第一話 『王無き土地にて』 その9
さて。とりあえず、移動するとしよう。この森は……何かがおかしいからな。そうだ。スケルトンだけなら、まだしも。『ロス・ヒガンテス』みたいな『アガーム/忌むべき崇拝者』まで発生しているとはな。
「よし。移動を開始するぞ!ジャン、しんがりを頼む」
「はい!!まかせてください!!」
ジャンはそう言いながら、あの不得手なサーベルを抜きやがる。
うん。別にいいけど、君はそれより体術を学ばないか?剣は、あまり上手じゃないが、あれだけの身体能力があるんだから、もう体術だけで超一流になれるはずだぞ。
……とはいえ。やる気を削ぐのはマズい。
今、褒めた直後にダメ出しとか。上げてたぶん、下げたことの痛みが大きく出ちゃいそうだから、やめておこう。
「さて。ヴィクトー、歩けるか?」
「ええ。大丈夫!こう見えても、旅には慣れていましてね!」
ヴィクトーは歩いてみる。うん。健康そうに見えるし、魔眼でも異常は感じない。良かったな、『ロス・ヒガンテス』に卵とか植え付けられたりしてなくて?……君のその末路は見たくないよ。
オレの視線が自分を心配してのものだと思ったのかね?ヴィクトーは、その場でスタタとステップを踏んで、体力をアピールしてくる。いい人間だね。
そして、もう一人の善人、ロロカ・シャーネルが彼を気遣う。
「ご無理をされないように。なんでしたら、私の馬に―――」
「え?ゆ、ユニコーンに?……あはは、止めておきます。ユニコーンは主以外の者が手を触れると、角で心臓を刺そうとするのでしょう?」
また、ディアロス族の、野蛮で血なまぐさい風習が明らかになってしまったな。ジャンは、ロロカを乗せた白夜からちょっとだけ離れた。
「ええ!?そ、それは……『バロー・ガーウィック』の子たちは、そうですけど。この子は、大丈夫なんですよ?」
「そうだぞ。オレも、さっき乗せてもらったぞ?」
「……ん?……へー。ふむふむ。なるほどー」
ヴィクトーが、ちょっと下品な顔になる。下世話なことを考えているときの男だな。そういうのに国境も人種の壁もない。
下世話な感情を秘めた視線を注がれているのは、ユニコーンの上の槍の天才だ。天才騎兵は、なんだか慌てている。メガネの下の水色の瞳が、キョロキョロと動いていた。
「な、なにか、誤解してませんかね、ヴィクトーさんッ!?」
「いえいえ。気になさらずに!お幸せになってくださいね!!」
「も、もう!!そんなことを言うヒトには、乗せてあげませんからッ!!」
ロロカ先生が顔を真っ赤にして怒っている。『ユニコーンの背に他人を乗せる』。それにもまたディアロス族の不思議な習慣が秘められていそうだな。
さて、知識の探求よりも、今は仲間たちとの合流を優先するべきだ。オレたちは周囲を警戒しながら、さっき来た道を戻っていく。
森は静かになっていた。魔眼でゼファーと連絡を入れると、あちらもモンスターの排除は完了したとのことだ。今はリエルとミアが負傷者たちの手当を、ゼファーがスケルトンの増援が現れないか、見張っている。
状況は解決している。とりあえずはな。しかし……。
「……スケルトンの群れが、あんなに現れる土地なのか、ここは?」
オレは地元民のヴィクトーに質問を投げかける。ヴィクトーはうなった。
「んー!たまには、出るんですけどねえ。あんなに大勢に囲まれたのは、初めてのことですよ……」
「そうか。まあ、そうでなくては、商隊のルートにはならんよな」
「ええ。でも、この森は遭難者が多くて……そこらに白骨が埋まっているんです。それがスケルトンどもの原材料になるんでしょうね」
「遭難?なぜだ?ここの街道は、そこそこ大きいものだぞ?」
道を外れる方が難しいだろうに?
ヴィクトーは肩をすくめながらこう言った。
「……森に入ってしまうんですよ」
オレの代わりにユニコーンに乗ったロロカが訊いた。知識欲が旺盛だよね、インテリは。
「森へ、ですか?一体、何のために?」
「ええ。おとぎ話というか……密かに伝わる『伝説』がありましてね」
「『伝説』ですか?どのようなものです?」
ロロカ先生は学者さんだからかね、えらく食い付いていたな。まあ、オレも気にならなくはない。ヒトが『命』を賭けるほどの『伝説』だ……ずいぶんと対価は大きいぞ?じゃあ、そこまでして得るに相応しい『メリット/宝』は何かな?
安いモノには、皆、命までは賭けられないだろ?
「……この森には、『盗賊王』の伝説がありましてね」
「盗賊王?」
「ええ。この森を根城の一つにして、周辺諸国を荒らし回っていた男です。500年も前のハナシですけどね。その男の宝が、この森に隠されているとか?」
そりゃ、ずいぶんと古い宝だね。宝剣なんかは、錆びてしまいそうだ。金属ならボロボロになってそう。でも、黄金なら?……ああ、オレ、ヒマだったら探しに行くね。ワクワクするよね、財宝伝説が眠る土地!!
そっか。仕事がヒマなときは、そういうの探索するのも楽しいよな?マジで見つかれば、団員の給料のことで胃がキリキリ痛む夜とか無くなるもんねぇ……ッ。そんなの、最高の日々じゃないか!!
「……500年前。ああ、『ユーキリス・ザハト』ですか」
「誰だい、そいつは?」
浅学なんでね、オレはこの土地の500年前の荒くれ者にまで学習範囲を広げたことはないんだ。あのガンダラをも超える知識の海が頭の中か、あるいはその巨大なおっぱいの中に広がるロロカ先生は、オレに詳しく教えてくれた。
「はい!私たちディアロスの生活圏まで暴れ回った大盗賊です!!」
「北方にまで?そりゃ、とんでもないヤツだな」
「はい。ザハトは大陸北部を荒らし回りながら、財宝を集めていたと伝わっています」
「それは盗賊らしい盗賊さんだね」
「彼が何か特定の宝物を探していたのかは研究されていませんが、我々、ディアロスにとって最も警戒しなくてはならなかったのが、『聖地レアーズ』への度重なる襲撃です」
「ディアロスの『聖地』?」
二つのことを想像できる。とても美しくて綺麗な場所。そして、ディアロス文化に彩られた、『接触禁忌』の立ち入り禁止空間。行くだけで殺されそう。
だって?角触られたぐらいで、触ったそいつのことを殺してもいい文化を持っている方々だもんね?
「何人も立ち入ることを許されない、封印の土地です」
―――ほらね!!
ディアロス文化を分かってきた気がするぜ。まずは、基本。触るな、だな。触ったら、殺されてもしかたない。
部族全員が『アンタッチャブル』。それが、ディアロス。ロロカのおっぱいが魅力的でも?……ちょっとでも触ったら、殺されるんだよ、きっと。
セクハラ、控えよう!!
「そして。そこに封印されているのが……『ポゼッション・アクアオーラ』」
「アクアオーラ?水晶……『憑依の水晶』?」
「はい。『ゼルアガ/侵略神』を封じた、ディアロス族の秘宝」
「『ゼルアガ』を、封じる?」
「……はい。我々は錬金術に長けていますので……ご先祖さまたちが、かつてそれを作り出して、『ゼルアガ』を封じたのです」
「……そんなものがあるのか」
そう。『ゼルアガ』を退治した神話と、それを成した『秘宝』のハナシは各地に伝わっている。その『憑依の水晶』も、その一つ。
「……盗賊さんは、それを盗んでどうしたかったんだろうな」
「さあ?……さすがに、そこまでは分かりません。倒したい『ゼルアガ』でもいたのかもしれませんね」
「……で。その盗賊王ザハトさんが、この森に宝を隠し?……その噂に導かれた欲深い冒険者たちが森に入り……遭難して、死んで、白骨化。で、今となっては、みんなそろってスケルトンかよ」
欲深いことを罪だと説くときの教材になりそうだわ。
「―――でも。あんなに多くのスケルトンがあふれるのは、変ですよね」
ウルトラ賢いロロカ先生が、オレと同じこと考えてくれていて嬉しい。自分の脳を自慢できるよね。
そうだ。宝物伝説はともかく、スケルトンに『アガーム』の出現は、なんだかきな臭い。ぶっちゃけ、新しい『ゼルアガ』が、こっちの世界にやって来てるんじゃないかとも思うわ。考え過ぎかね?だといいけど。
天災と同じようなもんだ。ヤツらは、いつ来るかは分からないが……必ず、いつかまたやって来る。それは今日かもしれないし、百年後なのかもしれない。
アーレスがその牙で『ゼルアガ』を殺したように、その孫であるゼファーも、同じようなことをする日だってあるだろう。竜の寿命は長いからな。オレがその『神殺しの戦い』に参加できなかったとしても?……ゼファーの長寿なら、いつかは戦う。
そのときのために?
ゼファーの『初代』の乗り手として、ゼファーを最高の飛竜に育てなければならんな。
そう。オレは、育成の手腕を極めなければならない。竜と……あと、無口な狼男を鍛えあげて、それぞれに伝説の幾つかを作れるような男に成長させないとな。
……ああ。ハナシが脱線した。
そうだ。この森に冒険者の人骨が多く眠っていて、スケルトンが発生しやすいというのなら……長居は無用だ。ヤツらを倒しても楽しくはない。
戦いとは、ある程度の強さを持ったヤツとすべきだよ。それに今はね、冒険よりも大事な任務があるからな。
―――ほんと、そのシビアな任務を前にすれば、モンスターの軍勢と戦った方が、ずっとマシな気がしているよ。
もしも、今度の仕事がサイアクな状況へと進んでしまえば?
オレの家族との思い出を持つ、この男の兄を……ジュリアン・ライチを暗殺しないといけないんだぜ?
オレは、オレの家族を知る男から、家族を奪うんだぞ……?
「ああ。しかし、ソルジェさま……立派になられて。きっと、お父上も、空の上で、貴方のことを誇りに思っておられることでしょう」
「……そうだと、いいね」
暗殺者。
そんな罪で汚れた竜太刀を担いだオレを、親父はどんな目で見るんだろうな。
全ては、一族と故国を滅ぼした、ファリス帝国打倒のためだ。
ガルーナと同じ風が吹く、ルードを守るためだ。
そうだ。
それでも、きっと……許されはしないだろう。
―――そこは闇の眷属の生きる森、死霊のうごめく深い森。
呪われた狼の血に、力を与えて。
白骨どもを、もてあそぶ。
侵略神の気配は、森の深く……竜の眼からも、隠れている。
―――竜騎士は、静かに雪を踏んでいく。
心のなかには葛藤が渦を巻いていた、任務、使命、誇り。
守るべきは、民草か、己の名誉か。
誇りとは、なにをもって定義をなすべきなのか。
―――ユニコーンの背の上で、赤毛の男の心を思う。
いい加減、彼女は認めようとしている。
彼が、自分の角に触れていい理由。
彼が、自分の愛馬に乗ってもいい理由。
―――狼は、願うのだ、いつか団長に認められたい。
そうだ、欲しいよ、力がね。
呪われていてもいい、邪悪でもいい。
それでも、あのひとは、いっしょに来いと森から連れ出してくれたから。
―――若き冒険者たちは雪深い街道を進んでいく。
そして、ついにザクロアへとたどり着くのだ。
ギンドウの懐中時計は夕刻を過ぎ、夜へと至る。
ヴィクトーは語る、今夜は、思い出の宿に泊まって下さい!!
―――そして、悲しい定めを背負った竜騎士は、思い出す。
そうだ、そうだよ、この宿だ!!
オレはたしかに、ここに来た!!だから、知っているんだ!!
ここ、『混浴』もあるんだああああああああああああああああッッ!!
……ソルジェ。君のことは大体想像がつくから、今夜もここからリュートを弾くよ。
楽しい夜を!!そして、ケガには気をつけて!!弓姫はツンデレだし、ディアロス族に触れて、無事だった男は少ないんだよ!!
それでも、するよね!!
がんばれ、やっちゃえ、僕らのソルジェ―――って、なんだよ、クラリス!!盛り上がってきたところなのに!!ああ、ダメだって!!リュートを、窓から投げちゃダメだって!!楽器は、そんなコトをするために、出来ちゃいないんだよおお!!
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