第七話 『戦場の焔演』 その9


「死ぬなよ、若造どもおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「うああああああああああッ!?」


「ぐおおおおおおおおッ!?」


「ひぎゅう――――」


 帝国兵士どもの体が空へと吹き飛ばされて、あるいは踏みつぶされていく。


 黒い『牛』がオレの視界へと侵入していた。そうだよ、あれは『ベヒーモス』だ。ルード王国のドワーフ、ギャリガン将軍の愛馬……じゃなくて、『愛牛』?まあ、とにかく、それだった。


『BHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


「ハハハハハ!!待たせたのうッ!!翼将殿の息子ッ!!そして、ドラゴン!!」


 雄叫びをあげる牛の背から飛び降りた、短躯のドワーフの老将は、巨大な戦槌を振り回して、敵兵どもの骨を次から次に粉砕していく。


「……ソルジェとゼファーだぜ、じいさん。忘れたのかい?」


「いいや。覚えとるわい!!」


 ほんとかね?ギャリガン将軍はその小柄な体からは想像もつかないほどに、俊敏に走って、敵兵どもを追い回していった。そうだ。敵は、もう総崩れ状態だ。


 ギャリガン将軍につづいて、ルード王国の勇者たちがこの場に現れたからね。騎馬隊と、歩兵隊だ。帝国軍の隊列は彼らに突破されてしまった。こうなれば、戦はお終いだ。


「……歌うぞ、ゼファー!!」


『GHAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 オレたちは、勝利を祝う。へへへ。情けねえ。頭に何度かいいのもらっちまったせいかね。鼻血が垂れてるぜ。


 でも、オレたちの雄叫びに応えて、ルード王国の兵士たちも、また叫び、逃げていく帝国兵どもを追いかけて走っていく。


「……へへへ。疲れたぜ」


『……『どーじぇ』、まだ、てきはいるけど?』


「……戦には、流れというものがある。段階というものもな。決着は、ついたのさ」


『おわった?』


「ああ。まあ、ゼファーに分かりやすく例えるのなら、『咀嚼』だな」


『たべるやつ?』


「おう。どんなに硬い食べ物でも、一度歯が入って、噛むことが出来たら?その食べ物を再び噛むことは、容易くなるだろ?そうなりゃ何度も噛めるし、噛むほどに、それの抵抗は弱まり、食べやすくなっていく」


 戦争もそうだ。


 強固な『陣形』が、騎馬隊という鋭い『歯』に切り裂かれてしまい、歩兵が切り裂かれた敵の隊列から雪崩込み、中まで壊していく。


 すると、どんどんその抵抗は弱まる。四方から敵に囲まれ、対応出来ぬままに殺されまくるからだ。


 オレが横っ腹に雑兵の一撃をもらっちまったようにだな?ヒトはあちこちから攻撃されたら、弱いんだよ。オレがドジったわけじゃない。動物は許容範囲を超えた動きには、いつまでもついて行けないってだけさ。


『……ほんとうだ。るーどが、てーこくを、たべてる』


「ん。いい子だな、そういうことだ」


 『竜/サーペント』の牙は、すでに帝国軍を砕き、その大きな口で呑み込もうとしている。


 敗北を悟った帝国兵たちは、もう撤退しようとしているが……ルード王国軍は容赦しない。


 第七師団が再起不能になるまで、殲滅するつもりだ。


 やがて、帝国兵どもも悟るだろう、『逃げられない』。逃げても殺されるまで追いかけられる。そうなれば?……皆、武器を捨てて、唯一、自分が助かる道である降伏にかけるだろう。名も無き兵を殺す価値はない。


『……『どーじぇ』、かったんだね!!』


「おう。そうだな。『マージェ』たちを迎えに行こうか」


『……あ、あの。団長?』


「ん」


 疲れ果てたオレの目の前に、一匹の『犬』がいた。


 デカい犬だな。ああ、もう戦場の屍肉をあさりに来やがったのか?食いしん坊の野良犬だな……って、いや、違うぞ。


「……なんだ、ジャンか?」


『う、うっす!!ジャンです、おつかれさまです!!』


 巨大犬……じゃなくて狼……いや、『人狼/ウェアウルフ』の猟兵、ジャン・レッドウッドは、牧羊犬みたいに『お座り』しながらそう言った。21才の若き猟兵である、ジャンは、『やっぱり』、こっちに来てやがった。


 ていうか、どうせ、全員が来てるんだろ?


「……『他の連中』は無事だろうな?」


『え?は、はい!!もちろん、みんな多少の傷はありますが、全然元気ですよ?』


 ジャンは『鼻』が利く。戦場にいる『仲間』の出血量を報告してくれるぐらいにはな。


 おそらくは嗅覚だけじゃなく、魔術的な仕組みも混ざっているのだろうけど。まあ、その能力の解明は『学者』さんにでも任せておこう。


「そうか。で、ヤツらが、ここにいないということは?」


『女王陛下の護衛をしてました。まあ、途中からは突撃しなさいって、女王陛下に命令されて、各々が敵軍に突撃したわけですけど。みんな無事っすよ』


「そいつは良かった」


『というよりも、団長とゼファーが、いちばんヤバイっす』


「……なんだよ、オレたちが一番大ケガか。ダセえの」


『そんなことはないですよ?……二人で何百人殺したんですか?』


 茶色い瞳をかがやかせながら、きっとオレを尊敬してくれている犬系の後輩はオレたちを称えてくれる。ちょっと気持ち悪い。でも、ゼファーはまんざらでもないようだな。ジャンを見ながら……腹を鳴らす。


 ジャンが、ビビり、どこかへと走って行った。


『……あ。『にく』が』


『ぜ、ゼファー、ダメだよ?ぼ、僕は、き、君のファミリーだよ?』


『……うん。しってる』


『ファミリーを、『にく』って呼んじゃダメ。ぜったい、ダメだから!』


『……わかってる』


『わかっているなら、いいんだ』


 ジャンは……狼みたいな形に化けているからな?ゼファーは、谷で暮らしているとき、狼だとかクマだとかも食べていた。


 疲れているときに見ちまうと、そりゃ、腹のひとつも鳴っちまうってもんさ。


「……アジトで顔見せしていて良かったぜ」


 してなければ?……『つい』、食べてしまっていたかもしれんな。


 ジャンは、かなり遠くに逃げたあとで、オレたちに報告する。


『じゃ、じゃあ。ぼ、僕たち、落ち武者狩りして、小遣い稼いできますんで!!』


「わかった!細かく働け!!いいか、鎧を噛んで穴開けるんじゃねえぞ?ヤツらの装備は全部、オレたちの商品なんだ!!」


『イエス・サー!!』


 我が団の犬のようにマジメな部下が、小さなビジネスで金を稼ぐために戦場を走って行く。ゼファーの腹がまた鳴る。遠くから見ると、もう大型の犬にしか見えないぜ。


 帝国兵の脚やら尻に噛みついては引きずり倒し、ルードの兵士に殺させてやっている。


 なんてこった、もう猟犬そのものだ。


 深く昏い森で初めて出会ったときは、もっと恐ろしいカンジも出せていたヤツだったのに?孤独な感じのイケメンかなと?……どうにも、社会性が伸びるほど、ヤツはクールな猟兵からは離れて行くんだが……。


「……部下への教育って、難しいぜ」


『あ。『まーじぇ』たちが、くる』


「……ん。ほんとだ?」


「ソルジェ、ゼファー!!無事だったのね!!」


「お兄ちゃん、ゼファー!!」


 おお、オレの大切な家族である女たちが、なんかこっちに来ている。いいね。感動的な瞬間で……。


「おい!ソルジェ団長!無事なら、仕事だ、仕事!我々も、追撃するぞ!!」


「ミアは、殺したりません!!」


 オレとゼファーは目をパチクリさせていた。


 へへへ。猟兵女子は、オレたちと違って殺したりないようだ。


 まあ、そうだろうな。それが猟兵の本能ってもんだよ。五体満足に動いて、敵がいるんなら?……襲わなくてはな。


「ゼファー、オレたちを乗せて、走れるか?」


『だいじょうぶ』


「……じゃあ。まだまだ、休んじゃいられねえ」


『みんな。のって』


 ゼファーが首を下げて、オレたちを乗せてくれる。


「……そういえば、ラミアは?」


「詩人さんは、『人食い箱』を確保してくるんだって!」


 ミアが手甲のギミックをいじり、スリングショット・モードに替えながら教えてくれた。


 そうだな。忘れそうになっていた。『アレ』は、大事なモンだから、確保しておかなくては。まあ、あいつが確保するっていうなら安心だ。


「行くぜ、ゼファー!!『ベヒーモス』と並んで、帝国の豚どもを蹴散らしてやろうぜ」


『ガルルルルルウウウウッ!!』

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