第一話 『王無き土地にて』 その6


 ユニコーン。久しぶりにその背へと乗せてもらったが。やはり、速いな。そして、異質を覚える。これが、馬か?―――いや……そうじゃない。もっと、こう効率的で、まるで時計みたいな感覚があるね。


 馬ではあり得ないほどの、『歩法』を発揮している。バランスが良いなんてモノじゃない。ほぼ揺れないし、その絶妙なステップで、木と木のあいだを滑らかにすり抜けて走って行く。


 動物の発想ではないな。


 むしろ、オレたち『ヒトの考えそうな理想』。それを、この不思議な生物は体現して見せている。竜と共に育ったオレには分かるぞ。生物同士のあいだには、それぞれが理想と思う動きに、絶対的な差異があるものさ。


 本能に刻まれた哲学ってモンがね、違うんだよ。竜とヒトでは、心に思い描く理想は別物。それが当然なはずだ。なぜなら、違う生き物だから。


 でも。このユニコーンくんには、『ヒトの理想』が反映されている……されすぎている。それは、ありえないし、とても不自然なことだよ。こう動いたらいいな?オレたちの発想に、コイツは応えすぎている。


 ロロカ先生の『知性』を、頭にぶっさされた『角』で継いでいるのかね。もしくは、ロロカ先生の心のままに、脚が動くような魔術でもかかっているのか?


 ……分からん。魔眼でも読めん。それだけに好奇心をくすぐられなくもないが……今は知識の深淵をのぞき込んでいる時間じゃないな。森の深くにさらわれた、どこぞの社長さんを救出しないといけない時間帯さ。


「……いました!あそこ、ジャンくんです!!」


『ガウ!ガウ!ガウ、ガウウッ!!』


 狼が吠えていた。そこに敵がいる。そんな意味を込めてね。


 でも。吼えるヒマがあれば噛みつきやがれっつーの……?オレは一瞬そんなことを思ったね。いやねえ、悪い癖なんだけどさ。上司ってものは、『部下の悪いところばかり』が見えるような習性してるんだよ。


 残念だけど、そんなもんだ。君が上司や先輩に怒られてばかりいるのは、君の落ち度だけが問題じゃない。ヒトは部下や後輩に対しては、ダメなところを見つけるのが上手いんだよ。勝手に必要以上に失望されてるだけさ。


 ……そう。今回のオレの考えも、それの一つだった。


 ジャンは、すべきことをしていたよ。自分に出来ることは、全てやっている。そうだ、敵を見つけ出して、オレたちをその場に呼んだ。


 それでいい。十分だ。そこから先は……ジャンに出来ることはなかった。


 そりゃそうさ?


 狼の足では、どうにもならんよ。そいつは、あまりに背の高い針葉樹のはるかな高みに、脚を広げて取りついていたのだから―――。


 あのバケモノを言い表すのに、あまり複雑な言葉はいらねえかな?そう。『クソデカい蜘蛛』さ。脚を左右に広げた幅が十メートル近くある、ほんとデカくて不気味な怪物。


「……あ、あれは!!」


「……白蜘蛛、『ロス・ヒガンテス』だな……ッ!!」


 白い人骨で『編まれた』肉体を持つ、邪悪で穢れ果てた怪物さんだよ。


 『ゼルアガ』が、この世界を陵辱して産ませた『ガキ』みたいなもんだな。親である『ゼルアガ』の『姿』を模倣して、その『形』は作られるのさ……。


 長い年月の呪いが集まり、やがて、『それ』に至る。親の因子に呼ばれてしまうのだろうね?ムカつくことに、その形状だけなら『ゼルアガ』にソックリになるんだよ。


 それらを、こう呼ぶのさ、『アガーム/忌むべき崇拝者』ってな。


 オレの爺さんの歌で聞いたことがある。スケルトンどもをぶっ殺しまくっていたら、その欠片が集まって蜘蛛に化けた。それが、『ロス・ヒガンテス』だってよ。


 『数十人ぶんの人骨』で製造されたその邪悪は『餌』で、オレたちをおびき寄せやがったようだな。


 クソ野郎め!オレたちの気配を感じていたのかもなァ!?


 だから、あえて一人だけ、さらったんだろう?


 スケルトンを傀儡にして操り、そこの木の下でうなだれているオッサンを、ここへ運んだ。自分の得意な場所に運び込む?……あるいは、お前を一瞬で焼き払ってしまいそうなゼファーと、オレたちを引き離すためか?


 だとしたら?


 舐めてくれるな。


 貴様は、あんな幼いゼファーよりも、『パンジャール/白獅子』の『猟兵』である、このオレたちが……『弱い』とでも言いたいのか。


 ―――腹が立つぜ。



 うちの猟兵団、舐めてんじゃねえぞ、デカいだけの虫けらごとき分際が。


 オレは、ユニコーンの背から降りる。


 そして『ロス・ヒガンテス』が取りついた木に向かって歩き、ヤツのことを睨み上げるのさ。すまないね、ストラウスさん家の家訓でね?……舐められたら、にらみつけて悪態吐かないと、今夜、ぐっすり眠れなくなるんだよ。


「来やがれ、クソ虫がッ!!」


『ぎゃぎぎぎぎぎいぎぎぎいいいいいいいいいいッ!!』


「き、来ます!!」


「ああ。猟兵冥利に尽きるじゃねえかッ!!歌になるような、クソ怪物野郎と、殺し合いするなんてよッ!!おい!!歌え、ジャン!!」


『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!』


 ククク!そうだ、いいぞ、ジャン!!


 お前は、狼だ!!


 今こそ、犬から、狼に戻れッ!!


『グルルウルウ!!ワウウウウウウ!!ウウウウウウウウウッ!!ガオオウウッ!!』


 口からヨダレを垂らしながら、凶暴化したジャンが吼える。上空からカキキシカキキシという乾いた音を立てながら降りてくる『ロス・ヒガンテス』を威嚇しているな。


 ……う、うん!


 その獣的な闘志は、悪くない。


 悪くねえんだが、テメー……そっか、攻撃手段がないのかッ!!


 だよな。だって、お前は狼だもんなぁ?……でも、ジャン。狼だからって、あきらめてるんじゃねえよ。ロロカ先生と、ユニコーンちゃんは、何かやらかすつもりだぜ。


「白夜、お願い!!」


『……ぶるる』


 感情の乏しい白夜が、久しぶりに生き物っぽさを現した。彼はロロカ先生を乗せたまま走り、驚いたことに、オレが引くほど高く跳びやがった。


 ジャンも、がる!?……って、顔になっていやがるな。そりゃ、そうだ。馬って、あんなに跳べるとは思わなかった。


 白夜は、馬を超える。驚愕の運動性能を見せつけて来やがるぜ……ッ。どうなってるんだ?蹄で木に蹴りを入れて、さらに高く跳びやがった。


 そこから?


 ロロカ・シャーネルが愛馬の背を蹴り、空へと向かう。『三段跳び』だな。いや、普通は『横』への移動だが、これは、世にも珍しい『上』への三段跳びさ。


 高度は十分だったよ。


 『ロス・ヒガンテス』は驚いていたかもしれない。メガネをかけた巨乳の女だぜ?正直、戦勝パーティーのときのスイーツのせいで、服がキツくなりかけていた微ポッチャリの彼女がだ、まさか、自分よりも高い位置に躍り出るなんてな。


 ロロカはヤツの想像を超えたな。


 なるほど。『恐怖』というのは、知性ある全ての存在に有効だということか。


 分かるか?蜘蛛よ、貴様は怯えている。だから、この一秒のあいだ動けなかった。


 想像の範疇を超えた動きに対して、身構えなくてはいけないと、体が思い込まされている。反射できなくもないはずだ。ロロカのスピードは、そこまで速くはない。


 でも、彼女の動きを理解できなかった貴様の心には、恐怖が生まれちまい、その身を凍てつかせた。恐怖に、身がすくんだのさ。


 身をすくませるということは、関節を締めて攻撃されることに備えることだ。悪くない。そうだ、耐えようとしなければ、この一撃で決まっていたぞ。


「……『天狗舞』」


 ディアロスの才女の唇がそうつぶやいて、空のなかで身を捻った。そして、しなやかにして強烈な槍の打撃が、巨大蜘蛛の頭?に命中する。


 なんという柔軟性。これを女子ならでは……と言っていいのか?とにかく。さすが、馬上槍術の天才ロロカ先生だな。


 長い槍に、柔軟な体での回転を与えて、まるで鞭のような……いや、ゼファー/竜の尾による打撃にも似た破壊を産みだしていたのさ。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!


『す、すごいっ』


 重量級の破壊音が、上空に響き、ジャンの口がグワッと開く。コイツにとっても、ロロカの動きは想像を超えた世界だったらしい。まあ、オレもだけどね。


 槍術の大家、ロロカ先生さまの演舞はつづくぞ。


 強烈な打撃を『ロス・ヒガンテス』に与えたロロカ・シャーネルは、その技の『反動』を用いて、さらに上空に飛んでいた。


 なんという器用さ?……オレにはアレはムリだな。柔軟さが違う。そして水色の瞳と『水晶の角』を輝かせながら、槍が踊った。


 それはくるりと緩やかに舞って、縦に構え直される。


 オレも槍術を習っているから、分かるぜ。彼女、ぶっ刺すつもりだッ!!


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