第二話 『ザクロアの闇の中で』 その2


 オレには、ロッククライミングのスキルがある。なぜか?ガルーナ騎士の基礎訓練だからだ。竜騎士には、超人的な身体能力と、究極にまで高められた心の強さがいる。体力と勇敢さを養う基礎訓練として、ロッククライミングは悪くないんだ。


 ガルーナは山岳地帯だしな。断崖絶壁の真ん中につくられた鳥の巣の卵とかを狙って、毎年何人かの地元民が亡くなっている。


 ロッククライミングを学ぶのは、死なずにちゃんと卵を採取できる一人前のガルーナ男子になるための、必須スキルでもあるんだ。


「いいか、ジャン!!三点は必ず確保しろ!!それだけ守れば、基本はいける!!」


「はい!!」


「お前は、筋力もあるし、体重も軽い。本来なら、オレよりもこの任務には向いているはずだ。呼吸を乱すな、意識を水や空気に例えて、澄ませるのだ」


「はい」


「そう。声も静かにしろ。これは、『潜入任務/スニーキング・ミッション』だ」


「はい……」


「行くぞ。オレの手足の運びを真似て、ついて来い」


「了解……っ」


 そして。作戦は開始される。まったく、難解なコースだ。スベりやすく湿った岩に、この垂直の角度……常人では、こんなもの超えることが出来ないな。本職のアルピニストでも、一体どれだけの者がここを踏破できるという?


 フフフ。しかし、それゆえに、オレたち『パンジャール猟兵団』の有能さが、今また示されているな。


 どうだ、この踏破能力?……盗賊王もビックリだろうよ。魔眼が無ければ、この暗闇でルートを見破ることは難しかったかもしれないが、オレの左目は特別製なんだよね。


 そして……ジャンのアホみたいに優れた身体能力は、また神秘の機能を発揮している。ヤツも魔眼と同様に、暗がりでも視野が働いているらしい。


 スゲーな、人狼。肉体的能力については、軒並み性能が高すぎるぜ。


 思いつく限り、ありったけの能力をデザインされているね。まったく、才能のカタマリなんだから、もう少し効率良く使って欲しいもん―――っ!?


「まて、ジャン!止まれ!!」


「え?は、はいっ!!」


 ジャンがその場で静止する。命令通りに微動だにしない。片手が浮いちまった状態で、ピタリと止まっている。すまんな、キツい姿勢だが、ガマンしろ。


「い、いったい、なんですか?」


「……イヤな気配がしやがるんだ。ちょっと、待ってろ」


 オレは魔眼の力を全開にして、岩壁を調べ上げる。一瞬では分からない。そう。だが、この首の後ろをざわつかせる『予感』―――これが外れたことは、今まで一度もない。何かがある……何かが、あるはずだ。


「だ、団長、三点だけじゃ、き、きついっ」


 なんだと?アレだけの身体能力があって、そんなハズは……ん。そ、そうか。この岩壁には……魔銀の楔が、あちこちに埋められているのか?


 ジャンは、こういう銀製品が近くにあると、何故か体力が落ちるというアホな体質をしている。魔銀も、少しは銀が混じっているんだから、影響を受けるんだろう。しかし、それだけじゃあないな。


 この魔銀の楔には、ルーン/紋章が刻まれている。炎属性の魔力への減衰式?


「……ふむ。スタミナ削りの罠か」


「そ、そんなものが、ここに!?」


「ああ。店主の頭はどうかしているな……この高さから落ちたら、フツーのヒトは死んじまうっつーの」


「だ、団長は、大丈夫なんですか?」


「ああ。竜の魔力のおかげでな、このぐらいの低級魔術なんざ、自動的にキャンセルできるさ」


「す、すごい……ぼ、僕は、そろそろ限界で……ッ」


「……ん。ま、待て、バカ、その岩を持つんじゃないッ!!」


「え?」


 カチリ。


 遅かった。何かが起動する気配を感じる。そうだ。これは見覚えがあるぞ?リエルが巧妙に隠蔽したときの、魔術地雷だよ。


「だ、団長。なにか、僕の手の下で……っ。音が、鳴っていますッ」


「リエルの地雷だ」


「じ、地雷っ!?」


「そう。あいつめ、対策を打っていたか」


「ど、どーすれば、いいんですか?」


「……ない。それを解除する術など、ないんだ」


「そ、そんなッ!?」


「すまない。オレの指揮が至らないばかりに……」


「団長は、悪くないです。命令に従えなかった、僕が悪いんだ……ッ」


 いいや。お前は悪くはないぞ、フツーにオレが巻き込んだだけなんだから。


「ジャン。爆発と同時に、飛べ!!」


「え……」


「それが、最も威力が少なくて済む方法だ。離脱しろ」


「……わ、わかりました……団長は?」


「ストラウスの辞書に、撤退など無いのだ」


「さ、さすがです!……そ、それでは、ご、ご武運をッ!!」


 タッ!


 ジャンのヤツが岩壁を蹴っていた。次の瞬間、魔術地雷が起動して、オレの足下ちかくで爆熱が発生していた。ジャンが、爆風の彼方へと消える……そして、うん。無事だ。


 大なり小なりのダメージを喰らっではいるだろうが、上手いこと湯船に着水したぜ。


 巨大な水柱が上がる。


 あれなら、死なない。ちょっと、死ぬほど痛いだけだな。死ぬことに比べたら?無傷みたいなもんさ。


「……やはり、来たか、ソルジェ・ストラウス!!」


「……むっ」


 リエルだ。十数メートル上にある女湯の柵から、リエルが顔を出してこちらを見下ろしていやがる。そして、その左右からミアとロロカも顔を出す。


「あはは!お兄ちゃん、元気?」


「団長。セクハラですよ、まったく……っ」


「……い、いや。君らほどの美女を前に、覗かないのは、失礼かなと?」


「戯れ言をいうな。風呂を覗くほうが失礼に決まっているだろう」


 リエルがまともな言葉を投げつけてくる。クソ、良心にザクっと刺さったぜ。


「……悪ふざけしているヒトに、正論をぶつけるなんて、ズルいぞ!!」


「ふん。まあ、いいさ。お前にはこの防衛ラインは突破できんのだからな」


「な、なにを!?」


「どうせ運の悪いジャンが、先に引っかかるだろうと思っていた。そして、そうなればお前に魔術地雷の罠があるのを悟られてしまうだろう。だから、それより上は、こうなっているんだ」


 リエルがパチン!と指を鳴らす。森のエルフの隠遁術が解除されて、オレの目の前に無数の魔術地雷の紋章が発生していく。なんてことだ、十や二十の数じゃねえぞ!!桁が違うじゃないかッ!!


 そうさ。おびただしい数の魔術地雷が、この岩壁の上部には仕掛けられていたのだ。なんてことだ、ほとんど無い。ほとんど、すき間なんてないではないか?


「ズルいぞ!!」


「ふん。性犯罪者に言われる筋合いはないわ」


「せ、性犯罪者って言うんじゃねえ!!ちょっとした、ユーモアの一種だろうが!!」


「さ、さすがに、それで言い逃れるのはムリがありますよ、団長……」


 ロロカ先生が、苦笑しながらそう言った。うん。そうだね、ユーモアじゃなく、性犯罪だよね、覗きってさ?


「……じゃ、じゃあ!犯罪にならないようにする!!」


「はあ?」


「リエルはオレの恋人だもん!!だから、その裸を見ることぐらい、セーフだろう?」


「か、勝手なコト言うなッ」


「うるせえ!勝負だ!!」


「勝負、だと?」


 そうだ、ツンデレ・エルフ!お前は、勝負を挑まれたら、買ってしまうタイプだ。


「いいだろう!!白黒ハッキリとつけてやる!!」


 チョロい!!


「……よし!オレが、もしも、この地雷原を突破して、そこまでたどり着いたら……裸で接待しろ!!酌して、もてなすんだぞ!!」


「ハハハ!!よし、わかった。突破出来るものなら、してみるがいい!!」


「……言ったな?ガチ目の後悔させてやるぜ!!」


 全裸で二人きりだと?酌させるだけで、すますと思うなよ、リエル・ハーヴェル!!絶対に、揉む以上のことは、しちまうからなッ!!


 ……し、しかし!


 ほんと、コレ、すき間がないなあ。どうする?……正攻法では、ムリか?ならば。


「……『ファイヤー・ボール』ッ!」


 オレは右手の人さし指の先っちょに『火の球』を呼び出す。炎の初等魔術だな。そして、この小さな爆弾くんをだな、リエルの仕掛けた魔術地雷に向けて、ひょいっと飛ばす。


 ドガアアアアアンンッ!!


 魔術地雷が爆発する。オレから離れた場所のヤツがな。


「ず、ずるいぞ!?そんな、全てを爆破処理していくつもりか!?」


「うるさい!!勝負となったからには、互いの全力をもって挑むのが、騎士道だ!!」


 そうだっけ?……自分で言いながらも疑問に思うが、まあ、いい。オレはジャンの期待を背負っているのだ。美乳やら巨乳やら微乳を、見なくてはならんのだ!!


「うう。ジリジリ登ってきていやがるッ!!……だ、だが。その体勢で魔術の精密なコントロールなど、人間のお前にはいつまでも出来るわけではないだろう?集中力も、そして体力もつづかないはずだ!!」


 なるほど、いい分析だね。でも、リエルちゃん。君は分かっていない。性欲が持つ、偉大な力をね!!体力、魔力……それだけじゃない、ヒトは、欲望の力でも、限界なんて何度でも超えられるんだッ!!


「へへへ!!そいつは、どうかな?待ってろよ?……エロいことしてやるからな!!」


「こ、怖っ!!お、お前、私に何をする気だッ!?」


「……へ、へへ」


「わ、笑うな!!なんか、怖いぞ!!」


「うるせえ!!たっぷりと、可愛がってやるから、全身洗って待っていやがれ!!」


「わ、私の体に、何をする気だぁあああああッ!?」


 顔を赤らめたリエルが引っ込む。そして、すぐに戻って来ている。


 そしてツンデレの彼女の『ツン』が始まるのだ。


「喰らえ!!」


「あぐッ!?」


 何かが頭部にぶつかっていた。さすがは投擲も上手なうちの弓姫。何をぶつけたかしらないが、とんでもないスピードだ。地味に痛い。


「うう。落ちない!!もう一度だ、くらえええ!!」


「甘いッ!!」


 矢さえ掴む、オレの反射神経を侮るな!!


 ガシ!!オレの右手が投げつけられていた物体をキャッチしていた。これは、何だ?ん。なるほど、石けんか。そこそこ痛いはずだぜ……それに―――まずいな。


 リエルめ、気づくな。気づくなよ?これを効果的に使われたら、マズ過ぎるぞ。


「うぬぬ!!ミア、もっと石けんを持って来い……って、ミア?それは何?」


「ロロカお姉ちゃんがね、これを使うといいよって」


 マズい!!ツンデレとヤンデレはそこそこバカだが、ディアロスはムチャクチャ頭がいいんだぞ!!


 は、はやく、魔術地雷を処理しないと!!オレはファイヤーボールを乱発して、魔術地雷をドンドン破壊していく。しかし、間に合わなかった。


 リエル・ハーヴェルがサディスティックに笑っていやがる。


「ソルジェ・ストラウス。お前に、女子チームからのプレゼントだ」


「……想像はついているけど、ガチで危ないから、止めろ」


「却下だ。地獄に落ちろ、この色魔めッ!!」


 色魔は言いすぎだと思う。


 でも、女子として身の危険を感じている今夜のリエルは、いつにも増して容赦がない。おそらく、ロロカが製作したであろう、その『石けん水』を、上からダラダラと流してくる。


 ディアロス文化を、舐めていたな。


 まさか、ここまでするか?……この高さから落ちたら、素人のヒトは死んじまうんだぜ?まあ、角に触ったヤツを殺していい文化のヒトだもんなあ。


 ああ、ちくしょうめ。溶けた石けんが、オレの行く先をぬらしていくぞ……ッ。


「はい。追加のヤツ!!」


 ミアは無邪気に石けん水を作りまくっているようだ。なんて無垢なる殺意。さすが、我が妹なだけはあるぜ。しかし、暴走気味のリエルは、ニヤリと残酷そうに笑ったまま、今度はその石けん水をオレ目掛けて垂らしてきた。


 全身がつるつるだ。クソ!!悪魔か、こんなことしてたら、さすがのオレでも―――。


 つる。


「うおっ!!」


 ついに指がスベった。踏ん張ろうとした足の指まで空振りして、オレはとうとう左手の中指と小指だけで自分を支えている状態になっていた……ッ。


「ハハハハハハハ!!私たちの、勝利のようだな、ソルジェ・ストラウス!!」


「な、なんだと……まだだ。まだ、オレは落ちちゃいねえよッ」


「時間の問題だが、生殺しは趣味ではない。直接、この手で止めを刺してやろう」


 リエルは檜製の風呂桶を構えていた。石けん水の追加?……いや、そうじゃないな。たぶん、あれ、お湯が一杯に入っている。そこそこの重量があるだろうな。


 なんてことだ、あいつ、指二本で崖にぶら下がっているオレに、あんなものをぶつけてくるつもりかよ?


「さらばだ、ソルジェ・ストラウスッッ!!」


 オレの恋人であるはずのエルフの弓姫が、そんなセリフを叫んで、まったくの躊躇も容赦もしないまま、その風呂桶をオレ目掛けて投下していた。


 万事休すだ。


 どうすることも、オレには出来なかった。その重量は、オレの頭部をゴンと打撃して、限界ギリギリで保っていたバランスを崩壊させる。


 ほんと、あっさりと指はスベってしまい……オレと崖のあいだを結びつけるための力は寸断されていた。


 重力が、オレの体に絡みつくのを感じる。


 大地が、オレを引っ張るのさ。


 翼無き人間には、こうなればどうすることも出来やしない。ただただ、オレは落ちていく。落ちていき、湯船にケツから墜落しちまっていた!!


 ケツが死ぬほど痛いし、視界を温泉水の水柱が覆い隠していく。


 直後、土砂降りの雨のように舞い上がっていたお湯が降ってきて、オレは、なんとも言えない敗北感に打ちひしがれていた―――。


 これが、結末かよ……?


 リエルの高笑いが聞こえるぜ。夜空の果てに、弓姫は勝利したと思い込み、笑っていやがるね。


 ……だけどね、リエルちゃん。オレは、負けず嫌いなんだよ。そして、オレの乳への想いが、たった一度の敗北で消え去るとでも思うなよ?


 オレは、再び立ち上がる。


 左目を隠していた眼帯を、千切って捨てた。


 金色にかがやく魔眼を、フルオープンだぜ。


 そっちが手段を選ばないと言うのなら、こっちもそうだよ。


「……第二ラウンドと、行こうじゃないか!!」


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