序章 『新たな任務』 その4


「ミアは、左手一本のギミックで飛んだぞ?……なら、オレは『両腕』から出せば?」


「……なるほど」


 技術屋は双眼鏡を顔から外し、オレの方を見てきた。その表情は、明るい。そうか。オレのアイデアは、有効なのか?


「……でも……そーですね。ゼファーのキャッチが難しくなる。ムリです」


「……ゼファーを舐めるな、訓練次第で技術なんて幾らでも上がるぞ?」


「いや。軽量化しまくったせいで、風に流されやすいんですよ、この『チェイン・シューター』。二つになれば……おそらく、それぞれが別の方向に飛びます。技量じゃない問題がある……ダメですね」


 ギンドウはオレのプランにダメ出しすると、再び双眼鏡を顔面に当てて、空を観察し始めた。もしも、この28才の男が、オレのミアを性的な好奇心に満ちた目で舐めるように見ているとすれば?オレは彼を殺しただろう。


 でも。オレはギンドウが紳士というか、性欲よりも科学の追究に命を賭けていることを知っている。ふむ。ゼファーの動きを追っているのか……?なるほどな、飽くなき野心は、未だに尽きぬか。


「……『飛行機械』とやらの研究に、ゼファーの飛び方は役立つのか?」


「んー。そうですねえ。今のところは、難しそうです」


「そうか」


「でも。あれだけの重量を、翼で飛行させている……団長のお話を聞いているよりは、ずっと参考になりそうです」


「参考にならなくて、すまなかったね。我が家の五百年の伝統が?」


「いいえ?気にしてませんよ」


「……それは……よかった……」


 あー、やっぱり皮肉が通じない。


 この28才にもなってコミュニケーションに問題の有りそうな男の名前は、ギンドウ・アーヴィング。


 緑の髪と、微妙に長い耳で分かるかもしれないが、『ハーフ・エルフ』だ。


 つまり、エルフ族と人間族の混血だな。


 そういう『狭間』の存在は、どちらからも迫害されているのが、世界の現実だ。亜人種が迫害されることなく暮らしているルード王国や、我が祖国ガルーナは変わっているのさ。


 亜人種と人間の仲は、一般的に悪い。それゆえに、そのどちらの血も受け継ぐ『彼ら』は、どちらからも迫害されてしまうんだよ。胸くそ悪いハナシだがな。


 ギンドウの『左腕』を見てもらえれば分かるだろう?そこに差別と迫害の証がある。


 『義手』だよ。ギンドウはガキの頃、人間たちに左腕の肘から先あたりを切り落とされた。


 戦でのコトじゃない。ただの迫害でだ。エルフの母親は、そのときに殺されたらしい。


 同情すべき、悲惨な子供時代だね。


 そのせいなのかは知らないが、ギンドウはちょっとおかしい。


 腕を切られたギンドウは、時計職人のドワーフのババアに拾われる。ばあさんはギンドウを哀れんだようで、古代の文献で読んだことがある『銀の手』なるモノを作ってやろうとしたそうだ。


 『銀の手』というのは、高性能な義手らしい。


 伝説では片腕を切られた騎士のための装具だったらしいが、ばあさんが作ったのは、ハーフ・エルフの強い魔力で動く、魔道のアイテムだった。


 そのおかげで、ギンドウは左腕を取り戻したんだよ。


 天才職人、リリティア・アーヴィングの技術は、ギンドウに受け継がれ、彼は時計職人として生活しながら……自身の『腕』を取り戻してくれた古代技術の発想に傾倒していったらしい。


 リリティア・アーヴィングはギンドウが二十歳になる頃には亡くなったそうだが、ギンドウは彼女のアトリエで、時計を作って金を稼いでは、あちこち旅して、古代遺跡や古の碑文を研究しつづけ―――いつしか『空を飛ぶ機械』の伝説に取り憑かれた。


 店を畳み、飛行機械の研究に専念していたギンドウだが……。


 そんなモノを容易く発明出来るワケもなく、実験は失敗がつづき、その費用がリリティアの遺産を全て食いつぶした。


 ほんと、ダメな男だ。


 そこから、彼の人生は狂っていく。


 お金が無いなら?……そうだ、あるところから持ってくればいい。


 いい発想かな?


 そうは思えない。なにせ、ヤツがしたことは銀行強盗と、帝国貴族の屋敷への盗みだったからな。


 分厚い金庫を破壊させる爆弾を作ったり?……あるいは、改造を施した『魔銀の手』で、金庫の鍵を開けたりしたそうな。


 行動力は認めるが、やはり頭が少々おかしい。


 盗んだ金で実験資材を大量に購入、そして、逃げることもなくアトリエで不思議な機械たちを作り続けていたギンドウは、すぐに逮捕されてしまう。


 アホだからな。逃げればいいのに、逃げなかった。


 地元の変人が?あるわけない大金を使っていたら?


 すぐに盗人じゃないかと怪しまれる。


 まあ、怪しまれる以前に、真犯人だからな……あっという間に捕まって、処刑されることになった。


 そんなとき?


 もちろん、『変なヤツ』が大好きなガルフ・コルテスは、オレに主張してきた。


 ……面白いじゃねえか?


 ……金庫を開けられるんだぜ?


 ……最高だな。


 あのときのガルフの目は、なんていうか普段の十五倍は欲にまみれていた。


 盗人を仲間にするのは抵抗があったが、会ってみて分かった。コイツは盗人じゃなくて、もっと健全なタイプの愚か者だってことがね。


 ……え?助けてくれるのか?


 ……そっか。へー。猟兵?


 ……うん。とりあえず、丘の上に実験機を運んでくれたら、参加するよ?


 ガルフとオレとギンドウで、丘というか崖の上に、翼を真似た装置を運んだ。ギンドウが盗んだ大金は、そんなアホみたいな装置に変わっていた。


 それは貴族様も激怒して、処刑しろって命じるよね?気持ちは分かるよ。


 もしも、自分の財産が、そんな変なモノになってたら、死ぬほど怒るよね?ギンドウは、『それ』を背負い。丘というか、崖から飛んだ。


 飛行というか、滑空だった。


 そこそこ飛んだが、設計は欠点だらけだったのだろう。朝陽のなかで、その翼は空中分解し、ギンドウは十数メートルの高さから墜落していた。


 ガルフは、このまま死んでたらいいのに。と冷たく言っていた。オレは、彼が死ぬことまでは期待してなかったよ?


 ギンドウは、死にかけていたが生きていた。


 オレたちはギンドウを見捨てることもなく、ため息を吐きながらも、その死にかけてるアホをそこから運んでやったのさ。


 なんとも下らない出会いであったが、ギンドウは猟兵としての素質がある。


 どこか、おかしいからね……コイツもヒトを躊躇無く殺せるんだよ。


 そういうのは、生粋の騎士だとか、病んでる暗殺者とか……あとは、変人を患ってるギンドウくんみたいな連中が得意だ。


 ハーフ・エルフだから魔力も強いし、『魔銀の手』に殺傷用の装置を仕込めば、一流の戦士が誕生していた。それに、かなり器用だった。ミアのギミック満載の『手甲』や、オレが普段から愛用している時計なんてものも、彼が制作してくれている。


 なんだかんだで、そこそこ面白い人材なんだよ。


 まじめに時計でも作って働けば?かなり儲けやがるんだがなぁ……?


 まあ、『空を飛ぶこと』に憧れるってのは、竜騎士としては共感できるんだがね。機械が空を飛ぶなんてことは、さすがにムリじゃないかな?


「……団長?そういえば、シャーネル女史が気絶したままですけど?」


「え?……あ。ほんとだ」


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