『ザクロアの死霊王』
序章 『新たな任務』 その1
―――西の戦場に、新たな英雄があらわれた。
黒き竜を駆る、ガルーナの竜騎士。
帝国軍五万を破った『英雄』、ソルジェ・ストラウス。
彼を称える歌が、ファリスと戦う者たちへの希望となる。
……ルード王国の城下町は、もう一週間もお祭り騒ぎだ。帝国軍を撃退したことで、封鎖されていた国境線は解放され、商人たちは大急ぎで物流を再構築していく。
ここの商人たちは優秀だな、あれほど何の品物も無かった商店が、またたく間にモノで埋め尽くされているんだから。
露天商たちの活気も戻り、『英雄』あつかいにされちまったオレは、町を歩くだけで商人たちが何かくれる立場になった。肉とか卵とか酒とかも、金を払わなくても貰えてるよ?ああ、小さな女の子たちから、花束なんかもプレゼントされちまったね。
オレ、庶民に愛される才能あったのか……とか、誤解しちまいそうになる。でも、調子に乗って、『バカな世渡り』を覚えてはならない。『商売をしないか?』……みたいな誘いも相次いだが、もちろん全部断ったさ。
この戦勝ムードも、そのうちに終わりが来るんだよ。そしたら?……オレたちみたいな傭兵なんてものを、皆、覚えちゃいない。
……まあ、ルード王国はファリス帝国の侵略をしのぎ、その独立性と自治を回復してみせた。そのことは大きな勝利ではある。
かつてないことだ。ファリス帝国の建国から7年、度重なる侵略戦争で領土を拡大しつづけてきたあの欲深い豚どもが、まさか小国相手に敗北しちまうなんてよ?
そりゃあ、みんな喜ぶ。
オレだって、そうだ。
でも。
でもよ……?
ファリス帝国ってのは、困ったことに、死ぬほど、デカい国なんだわ。
「―――あら?……団長じゃありませんか!」
「……ん?」
城下町を歩くオレに、若い女の声がかけられる。ついに……ルード王国の娘たちが、恥じらいを克服し、オレへの求愛を開始したのだろうか?……そんなことは、思わない。眼帯の下にある魔眼のおかげで、とんでもない魔力を感じているからね?
庶民の娘には、こんなデカい『魔力』は必要ない。もっと料理が上手だとか、裁縫が得意だとか、そういう家庭的なスキルの方が役に立つ。
オレは背後へと振り返りながら、『部下』の名前を呼んでいた。
「……『ロロカ・シャーネル』。フィールド・ワークは終わったのかい?」
「ええ!たっぷりと休暇をいただけたおかげで!」
ロロカはそう言って笑っていた。
この笑顔の可愛いメガネっ娘で巨乳の女は、我が『パンジャール猟兵団』の一員である。変わり種がそろっているウチの連中のなかでも、なかなかユニークな存在だ。
毛皮と樹皮の糸で編まれた民族衣装的なコート。これは珍しいだろう?北方の種族、『ディアロス』の服だな。まあ、『ディアロス』が特徴的なのは、その格好とかじゃないね。
『角』さ。
俗に『水晶の角』と呼ばれる、『角』が頭部から生えているのが彼女たちの特徴。亜人種のなかでも、かなり珍しいね……『北方』に行けば、それなりの数がいるらしいが、『ディアロス』たちが南下してくること自体が珍しいのさ。
彼らは閉鎖的な文化らしいからね?
「……団長?どーかしました、ぼーっとして?」
「いいや。ただ、君のおっぱいと綺麗な角に見とれてるだけだ」
「あはは。それセクハラですよ、朝から」
「そーだね。反省するよ」
でも、彼女の長い金色の髪のあいだから伸びている、この水色に輝く『角』は、本当にうつくしい。じっと見入ってしまうほどの魅力があるな。
ロロカの金髪は故郷の小麦畑と、その角の宿した水色は、オレには『空』を連想させる。
まるで、空を切り取ったみたいな水色だよ。竜騎士のオレが、その魅力に取り憑かれそうになったとしても、不思議なことじゃないだろう?
ロロカ・シャーネルっていう娘は、とても魅力的な大人の女性なのさ。
彼女が氷に閉ざされた北方でどんな暮らしをしていたかは、あまり知らない。彼女は昔のことを話したがるタイプじゃないからね。
オレが知っていることは、このぐらいかな?
……4年前、『もっと世界を知りたい』と思い立った、ディアロス族の女学者さんは、一族が止めるのを押し切って、ひとりで氷の世界を抜け出してきたそうだ。
そしたら?純朴な田舎者にありがちなことだけど、『人買い』なんかに狙われて、捕まりそうになっちまった。
……うん。そうさ、彼女の場合は、結果的には捕まらなかったんだよ。そこらが、フツーじゃないエピソードの始まりになるんだけどね。
いったい何があったのかって?
ディアロスっていうか、ロロカ・シャーネルは、死ぬほど強いんだよ。
彼女が背負っている槍。アレを自在に操って、ロロカちゃんは人買いどもを全員殺しちまったのさ。ディアロスの文化には詳しくないが、温厚な彼女でさえも、ブチ切れさせてしまう無礼な行いというものがある。
なんでも、『思い人』以外に、その角を触れられそうになったら?……その不届き者のことを殺してもいいんだってさ。
人買いどもはその汚らわしい指で、彼女の『水晶の角』に触りそうになった。人買いどもも、まさか、こんなに温厚な彼女が笑いながらヒトを槍で刺してくるとは思ってもいなかったんだろう。数分持たずに皆殺しにされたんだろうね。
ロロカは『パンジャール猟兵団』のなかでも、武術の腕だけなら、5番目ぐらいには強いんじゃないだろうか?……つまり、そこらの人買いごときが5、6人いたからって、彼女の敵にさえなれない。
とはいえ、ヒトの世にはルールがある。法律に書かれている場合もあれば、権力者が使う独りよがりのルールもね。
ロロカちゃんは悪くない。正当防衛だ。女性を襲う人買いなんて、殺されたって当然だろう?でも、その人買いさんは帝国貴族の部下だった。
そこがマズかった。貴族は、部下を殺された腹いせに、彼女へたくさんの賞金を懸けて指名手配犯にしてしまったんだよ。
何十人もの兵士に追いかけられたら、さすがのロロカちゃんも疲れてしまうよな?
そんなとき、いつものごとくガルフ・コルテスはオレに言ったんだ。
……おもしれえ、ディアロスの嬢ちゃんが『賞金首』だってよ?
……角生えてるんだぜ?腕も立つ、こんな人材めったといねえ。
……よーし!勧誘しに行くぜえ、ソルジェよ!!
賞金稼ぎに捕まりそうになっていたところを、オレとガルフで助けてやった。そして、その『見返り』に、『パンジャール猟兵団』に入ってもらったというわけだ。
ああ、もちろん恩着せがましく無理やりに入団させたワケじゃないぞ?あくまでも、彼女の自由意志にもとづく選択の結果さ。
そもそも。彼女は、世界を旅して回りたいっていうだけの『学者』さんだから、あちこちの戦場を旅する猟兵団は、いい職場だったみたいだ。少なくとも、文句を言われたことはない。
帝国の兵士と戦うことに精神的な苦痛も無いことは、オレの魔眼が『診察』済みだ。彼女の中の『正義』が、亜人種を弾圧している帝国を『悪』と断じているんだろう。腕は立つし、オレたちの正義に共鳴してくれている。そして、美人だ。最高の仲間だろ?
ああ、オレたちだって彼女を利用してるだけじゃない。彼女に色々なモノを与えているぞ。
いっしょに暮らして旅をするあいだに、彼女もこちらの世界の文化を学び、常識や知識を身につけていったのさ。ロロカはあのインテリ然としているガンダラをもってしても、『博学ですよ、知識量では、とても敵いませんね』……と、言わしめるほどの才媛なのである。
「……しかし、丸くなったよな」
「……えッ!?ふ、太ってませんよ、そんなには……ッ!?」
オレの目の前でしゃがんでいるロロカは誤解していた。ああ、たしかにオレの言い方も誤解を招きやすかったかもしれない。それに……女王陛下主催の戦勝パーティで、うちの女性陣は、死ぬほど甘いモンを食ってたから、大なり小なり太ってはいる。
成長期の我が妹、ミア・マルー・ストラウスならともかく、もう成長期を終えている女性陣らの体重は増加しているに違いないのだ。リエルは、17だし……どうだろうな?全体的にスレンダーだから、ちょっとぐらい太ってもいいんだけど。
24才のロロカちゃんは、んー、少しは太っただろ?体に脂肪のつきやすいエッチな体質してやがるんだ……まったく、いつもながら大きな胸をしてやがるぜ―――そこが、いいんだけどよ!
「……だ、ダイエットします。『白夜』に乗れば、きっと……乗馬ダイエットです」
「いや。オレが言っているのは、外見のことじゃなくて、内面のことだよ?」
「はあ……私の内面が、太りましたか?」
「いいや、丸くなった」
そりゃ、そうだろ?今のロロカ・シャーネルはルード王国の子供たちの前でしゃがんでやって、あの『水晶の角』を触らせてやっているんだぞ?
子供たちの純粋な好奇心に応えてやるために、本来は『思い人』しか触らせちゃダメなはずの『聖なる部位』を、なで回されてもニコニコしてる。大した成長だよね?
「んー、どういうことですか、団長?」
「ほら、ガキどもに角を触らしているじゃないか?」
「ああ。そういうことですか?……だって、この子たちには、珍しいモノですからね。触りたくもなるじゃないですか?」
「ディアロスを見るのは初めてだろうからな」
「はい、悪気は感じませんから、許しますよ……ああ、いいですか?ふたりとも、もちろん他のディアロスの角は、断りもなく触っちゃダメですからね?」
ロロカは、自分の角をさわっているガキどもに言い聞かせる。そうだな、そう教育しておかないと、いつか本当にムダな血が流れそうだもん。
「ええ?」
「さわると、どーなるの?」
「ものすごーく、怒られちゃいますよ?……だから、私の角だけにしときなさい!」
ピシッと指を立てて、ディアロス族はそう主張する。素直な子供たちは、ロロカ先生の言葉に元気よく返事を返していた。
「はーい!」
「わかったよ、ロロカせんせー!!」
「よろしい!いいお返事ですよ!」
「じゃあ。そろそろ、いくねー」
「また、べんきょー、おしえてねー」
「はーい。気をつけてお家に帰りなさーい!!ほら、ちゃんと足下見て走って!!」
ニコニコしながら子供たちを見送ってる。彼女のこの姿を見て、先の戦で100人も帝国兵を殺した凄腕の騎兵だと想像できるヤツは、いないだろうな。
しかし、先生か?……ロロカの職業は『学者』。知識の探求者だ。
どこの都市に行っても、彼女は必ず図書館に行く。そして、膨大な書物を速読してしまうのが休日の使い方だし、なんでも各地の大学に論文を送っているんだとよ?
ディアロスというのは、種族として勉強熱心なんだってさ。
古代の遺跡をほじくり返したり、錬金術の知識が豊富だったりと、なかなか知的な部族なんだよね。
もちろん、『角を触ったら、殺す』という掟に関しては、さすがに考えがちょっと足りないと思うが、おおむね冷静な亜人族だよ。
「……ん。ロロカ、角、ちょっと砂で汚れてるぞ?」
「え?ああ、あの子たちも『発掘調査』を手伝ってくれていたから、手が土まみれだったのね」
「オレも触ってもいい?」
「え?」
「いや。ハンカチあるから、拭いてやるよ」
「はい。どーぞ」
美女はメガネの下にある瞳を細めて、やさしげな微笑みで許可をくれた。
「ほーんと、丸くなったよね」
オレはロロカの『水晶の角』をハンカチで拭いてやる。キュッキュッと、小気味良い音が聞こえてくるな。しかし、ホント綺麗な角だ。水晶……ていうより、水色の『宝石』ってカンジだな。なんか、魔力が内部でうごめいている。
「でも。団長、ちゃんとハンカチとか持ち歩いているんですね、感心です!」
「いや。さっき、道を歩いていると商人のおばさんが何枚かくれたんだ」
「まあ」
「シルク製の良いヤツらしい。でも、花柄の刺繍が、戦う男のアイテムとしては辛い。ロロカちゃんにプレゼント。あとで、全部、君にやる」
「あはは。ありがとうございます」
「んー。ほら、キレイになったぞ?」
「そうみたいですね、ありがとうございます、団長」
ロロカは立ち上がり、くるりとその場で回ってみせる。背中の槍が危うくオレの鼻を打ちそうだったけど、慣れているから、ちゃんと首ひねって躱した。もう、そんなに大きな胸をした大人の女性なんだから、子供みたいにくるくる動くもんじゃないんだけどね?
でも、天真爛漫で子供好きのおっぱいの大きなお姉さん。それはそれで、この世から失われるのは大変に惜しいもんだろ?いいぜ、オレは避けれるもん。これからも、大いに槍を背負って回りなさい、ロロカ先生。
「で。そーいえば、どこかに出かけるんですか?」
「今から城さ。女王陛下に呼び出されてる」
「あらまあ、ラブですか?」
「それなら楽しいけど、ビジネスだろうね」
「ふむ。では、アレでしょうか?」
「……ん。何か知ってるのか?」
「はい、商人さんたちから聞きました。北の方で、帝国軍に動きがあるらしいと」
「北か」
「ザクロア地方のようですよ?」
「ザクロアね。なつかしい響きだ」
「なつかしい?」
「オレの故郷、ガルーナとは同盟を結んでいたのさ」
「なるほど」
「ガキのころ、アーレスで……ああ、ゼファーの爺さんと、親父に連れられて、遊びに行ったことがある……」
「そうなのですか。どんな場所でしたか?」
「温泉ばかりに連れて行かれていた。だから、その記憶ばかりだ」
「温泉ですかぁ、いいところなんですねえ」
「混浴だったら、なおいいよね」
「ええ。さっきのお礼に、ゴシゴシ洗ってあげますよ」
「……巨乳の美女に?サイコーだね」
オレはクククと笑う。でも、軽口を叩いちゃいるものの、本心からは笑えていない。ロロカもそのことに気付いている。さすがは大人の女性。
「……また、戦になるのですね」
「……そうだな。オレたちは、勝った。帝国軍第七師団という大きな敵を、殲滅した。それはいい。それはいいが……その失態を、取り返そうとするはずだぞ、帝国軍はな」
「それが、ザクロア……」
「―――そうかもしれない。違うトコロでも、動いてるだろう」
「……ですね」
「帝国を止めるには……このあいだの勝利だけじゃ、足りねえってわけさ」
そうだよ。だから、オレ、心の底からは楽しめていないんだ、この祝勝ムードってモンをさ。空気読めないとか言わないでくれ。ファリス帝国と戦うというのは、半端なことじゃないんだ。
とくに、『パンジャール猟兵団』みたいな『根無し草』とは違い、ルード王国は帝国が攻めてきても、どこかに雲隠れするってわけにはいかないからね。
大国の野心から、小国の領土を守りつづける?……なんて困難な仕事なのか?
「……団長。私も、お城へ同行してもよろしいですか?」
「君がか?政治には興味が薄いと思っていたが?」
「政治学には興味はありません。でも……このルードには、私の『生徒』が出来てしまいましたから……心配なのです。この国が、ちゃんと、存続できるか」
「……そうか。賢い君がついてきてくれるなら、心強い」
「そう言ってもらえると、安心です」
「さて、行こうぜ、ロロカ」
「はい。ソルジェ団長」
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