序章 『新たな任務』 その3
「……びっくりしました。まさか、『あんなこと』を依頼されるなんて」
伏せ字にしてくれて助かるね。『暗殺』。あまり聞こえのいい言葉じゃない。誤解を招くのは避けるべきだよね。ロロカ先生は、優秀な大人女子だこと。
「陛下も言っていただろ?……平和裏にすめば、それでいいってな」
「そ、それはそうですが……そうなるものですかね?」
大人女子ロロカさんは、夢見がちな思考はしない。親ファリス帝国派のライチ氏が、オレたちの組もうとしている同盟に参加する可能性なんて、皆無だと分析してる。
非常にシビアで現実的な考えだ。だから、彼女は信用できる。
「オレにも、そうなる方に導く自信はない。そうだとしても、全力を尽くすだけさ」
「……はあ。ソルジェ団長は、お強いですねえ」
「ストラウスさん家に産まれると、だいたいこんなカンジに育つんだよ」
お袋の言葉を思い出す。『戦場で死んで、歌になりなさい』……へへへ。マイ・マザーよ、ムチャクチャ尖った教育方針してやがるぜ。
オレもリエルにガキ産ませたら、そんな方に育てよう。ストラウスらしい男の子がいいよね?
「……ああ、一応、他の連中には『暗殺』については言うなよ?」
「え?ああ、そうですよね、あくまでそれは最終手段ですし」
「そう。もしも、ミアに知られたら?……翌日にでも、ライチさんの頭部がオレのベッドの横に置かれていそう」
オレたちにはゼファーがいるからな。飛竜だ。
夜中にミアをその背に乗せて、高速でザクロア地方に忍び込む。
そして、ミアがライチさんを暗殺し、誰にも気付かれることなくその頭を持って帰る?
我が妹、ミア・マルー・ストラウスと、我が翼ゼファーの前では、それは別に不可能なコトじゃない。ミアはヤンデレだからな?
オレを喜ばせようとして、ライチさんだけじゃなく、下手すりゃ、ノーヴァさんの首まで持って帰ってくるかも?
「よそさまんトコの元首の頭部なんて。オレ、もう集めたくねえ……」
バルモア連邦の首魁どもの首は集めて、セシルとお袋の墓に供えてきたけど。とりあえず、あの趣味はもうお終いだ―――皇帝ユアンダートの首は、別だけどね。
「で、ですよね。そんなの、こ、国際問題ですっ」
「……そう。まとまる交渉もまとまらなくなるかもしれない」
「わ、わかりました。お口にチャックしておきますね」
ロロカ先生はその綺麗な指で、お口にチャックしてます。
ほんと、この子が、角を触られそうになっただけで、何人もぶっ殺してしまう恐怖の田舎者だったとは、誰も思えないだろうなぁ。
まあ、成長したのはいいことだけど?
オレたちは城下町の外れにある、大きな屋敷に戻ってきた。
そうさ。それがミアとの約束が、『形』となったもの。
―――みんなと暮らせる『家』が欲しい!
その願いを叶えたんだよ。
つまり、この屋敷こそオレたち『パンジャール猟兵団』のルード王国でのアジト/拠点であり、もっと可愛らしく言うのなら、『素敵な我が家/マイ・スイート・ホーム』さ!!
『……あー、『どーじぇ』ぇえええええ!!おかえりいい!!』
遙かな空の高みから、竜の言葉が降ってくる。青く澄み切った春の空を、その黒い翼は切り裂くように飛んでいた。
こないだの戦で翼に負った傷は、完璧に治癒したようだ。さすがだな、オレのゼファーよ!!
「おおおおお!!帰ったぞおおおおおおおおおおおッッ!!」
「おっかえりいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」
「ひゃああああああああああッッ!?み、ミアちゃあああああんッッ!?」
ロロカが絶叫する。それは、そうだろうな。13才の女の子が、数十メートルの高さを飛んでいるゼファーの背から飛び降りてきたんだもん。ロロカは大パニックだ。
でも、ここで経験の差が出るのさ。
オレはミアの動きを観察する。空のなかで、ミアは踊る。
魔術で風を呼び、その軽くて華奢な体に風をまとわせていく。
落下速度が減速する。このまま、大地に着地してもダメージひとつ追わないだろう。すさまじい技術だからね。
でも?
お兄ちゃんとしては、空から飛び降りてくる妹を、受け止めてやる義務がある!!
「よっしゃ、こおおおおおおおいいいッッ!!」
どがああああああんんんっ!!
盛大な音と衝撃を浴びながら、オレの両腕は、ミアのことをキャッチしていた。ミアは、当然ノーダメージ。オレは?
かなり、脚が痛い。でも、お兄ちゃんだから、ガマンしてるんだよ。
「あははははははは!!楽しかった!!」
「そーか。そりゃ、良かった。いい魔術だったぞ?」
「でしょー?」
「あれなら、何百メートルの高さから落ちてもケガひとつしやしないな」
「うん!!でも、キャッチしてくれて、ありがとー!!」
ミアがオレのほほにキスしてくれる。いいねえ、ストラウスさん家の兄妹仲、アットホームで素敵だわ。そう。この黒髪の小さな美少女がオレの『妹』、ミア・マルー・ストラウス。
見て分かる通り、『ケットシー』だ。その黒髪のあいだから、大きな『猫耳』が生えてるもんね?
ケットシーは亜人のなかでも、いわゆる妖精族の一種に分類される。
彼女の常識離れした『軽業』も、妖精ならではの体重の軽さと、風に愛された種族だからこその奥義だ。
猟兵としての兵種は、『暗殺者』。無音で走れるし、小柄で異常に素早い。
そして、ナイフやダガー、スリングショットに『毒爪』と、多彩なスキルを持ってる。オレの自慢の妹だ。
ああ、血はつながっちゃいない。でも、オレと一緒に生きると誓ってくれたんで、彼女のことを『妹』として向かい入れたのさ。
こうして、かつてセシルという妹を守れなかったオレにも、また守るべき『妹』が出来たんだ。
ミアはセシルの代わりじゃないが。愛すべき妹であるということは一緒だよ。
「さて!!お兄ちゃん成分、補給完了!!」
「ん?」
オレの腕のなかで、ミアはギミック満載の『手甲』を空へと向けた。次の瞬間、パシュンという音が響いて、『手甲』からは『楔』みたいなモノと、それと繋がる細い魔銀の鎖が撃ち出されていた。
「なんだ、それ?」
「新兵器!!見てて?ゼファー!!回収!!」
『りょーかいっ』
空のなかにいる巨大な竜が、羽ばたき、空中で体勢をコントロールする。そして、その大きな口で、空中に発射されていた『楔』みたいなモノをキャッチする。
「おお、見事」
「これからが、本番!!巻き上げるうう!!」
「え?」
しゅるるるるるるるるるうるうううう!!
ミアが『手甲』に風の魔力を注ぎ込むと、何かが激しく回転するような音が聞こえるのと同時に、ミアの軽い肉体がオレの腕の中から空へと昇っていく。
「な、なんだ……それ?」
唖然とするオレを尻目に、ミアはすっかりと上空に移動していた。
そして、空中で身を回転させていた。ゼファーは首を下げて、その背にミアを乗せちまう。
「あはははは!!実験、成功!!」
『こんどは、からまなかったね!!』
「……なんだよ、あれ。オレの知らない、コンビネーションだ」
竜騎士ストラウス一族、五百年の歴史にも、あんなアイテム無かった!!
いや、理屈は分かるぞ?ミアの手甲から発射された『何か』は、風の魔力を用いることで『巻き取れる』。その動力を用いて、ミアは上空へと舞いあがった―――。
でも、そんな技術、オレは知らない。歴代の竜騎士も使ったことがない技術だ。
「クソ、嫉妬するッ!!オレのも、作れ、『ギンドウ』ッ!!」
この何とも言えないモヤモヤした気持ち……おそらく、劣等感だな。その劣等感に苛まれたオレは、そのギミックの制作者に違いない男に、八つ当たりするように叫んでいた。
「えええ?……そんなの、ムリですよ?ミアの軽い体重だから、出来たんですって?」
『ギンドウ・アーヴィング』は双眼鏡で上空を観察しながら、オレのオーダーに色の無い返事をしてきた。ぬう。そうだろうな、オレとミアでは体重が倍以上違う。しかし。
「……一週間の断食ぐらいなら、出来るぞ?」
「……ミアの体重まで落としたら、戦士としての価値がなくなりますって?」
ギンドウは技術屋らしく、冗談交じりの言葉にさえ、理論をつけて返してくる。オレだって、本当に断食などするつもりはない。自分の鍛えあげた肉体には、誇りを持っているしな。しかし……。
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