第一話 『王無き土地にて』 その4
……その旅は二日と半日かかった。
キャンプでの夜を二度過ごしたあとで、オレたちは四月なのにまだ雪の残るザクロアの地へとたどり着いていた。ほんと、寒いね。三日前まで乾燥した温暖な土地にいたから、余計に疲れるな。
これは、時間をかけて北上したことは良かったかも?いきなり、この寒い土地にゼファーで一っ飛びなんてしていたら、環境が変わりすぎて風邪引いちまったかもしれん。季節の変わり目は体調を崩しやすいからね。
ほんと、季節が逆転した感じだ。春から冬に戻っちまってるよ?
ミアなんて、ほら……雪で玉つくって、ゼファーにぶつけまくってる。
ゼファーは飛んでくる雪の玉を、鼻先からわずかに焔を吹いて溶かしているな。斬新な雪合戦しているなあ、なんかもうルールとかなさそう。
でも、荒くれた猟兵らしいゲームなのは、良いことだ。お兄ちゃんは、そういう無法者めいた行為にトキメクぜ?
「……子供は元気ね」
リエルがどこか大人びた声でそう言った。ああ、いつもの薄着じゃなくて、パンツルックになってる。寒いのか、あの太ももが?言ってくれれば、抱きしてめてやるのに。
「……朝から、いやらしい目を向けるんじゃない」
「ん?そ、そりゃ、スンマセン」
「バカな男だ」
ツンデレはオレの知能に手厳しい評価をして、寒い寒いと呟きながら、焚き火の前に座る。焚き火の近くには、狼モードのジャンがいた。
「あら、ジャン。いたのね?踏むところだったわ」
『え?……ああ、す、すみません。どきます。どきますから』
「どかなくてもいいわよ」
『……は、はい』
……なんか、団の若手たちの力関係がハッキリしてるな。リエル、ミア、ジャン。うん。まちがいなく、ジャンが一番下っ端だ。
ふむ。こうなる予定では無かったんだが、オレの育成計画に間違いがあったのだろうか?
ジャン・レッドウッド。ヤツは、たぶん、オレのことを崇拝してくれている。昨夜も、同じテントで寝るとき、じーっとオレのことを見ていた。
怖かったよ、もし、あいつがオレを見ながら自慰行為とか始めたらどうしようってさ?
……ああ、冗談。さすがにそんなことはなかった。それに、あいつは女性の尻フェチだ。ゲイじゃないよ?……きっとね!
まあ、オレに憧れてくれているのはイヤじゃないんだが、あの自信の無さというか、依存性の強さというか……もっと独り立ちして欲しい。一匹狼みたいにさ?クールな感じを出して欲しかったんだが?
今のヤツは、焚き火に腹を向けて寝転がっている。ああ、狼よ?君は、もっとこうワイルドな青年になる気はないのか。
一応、このオレに憧れてるんだよね?オレってさ、たぶん、そこそこワイルドだよ?牙も生えてて毛皮もあるんだから、オレよりはワイルドな生活態度してくれんか?
『へっくし!!』
「あら。ジャン。風邪なの?火を強くしてあげるわ」
『あ、ありがとうございます、リエルさん。ああ、冷えますねえ……っ』
「……難しいもんだぜ」
「―――そうですね」
「ん?おう、ロロカか」
女子用テントから出て来たロロカが、オレの部下育成方針に関する苦悩を察してくれた?
いや、そうじゃないな。マジメな彼女は、昨夜もザクロアの地政学的情報満載な資料集を読みふけっていたらしい。
目の下にクマさんがいた。
オレの目の下にもいるんだけど、これ、ジャンの視線が気になって眠れなかったという、本当にどうでもいい理由によるものだ。彼女の聖なる労働と比べることなど、おそれ多くて出来やしない。
ああ、なんて罪悪感だ?
謝りたい気持ちになってくるぜ。
副官の君に、がんばらせておきながら、オレ、下っ端の部下とのコミュニケーションに悩むとか、どうでもいいコトに脳細胞を働かせていたよ。
「……団長、策は浮かびましたか?」
もちろん、ちゃんとビジネスの方も考えてはいたけどね?いつも日常にはユーモアを取り入れて生きていきたいと考えているが、基本、ワーカホリックなんだよ、オレってば。
「……ああ。策というか、方針はな」
「方針、ですか?」
「うん。まずは、手堅く『西ザクロア鉄血同盟』に接触しようと思う」
「なるほど、ヴァシリ・ノーヴァ代表に会うのですね」
「どう思う?」
「ベターだと思います。彼は、きっと我々の意志に同調してくれる」
「だろうね。問題は、『東ザクロア商業同盟』……ジュリアン・ライチ代表だな」
「……フクロウの夜間郵便で、女王陛下から情報が届いてますが……ライチ代表は帝国第五師団の将軍、ザック・クレインシーと会食までしたとか?」
「……なるほど。『岩砦』のクレインシーとね」
『岩砦』。クレインシー将軍が得意とする陣形さ。隊列を四角に配置するのが特徴だ。進軍スピードは無いが、とにかく付け入る穴がない。防御に優れた陣形の使い手ってワケだよ。ほんと地味だが……会戦で負けるような将軍じゃない。
たとえ追い込まれても、最小限の被害で撤退してみせるだろう。そういう厄介な男だ。戦術と性格に関連性があるのかは知らないが、ヤツはそれなりに温厚らしく、相手との交渉を気長に待つ度量はあるようだね。童話のキャラクターにされるとすれば、きっと亀なんじゃないか?
……イヤな分析結果だな。頭に血が上りやすいとか、とにかく好色だとか、そんな情報は、クラリス陛下からの情報にはどこにも載っていなかった。
数に勝る上、『手堅い戦略』を好むか……前回の第七師団にくらべて、数は三万五千と多くはないが、むしろ、より厄介な相手だ。
『西ザクロア鉄血同盟』の軍事力は?資料を信じるのなら、7000と言ったところか?『東ザクロア商業同盟』は自警団400人と600人の傭兵……。
合わせても8000。
三万五千の敵と戦うには、心許ないな。
ルード王国からの援軍も、こう離れた距離では期待できない。即応できそうなのは、軽装騎馬隊500ぐらいか?……ギャリガン将軍のベヒーモスは、あの巨体から連想すれば長距離走には向いていないのだろうなあ。
500。精鋭ぞろいであるのなら、それなりの意味がある数字だ。だが、それでも8500と三万五千の戦い。不利は極まりないねえ。
しかも、その内の1000は、いつ敵に寝返るかもしれないと来たもんだ。前回の戦とは逆に、結束が弱いのはこちら側だな。ほんと、負け戦の臭いがプンプンしやがるぞ。
まあ、『こちら側』と言っても、まだ、ルード王国とザクロアは同盟を結んだわけじゃない。しかし、仮に同盟を結んだとしても、そんな悲惨なシミュレーションを思いつく。
なるほどな。
だから、オレは……いや、『竜騎士』が派遣されたというわけだ。
オレたちにだけあって、帝国には無いアドバンテージ。それが、『竜』。
さっきのシミュレーションに、オレとゼファーが組み込まれたら?戦況は大きく変わることさえあるだろう。一方的に負けるとは限らない。
全軍でチャンスを作ってくれるなら、オレとゼファーでクレインシーの首を取るぐらいは出来るしな。
……あるいは。
最悪の場合、首脳の二人だけでもルードに『亡命』させることだって可能だ。国と味方を捨てて、逃げ出しちまうのさ。その『逃げ道』を用意してやれば?……合理主義者のジュリアン・ライチも、帝国との戦いに参加してくれるだろうか?
首脳が逃げ出すというと聞こえはサイアクだが、それを成せば帝国にザクロアが支配されたとしても、反乱を企図するキッカケにはなるさ。クラリス陛下は、ルードにザクロアの亡命政府でも作る気だろうか?
……考えていないわけではないだろうが、そんなジリ貧な結末をクラリス陛下が望んでいるとは思えん。
クレインシー将軍は慎重な男らしいから、ルード王国と西ザクロアと東ザクロアが完全な結託を結びさえすれば、侵攻をためらうかもしれない。
その可能性はある……しかし、その次は?
クレインシーの第五師団は本国に要請を出し、その兵力を増強して、ザクロアを襲うだろうな。
時間稼ぎにしかならない。
……そうだな。
「けっきょくのところ、現状が『最善』な気もするな」
「ええ」
オレが色々と考えて、迷いながら口にした答え。その言葉の意味をロロカ先生はすでに理解してくれている。
そうだよ。西ザクロアと東ザクロアの対立?
……聞こえは悪いけど、これはもしかしたら『やらせ』なんじゃないのか?
ノーヴァとライチが『もめてくれている』から、ムダな争いを好まないクレインシーの第五師団を足止め出来ている気がするな。反帝国か、親帝国か。どちらかハッキリしてもザクロアは終わりだもんね。
「……どちらか分からない状態だからこそ、ザクロアは第五師団を釘付けにしたまま、現状を維持できています。この状況こそ、思いつく限りでは最善の選択なような気がします」
「じゃあ。そこに竜騎士が放り込まれる意味はなんだ?」
オレが介入したところで、現状をルード王国の利に傾けるコトは出来ないだろ?
「……それは、団長に期待しておられるからでしょう」
「オレに、何をだ?……何も思いつかんぞ」
「……このザクロアに……いえ、この『北の大地』に、『帝国と戦うための大きな力』。それを『築け』と、おっしゃられているのでは?」
ロロカ・シャーネルがオレの右眼をじっと見つめながらそう言った。なんだ?彼女は何が言いたいのだ?
……この土地に、そんなものを『築く』手段なんて、オレには思いつかないぜ?インテリよ、オレはそんなに賢くない。説明が欲しいよ。
「どういうことだ?ロロカ。お前は、オレが知らない何かを知っているのか?」
「……団長。実は、私は―――」
『ああああああああああああああああああッッ!!』
ロロカの告白が、ジャンの叫びによってかき消されてしまう。ハナシの腰が見事に折られたな。真っ二つだよ。オレとロロカは、はあ、と双方の顔を見ながらため息を吐く。
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