないその手段を、彼女は何か知っているようなそぶりだったな。
……時刻は、まだ、7時か。
でも、ロロカ先生は起きているよな?そうだ。ミーティングしよう。彼女が何かを知っているのなら、オレは聞いておくべきだろう?
オレはベッドから起きて、服を着た。
ちょうど、上着に腕を通し終わる頃に、ドアがノックされていた。
「……ソルジェ団長。ロロカです。その―――」
渡りに船とは、このことか!オレは顔をほころばせて、子供みたいに部屋の中を走ったぜ。ロイヤルスイートは、なんて走りやすいだろうね?すぐにドアへとたどり着き、オレは勢いよくそれを開いていた。
「ロロカ!!丁度よかった!!実は君とミーティ……っ!?」
ドアの向こう側には、引きつった顔のロロカ先生と……ヴィクトーにそっくりな男が立っていた。どこか気の弱そうな雰囲気のあるヴィクトーとは違って、その男は目に強い意志の光が宿っている―――。
まちがいない。
コイツが、さっきからオレが苦悩する『原因』だ。そうさ、ジュリアン・ライチが、そこにいた。
「やあ。おはよう、ソルジェ・ストラウス殿。私は、都市代表のジュリアン・ライチだ」
ジュリアン・ライチはロロカ先生を押しのけるようにして、オレに近づき、呆気に取られているオレの手を取りながら、そう言った。
彼のブラウンの瞳は、じーっとオレの目を見ていた。まずいな、苦手なタイプだ。やはり、コイツ、想像通りのインテリ系……っ。
知性の輝きにあふれる瞳は、オレを観察している。一挙手一投足をね。オレが戦場でするような視線で、こっちを分析してやがる。参ったな。オレは間抜けな苦笑いを浮かべながら、代表の手を握り返していた。
「どうも。ソルジェ・ストラウスだ。ルード王国女王、クラリス陛下の命で、貴方に会いに来ました」
「それは、遠いところをどうも。我が家の宿は、楽しめてもらえましたか?」
「ええ。それは、とても!」
「そうですか。それは良かった。ハハハ」
「ハハハ……」
ダメだ。劣勢だ。テンパりそうだ。どうすればいい?
まったく……オレは、準備万端な状態で、こちらからアンタに会いに行くつもりだったのに。
まさか、そっちから来るとはね。不意打ち食らったおかげで混乱しているよ。ズルいぞ、ただでさえ、そっちの方がアタマの出来がいいんだ。不意打ちまでしてくるんじゃねえよ!!
「……だ、団長!立ち話もなんですから、そ、その、お、お部屋に?」
「え?」
ロロカ先生のフォローだ。そうだよね、大の大人が、こんな部屋の入り口なんかで話し込むってのも、おかしい。廊下は寒いし。ああ、アンタんトコの宿をけなすわけじゃないんだが。
「では。その……ライチ殿、こちらへどうぞ?」
「ええ。お招きありがとう、ストラウス殿」
ニコニコしていて余裕があるぞ。クソ、百戦錬磨の大商人め。戦闘能力なら、オレの方が数百倍は上だと思うが、交渉力とかで勝てるような気は全くしない。
オレとロロカ、そしてライチ代表は、ロイヤルスイートの調度品である、丸形テーブルに着席する。
オレ史上、最もストレスに満ちたテーブルだった。ロロカ先生は仲間のはずだが、彼女も緊張している。そうだよね、賢いからって、フツーのヒトだもん。
こういう偉いヒトと何を話すべきなのかとか、全く分からないよね?しかも、彼女はオレが彼を暗殺するかもしれないことを知っているし……そりゃ、緊張するって。
……ちくしょう。
がんばれ、オレ。どうにかしなくちゃ……まずは、平常心だ。深呼吸して、心を無理やりに落ち着かせろ。そうだ。これでいい。さて……バトル・スタートだ。
「そ、それで。ライチ殿。今朝はどういったご用で?」
「昨日のお礼に来たのさ」
「お礼?」
「ええ。ストラウス殿には、弟を……ヴィクトーを助けてもらったようですからな」
「ああ、そのことか。いや、竜騎士として当然のことをしたまでですよ」
「本当にありがとう。私にとって、アレは最後の肉親。死んで欲しくなかった」
「……ええ。オレも彼を助けられて、本当に良かったと思う」
「スケルトンの群れどころか、『アガーム』さえも倒したとか?」
「そこにいるロロカと協力してのことですが」
「ああ。ありがとう、ミス・シャーネル」
「い、いえ。我々は、団長に従っただけですからっ」
ロロカもなかなか緊張が解けないらしい。そうだよな、中々、この状況は厄介だ。でも、いい加減になれないといけないな……オレは、そうだ。それなりには落ち着いてきた。
うん。そうだな、世間話なんて時間のムダだ。突っ込んだこと聞いちまおう。
「……ライチ殿、オレがここに来た理由は、当然、お気づきですね?」
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