第七話 『戦場の焔演』 その6


「……いいですけれど。納得できる答えが欲しいところですよ?」


「納得できなきゃ、その剣を奪って、オレに斬りかかってみるか?」


「冗談でしょう?竜騎士にですか?死んじゃいますよ、私……でも、気になるのは事実です」


「……魔眼の力で分かったけど。あいつは、森のエルフの血を引いている……引いちまっている、かな?」


 ラミアが驚いたような表情になった。


「まさか?帝国貴族の出のはずですよ、あの子?しかも、それなりの名門の?」


「だからこそ、皮肉に拍車がかかる」


「……そっか。彼は、知らないのね。いえ、知らされなかった」


「ファリスとガルーナは9年前のあの日まで、同盟を結んでいた。ファリスの貴族に、エルフの血が流れていることは、そう不思議なことではない」


「そういうヒトたちは、『血狩り』で滅ぼされたと思っていました」


 『血狩り』。クソみたいな言葉だ。人間と亜人種の『混血』を見つけては殺していったという、ユアンダートの悪行の一つ。人間族の血の『浄化』だって?……反吐が出るぜ。


「あの弾圧は、徹底的だったはずですよね」


「でも。生き残っていたのさ。ああ、ヤツは、生き残ってくれていた。その妹も!」


 ラミアはオレの顔を見ながら、あきれ顔をする。


「喜んでます?……ハーフ・エルフの魔力は、強いんですよ?それに気付けば、あの剣士は、かなりの実力者に化けるかもしれないのに?」


「ああ。いつか、あのまっすぐなバカを、オレの兵にしてみたい」


「まあ。いつの間にか、大きな野心を抱くようになったんですね?」


「君の『親父さん』のマネをしていたせいかな?」


「ルノーの?アレは、貴方みたいに底なしの器は持ってないですよ」


「お姫さまに褒めて頂き、騎士としては最高の誉れだよ。さて、仕事しなきゃね!」


 オレは、指笛を鳴らす。今度は特別な魔力を込めてな。


『GHAAAAAOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』


 空を舞いながら、地上に火球を吐きまくっていたゼファーが叫び、上空で弧を描くように旋回して、オレの目の前に降りてくる。


 その背中にはリエルとミアがいた。


 そして……リエルは、なんだか怒っているんだけど?


「ソルジェ団長!!サボるな!!しかも、『女』と密会だと!?戦場で!?何を考えているのだ、色々と!?」


「女と密会って?この死体だらけの惨状を見て、オレがサボっていたとか言うなよ?」


 手練れの兵士どもを70人以上も殺しているんだぞ?たった一人で?勲章ひとつじゃ割に合わない大活躍だぜ。


「口答えは許さない!!まだまだ、戦闘は続いているのだ!!敵が粘っているところもある!!さっさと行って、破壊するぞ!!」


「おう!!行くぞ、ラミア!!」


「はい。ソルジェさま!!」


 オレとラミアがゼファーの背中に乗る。んー、さすがに四人じゃ狭いかな。でも、いいか?ラクショーだよな、ゼファー、ヒトを四人乗せたぐらいでお前の翼は弱らねえよな。


「な、なれなれしいぞ、この女ぁあああッ!!ソルジェの腰に、手を回すな!!そいつの腰は、私のモノなんだぞ!?」


「まあ。この女エルフ、スケベですわ!!……ソルジェさまの『腰』が、自分の所有物だなんて?……なんて、破廉恥なエルフなんでしょう!」


「ち、ちがッ!?そ、それは、言葉のあやというか、何というか!?」


「あら。照れてる」


「う、うるさい!!……そ、そもそも!!お前は一体、何なのだ!?なれなれしいにも、程があるぞ!?」


「『何』って、『シャーロン』に決まってるだろ?」


 オレの言葉に、リエルは固まる。


 ああ、そう言えば、リエルには報告していなかったか。


「え?えーと。き、聞き間違い、か?」


「いいや、コイツ、『シャーロン・ドーチェ』」


「はあああああああああああああああああああああああッ!?」


「つまり、『ラミアちゃん』は『女装したシャーロン』。この、おっぱいは、詰め物。髪はカツラ。目の色は、ガラス入れて変えているんだよ」


「嘘つけ!?そ、そんな、嘘だろ!?」


「ううん。僕だよ、リエル?」


「ひいいいいい!?ほ、ほんとに、ヤツだあああああ!!」


 ラミアがいつものシャーロンの声で話した。リエルはパニックだ。まあ、コレが男だなんて信じられんよな?……ぶっちゃけ、リエルやミアより女らしいし?


「……に、人間族は、どうなっているんだ!?」


「おい、シャーロンを人間代表だとか思うな?フツーの男は、こうじゃない」


「……それは、そーだろうが……っ?」


「もう。詩人さんが『女』でも『男』でも、どうでもいいじゃん!!ゼファー!!行こうよ!!お兄ちゃんがそろった!戦力は十分!今度は、戦場のど真ん中だよ!!」


『りょーかい!!それじゃあ、いくよ、みんな!!』


 ゼファーが羽ばたき、空へと戻る。リエルは、ハッと気付く。そうだ。ここは戦場の空だぞ?シャーロンが自分より女らしいお姫さまに化けているからといって、気落ちするヒマなんてねえぞ?




 ……ここから見れば一目瞭然。まだまだ敵は多いな。しかし、だいぶ殺せてはいるし、大きな混乱も見えるね。戦場から逃げ出す兵士たちの影が、あちこちにあるぞ。


 やっぱり、もう指揮系統は機能しちゃいないのさ。


 まあ、そりゃそうだ。


 なにせ、『総大将』は不在だし、その補佐である有力騎士どもは本陣でオレが殺しちまったもん。


 ラミアこと、シャーロンの服が返り血で汚れているところを見ると、ヤツもオレが見ていないあいだに、何人もの騎士どもを暗殺していたらしいね。


 いい演技だったろ?


 『オレというニセモノを最初に見破ったことで』、『ラミアは騎士どもに信頼されていた』な。そうなるように、演技してみせたのだが……悪くない効果があったようだ。


 予定では、騎士どもと退却した後で、ラミアは『本物の将軍』を探して欲しいとでも言ったはずなんだよ?


 『ついさっきまで本物だったんです、きっと、近くに、お父さまの身は隠されているはずだわ』……ラミアがそう証言すれば?その言葉は、彼らを動かせただろう。


 彼らは捜索に兵を割かせたはずだ。いや。もしかしたら、自分でも探したかもしれない。将軍を見つける価値はあるからな。


 何だかんだで、ルノーは百戦錬磨の将軍だ。その知略は大きな武器になる。この混沌とした状況を制御できるカリスマがいるとすれば、第七師団には彼だけだ―――。


 もしも、見つけたのが死体であれば?それはそれで代替わりの機会だしな……いや、悪知恵の働く男なら、見つけた将軍が生きていれば、『殺した』かも?


 将軍が死ねば、『遺言』でもねつ造することで、自分が新たな総大将に就任するのも有りだ。それぐらいの高い地位と、年齢を経たオジサン騎士の連中が、ラミアちゃんと一緒に退避していたからね。


 ルノー将軍の捜索に紛れ込みながら、ラミアは暗殺の毒牙で、そんな男たちを次から次に仕留めていったはず。


 そこそこ名のある騎士たちだろうが、なにせ年食っててベテラン過ぎる。あいつのレイピアやダガーに背後から襲われたら?……反応できずに、命は助からないさ。


 細かいコトしてるだろ?


 ……オレたちにしては上出来さ。


 ああ、ゼファーの火球がぶっ放されている場所も、テキトーではない。士官が配置されていそうな場所を優先して爆破している。


 士官の場所を特定するのは簡単。だって、兜の尖端に赤い飾りがついているヤツらがそうだから。そいつらを見つけ次第に、火球で爆破していったはずだぞ。


 これだけした。これだけのことをしたんだから、とっくの昔に、指揮系統は崩壊している。


 指揮の取れない軍隊なんてものは、脊髄反射的に行動する。ただただ動物のように生存本能のまま目の前の敵を攻撃しているだけだ。


 ……さすがに出来過ぎているトコロを思えば、おそらく女王陛下の部下もあちこちに潜んでいて、こちらの破壊工作を手助けしてくれていたんだろう。


 頻発していた脱走兵や、偵察兵の遭難も多かったし……もしかして、ビネガーの樽に穴を開けたりもしたのかも?……あのあたりは彼女のサポートかもしれないな。


 オレたちにさせようが、彼女の部下にさせようが、チクチクと小細工のラッシュを仕掛けていたのは事実。そのあげく、彼女が最後に選んだのが『正面突破』だというのだから、恐れ入る。


 これは間違った選択でも、ましてヤケクソでもない。たんに度胸がいいし、効率的なんだよ。『陣形が連鎖して機能しない軍勢』というのは、たやすく殺戮できるからな。


 もしも、撤退を許し、再編されてまた襲われたら?


 ……疲弊したルード王国軍では、その第二波は防げやしない。『最初の衝突で、徹底的に殲滅する』しか、ルード王国の勝利というシナリオは描けないんだよ。


 ムチャな戦略?……オレはそうは思わない。兵士らは、幹部連中が死にまくってて、戦略が機能していないし、それだけじゃないのさ。


 兵士たちそれぞれに遠征の疲れが出ていたところで、連日の強行軍―――後半のは『将軍/オレ』がさせたんだけどな?―――と、そのあいだにあった反乱騒ぎ。


 兵士らにもキツい日程だった、その体力は落ちている。


 だから、女王陛下のルード王国軍は、戦闘開始からものの数十分で敵軍を半壊させている。右翼は『ヴァイレイト』と仲間割れがまだ続いているし、死傷者も半端なさそう。


 左翼は炎に焼かれて、すっかり壊滅状態。少ない兵力で、その場に釘付けに出来ているようだな。後退した負傷兵の群れは、様子見に徹するしかない。


 ヒトってのは不思議なもので、一度、『戦場』に背を向けてしまえば、安堵と解放感に支配されてしまう。まして、彼らは『名誉ある負傷兵』だ。帝国に対しての『義務』は、他の兵士たちより先に全うしている。


 今さら、『危険/戦場』に近づこうとする心理は起きない。脚が痛いとでも言えばいいさ。彼らのその主張を、論破するロジックは帝国の騎士たちにも無い。


 つまり、右翼も左翼も封じることに成功しているのが現状だ。最高の計略だよ。


 ……だが、問題は本陣だな。単純に兵士の数が多いことが大きい……まだ抵抗の強い場所もあるぞ。鎧の種類を見て、オレは彼らが何なのかを分析する。


 ふむ。近衛騎士たちと歩兵たちが集結し、強力な『砦』となって『サーペント』の突撃を受け止めているというわけだ。


 さすがは百戦錬磨の職業軍人ども。指揮がなくても、戦士としての質は保っていやがるな。


 ならば……することは決まった。


 ぶっ壊す。『あそこ』のド真ん中に降りるぞ。クラリス陛下たちのために道を作ろう。



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