第七話 『戦場の焔演』 その5
「は、はい!!」
騎士に命じられた兵士どもが、オレへと目掛けて矢を射る。だが、『かけ声』などを使うとは、奇襲の『良さ』が消えてしまうぞ。
オレはもう走り始めていた。矢を躱し、躱しきれない矢は剣で叩き落として、弓兵のひとりに近寄ると、そのまま斬り捨てる。
「ひいッ!?」
弓兵たちは慌てるが、同時に矢を放っていたせいで、矢をつがえるための隙が大きい。
致命的だな、先ほどの奇襲が躱されてしまったのは?……オレは決断すると容赦がない。走り回りながら竜太刀を暴れさせる。全員が、ストラウスの嵐の前に斬り殺されていた。
「ば、ばけものめえええええええ!!」
慌てた兵士たちがオレに剣や槍で挑んで来るが、半端物の兵士の剣では、竜太刀の一撃を受け止めることなど出来ず、斬撃は剣ごと兵士の顔を斬り裂いていた。
「うああああああああああ!?」
パニックになりながらの槍の突きなど、避けるまでもない。オレは左手でその槍を掴み、腕力で『止める』。
「えええええええええええッッ!?」
ほんと、ゴリラ技。美しい技術を伴わない行為さ。反射神経と剛力によって掴まれた槍は、そいつが押そうが引こうがビクともしない。
オレはそのまま竜太刀を振り下ろし、そいつの槍を握るための二本の腕を断ち切ってしまう。
「あああああああああああああああッ!?」
悲鳴と血しぶきを噴き出しながら、戦場に踊るその兵士に……オレは『セイレンの突き』を使うことにした。
まだ頭のなかにある、グレイを真似てね。
いい技だった。未完成だが、興味深い―――。
刃を下げ、脚を大きく前後に広げる。
そう。剣の重心と自分の重心の『方向』を重ねて、落ちながら、走る……そんなイメージだね。あとは、そうだ、リエルの放つ矢のごく、加速し、世界を駆け抜ける!!
胸元深くを穿つその突きは、兵士の心臓を瞬時に破壊して、死にゆく苦しみから解放する―――即死させたのさ。まったく、慈悲にあふれた技だな。
「……そんな、バカな……っ!!」
グレイは己の目が見てしまった光景を信じたくないようだが、現実を否定する趣味は、よろしくないぞ。
見ただろ?君が使うべき技は、こういった突きなのさ。
「いい技だ。憧れるのも分かる。君の師匠と、斬り結んでみたくなったよ」
そう言いながら、オレは剣を振り、それから死体を外していく。大地に転がったそれは、もう苦悶の声を上げちゃいない。
激しくて、残酷に見えるかもしれないが、オレからすれば、とんでもない慈悲だね。
これなら、一瞬で死ねるから。
察するに、ヴァンガルズさん家の近くの剣術道場の主は、やさしく、細身で、背が低い……得物は騎士剣や、もちろん竜太刀みたいな大型刀ではなく、一回りは小型の剣。
それで出すべき技だろう。大剣では威力が強すぎるし、遅くなる―――ん?そうか。
「君の師は……セイレンとは、『女性』か」
「……ッ」
否定の言葉はない。まあ、オレの推理なんてどうでもいいさ。
今は、他の兵士どもの始末の方法だ。あと四人いるな。だが、どうにも元気がない。
「さて?兵士諸君?騎士殿の命令を、履行しないのか?」
「……お、おれ、おれは……っ」
兵士たちは戦意を喪失している。恐怖に震える『青』が、魔眼には見ているぞ?
「……ああ。逃げていいぞ。君らの心は、オレへの恐怖で一杯だ、戦えんよ」
ストラウスさん家の四男坊も甘くなった?……いいや、彼らはオレの宣伝道具。帝国にオレの恐怖を伝える道具としてなら、殺すよりも価値はある。
しかし……名誉よりも、命が大事。その世界観は、自由で素晴らしいと思う。オレは前団長さまのガルフ・コルテスを思い出すよ。あの風のように自由な男を。
ガルフは、名誉よりも、酒を愛していたな……その選択も、悪くはないぞ。
兵士たちは、そのとき全ての束縛から解放されて、本能に従っていた。
「うわああああああああああああ、逃げろおおおおおおおッ!!」
「し、死にたくないいいいいいいいいいいッッ!!」
この場に残っていた兵士たちの逃亡が始まる。四人とも、全員が逃げちまった。武器を捨てて、少しでも速く逃げようと試みてな―――戦士の心は死んだ。彼らは二度とオレの前に立てやしないさ。
……グレイは、うなだれたまま、今度は彼らのことを見逃していた。そうだろう。犬死にしろとは言えまい。そして、お前は苦しんでいるな?先ほど、オレと『一対一で戦う』と言った結末が、コレだから。
だが、そうヘコむな。口惜しかっただけだろ、負けちまったことがよ。
それは悪いことじゃない。
戦場で価値があるのは勝利だけ。敗北するぐらいなら、卑怯者になるのも間違ってはいないんだ。
お前は、まだ若いから、いつか理想を体現できるようになるだろう。哲学を背負った生きざまってものを貫けるようになる。
……そんな日が来れば、たとえ、その日に死んでも、お前の心に悔いはないよ。
「……生きてるか?」
うなだれた若者にそう訊いた。
「……っ」
ああ、シカトされた。まったく、君は若すぎる。オレが君の『血筋』に気付いていなければ、イラっとした瞬間に、君の首を刎ねているところだぞ?
戦意もプライドも喪失した若き騎士の前で、オレは大地に竜太刀を刺す。衝撃と音がヤツにも伝わったはずなのに、微動だにしない。
でも、ヤツの精神活動は活発だ。怒りと、自己嫌悪と、憔悴と、恥を感じている。醜く昏い虹の色だよ。
「……死んでいないなら、ここはお前の居場所ではないな」
口笛を吹き、木陰に潜んでいた『馬』を呼んでやった。
その馬はオレの目の前に止まる。まったく、よく訓練されているぜ、悪くない白馬だ。かーなり、盗みたくなるが、今回はやめておいてやる。
「馬を呼んでやったぞ。君のだろう?」
「……」
「そうか。立てるか?」
「……」
またシカトされる。でもいい。会話はあきらめたよ。オレは、グレイの首根っこを掴んでムリやり立たせると、肩に担いでヤツを馬の背に乗せてやるのさ。
馬の背に腹を寝かせた形になったヤツは、そうなって、ようやくオレのことを見てきた。
「……どうしてだ?」
「シカトは止めたか。コミュニケーションが取れて、嬉しいよ」
「……なぜ、私を、助ける……ッ」
「お前に騎士道と『正義』を見たからだ」
「……生かせば、必ず、貴様に……復讐してやるぞ……」
「構わん。復讐をするのも、されるのも。全ては因果応報。それでいい」
「……ふざけたヤツだ」
「君に言われたくないぞ」
「なん、だと?」
「君は、その『出自』を隠しながら、『帝国の騎士』として生きているのか?その在り方に、大きな矛盾を感じやしないか?」
「……なんの、ことだ……?」
ん?……ああ。くそ、余計なことを言ってしまったのか、オレは。
この男は、『知らない』のか。知らないからこそ、帝国の騎士として、あそこまで、まっすぐに生きて来られたのだろうな―――。
「……気にするな。知らなくていいコトもある」
「……『出自』?……私の、産まれの……何を、知った……竜騎士よ?」
「気になるのなら、求めるがいい。まあ、苦しみしか得られんだろうがな」
「苦しみ……?」
「お前のような男は、苦しむだろう。だが、『それ』を乗り越えられる意志の強さを、お前が持つのなら……もう一度、その剣と騎士道と正義に訊くがいい。『誰のために剣を振るう』?皇帝ユアンダートか?ヤツの正義に、君が仕える意味があるのか?」
「……なにを言っているんだ?」
「知らなくてもイイコトを言ってるだけさ。なあ、お前、家族は生きているか?」
「……父上と……妹が、いる……」
「……そうか。オレにも妹が『いた』。だから、お前をここから逃がしてやるんだ」
「妹君は……亡くなられたのか……」
「へへへ。最近の夢の中じゃ、いつでも笑ってるよ」
あにさまー。その声が、夢の中で響くのさ。
たすけてくれって、言ってねえんだ。
へへへ。
だから、今は少しだけ、やさしくなれる。
「―――グレイ・ヴァンガルズ。セシル・ストラウスの名において、お前の命を、今日は助けてやるよ。ほら、行け、馬!そいつを落としてやるなよ?」
「……ソルジェ……ストラウス……ッ」
オレに尻を叩かれ、この場からゆっくりと去りゆく馬の背で、エメラルド色の瞳は鋭かった。あいつ、オレのことを恨みがましく睨んでいる。
まあ、オレだって、これを善行とは思っちゃいない。感謝してもらいたいわけでも、まして褒められたいわけじゃない。
……むしろ、仲間の誰にも知られたくない行為だな。ヤツの将来性を考慮すれば、厄介な敵になってしまう確率は高いもんね。
「……彼を、このまま逃がしてしまうのですか?」
気配を消すのがそこそこ上手なラミアちゃんが、オレの竜太刀のそばにいた。魔眼があるから気付いていたけど、使ってなければ悟れなかったかも?いい技巧だ。
「ああ。ヤツを見逃す。他の連中には、秘密だぞ?」
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