第一話 『王無き土地にて』 その8


「―――団長。彼は、生きているのでしょうか?」


 ロロカは近くの木の根元でうなだれたままの男を見つめている。オレは魔眼で確認してみた。魔力は少ないが、だいじょうぶだ。ちゃんと心臓が脈打つと同時に、魔力も鼓動を放っている。意識を失っているだけだろうな。


「……おい。あんた、だいじょうぶか?」


 その中年の商人に近づくと、オレはしゃがみ、うなだれたままになっている彼のホホを二、三度、平手ではたいていた。


「う、うう……」


「お。意識が戻―――」


 男が顔を上げたとき。オレは思わず緊張してしまっていた。オレのすぐ隣にいるロロカもだよ。なぜか?そいつに会うのは、今このときが初めてだったよ。でも、そいつのことをオレとロロカはクラリス陛下から送られて来た書類で見ていたからだ。


 だから、初対面でも、この整った顎髭の紳士の『顔』を知っている。


 そして、あまりに予想外のことだったから、少し混乱もしているな。オレは自分に言い聞かせる。落ち着け。これは予想外の出来事だが、悪いコトじゃないだろう?


「……うう?……わ、私は、いったい、どうなった……?」


 男はうめきながらも、オレたちに訊いて来る。まだ意識がハッキリとはしていないようだな。ロロカのやさしい声が、男に状況を説明した。


「だいじょうぶ。モンスターは我々が倒しています。貴方は助かりました。貴方の仲間たちも、全滅は免れていますよ」


「……そ、そうか……少し。落ち着いたよ―――ん?君は、ディアロス?」


「ええ」


「ここまで南下してきたのかい?」


「ずっと、旅をしているのです」


「なるほどね……君らは好奇心が強いからね。う、ゴホゴホ」


「これを飲むといい。アルコールと煎じた薬草の薬液さ。苦いが、痛みを取る」


「ありがとう……スケルトンに、ノドを掴まれていたみたいでね」


 そして中年の男はオレが渡した水筒から、エルフの作った薬液を飲んだ。


「ぐ。苦……っ」


「そう言っただろ?」


「あ、ああ。ん……でも、不思議だね。痛みが引いて来たよ」


 リエル手製の愛ある品だからね?効果は抜群だよ。男はオレを見てきた。ディアロスと共に旅する人間族を見るのは初めてか?……ああ、ちなみに、オレは眼帯をはめている。この男が誰だか分かったときにね。


 ……だって、あまり怖がらせるべきじゃないだろ?混乱しているヒトに、竜の魔力が満ちた金色の魔眼は、少々、恐ろしいもんな。


「……どこかで見た覚えがある……そんな気がする顔だね?」


「そうか?アンタに会うのは、初めてなんだけどな」


「そう、だよね……?」


 それでも彼は納得していないようだ。オレをじーっと見つめてくる。さて、どういった縁があるのかね?……まあ、アンタが生粋のザクロア人だというのなら、オレじゃなくて、オレに似た赤毛の戦士たちとの思い出があるのかもな。


 それはいいんだが、とりあえず確認しておこうか。お前が、オレの知っている男なのかどうかをね。


「……お前は、『ジュリアン・ライチ』なのか?」


 そうだ。『東ザクロア商業同盟』の代表。オレがクラリス陛下の親書を運ぶ相手。そして、状況がサイアクなことに転がったときは……オレが殺さないといけない男。


 ロロカも緊張しているのが、オレには伝わった。魔眼は眼帯つけてても有効だ。ジャンは、状況が分からないまま、とりあえず黙って様子を見守っている。


 自己主張しないことは彼の弱点でもあるが、余計なことに口を突っ込まないという性格は、今はありがたい。


 さて。この妙な出会いは、運命なのかね―――。


 オレは心の内を気取られないように、表情も選んだ。空を見上げているときみたいな、どこか、ぼーっとした顔だよ。


 ゼファーと……竜と再会するまでの九年間、空を見るときはいつもマヌケた顔していたらしいから、こういう敵意の少ない表情を作るのは苦手じゃなくてな。


 顔はリラックス。心は、そこそこシビアだぜ。


 だけど、結果としては、この緊張はムダなものだった。そう、オレもロロカも『勘違い』をしていたのさ。


「あははは!ああ、よく言われるんだ。それは、まあ、そうだよね?」


「……ん?どういうことだ?」


「ああ、私はジュリアンではないんだよ。私の名前は、ヴィクトー。ヴィクトー・ライチさ。ジュリアンは、私の実の兄だよ」


「……なるほど。すまないな、間違えてしまった」


「いいよ。似ているからね。それで、えーと……君たちは?」


 隠すことはないな。どうせ部下と合流すれば、オレが竜に乗った片目の男だという事実を彼は知る。そして、家に帰れば兄にも報告するだろう。


「……オレは、ソルジェ・ストラウス。ガルーナの翼将、ケイン・ストラウスが四男。今は『パンジャール猟兵団』を率いている、竜騎士だ」


「……君が……ケインさまの……っ」


 ヴィクトー・ライチはその愛嬌の多い商人風の顔にある、大きなブラウンの瞳を丸まると見開いている。親父の名前を口にしたな。親父と親交があったのかね?……あってもおかしくはない。オレは、ガキだったから、覚えちゃいないがな。


「ああ!!そして、ルードの『英雄』だね!!君の歌を、聞いたよ、ソルジェ・ストラウス!!『最後の竜騎士』よ!!」


 ヴィクトーはその場に立ち上がり、オレのことを抱きしめてくれる。うん。オッサンに抱きつかれてるのに、悪い気持ちにはならないのが、彼がストラウスに……オレの一族に敬意と友情を抱いてくれているからか。


 親戚のオッサンみたいな態度で、オレのことを抱きしめていたヴィクトーは、やがてオレをその抱擁から解放した。彼は鼻が赤くなっている。目のあたりもね、泣いていたのか?


「ああ……ケインさまの息子に、命を救われるとは……ッ。なんという縁だろう」


「……親父とは、その、知り合いで?」


「ええ。ビジネスでも、プライベートでも、おつきあいがありました。我々の一族は、兄が大きくしたのですが……一昔前は、温泉宿を経営していただけでしてね?」


「温泉?」


「ええ。ケインさまと奥様も湯治に来られたことがある……貴方の『兄上』と『姉上』がたも……うちの宿にお泊まりになっていたのです!」


「……オレも、か?」


「はい。私はゼビア火山のように暴れん坊の四兄弟を、覚えておりますよ」


 家族。それを失ってしまったオレには、そのエピソードを他人から語られると、無条件に心に温かい気持ちが生まれてしまうのだ。


「団長、良かったですね」


 ロロカが、母性に満ちた顔で、そう言ってくれた。良かった?うん、そうだな。良かったな。自分でも忘れていた家族との思い出話を聞けたことも。その思い出を持っていてくれた男を、死なせずに守れたことも。


 いい運命だな。


 オレのは悲惨で過酷なものばかりが多いけれど、今日、オレに吹いてくれた風は、ありがたいことに素晴らしいものだった。


 そうだ。礼を言わなければならない。


「ジャン。ありがとう」


「え?ぼ、僕ですか?」


「お前がスケルトンに最初に気づいた。だから、彼を助けられることが出来たんだ」


「……は、はい!!ありがとうございます!!」


「ありがとうはいらないぞ。『どういたしまして』と言うんだぜ、ジャン」


「は、はい!!今後は、そうします!!」


 褒められ慣れていない男だな、相変わらず。オレはもっと、この優秀な部下を、ちゃんと褒められるようにならないといけないな。


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