第二話 『ザクロアの闇の中で』 その3


「……だ、団長……がんばって……っ」



 温泉に浮かんでいるジャンが、静かにオレを応援していた。まったく、お前ほど頑丈なら肉体的なダメージで死ぬことはない。



 どちらかという、痛みの強さにビビって、精神的なショックに見舞われているといった症状だろうな。



 だが、そんな状態にもかかわらず、オレを応援してくれるとはありがたい。



「わかった。そこで見ていろ、オレの勝利を!!」



「……はい……っ」



 ジャンのヤツが死んだように静かになったが。うん。大丈夫、あいつはアレで強い男だ。死にはしないさ。



 だから?オレは後ろを振り返らないぜ。ジャン、お前を信じているからこそ、オレはただ前だけを見ている。これこそが、猟兵の絆だ。



 仲間を信じ、活路を開く。それが、オレたち『パンジャール猟兵団』の生き様ってもんだッ!!



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」



 オレは吼えていた。『潜入任務/スニーキング・ミッション』なんて、終わりだ!!そうだよなあ、お袋!!アンタが産んだストラウスの男は、小細工なんて使うべきじゃないッ!!



 ストラウスが最も愛する戦略は、正面突破だッ!!



「『炎の爪よ!!雷の腕よ!!我に敵討つ、最後の力を与えたまえ!!』……魔爪、『ハンズ・オブ・バリアント』ッ!!」



 見るがいい。これが、ストラウス一族が最期に使うべき技。矢は尽き、槍が砕かれ、剣が折られたそのとき。



 全ての武器を失ってなお、立ちふさがる強敵を仕留めたいと願った時に使う、最終奥義だよ。指に炎をまとわせ、鉄をも切り裂く爪と化し、鎧を切り裂く竜のごとき雷の力を、その腕に宿らせる技術だよ。



 鉄をも切り裂く、その勇敢なる指で、命が終わるそのときまで、暴れ続ける。そのための魔術が発動する―――これは、消耗の大きい技だ。体力も魔力も捧げて、最強の出力を実現しているのだ。



 ……時間が無い。ゆえに、征くぞ!!



「待ってやがれ!!リエル・ハーヴェルッッ!!」


 雄叫びを歌い、オレは走った。


 壁に向かって全力疾走!!ぶつかりそうになったら?全力で跳んだ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ノドを震わせながら、オレは『ハンズ・オブ・バリアント』を岩壁に叩き込む。ガギギギリリリリイイイッ!!手応えと共に、確信を抱かせるに足る音楽を耳にとらえていた。


「よし!……岩に、指が通ったぜ!!」


「……ば、ばかなあああああ!?」


 リエルの悲鳴が上空から響く。リエルちゃんにとっては、まさかの展開らしいな。勝利を確信していたのか?舐めるな、そのうちお前を妊娠させる男は、そんなにヤワな家に生まれちゃいねえよ!!


「っしゃああ!!征くぜッ!!」


 ガシン!!ガシン!!ガシン!!


 魔に燃える爪を、次々に岩壁に打ち込んでいきながら、オレはその絶壁を登っていく。クロールでもしている気分だぜ。岩壁をドンドン縦に『泳いで』登る。腕で漕いで進むイメージだな。


 魔術地雷はどうするかって?ああ、んなもん気にせず、直進あるのみさ!!


 爆風で吹っ飛ばすだけのモンだよ?こんなに指がガッツリと岩のなかに刺さっているのなら、爆風に耐えるだけの力は生み出せるっつーのッ!!


 ドガン!!ドガン!!ドガン!!


「わあああああ!?爆発してるのに、ま、まっすぐ進んでくるう!?」


「そうだ……あと、ちょっとだあああッ!!」


 パニックになるリエルをムシして、オレはついにその岩壁を登り終えていた。


「あ、あわわ……っ」


 パニックになり、湯船に腰を落とすリエルがそこにいた。バスタオルつけてやがる。チクショウ……でも、色っぽいぞ?長い銀の髪をまとめてて、うなじが見えるのもエロいし、いつもはまっ白な肌も、湯に温められたせいかほんのりと赤い。


 驚きと、戸惑いで、その瞳に涙がにじみ、うるんでいた。宝石みたいに美しい、その翡翠色の瞳は震えていて、その幼気さがオレを興奮させた。


 襲いかかりたいレベルで……君のこと好きだぜ。


 でも……でも、オレ、今、『ハンズ・オブ・バリアント』の魔力が切れちまう……。


 体力と魔力を使い尽くしたオレは、達成感に包まれながらも、リエルの見ている前で、女湯の湯船のなかへと前のめりに倒れていった。


 意識が、遠くなるぜ……魔力の枯渇現象だなあ。


「……お、おい。ソルジェ。だいじょうぶか……?おーい―――」


 オレを呼ぶ声が遠くへと行っちまう。いや、オレの体がどこかに行ったのだろうか?どちらでも構わないが、力尽きたオレは、そのまま意識を失ってしまう。


 そう、『ハンズ・オブ・バリアント』は捨て身の技だ。


 素手で鉄をも切り裂ける―――その代償に、時間切れになると、ぶっ倒れてお終いさ。




「―――……ん?」


 やがて、オレは目を覚ましていた。何がどうなったのか、よく覚えていないが、オレは湯船につかっている。ふむ、湯の質が……男の湯のそれとは違うな。オレは首を回して、地上30メートルの高さを楽しむ。


 夜の西ザクロア市街の街並みが見回せて、なかなかに素敵だな。戦争の兆しが無い時期であれば、ここから見える酒場たちも、この時間帯はヒトであふれているんだろうがな。


 静かなもんだぜ。雪が舞うザクロアに、その古式のレンガ造りの住居たちか……何百年もの時間に洗練された整合が、この灰色の静かな光景を味わい深いものにしているんだろうね。


 古さと静けさと雪と灰色、それらはお互いを認め合うように混じり、古式の街並みに一種の芸術性を与えているんだろう。


「……いい風呂だ。男湯とは断然違って、こっちの方がいい。フェミニストな温泉宿だね、ここはさ」


「素晴らしいことじゃないか」


 女子にとってはそうだろうな。


 オレのツンデレ・エルフ。リエルちゃんがそこにいた。温泉のわきに立っている。


「おー?逃げねえのか?」


「ふん。勝負には、負けたからな」


「なるほど、さすが猟兵、いさぎよいぜ」


 ククク。そういう価値観、好きだわ。リエルは負けたことが口惜しいのか、ホホを膨らませていた。大きなバスタオルを胴体に巻き付けて、その魅力的な肉体を隠しちゃってる。改めて見ると、ホントいい女だよな。


「お、おい。ジロジロ見すぎだぞ」


「ああ。分かってる。そんなとこに突っ立っていたら風邪を引いちまうぞ?」


「……わ、わかってる。入ればいいんだろ、いっしょに」


「うん。ああ、それと、晩酌だぜ」


「ぐぬう。調子に乗りおって……ッ」


 文句は口にするものの、潔さを美徳だと考えているリエルちゃんは、オレの命令に従っていた。そうさ、初めから素直に従えばいいのに?……お盆と酒だって、足下に用意してたのにね?


 ……まあ、デレる前に、ツン。それで、ツンデレだもんな。仕方ねえか。


 リエルがオレの前で露天風呂の湯船へと入ってくる。バスタオルごと?……まあ、いい。今は、見逃してやるよ、今はな。


「他の二人は?」


「お前が気絶しているあいだに、ミアが露天風呂で『泳ぎまくっていたら』、湯あたりを起こしたんだ。ロロカはミアを連れて部屋に戻ったよ」


「そっか。ありがちだな」


「うん。ミアらしいな」


「で。酒、ついでくれるんだよね?……オレ、ノド渇いちゃった」


「く……っ。しかたない。や、約束だからな」


 リエルは不慣れな手つきで酒瓶を持つと、おちょこにゆっくりと注いでいく。


「な、なんだ、この小さなコップは……ムダに注ぎにくいぞ」


「強い度数の酒なんじゃない?それに、風呂に入りながら、アルコールなんてがぶ飲みしていたら、すぐ酔いつぶれちまって勿体ないだろ?だから、たくさんいらない」


「そ、そーいうものか?……よく分からん。ん。注げた!ほら、ソルジェ!!」


「ああ。ありがとよ」


 けっきょくのところ、リエルちゃんはツンデレ・エルフさんなんだよね。オレに喜ばれると嬉しいし、こういう夫婦みたいな真似事するのも、嫌いじゃないんだろ?


 オレは、とりあえずリエルの注いでくれた勝利の美酒を味わう。


「くく。いいねえ、悪くない酒だ」


「……その消毒薬と同じ臭いの液体を、よく飽きもせず毎度毎度……」


「呑んでみるか?」


「ダメだ。部族の掟で、20になるまでお酒はダメだ」


「子作りは?」


「16になるまでは禁止で―――」


「なんだ。もう、していい年なんだ。リエルちゃんは17だしな?」


「ち、ちが、今のは違うぞ!!それも、その、20からだし!?」


「いやいや、だいじょうぶ、だいじょうぶ」


「なにが、だいじょうぶなんだ!!こら、おい、近づくな!!」


「だって、逃げるんだもん?」


「近づくからだろ!?」


「近づかなくちゃ、リエルちゃんのこと触れないだろう?」


「さ、触っちゃダメだろ!?」


「ダメか?」


「う……え、えっと……あまり、その、ハードじゃなければ……っ」


 ツンデレが、デレ始めたぞ?今日のツンはハードだったからな?オレ、崖から突き落とされたよ。フツーのヒトなら十二分に死ぬ高さでね?


 だから、リエルよ。デレの方は、多めにくれよ!!


「きゃ、きゃあああああああああああッ!?」


 オレは油断していたリエルに飛びかかり、そのバスタオルを思いっきり奪い取っていた!!フフフ!!どうだ、リエル!!オレさまの早業は―――って?


「び、びっくりしたぞ……いきなり、何をするんだ……ッ!!」


 リエルちゃん……バスタオルの下に湯浴み着つけてる。


「お?どーだ、お前の底の浅いセクハラなんて、対策済みだ、このエロ団長め」


「いや。これはこれでいいよ?」


「え?」


「だって、可愛くて、よく似合ってるし」


「そ、そんなこと……いうな、ばか……っ」


 ツンデレはバスタオル状態の時よりも赤くなっているぞ。まあ、押してダメなら引いてみる。そういうのも有りだ。それに、この湯浴み着は、白くてフリル付き。オレのリエル・ハーヴェルにはよく似合っているのも事実だ。


「ほら。そんなの着けてるんだから、恥ずかしがらずに近くに来いよ?」


「……ど、どーいう理屈だ?」


「全裸じゃないんだから、そばに来いよ?それとも、なんだね、恥ずかしいのかね?」


「は、恥ずかしくなんて、ないんだから……っ」


 強気であることを美徳としているのかね、森のエルフのお姫さまは?……ほんと、チョロいぜ。リエルは顔を赤らめながらも、オレのそばにやって来て、座った。


「……あんまり、見るな」


「なんで?」


「……常識だろ?」


「オレは、竜騎士だし?ストラウスさん家も変わった一族だし?……常識になんて、囚われて生きちゃいないんだ」


「非常識を誇るな、ばか」


「そんなオレが好きなんだろうが」


「……そ、それは、その……あの……っ」


 さて。ツンデレがだいぶデレ始めたところで……オレはゆっくりとリエルの背後に回る。そして、今度はやさしーく、ゆっくーりと、腕を伸ばしていく。彼女はオレの顔をじーっと見ているが、逃げるそぶりはなかった。


 リエルのことを、背後から両腕で抱きしめていく。


「こういうソフトなハグなら、好きなのか?」


「す、好きとか、いうな。私は、そんなエッチな娘じゃないぞ……っ」


「ああ。オレのリエルはそういう清純派な娘だよ」


「お、オレのって……」


「言っちゃダメなのかよ」


 しばらくの沈黙のあと、リエルは背後のオレへ振り向く。翡翠色の瞳で、オレの目をまっすぐに射抜きながら、少女はそのピンク色の唇を動かした。


「……ふたりのとき、だけだぞ……?皆がいるとこじゃ、ダメだからな?」


「ああ。そうするさ……オレのリエル」


「……う、うん」


 だいぶデレが入って来たな。そうだ、リエル。そろそろオレたちも次の段階ってのに進もうじゃないか?……まあ、いきなり襲うとかは、お前はビビりそうだから、まずはエッチなスキンシップからってのはどうだ?


 大人しくなってしまったツンデレ・エルフさんに、大人の男の欲望が伸びていく。え?ゴメン、そんな大したもんじゃないよ?オレの指がさ、ちょっと彼女の足に触っただけ。


「……っ。や、やっぱり……こういうこと……するつもりで……?」


「まあね。イヤか?」


「…………っ」


 沈黙が長い。だから、そのままムシしちまおう。オレは肉食獣の類だしね?ツンデレ・エルフさんの足首を、くいっとつまむ。リエルの体は、ビクリと反応して、揺れていた。


「……せくはら、だから」


「君が嫌がらなければ、そうじゃない」


「……い、いやがってるし……?」


「そうかな。でも、逃げない」


「それは……だって……私は……そ、ソルジェの……もの……だし……っ」


 オレのツンデレ・エルフさんが可愛くてたまらない。ガシッと強めにハグするが、逃げない。それどころか、ツンデレ・エルフさんの白い手が、オレの傷だらけの腕に触れてくる。


 性欲というか……愛情を感じるね。


 オレは肉食獣失格だ。襲うわけじゃなく、抱きしめて、幸福感に包まれている。リエルも同じなんじゃないか?そう期待してみる。そうだといいね。


 ……しばらく、やさしい時間が過ぎた。


 でも、オレはやはり男だな。もっと先が欲しいんだ。リエルにおねだりしてみよう。勝利の報酬は……『裸』だったはずだしね?


「リエルの裸が見たい」


 ツンデレ・エルフさんの長い耳のそばで、オレはその願望を口にする。リエルがどんな風に応えてくれるのかが、楽しみだった。


 だから、彼女の沈黙を待てる。リエルが色々とオレのために葛藤しているのを、抱きしめた腕で感じていたかったから。


 沈黙は長くて……でも、居心地が悪くなることはなかった。


 やがて、リエルは答えをくれるんだ。


「……自分で……脱ぐのは……」


「脱ぐのは?」


「……恥ずかしいから……ソルジェが、脱がしてくれるなら……いいよ」


「……そうか。ありがとう、そうする」


「ゆ、ゆっくりだぞ?お前は、ときどき、乱暴で、ビックリしてしまうんだ」


「ああ。わかった。やさしくしてやるから、じっとしてろ」


「……うん」


 セクハラじゃなくて、愛の作業が始まるのさ。オレの脚と腕のあいだにいるデレ・モードのリエルちゃんに、オレの指が伸びていく。湯浴み着を縛っている紐を、ゆっくりと引っ張って、外してしまう。


 何度かそれを繰り返していく。リエルは、紐の拘束から体が解放される度に、体を小さく揺らしていた。驚いているような、恥ずかしがっているような。それでも、拒絶はしなかった。


「終わったぞ。じゃあ、外すから」


「……うんっ」


 リエルの許可を取って、その湯浴み着を、オレは取り払ってしまう。オレの腕と脚のあいだにいるリエルは、これで何もつけていない。


「……恥ずかしいよう、ソルジェっ」


 リエルがそうつぶやきながら、オレの胸に頭を預けてくる。本人にも、その頭をどこに動かすべきなのか、分からなかったのかも?……なにこれ、たまらなく可愛いわ。


 ああ……理性が、もたない……ッ。




 ―――それはもう衝動だった、剣鬼は、やっぱり乱暴に動いていた。


 でも、弓姫もそれは承知の上で、いやではない。


 その力に体は為すがままにされ、体の向きを変えさせられた。


 きれいだといわれ、弓姫は瞳を閉じる。




 ―――押し倒されてしまい、背中が温泉の岩に当たった。


 逃げ場はないと思ったし、逃げたくもなかった。


 されるのかと覚悟して、力をぬいて……。


 あいしてる、と唇で心を伝える……そして―――





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