エピローグ


「……今回は、早く戻れたな」



 オレは、竜の聖地に戻ってきていた。ストラウス一族と飛竜が初めて契約を交わしたという伝説の地にね。


 そう。その深い谷には、セシルとお袋の『墓』があった。


 オレは、ふたりの墓前にガーゼット・クラウリーの頭部を置いた。


「……ふたりを殺した男の首だ。すまんな、9年もかかっちまって―――」


 ……ひとつの終わりが来たんだよ。


 オレは背負っていたモノのひとつを、果たすことが出来たんだ。


 しばらく、その『トロフィー』を墓の前に飾っていたが、やがて、オレは笑って、その汚らわしいモンを谷底へと蹴飛ばしていた。


 もやのかかる深い谷底へと、ヤツの首は落ちていった。どうでもいい。あんな腐りかけた不気味なモンを、女子の墓の前にいつまでも並べているなんて、センスがないもんね?


「ハハハハハハハハハッ!!」


 オレは笑う。ちょっと、泣きながらな。


 ようやく、復讐のひとつが完了出来た。そんな気持ちになる。


「……セシル。もうあの世で、怯えることはない。お前を怖がらせたバカは、お前のあにさまが、ぶっ殺してやったから……あとは……しずかに……ねむれ―――」




 なんでだろうか?


 復讐が終わったというのに、それなのに。


 やけにさみしくもある。




 そうか……憎しみや怒りとはいえ、ひとつの絆があった。


 復讐の誓いは、オレと死んでいった者たちをつなぐ、絆だった。


 それが……今、切れてしまったように感じる。




 憎しみでも、悲しみでも、苦しみでも良かった。


 それが、セシルとお袋とオレをつないでくれていたから。


 だから……オレは、こんなにボロボロになっても戦えたのか。




 なんというさみしがり屋サンなんだろうね?


 セシルよ、お前のあにさまは、すごく繊細な一面を持っているイケメンだぞ?


 そうだな。会いたいな。みんなに、会いたいよ……。




 今ならば、許されるような気がしていた。


 このどうしようもない孤独と、殺伐とした世界から決別して。


 家族の待つあの世へと旅立つことも―――。




 ガーゼット・クラウリーの落ちていった谷底を見る。


 深い場所をのぞき込む。


 落ちたら、オレでも死ねるね。




 それは、むずかしくないことだ。


 数秒間の飛行のあとで、全てが終わるだけ。


 そしたら?一族の皆と、アーレスとも再会できる。




 死ぬ日を怖がったことはない。


 9年前のあの日からは、とくに怖くない。


 オレは、死を『赦し』だと思っているし、それは間違いなく救いでもある。




 もしも、迎えに来てくれるなら?


 オレは、ここから飛び降りてしまうかもしれない。


 朝陽が……昇る。




 薄暗い谷底に黄金色の光が差し込んで……。


 黒い翼を映し出す。


 オレは、その名を呼ぶのさ。




「アーレス!?」


 だが。もちろん、返事はない。


 すぐに状況を察知していた。そうだよ、その影の主は、アーレスの『孫』じゃないか。オレの後ろに立っていたゼファーの影が、朝陽に照らされて、谷底に立ちこめる霞に映っただけのこと。


 拍子抜けだな。


 オレは、背後へと振り返り、ゼファーのそばに歩いて行く。


『……おはかまいり。おわったの?』


「ああ。ここに、お前の爺さんも、オレの一族も、みんながいる」


『そうだね。うん。わかる』


 竜の金色の瞳は、オレには見えないモノが見えるらしい。それとも、幼く無垢な心を持った、『子供』にだけ、見えるモノがここにはあったのだろうか?


 そこそこ大人で、薄汚れた心の持ち主のオレには、よく分からんね。


「……そうか。分かるんだな、ゼファーには」


 そう。オレってば大人だから、こんな無責任な言葉を吐ける。


『うん』


 子供も自由だ。感性のほうが、説明責任よりも重大なのさ。


『……もう、かえるの?』


「……ああ。みんなに黙って出て来ちまったからな?」


『あさごはんに、まにあうかな?』


「おお。間に合うぜ、お前の翼は、アーレスよりも速いから」


『そーなの?』


「ああ。アーレスも、お前の翼を誇りに思っているぞ」


 そうだよ。説明は出来なくとも、分かることはある。死でも断ち切れないコトってのは、たしかに存在しているんだよ。


 ほんと、死んでる場合じゃねえわ。


 この偉大な翼を、本物の伝説に育て上げなければいけないし……。


 なによりも、アーレスとの誓いが残っている。


「ゼファー。ファリス帝国を、ぶっ潰すぞ!!」


『うん!!』


 無垢なる竜は、簡単にそう言った。一言でね?世界最大の帝国を、ぶっ潰す……うん。オレたちは、竜騎士だ。『ゼルアガ/侵略神』さえ屠った、伝説の翼の血を引く竜と、ストラウスさん家の剣鬼だぞ?


 やれねえことなんて、そりゃ一つもないね。


「……うーし。じゃあ、帰ろうぜ、ゼファー?」


『うん。さあ、せなかにのって、『どーじぇ』」


「おう!!」


 ゼファーの背に飛び乗る。温かいな。ゴツゴツしているけど、竜の熱い血の流れが、手のひらから伝わってくる。この命のもつ熱は、オレを無条件で笑顔にさせるのさ。


 気分が良くなる。


 やはり、竜の背中ほど、最高の場所はない。オレは、唇を歪ませて、牙みたいにするどい歯を朝焼けに染まる世界に見せつける。


「ゼファー、歌えッッ!!」


『GHHHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHッッ!!』




 ―――朝焼けに染まる聖なる土地で、竜は歌う。


 英雄たちと竜の眠るその場所に、賛歌は響いていった。


 どこまでも。


 いつまでも。






        第一章、終わり。




        第二章『ザクロアの死霊王』へつづく。


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