第一話 『王無き土地にて』 その5


『だ、団長!!団長、大変ですよ!!』


 パニックになりかけている犬が、オレとロロカの足下にやって来る。イラついていたせいで衝動的に蹴りたくなるが、ガマンする。犬をいじめるなんて、人類失格の行いだ。


「……どーした?」


『も、モンスターです!!モンスターの臭いだ!!』


 その発言に、『パンジャール猟兵団』の全員が緊張を高めていた。皆が、それぞれの武器に手をかけ、ゼファーが雪に突っ込んでいた首を持ち上げる。


『……ほんとだ。いま、においでわかった』


 ゼファーの嗅覚を、超えたのか!?……さすがは人狼。やるな、ジャン。


「で。どっちだ!?近いのか!?」


『あっち!あっちですよ、団長!!ここから、四キロぐらい先です!!』


「……四キロ」


 そんなに離れているのに、よく分かったな。そう褒めるべきか?……それとも、そんなに離れているのに、なぜ、そこまでビビっているんだと叱るべきだろうか?


『……団長?』


 犬が首をかしげながら、オレを見上げていた。


「い、いや。四キロ先か。うん、よく分かったな」


『は、はい!ありがとうございます!!』


 オレはけっきょく、褒めていた。ジャンは、褒められて伸びるタイプかもしれないじゃん?……そうだといいな。


『……『どーじぇ』。もんすたー、だれかをおそってる』


「なんだと!!」


『そ、そーなんですよ。だから、僕、慌てたんです!!』


「そうだったのか。そうか、それなら、行くぞッ!!」


 オレとリエルとミアがゼファーに飛び乗り、ロロカはユニコーンを口笛で呼んだ。ジャンは、僕について来てくださいと叫び、恐ろしい速さで森の奥へと消えていった。


「……そんなに走られると、見えんぞ」


『だいじょうぶ。『おいしいにおい』を、おえるから』


「じゃあ、安心ね!!いきなさい、ゼファー!!」


『うん!『まーじぇ』!!』


 ゼファーが空へと舞い上がる。


 ……出来る部下たちがそばにいて助かるね。『おいしいにおい』。オレ、その単語をどう処理すべきなのか、頭が迷っていた。でも。そうだ。今は、気にしている場合ではない。竜騎士として、モンスターから人々を守らなくてはならない!!


「ゼファー、ジャンを追いかけろ!!」


『うん!!』


 空中で翼を踊らせて、ゼファーは角度を調整する。雪混じりの風が、オレたちの体を打つ。リエルが、寒っ!!と口にしていた。まずいな、指が凍てつけば射撃の精度が落ちるかもしれない……本格的な防寒装備。それも買わなくてはな。


 ジャンは人狼の本領を発揮していた。


 ヒトの知能を持った、強靱な狼として。


 降り積もった雪さえも蹴散らし、まるで風のように走っていやがる。眼帯を外し、オレはアーレスの魔眼を解放する。ジャンの肉体からは、魔力がほとばしっている。これは土地に祝福されている現象なのか?


 エルフが森から魔力を得るように……あいつもまた、『この森』から愛され、力を分け与えられているのだろうか。元々、森に引きこもっていたヤツだし?……いや、『故郷』に近しいからこその『何か』があるのかもしれない。


 そうだな、この森林地帯には、『人狼』にまつわる因縁があるのかも?ヒマが出来たら、探検ゴッコをしてみるのも有りかもしれん。


 だが。今は……ッ!


『いたよ!!みえる!!』


「私も確認した!!」


「リエル!!指は動くか!!」


「大丈夫。戦いになれば、血は燃える!!」


「上等だ!!」



 魔眼と自前の目玉で、オレはそいつらをにらみつけていた。馬車を襲っているぜ。白い連中がな!!


 あの白い連中は……スケルトン!!


 爺さんが昔大量に焼き払いながら歌になっていったという、あのバケモンさ。今は、そのときみたいな膨大な数じゃない。せいぜい、40から50体ってところか。


 それだけの数が地下からわいて、商隊と思しき複数の馬車を襲っていやがる。


「ゼファー!!降下しろ!!」


『わかった!!』


「リエルは射撃で援護!!ミアは、オレと一緒に突撃するぞ!!」


「おっまかせーッ!!歌ええええッ!!ゼファーぁああああああああッッ!!」


『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 ゼファーが歌いながら、商隊を襲うスケルトンどもの群れへと突撃していった。何匹かのスケルトンを粉砕し、そして、ブレスを吐いた!!


 雪を溶かす赤い嵐が、呪われた骸どもを、焼きながら吹き飛ばしちまうのさッ!!


「援護する!走りなさい!!」


 エルフの弓は、商人たちに襲いかかっていたスケルトンの一体の頭部を破壊する。いい腕だ。戦いの熱で、指の凍てつきは溶けちまったようだな!!


 ……スケルトンは、そうだ。頭部を壊せば、矢でも倒せるんだよ。ん?他の退治の仕方……?


 ―――こんな風にすればいいッッ!!


「うおらあああああああああああああああッ!!」


 ゼファーの背から飛び降りながら、オレは背負っていた竜太刀を抜き放つ!!破壊力を帯びた斬撃が、動く骸骨野郎を叩き斬るッ!!


『ギュヒイイイイイイイ!!』


 ヤツの骨から風が噴き上がる音が聞こえるなあ。これは呪いを帯びた空気だよ。スケルトンの骨には、こんな邪悪なモンがパンパンに詰まっていやがるのさ。


 オレは次のターゲットに向かう。ああ、数が多いからな!!しかも、クソ!!間に合わなかったか!!何人か、殺されているな!!


 骸骨どもは胃もないというのに、その朽ちかけた歯をつかい、むさぼっていやがる!!自分たちが殺した商人の死体に群がって、ヤツらは、屍肉を喰らおうと必死だ。


 最悪な呪いだぜ。


 『飢えろ』と呪われているんだよ。だから、肉に食らい付いている!!だが、ムダなことだ!!ノドも無ければ、胃袋も腸もないんだぞ。食い千切った肉が、アゴの骨のあいだから、こぼれていくだけだろ……ッ。


 食えるわけもないのに、食おうと必死にむさぼっている!!


 やめろよ。お前らは、飢えて、殺して、喰らっても、腹は満たせないんだよ……っ。


 ちくしょうめ。元はヒトだというのに、こんな惨めなことになりやがってッ!!


 そうさ。


 スケルトンってのは、元々ヒトだ。ヒトが死に、その骨が呪われて、ああなる。呪ったヤツ?もちろん決まってるだろ、世界を脅かす、『異界の神々』……『侵略神/ゼルアガ』の誰かだ。


 『ゼルアガ』というのは、異界から、オレたちの世界を侵略しようとしていやがる悪神たちのことだ。何柱もいた。今も世界のどこかで『こっち』に来ようとしてるのかもな。


 アーレスが『竜騎士姫』といっしょに、大昔ぶっ殺したのも、その一柱だよ。


 連中は何がしたいのかは知らないが、その絶大な魔力をもって、この世界の理を破壊してしまうのだ。その行為は、『世界の浸食』とも言われてる。迷惑な話だ。


 とにかく、ヤツらは性格が悪い。歴史上、何度も世界に現れては、世の中を荒らしてくれたのさ。


 その『歴史』を思い返せば?……ヤツらは、好き勝手に、オレたちの世界を弄くり回すことを『楽しんでいる』ように思えるぜ。


 そこに意味なんて、ないのかも?オレたちにとっての性欲や食欲と一緒で、世界を狂わすことで、あいつらは幸福感でも感じてるのかもしれない。


 このスケルトンたちも、いつかこの世界を襲っていた『ゼルアガ』に呪われた連中なんだよ。『ゼルアガ』がこの世界からいなくなっても、その呪いが残存することは多い。


 ……それが、このスケルトンたちの原因だろう。


 オレたちの世界から、『ゼルアガ』を排除しても祓い切れなかった、呪い。そいつが、ときおり地の底から漏れることがある。そして、共同墓地にでも、その呪われた風が流れてしまえば?……スケルトンどもの誕生さ。


 そういうのを予防するためにも、ガルーナ文化みたいに火葬を推奨したいものだが。でも、ヒトさまの葬式にケチをつけるわけにもいかんしな。


 しかし。見るに耐えんぞ、死体とはいえ、貪られるヒトの肉を見るのはなッ!!オレが生存者の救助よりも、生理的な衝動に駆られてスケルトン退治に向かおうとした瞬間。気合いを帯びた声が、凍えた戦場の空気を切り裂いていた。


「はあああッ!!」


 白夜がこの場所に追いついていた。白いユニコーンにまたがる女騎兵は、槍を巧みに操り、死体に食らい付いていたスケルトンを破壊してみせる。ロロカ・シャーネル!彼女の流麗な馬上槍術が、白骨の呪われ野郎を駆除してくれた!!


「団長!!後ろは我々に!!ミアとジャンといっしょに、救助に向かってください!!」


「了解だ!!」


 オレは走る。そうだ。ミアとジャンは、すでに馬車を襲っているスケルトンたちを駆逐しにかかっていた。背に傷ついた商人とその護衛をかくまうようにして、守っている!!ジャンは矢のような速さを宿した体当たりで、スケルトンの体を破壊した。


『がるるるるるうう!!』


 スケルトンを倒して、興奮してやがる。そうだ、テメーは『素』で強い生き物だ。考えるな、肉体が思うがままに暴れろ!それだけで、ジャン、テメーはクソ強い!!


「……行っくよーッ!!」


 ミアは、『手甲』から伸ばしたミスリル・クローの連続攻撃で、スケルトンが彼女の肉体へと伸ばして来た白骨の手を切り裂き、口惜しそうに開かれた骸のアゴを、下からの蹴り上げで頭蓋骨ごと破壊する!!


 ブーツの底に入れた鉛の威力だな。体重が足りない分を、重りで補っているんだよ。


「あははははははッ!!」


 ミアの黒い瞳が、見てるオレをゾクッとさせちまうほどの魅力を放つ。


 敵を仕留めることを喜ぶ、猟兵の目だよ!……そうだ。いいぜ、ミア!!それでこそ、ストラウスさん家の養女だぞ?オレの妹は、そうでなくちゃなあ!!


 そんな戦闘技術を見せられちまえば……。


 オレだって、やる気になっちまうぜ!!


 足下の雪を蹴散らしながら、オレの体が竜巻へと化ける。


「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 スケルトンは別に速い敵じゃねえ!その上、ここは雪が積もっていやがる!!ヤツらの動きは制限されている。竜太刀を大振りにしてブン回すなんていう雑な動きでも、逃すことなく、叩き切れるってもんさッ!!


『ぎゃううう!!』


『がしゃああああ!!』


「フン。雑魚どもが!!一気に決めてやるぜッ!!」


 4匹のスケルトンを腕力任せでぶっ壊した後で、オレは炎を竜太刀に宿らせる!!


 炎が踊る刃を見ながら、オレは興奮してしまうね?


 今日も魔竜の炎は絶好調さ!刃の上で渦を巻き、狂ったように暴れているぜ!!行くぜ、アーレス!!こいつが、オレの剣とお前の炎が合わさり至る必殺技ッ!!


「魔剣ッ!!……『バースト・ザッパー』ぁあああああああッッ!!」


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


 爆炎をまとった竜太刀を、オレは大地目掛けて叩きつけていた!!鼓膜が大震災だぜ!!……ってぐらい揺さぶられ、それと同時に大地が爆ぜるッ!!


 魔を帯びた爆風が、戦場を突き抜けていくッ!!


 6匹ものスケルトンを、その赤い色をした破壊が吹き飛ばしていた!!


 いい威力だ。揺れた空気が森の木々に伝わり、その枝たちに積もっていた雪たちがバサバサと落ちていく。ふむ、自画自賛しても許されるだろう?自分で放っといて何だが、この威力、感動モンさ。


 しかし。どうにも、オーバーキル過ぎるな。この程度の敵には不必要な威力だった。雑すぎたから打ち漏らしもいるしね。


 まあ、そこは連係プレーさ。赤茶色の犬と、黒猫ちゃんが、左右からスケルトンの残存部隊に襲いかかる。


 さらにはリエルの矢が、スケルトンどもを連続して射抜き、ロロカの槍と白夜の蹄がスケルトンどもに叩き込まれていった。


 ゼファーは尻尾をヒュンと鞭のようにしならせて、スケルトンを打ち壊していく。そうだな。コイツらに牙は使わない方がいい。


 こんな汚らわしいモンを、カルシウムとして摂取する必要はねえよ……もっと。健全な骨をかじって大きくなりなさい。


 そして。オレ、今、ヒマすぎるな。こちらの戦力が過剰すぎるよ。みんな優秀すぎだ。団長さん、もう遊び相手が近くにいなくなっちまって、余っているぜ?ぼっちだよ……。


「あ、あんたら……な、何者だい?」


 背後から怯えた声が投げかけられる。ああ、生存者だ。腕にそれなりに深い傷を負ってはいるものの、致命傷ではない。怯えているな。


 ああ。今の彼が抱いている恐怖は、スケルトンに対するものではないね。竜と共にやって来た、金色に目を輝かせているオレに対してだ。


 魔眼が、彼の心を読んでしまう。


 彼の心からあふれているのは、紫色。疑惑と、不安の色さ。オレをバケモノの仲間みたいに考えているよ。下手すると……オレを『ゼルアガ』の類か、その眷属の『悪魔』とでも認識しているのかもしれん。


 怯えなくてもいい。オレは、騎士の類だ。戦場でなければ、弱者は喰らわん。


「……オレは、竜騎士さ」


 通じるだろうか?……もはや、歴史から忘れ去られかけていた、この古い言葉が?


 なあ、オッサン。アンタもガルーナの同盟であった、ザクロアの地の民だというのなら、聞いたことぐらいあるだろう?……我らストラウスの血族の歌を?


「竜騎士……まさか、ガルーナのかい?」


 くくく。さすがは中年。覚えておいてくれたかい、オレたちの歌を。


 なんとも、顔がニヤついちまうぜ。懐古趣味だな、オレ。


「そうだ。ガルーナ最後の竜騎士!……ソルジェ・ストラウスだ!」


「そ、そうか……滅びていなかったのか……うぐッ!」


「おい。ムダに動くな。肩の肉が、ちょっと無くなってるんだ。じっとしてろ。もうすぐスケルトンどもは、うちの連中が全滅させちまう。そしたら、治療してやる」


「そ、それはいいんだが……ひとり……うちの社長が、さらわれちまってる!」


「なんだと!?」


 二つの意味で驚いた。スケルトンにヒトがさらわれたという『被害』と、スケルトンのような知性の欠片もないモンスターが、ヒトを誘拐したという『行動』についてな。


 本能に衝動されて、その場で肉に食らいつくのが、あの連中の基本パターンだろ?どこかに引きずり込む?そんな知性なんて、ヤツらには無いはずだが―――。


 しかし、後者の疑問はムシするべきだな。そう、『変わったスケルトン』がいただけかもしれん。『何事にも例外があるものです』。インテリな初代副官、ガンダラさんの言葉だよ。


 そうだ、問題は、生存者がさらわれたことだぞ。まだ、生きているのなら、救助してやるべきだな。死んでいたら?仇をうってやろうじゃないか。


「そいつは、どこだ?」


「あ、あっちさ。ひときわデカいスケルトンに、森の奥に引きずられちまった」


「……森の中か」


 クソ。木々が深い。ならば、ゼファーはデカすぎてムリ。となると……!


「ジャン!ここはいい、敵の臭いを追え!!」


『がるるるううッ!!』


 狼がそんな返事をして、森へ向かって走り始める。


 あとは、足だな!!


「ロロカ!!」


「はい!!」


 ユニコーンの白夜がオレの前にやって来る。オレは、ロロカの後ろに飛び乗った。


「リエル!ミア!ゼファー!!こっちは任せたぞ!!」


「ええ!早く行きなさい!!」


 さすがは、うちの『マージェ』。ハナシが早い!


「ロロカ、白夜に、ジャンを追わせろ!!あいつなら、必ず敵を見つける!!」


「はい!お任せ下さい!!」


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