序章 『新たな任務』 その5


 ロロカはオレたちのすぐ近くで天を仰いだまま大地に倒れていた。ミアが死んでしまうと思って、パニックになって気絶したのだろう。


 素晴らしい人間性だ。まともな精神を持つ者が、『パンジャール猟兵団』にいてくれて助かるよ。


「おーい。ロロカくーん?」


 ロロカの頬を突きながら様子をうかがう。ああ、やっぱり、甘いモノが効いているな。ぷにぷにしてるわ。しかし、反応がない。


 息はあるよな?うん……オレの右眼の視線は彼女の豊かな胸に注がれていく。


 それは確かに上下している。呼吸が正常な証だ。よかったな。


 しかし……大きい。ほんと、大きい。魅力がここには詰まっている。


 だってよ?見ろよ?飛行機械に取り憑かれているはずの男まで、双眼鏡でコレを見ているぞ?……だよな。男には翼が必要だが、おっぱいだって必要だ。


「ギンドウ。ファースト・エイドのABCを覚えているか?」


「えーと。たしか、気道の確保。人工呼吸。心臓マッサージ……え」


「うん、そうだ。意識を無くしたら、心臓マッサージをしなくちゃならない」


「団長……」


「まちがっているか、オレは?」


「いいえ。まったくもって、技術的に、破綻は見当たらないっすねー」


 そうだよ、これは……これからオレがする行為は、救命医療だ!!


「で、では、さっそく……っ」


「―――何をしている、ソルジェ団長」


 オレの愛するツンデレ美少女エルフさんの声が、すぐ近くから聞こえていた。恐る恐る顔を上げる。愛する彼女の言葉を、オレの耳が聞き間違えるわけがない。


 やっぱり、リエル・ハーヴェルがそこにいた。


 うおお。銀色の長い髪を風になびかせてるツンデレさんが、弓に矢をつがえているぞ?


 彼女のエメラルド色の瞳が、怒りを帯びている。アーレスの力が宿っている魔眼を用いなくても、それが分かるぐらい、ウチの『マージェ』は怒ったときは感情が豊かなんだッ。普段はクール・ビューティー系なのにね。


「ソルジェ・ストラウス。『天誅』……という言葉の意味を知っているか?」


「……天が、罰を与えること……?」


「そうだ。体感してみるがいい」


 シュバ!!


 天に代わってオレを罰するらしいツンデレ・エルフさんは、ガチで矢を放っていた。


 知ってるよ?……その矢は練習用で、『鏃/やじり』がついていないんだよね?


 でも。顔面を狙って射るヤツがあるかあ!!


 がしっ!!


「ぬ。この距離からでも反応してしまうか?」


 右の頬に矢が刺さったぐらいじゃ死なないが、死ぬほど痛い。だから?オレの右手の指たちは飛来してきた矢を掴んでいた。本能がさせた反射だ。だって、痛いのイヤだもん。


「……なるほど。矢では、貴様は罰することは出来ないか」


「て、天が、それを望んでいないのでは?」


「どうかな?……聞こえるか、雷がゴロゴロと鳴っているな」


「……嘘だろ、こんな晴れてる日に?」


「ああ。『誰か』が魔術を使っているからだろう」


 ……君だよね。その一言が、なぜだか言えない。森のエルフの王族、その血を引く、オレの愛しい弓姫は、ぶつぶつと呪文を唱えていた。


 おいおい、確信犯過ぎるだろ?……でも、脚がここから逃げようとしてくれないのだ。


「……『始原の雲に生まれた雷よ。我が矢の招聘に応え、敵を射抜け』」


「……やっぱり、そのガチで戦闘用のヤツなのか」


「これぐらいしないと、天誅とは言えないだろう?」


「オレ、天誅にはあまり詳しくないんで、分からないなあ……」


「なら、覚えろ。これが、レベル1だ」


「レベル1?」


「ああ。私の怒りを表す数字だな」


 じゃあ。もっと、あるんだろうな。レベル2とか、3とか、4とか?……なんか、脅迫されている気持ちだ。ていうか、されてる。


「私を怒らすような行為を、今後は企てないことだな」


「……オレ、救命行為を」


「何だと?」


「……すみません。セクハラするつもりでした!!」


「私の胸より、ロロカ姉さまの胸がいいのか?」


 ……これは、そうか。嫉妬してやがるのか、オレのツンデレ弓姫が!!


 そういえば、いつか同じような状況になったとき、『リエルを喜ばせる言葉が言えたらセーフ』みたいなルールがあるとかないとか言ってた気がするな。


 ならば、オレの経営者としてのトーク力で、このピンチを乗り切ってみせるぜ?オレを舐めるな?先の戦では、敵陣にほぼ単独で潜入し、敵の将軍に化けて帝国軍を大混乱に陥れた知略あふれる男だぜ?


 オレに惚れてるツンデレ娘の怒りぐらい、話術で解きほぐしてやるさ。


 そうだ。真剣な顔になれ。このツンデレは、オレにじっと見つめられると、こちらの言うことを聞くように出来ている!!


「な、なんだ。そんな目で見つめて……っ」


 チョロいぜ!!よし、チャンスに畳みかけろ!!ラッシュだ、剣術と一緒!!


「リエル。お前に伝えたいことがあるんだ」


「……な、なんだ。い、言ってもいいぞ。その……き、聞いてやる……」


「お前のが、形はいいって、オレは知ってるぜ!!」


 よし!決まった!!決まった……あれ?アーレスの魔力が宿る左目が、眼帯の下でギンギンに疼く。『ソルジェ……ソルジェよ、逃げるのだ』……冥府から、アーレスの声でそんなアドバイスが聞こえてくるような気がするのは、どうしてだ?


「……殺す」


「嘘でしょ、さっきより怒ってる!?なんでだ、褒めたんだぜ!?」


「……ひ、ひいいいいいいいッ!!」


 そのとき、ひとりの男がこの場から逃げ出していた。


 そうだ、ギンドウ・アーヴィングくんだよ。リエルの迫力に怯えた、あの発明家気取りのクレイジー強盗犯の体は、恐怖に反射するように逃亡を選んでいたのさ。


 たまに見るぜ。戦場なんかで、恐怖に呑まれた兵士たちが、現場を放棄して逃げ去ってしまうあの恐慌反応の一種だろ?


 ……とすれば。オレは、なぜ、自分の『家』で、百戦錬磨の猟兵がそんな状況になっている現場に立ち会っているんだ?


 ここは、戦場なのだろうか?


「逃げるな!!」


 リエルが足下の石を拾って、逃げ去るギンドウの後頭部に命中させていた。ゴギッという破壊力を感じさせる音が響いて、ギンドウはその場に倒れ込む。


 後頭部を押さえて、死ぬほど痛そうにのたうち回っているぞ……っ。


「な、なんで……お、オレまで……ッ」


「『逃げる』という行いは、貴様の悪しき心を反映しての現象だろう?」


 そうかな?それは、さすがに決めつけてる気がするが……。


「は、はい……っ」


 え?ギンドウ、なんでお前は謝っているんだい?反省しないアホ、それが君だろう?それなのに、なぜ?……そこまで?そこまで、オレのツンデレ弓姫は怖いのか!?


「……ソルジェ・ストラウス。レベル2から……3になりそうだぞ?」


「なんで?暴力で怒りは発散できるだろ?」


 だから、ヒトは愚かな戦争を繰り返すんじゃないか?己の怒りを発散するために、暴力は使われるもんだ。


 じゃあ、ギンドウの後頭部は?リエルの怒りのままに石が命中した、あの部位は?ムダな血が流れたのかよ……っ。


「ギンドウ、半殺しじゃん!?『生け贄』は喰らっただろう!?それで、レベルは1になるはずだって!?」


「貴様は、私をどんな狂暴な女だと考えているんだ?……レベルは、4だ」


「おいおい、急成長しすぎだよ!?」


 高まり過ぎた魔力のせいで、大地と空が震えている。ゼファーが、『マージェ/母親』の怒りにあてられて、興奮したように空へと歌う。


『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 さ、さすがに、オレもこんな魔力を喰らうのはイヤだな。こないだの戦で死ぬほど大ケガした後で、まだ体力も完全には回復していないし。


 そもそも……ザクロア地方への『出張』も控えている。大きな使命だ。ルード王国の、いや、反ファリス帝国勢力すべての運命が、そこそこオレの双肩にはかかっているのだ。


 ツンデレ恋人の怒りのせいで、殺されている場合じゃない。


「――――死ね」


 死んでたまるかあああああああああああああッ!!


 オレは、ツンデレを攻略するために実力行使に出た。リエル・ハーヴェルのことを、両腕で抱きしめてやった。


「な、なにをするんだ、ま、まだ、午前中だぞッ!?」


「ククク。もうお前がオレの女だってこと、教えてやるぜ」


 腕のなかで暴れるリエルを、さらに抱き寄せて、尻とか背中とか触りまくってやる。


「ちょ、ちょっと、こら!!さ、さわるな、もむなああッ!?せ、セクハラだぞ!?訴えてやるからな!?裁判だぞ!?ば、罰金を払ってもらうからなっ!?」


「セクハラになるのは、嫌がっているからだろ?リエルは、喜んでるもん?」


「そ、そんなことはない……ないもん……っ」


「ほーら。だんだん、抵抗出来なくなってきたぞ?」


「……っ」


「ん?静かになったな?怒らないのか?」


「ば、ばか……怒っているに、決まっているだろう!?」


「じゃあ。お詫びにキスしてやるぞ?」


「え?」


「どーした、オレにキスして欲しくないのか?」


「そ、それは、その、あの……っ」


 ツンデレめ、チョロいぜ。しょせんは、エルフの田舎娘。五万の帝国軍を知略で手玉に取ったオレの敵ではない!!


 オレの指が恋人エルフのアゴをくいっと上向きにさせる。


「……くぅっ」


 リエルは口惜しそうだ。口惜しい理由?わかるぜ?何だかんだ言っても、オレのこと愛してるから、キスしたくてたまらねえんだろ?そりゃ、オレもお前のこと愛してるから、分かるんだぞ?


「……ご、強引すぎだぞ」


「ストラウスさん家の、そういうところに惚れたんじゃないのか?」


「……そ、そこだけが、好きなわけじゃなくて……っ」


 そう言ってリエルは顔を赤らめていく。ククク、墓穴を掘ったな。


「じゃあ。オレのどういうところが、好きなんだ?」


「……あ、あの……こ、こんな……明るい場所では、その、あの……っ」


「……くくく。ほんと、チョロいぜ」


 ―――あ。


「……なんだと?」


「し、しまった!?言わなくてもいいことを、口走ってしまったッ!!」


「だ、誰が、チョロい女だと!?わ、私を、舐めるなあああああああッ!!」


 がぶり!!


 リエルの歯が、オレの肩に食い込んでいた。


「痛い、痛いっつーの!?」


「『らひほひんふ・ぼふほ/ライトニング・ボルト』ぉおおおおおッッ!!」


 ついにリエルが呪文を唱え終えて。特大の雷がオレと腕の中のリエルを打撃していた。ああ、もう……ほんと。ムダな血が今日も流れていくぜ。でも、なんか、こんなアホな日も嫌いじゃない……。


 雷が終わり、オレとリエルは大地に倒れていた。


 腕のなかにいる、リエルが、こっちをじっと見つめてくる。


「……かばったな?」


「……ん?」


「……いや。おまえ、私のこと……庇ってくれた」


 雷に直撃されそうなとき、リエルを抱きしめてやったことかね?そりゃあ、そうだろうな。オレは可能な限り、リエルちゃんを守るように出来ているのさ。


「あたりまえだろ?」


「そ、そーだなっ……きょ、今日は……これぐらいで、許してやる……っ」


「それは、ありがたいね」


「……調子に乗らないことだ。お、お前は、私の『夫』になる男なんだからな」


 けっきょくのところ、リエルちゃんはもうすっかり、オレのモンじゃあるんだよ。オレはニヤリと笑う。どうだ、アーレス。ストラウス家のヨメは、なかなか暴れん坊で、楽しい女だろう?


「に、にやつくな……ばかっ」


 オレのツンデレがデレる頃、すぐとなりで気絶していたロロカ先生の意識が戻る。


「はっ!!……あ、あれ?……私は、どーしていたんですか?……あら?フフフ。お二人とも、ラブラブですねえ」


 ロロカ先生がニヤリと笑う。リエルの顔はトマト級に赤くなると、オレからピョンと離れてしまう。いいね、さすがツンデレ。デレたら、ツンにチェンジだ。


「な、なんでもないぞ!?……そ、そんなんじゃ、ないんだから!?」


「あらあら。照れなくてもいいですのに……ん。えーと……」


「ど、どうかしたのか、ロロカ姉さま?」


「……いえ。どうして、ギンドウさんは倒れておられるのでしょうか?」


「え?……それは、その……いろいろ、あったんだ」


「いろいろ、あったんですか?」


「そ、そーだ。自業自得なのだ、ヤツのは」


「……ふむ。わかりました!」


 わかっていない。わかってはいないけど、大人女子が面倒くさくなったときに言うヤツだ。オレはそう思った。


 きっと、リエルもそう思ったに違いないが、彼女はこの状況を終わらせたいということでは、ロロカと合致していた。


 女子どものあくどい結託が成されていくのを、オレの魔眼は目撃していた。


 だから?


 ゆっくりとロロカ先生は立ち上がり、オレたちに言うのさ。


「とりあえず。ゴハンにしましょう!!」


 そうだな。彼女は、きっとお腹が減っていたんだろう?


 ……もう、お昼だしね。


 ……後から聞いたハナシだが、ギンドウのヤツは、そのとき女装したシャーロン……つまりラミアちゃんが歌っている『夢』を見ていたそうだ。


 ラミアめ、すごいヤツだな。ヒトの『臨死体験』にまで顔を出すんだからよ?なんだか、悪魔とか妖怪の類いみたいだな……。




 ―――我らは『白獅子』に呼ばれし、無敵の猟兵団。


 首領は無敵のバーサーカー、その愛人にエルフの弓姫。


 空には無垢な翼の竜が踊り、その背には猫の暗殺者が眠る。


 巨人の軍師は出張し、賢きラミアは女王の護衛。




 ―――ああ、新たな戦の臭いを嗅ぎ取って、猟兵たちの本能が目覚めていく。


 血を求めるのか、竜騎士よ?


 愛を求めるのか、弓姫よ?


 そして、母性ゆえなのか、有角の賢者が戦意を燃やしたのは?




 ―――傷ついたギンドウは留守を任され、アサシンどもを見張るのさ。


 ギンドウよ、君はヒトの悪意に敏感だから、アサシンの影にも気付くだろう。


 でも、悪い予感がギンドウの心に舞い降りる。


 不安だ、何かが起こる気がするぞ……そうだ、あいつをパシリに出そう。




 ―――影が薄い戦士がいる。


 猟兵団のなかでは最も弱く、パシリと呼ばれる静かな男。


 その名は、『ジャン・レッドウッド』。


 よく忘れられているけれど、狂暴強靱『狼男』、期待の若手。




 ―――全てを影から見てたけど、なんだか皆の輪に入りにくい。


 だから、遠くで見てただけ……彼は臆病で、引きこもりがち。


 ああ、可愛い若手を、試練の旅に出そうじゃない。


 そろそろ若手にも、育ってもらわなくちゃ?




 ……僕らは、『この世界』を守らなくちゃならないんだから?


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