第七話 『戦場の焔演』 その10


 ―――戦の時間は終わりを告げる。


 歴史的な大勝利、小国が、無敵の帝国軍を殲滅したぞ!!


 勇者たちは、歌い、7000もの捕虜を取る。


 あとは、全て、殺してしまった。




 ―――血を吸い赤く染まった大地には、仲間たちも眠っている。


 ルードの勇者たちは、4000人が死んでいた。


 巨人の弓兵たちも、1000人死んだ。


 大いなる勝利にあった、大いなる犠牲。




 ―――夕暮れが、血塗られた大地の赤をさらに増したころ。


 ラミアとソルジェ・ストラウスは女王陛下の前にいた。


 『魔王』、ソルジェ・ストラウスを、ルードの勇者たちは拍手の雨で称えた。


 そして……ラミアは、かしずき、女王陛下に贈り物を差し出すのさ。




「……陛下、これが『人食い箱』でございます」


 ラミア……っていうか、シャーロンは女装を止めないのか?まあ、着替えているヒマなんて無かったけども。まあ、見た目が美人だから、オレは問題はないけど?女王陛下としては、有りなのか?恋人がコレって。


 白い鎧を返り血に汚した女王陛下は、オレとシャーロンが運んできた『人食い箱』を、じーっと見下ろしていた。中身については知っているはずだが、彼女は、その両腕を横に開いてみたりして、長さを測っている。


 そして、彼女は首をかしげた。


「……えーと。入りますか?サイズが、小さすぎません?」


「入るというか、入れました。こう、オレが腕力で。ぐいっと!」


「なるほど。入るものですね、こんなサイズのなかに……だいぶ、グロいですか?」


「いや。それほどでもないでしょう?……食事の前ですし、見ないのも手ですがね」


 オレのアドバイスに、彼女は首を横に振っていた。


「いいえ。我が祖国を脅かした敵の将を、確認しないわけには行きません」


「そうですか。じゃあ、ラミア……ていうか、シャーロン」


「ええ。開けますねー!」


 シャーロンが鼻歌まじりに、その器用な指で『人食い箱』のロックを解除していく。


「……シャーロン。貴方、また、そんな格好で?」


 またって?コイツ、昔から女装癖とかあるのかな。変なヤツだな……。


「……クラリスより綺麗でしょ?」


「フフフ。打ち首にしますよ?」


「……クラリスのが美人だよー」


「それでいいです」


 ……なんか、面白い関係性の二人だな。苦笑するオレの前で、シャーロンの器用な指は『人食い箱』を開いていた。


「……こ、ここに?」


 女王陛下が、その中身を、おそるおそるのぞき込む。


「心配しなくていいよ、クラリス。ソルジェが、手足の骨を折り曲げてくれているから、飛びかかっては来ない」


「なるほど」


「でも、手は伸ばさないでね?指輪をはめるための場所が、食べられてしまうかも?」


「……ふむ。だいぶ、弱っているようですが、生きていますね?」


「殺しちゃいないつもりだが……ガンダラ?」


「ええ。引きずり上げますよ、背が大きい私が」


 巨人の戦士は、『人食い箱』の中身をガッシリと掴むと、まったくの無遠慮に『そいつ』のことを引きずり上げた。


 ルードの勇者たちのあいだから、声が上がった。


 驚きと、歓声の混じったような声だ。


 そう。『それ』こそ、君らの偉大な祖国を侵略しようとしていた男……。


「……『ルノー将軍』。意識は、ありますね」


 女王陛下はガンダラの腕がつり下げている男に、そう訊いていた。手足はあらぬ方向に曲がっていて、不格好だったが―――ヤツも、かつては一流の騎士であった男。状況を察した今は、その瞳に怒りと屈辱の感情がギラついている。


「……まさか……こんな形で、お目にかかれるとはな……ルードの女王よ」


「あら。意外と元気そうで何よりです」


「……皮肉が過ぎるぞ……」


「そうですわね」


「……ワシを、殺さないのか?」


「見せしめにした後で、殺すかどうかは考えます。貴方には、その恥辱で償わなければならない過去がありますから」


「……フン」


 そうだ。ルノーだけじゃなく、帝国軍の侵略戦争の終わりは、そういう悲惨な形で幕を閉じるのが通例だった。王族や軍の大将を、檻に入れて市中を回る。


 屈辱のパレードだ。女王陛下は、それをルノーでやるつもりだ。


「……そのような目に遭うぐらいなら、ワシは、自決してやるぞ!!」


「あら。手足が動かないのに、舌でも噛みますか?それぐらいでは、死なないですよ」


「……っ」


「窒息しないように、私の部下が貴方にはついていますから、ご安心ください。もしも恥辱に耐えかねるというときは、我々に有益な情報を提供して下さい。満足できる情報を貴方から得られたなら、私の剣が、楽に貴方を地獄に落として差し上げますわ」


 ……うおおお、クラリスさま、ウルトラ怖い。うちのお袋みたい。


 百戦錬磨のはずの軍人、ルノー将軍が、だまり込んじまっていた。うちのお袋並みに怖い女が相手なら、誰だってそうなるよね。


 クラリスさまの笑顔に心をへし折られたのか、ルノー将軍はガックリとうなだれる。


 悪いな、将軍。オレがぶっ殺してやれば良かったのによ?……でも、まあ、騎士を止めて豚となった貴様には、お似合いの罰だ。


 忘れてなどいないぞ。オレは、両の拳を握りしめる度に、お前が犠牲にした十人のことを思い出す。すまんな、亜人の同胞たちよ……君らを見捨てたオレが、君らのためにしてやれるのは、これぐらいまでだ。


 あとは、あの世に行ったら、直接、謝罪の言葉を口にするとしよう。


「では!!皆の者!!城下に帰って、祝杯を挙げるぞ!!」


 ギャリガン将軍のかけ声に、ルードの戦士とオレたち『パンジャール猟兵団』は、雄叫びを歌うのさ。




 ……ああ。もう分かっていると思うけど、オレがルノー将軍と入れ替わったのは、ガーゼット・クラウリーを殺した直後さ。あの後、すぐに将軍のことを『人食い箱』に詰めちまった。ああ、『人食い箱』ってのは、いわゆる比喩だ。


 中にヒト/ルノー将軍を押し込んである宝箱だからね。


 暗号としても使いやすいだろ。それに、『ルノー入りの箱』っていうよりは、カッコよくね?『人食い箱』!!


 まあ。最初からオレは将軍だった。『オレ』の『目』は、『将軍』の『目』だったのさ。


 『メソッド演技法』ってヤツだ。将軍になりきるために、彼がするであろう動きとか、セリフをずっと口で言い続けてみた。一種の自己暗示みたいなモンかな?……声がかすれたってのは、嘘さ。


 オレの声とは、ちょっと違うもんな、ルノー将軍の声。でも、毒でやられて声がおかしくなったというのなら、誤魔化せないかなと考えた。


 瞳の色は変えられるけど、さすがに声までは変えられないからなぁ。


 『ラミア』はテコ入れ。


 記憶力のいい彼女?なら、将軍の部屋にやって来た騎士たちの顔と名前と役職を暗記できるだろう……オレには、ちょっとムリだ。名前を呼び間違えたり、密書を渡し間違えたらマズいじゃん?


 だから、ラミアを将軍の娘役に変えて、オレのサポートに徹してもらったのさ。


 第七師団に潜入したときから、シャーロンはラミアに化けて、男女二役を演じていた。夜は吟遊詩人として仲間割れを呼ぶ歌を流行らせ、昼間は女の薬師として従軍しながら、情報収集していたんだよ。


 意外と働くだろ、シャーロン/ラミア。


 まあ、我ながら上出来だよ。役者になれんじゃねえかな?……ブチ切れた将軍のマネしながら、大勢を操り、混乱させ、殺していったのさ。ほんと、即興で作った綱渡りの策だったけれど、上手く行ってくれて良かったぜ―――。




 ルードの王都に帰還したオレたちは、花火とシャンパンで歓迎された。オレも英雄あつかいされてたね。美少女たちにキスされた。キスされて、『マージェ』の放った矢がオレのケツに深手を与えたんだ。


 平時のときは、ツンデレに武器なんて与えちゃいけないね。


 戦が終わった後にケガさせるなんて、戦士としてどうなのか……?


 まあ、肉を食って酒を呑んでるあいだに、細かいコトは気にならなくなった。ゼファーも城下町に入れた。ゼファーを初めて見るルードの国民は、最初こそビビっていたが、この偉大なる救国の竜に、敬意と親近を込めて牛肉を差し出していた。


 デカい牛だけど、まさか、この肉はベヒーモス?


 ……じゃなかった。ベヒーモスも、ゼファーの近くで牛肉食っていた。たぶん、あのベヒーモスのおかげでもあるんだろうな、ゼファーが街中にいても歓迎されたのは。


 酒宴は深まる。


 戦士たちはバカなもんさ。国も人種も関係なく、みんな呑んで騒いで、踊って、歌っているんだ。へへへ、ガルフ・コルテスも。もちっと長生き出来たら、最高の酒宴に参加出来ていたってのによ……。


 戦で死んだヤツらの、名前が叫ばれる。


 乾杯の度に、死んじまった戦士たちの名前が、星空の闇へと捧げられていく。


 悲しいが、誇らしくもある。


 勝ち戦の終わりは、こんなストラウス的な余韻に包まれるもんさ……。


 悪くねえぜ……ほんと、最高だ。


 空の闇に、アーレスを感じる。セシルを感じる。親父もお袋も、兄貴たちも。爺さんも、ひい爺さんも、みんないるように思えた。


 赤毛の剣鬼ストラウス……それに連なる一族どもは、全て、こんな祭りが死んでも好きに決まってら!!


「……まったく。お酒呑んでばかりだな、お前は!!」


 オレのリエルちゃんが隣に座ってる。愛を深めるチャンスかと、彼女に腕を回すが、ギロリと鋭くにらまれた。


「他の女に触られたあとで、私を抱くのか?」


「……いいえ?……その、そういうのは、また今度……?」


「当然だな。こんな騒がしい夜に、純潔を捧げられるか。もし、そうしたら、明日の朝には覚えてないだろう?」


「……いや。オレにとってリエルちゃんは特別だから、きっと一生覚えてるよ」


「……へ、へんなこと、言うな!こ、この酔っ払いが!!」


 ツンデレのエルフが、怒った?難しい。まあ、酒が回り過ぎて、ダメだ。疲れすぎているし。たぶん、リエルに優しく抱きしめられるだけで、幸せ過ぎて寝ちまうかも?……今度でいいや。今夜は、戦士の魂が還る空を見てれば、満足かもしれん。


「おおおおおおお!!美人の詩人さんだあああああ!!」


『……らみあ?しゃーろん?どっち?』


 ミアとゼファーの叫びが聞こえて、空から地上に視点を戻した。うん、シャーロンだかラミアだかがいた。ラミア・モードだな、今。ていうか、踊り子みたいなカッコしてるな。露出多いけど?……ん。胸もあるな?どうなってるんだ?まあ、どうでもいいけど。


 色っぽいラミアちゃんが、焚き火の前で、歌い始める―――。




 ―――かつて、黒翼金目の竜と契った蛮勇らがいたという。


 滅びた国の竜の騎士たち。


 その者らの血につけられたる名はストラウス。


 剣と翼は戦場の風に遊び、嵐のごとく無慈悲にすべてをなぎ倒す。




「……へへへ。うちの一族の歌かい」


「そうだな、『お前』の『歌』だぞ。ソルジェ・ストラウス」


 リエルがオレの顔を見つめてくれていた。やっぱり、ツンデレだ。怒った後には、なんかサービスしてくれる。


「き、きす……までなら、いいぞ……戦勝祝いだ」


「……やったね」


 オレの弓姫はその翡翠色の瞳を閉じて、オレのために唇を差し出す。その柔らかい唇を、乱暴に奪うのさ。ミアとゼファーが、じーっとオレたちの行為を観察しているが。まあ、子供たちにも見せられる範囲だろ、これぐらいなら?




 ―――すべては歌に融けていく。


 英雄輝く星空に、捧げられたのは竜と騎士の歌。


 これは、新たなる物語。


 あらゆる種族の歌い手が、そなたの歌を歌うだろう。




 ―――それは竜の焔を継いだもの。


 赤い髪の片目の剣士。


 竜角の融けた大剣を肩に、敵を求めて世界を進む。


 それは、歌を伴う、栄光の道。




 ―――かつて、歌われることを拒んだもの。


 戦場を巡り、現世をさすらう。


 魔王の力と、偉大なる黒き翼で、あらゆる敵を切り裂きながら。


 汝が願いのままに、世界を力で変革する。




 ―――それは、やさしく祈る、強き魔王の歌。


 いつか、その力は願いのままに、『楽園』を再興するだろう。


 エルフと、ドワーフと、妖精も獣人も、人間たちも



 『すべて』が、その国にはいるだろう。




 ―――その名を称えよ、その魔王の名は、ソルジェ・ストラウス!!


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