第一話 『王無き土地にて』 その7
「『天狗舞・穿ち』」
ズシュウウウウウウウウウウウウウッ!!
『がああああああああうううおおおおお!!』
白蜘蛛ヤロウの腹に、ロロカ先生の槍が刺さっちまったぜ!!予想はしていたが、さくりと入っていた。いや、オレの想像よりも、ちょっと深いな。
うん。まさかだけど、先生……ひょっとして、『蜘蛛の構造』とか、本で習って知っていたりするのかな。どこをどう刺せば、より深く刺さるとか?
―――ありえるぞ。先生は、読書家なんだ。そういう人種は、ヒトより多くの知識を持っていやがるもんだしね。
それに、虫とか?……オレでさえ、ガキのころは、色々と不思議に思ったこともあったぞ?バッタの脚とか、なんか、不思議な形してるもんな。
もしも、先生ほどの知識欲があれば、蜘蛛の内部構造にまつわる書籍を読んでいたのかもしれないね。ちょっと怖いな。でも、スゴいぞ、先生。
オレが尊敬の眼差しを注いでる女性は、さらに攻撃を連携させる。そう。威力が足りない。ならば?彼女は『それ』を加算していくだろう。複数回に渡り、ダメージを与えに行くはずだ。
「『天狗舞・崩し』」
冷たい言葉が蜘蛛に浴びせられる。そして、ロロカ先生は踊るのさ。槍に掴まったまま、体を前後上下に激しく揺さぶった。そう。それをすれば?
ヤツ深くに突き刺さっている槍が、ヤツの体内で暴れ回るんだよ。矢に回転を与えるのと一緒だ、刺さった後にえぐる。だから、傷口が広がる。達人の矢が、痛いわけだな。
『ぎゅうううううううううええええええええええええっっ!!』
『アガーム/忌むべき崇拝者』が悲鳴をあげた。そりゃそうだ。彼女の舞いは、槍に破壊力を伝えている。内臓をえぐるだけじゃない、時たま、浅くなり、角度を変えて、また深く刺す。おかげで傷口がドンドン広がっていく。
スゲーぜ。ははは!巨大モンスターが、ぶっ壊されていく……ッ。そんなとき、オレのすぐそばで赤茶色の犬が口を開いていた。
『……こわっ』
……し、失言だと思うぞ、ジャン!?君は、女子にそんなコトを言うべきかどうかも分からんのかッ!?
どうか、聞こえていませんように。オレは、団の内的平和のために祈る。
さんざんに、傷口をエグられた後で、『ロス・ヒガンテス』は気づいていた。その地獄から逃げる方法を。そうだ、脚を引っ込めて、落ちるのさ。大地に落ちたら、今よりもっと身を揺さぶって、ロロカ先生をはじき飛ばせるだろ?
だが。
知恵の勝負で挑むべき相手じゃなかったな。
先生は、蜘蛛が落ち始めた瞬間に、そいつの身を蹴って、空に飛んだ。大蜘蛛が大地に落下して、ロロカ先生もほぼ同時に地上へと降り立つ。
そこからは、早撃ち勝負だった。
『ロス・ヒガンテス』が、ロロカ先生に長い前脚を叩き込もうとした―――だが、先生の動きが勝っていた。ヤツの脚をかいくぐりながら、その顔面に対して、突き技を放つ。
『ぎゃうううん!?』
ヤツの顔面に深く、槍が刺さっていた。ロロカ先生の動きは連続する。そう。一撃の強さはない。ならば?何度も何度も、ぶっ刺すまでだ!!
「はああああああああッ!!」
鋭い突きのラッシュだった!!蜘蛛の顔面が穴だらけにされる。しかし、蜘蛛もこのまま殺されるつもりはないのだ。左右の前脚を振り回し、ロロカ先生を打撃しようと試みた。
でも、槍術の天才は、そのときも踊るのだ。
回転する。脚の打撃を躱しておいて、即座に槍の『底/石突き』で敵を殴りつけた。さらに回転し、柄で殴り、つづけざまに打ち、そして刺す。
槍術技のラッシュだな。槍は上手く扱えば、あんな風に『攻防一体』の武器に化けるのさ。
ロロカ・シャーネルは、槍術の『天才』なんだよ。彼女のそれはまるで舞踏のように軽やかなステップを刻み、その腕では大胆なまでの豪快さで槍を振り回す。
間合いを作って蜘蛛の脚を躱しながら、次の瞬間に反撃を叩き込む。合理的かつ精密に、回避と攻撃を連鎖させていくのさ。
まるで、結界。
彼女のテリトリーは不可侵であり、不用意に近づけば連鎖する攻撃の餌食となる。
感動するね。うちの一番上の兄貴も槍の使い手だったが、おそらくいい勝負しただろう。
ロロカが放つ槍の回転コンビネーションを見ていると、兄貴にボコボコにされたのを思い出すよ。兄貴はオレの間合いからヒョイと逃れては、次の瞬間に槍のさまざまな部分でオレを打ってきたもんだ。
突く、叩く、ぶん回して打つし、投げて刺すことも出来る。穂先で、石突きで、柄で、色んなトコロをさまざまな角度で、敵にぶつけて攻撃出来るようになるのさ。
槍使いってのは、剣士に対して圧倒的に強いんだよ。リーチと、その攻撃の多彩さゆえにね。
『ヒギイイイイイイイイイッ!?』
悲惨なまでに顔面を壊される『ロス・ヒガンテス』は、逃亡を開始した。その巨大な後ろ脚たちをカサカサと動かして、木々を足場にして、再び上空へと逃げていた。
「……あら。逃げられましたか」
ロロカ自身には、高い場所へと逃げたヤツを打撃する術はない。ユニコーンの白夜との連携があってこそ、彼女は高く飛べるのだ。白夜がロロカのそばに立つ。乗れと言っているのか?でも、ロロカは白夜に乗ることはない。
騎乗するさいに消しきれないであろう、わずかな隙。それを見せれば?『ロス・ヒガンテス』のヤツは、ロロカと白夜にダイブしてきて、どちらも殺されるだろうね。
だが。邪悪な大蜘蛛よ、忘れてはならないぞ。
オレたちは『チーム』で、お前と戦っているんだからな。
そこの狼男は、『身体能力だけ』なら、我が団でもトップなんだよ。
「いけ!!ジャン!!」
『ガウウウウウウウウウウウッッ!!』
狼が吠えて、次の瞬間、疾風に化けていた。ジャンはリエルの矢と同じほどの速さに化けながら、跳んだ。そう。オリジナリティに欠くが……先輩を模倣するのも悪くない。
ジャンは、木を足場に変えて、連続的に跳躍して蜘蛛の上空を奪った。
そう。悪くないが……甘い。
ロロカと白夜を真似る?そんな『印象的な同じ動き』を二度連続でか?……それは無警戒過ぎるな、いくら何でも対応されるぞ。
そうだ、『ロス・ヒガンテス』はジャンを打撃するために、前脚を上げて、振り落とそうとしていた―――そう。していただけ。現実はヤツの思うとおりにはならない。
なぜなら、さっきも言った通り、オレたちは三人で戦っているからだよ。
ザシュウウウウウウウウウウウウッ!!
振り上げられていた蜘蛛の前脚が、真空の刃で切り裂かれてしまう。そう。オレが竜太刀に風の魔力を乗せて放った、『飛ぶ斬撃』のおかげだ。
『く!!僕は、またドジってしまったッ!!』
「……なら、取り返せ」
『は、はい……っ!!」
ボン!白い煙をまき散らしながら、ジャンが狼からヒト型へと戻る。そうだ。お前にとって最大の威力は、その姿の時に出せるよな。
……『人狼/ウェアウルフ』ってのは、変わっている。あんなガリガリの細身なのによ?ジャンは、『パンジャール猟兵団』で『最も腕力が強い』。
「団長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
技ではない。なので、技名を叫ぶことはない。しかしだ。だからといって、何故か、あいつは『オレの役職』を空で叫びながら、拳を固めて、振り下ろす。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!
ククク、空が割れるような音がしやがったぜ。
『……ぃッ!?』
ホントに強烈な打撃を浴びたらよ?叫ぶことさえ出来ない。骨格がぶっ壊れて、体内を破壊の激痛が駆け回るだけ―――ただの、拳。ただの、パンチがだぜ?
それが、この威力になる。
オレが人狼、ジャン・レッドウッドへの期待が強い理由を、分かってもらえるんじゃないか?
……この力があるんだ、ヤツは、もっと上の強さを目指すべきだろ。
上級モンスター、『ロス・ヒガンテス』の体が大きく歪み、砕けながら落下してくる。
……ほんと。スゲー力だな。ああ、うん。ジャンめ、よくやったよ。
……でも。なんだろうな、この気持ち?
……モヤモヤするぜ。
……そうだよ。ロロカとジャンに、強いところを見せつけられて?
オレ、ムチャクチャ焦ってるわ。
―――そうだよ。死ぬほど主張したい。26才にもなって、大人げないと非難されても構わない。だって、魂が、叫んでいやがるんだよ!!
この団で、『一番』なのは……最強どもの中でも『最強』なのは、このオレだっつーのッッ!!それを、証明しておきたいんだッッ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
全身に『雷』の魔力をみなぎらせていく。身体強化術、『筋力増強/チャージ』だよ!!その魔術を用いることで、オレは普段の十数倍の力を手にする!!雷の魔力に補強された、豪腕の誕生さ!!
これなら、狼男にだって負けないぞ!!
そうだ。今からオレが放つのは、技じゃねえ!!
技に頼らん!!力だ!!
ただの力を帯びただけの『パンチ』で、仕留めてやるよッ!!
「でやあああああああああああああああああああああああああッッ!!」
大振りだ、大振り!!技の欠片もありゃしねえ!!ただの最速!!ただの最強!!威力だけを重視した、オレの『右アッパー』だよッッ!!
それが、大地に叩きつけられる直前に、『ロス・ヒガンテス』の頭部にめり込む。クソ、重いぞっ!!だが……ジャンめ……ッ。ま、負けるか、お前みたいな若手ごときに、この経営者サマが、負けられるかああああッ!!
「……ッぬ、がああああああああああああああああああああああああッッ!!」
無理やりに力を込めて、オレは右アッパーを振り抜いていた。
『ロス・ヒガンテス』の骨で出来た体が粉砕されながら、吹っ飛んでいた。背後にある木に、その巨体はぶつかる。そして……息を荒げまくっているオレの目の前で、そいつの全身にヒビが入って、粉々に砕け散ってしまう!!
「す、すごい!!すごいですよ、団長ッッ!!」
「そうだろう!!お前には、まだまだ負けねえぞッッ!!」
オレはジャンに威張り散らしていた。そうだ。負けるか!『パンジャール猟兵団』の経営者として、若手の猟兵に『力の象徴』……『腕力』で負けることなど、あってはならんのだッ!!
「……ぼ、僕なんて、まだまだですッ!!」
「そ、そーだ。精進したまえ」
「は、はい!!……ああ、スゴい。団長は、やっぱりスゴいなあ……っ」
うおぉ。怖いぐらいにキラキラした瞳で、彼はオレのことを見てくる。ああ。なんだか、居心地が悪いぞ。ほんと、オレは、なんて大人げないのだろうか。
……そもそも、魔術でドーピングしまくってるのに、『負けてねえ』ってコトはないだろ?
クソ。素直になれないオレがいるぜ……なあ、ガルフ・コルテス。アンタはさ、いつから若手に力負けすることを、受け入れられたんだ……そういうのを教える前に、死なないで欲しかったぜ。
「……僕、団長のパンチを目指しますね!!」
「……あ、ああ。がんばれ、ジャン」
「はい!!」
そして……頼むから、あのパンチに、ちゃんとした名前をつけて欲しい。オレの名前以外をな。アレは、正直、かなり気持ちが悪かったんだぞ……。
君はオレを尊敬して懐いてくれているようだが、ちょっと依存しすぎてはいないだろうか?
ああ、そうだな。自信をもたすためにも、さっきはもっと褒めるべきだったんだ。でも、オレは下らん張り合いを優先しちまった。すまねえな、ジャン。オレは、まだまだ未熟者だよ。
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