第七話 『戦場の焔演』 その4
「―――敵が一人というのであれば、私は、卑怯な手は使わないッ!!皆の者、手出しは無用であるぞッ!!」
オレのことを『卑怯者』みたいに言われているようで、ちょっと傷つくが……その心意気や良し。いいぜ。騎士同士、戦場で一対一とか、痺れるよね?
すっかりとオレに萎縮している兵士たちも、グレイの選択を支持しているようだ。
グレイのヤツは、このオレさまの目の前にやって来る。ただ一人でな。
「……気に入ったぞ、グレイ・ヴァンガルズ。お前のことは、覚えておいてやるよ」
「私は、貴様のことなど、覚えてはおかん!!」
グレイが騎士剣を抜く。なかなかの業物だ。その剣も、そして、それを振るう技術にも光るモノを感じる。
「……年齢は?」
「23だ」
「そうか。オレより3つも下か。まだ、伸びるな……」
「うるさい!私を、その邪悪な眼で見るな!!」
「目にかけてやろうってんだがな?」
「いらん!!帝国の敵は、私が倒す!!」
グレイ・ヴァンガルズが気合いと共に戦場を駆ける。いい動きだ。天賦の才を感じさせるし、それだけではない。鍛錬を怠ることなく、日夜、剣と共にあったのだろう。
まっすぐな剣だ。
シンプルであり、雑念がない。騎士らしいとは、こういうことかもしれんな。
振り落とされた剣を受ける。うむ、重さも十分だ。剣のあいだに火花を散らせながら、騎士グレイはオレのことを全力で押してくる。
「か、片腕だとッ!?舐めているのかッ!?」
「舐めちゃいない。この軽薄な構えだからこその、柔らかさもある」
「なッ!?」
オレは不意に力を抜いて、ヤツの突撃をいなしてしまう。バランスを崩されたヤツは、大きく前に傾き、オレの左の拳は、ヤツの顔面をブン殴っていた。
グレイが吹っ飛ばされて大地に転がる。かぶっていた兜も抜けちまったな。
灰色の髪に、翡翠色の瞳……ふむ。やはり、そうか。オレの眼は誤魔化せん。お前は、それなりの運命を背負っている男のようだな。
「ま、まだまだああッ!!」
立ち上がり、グレイは再びオレへと打ち込んでくる。右、右、左、右、左、突き。なかなかのモンだ。
だが、それらの全てが竜太刀に捌かれる。その事実を、君は気に入らないらしいな。ますます激しく打ってくる。
「いい気合いだぞ。練度も十分。鋭さもあり、手数は達人並み……才能を感じさせる」
「な、なにをッ!!」
オレの余裕が気に入らないのか?
なるほどな。そう、まっすぐな騎士道を見せつけてくれるなよ?……気恥ずかしくなるぜ!!
「あぐっ!?」
踏み込んでいた前足を、オレの足払いが刈り取っていた。
グレイはまた地面へと倒れる。アゴ先を強打するが、すぐに立ち上がろうとしている。
「……グレイよ。君の視野は狭すぎる。重心を固定させすぎるな。道場剣術ではないんだぞ?戦場は整地などされていない。そんな重心移動では、たやすく転ばされる」
「う、うるさい!!」
若き騎士は躍起になる。オレを殺そうと必死だ。
いや、今日、殺した連中と比べても、なかなかの上位。
一番ではないが。まあ、一番手応えがあった男は三十路の大男さ。
グレイはまだまだ若手なんだよ。将来性を見込めば、楽しみでたまらないね。
剣戟を響かせながら、オレはグレイ・ヴァンガルズを観察する。迷いのない殺意か。それもまた騎士として正しい。だが、君は……理解しているのか?
自分の運命が背負っている、一種の『哀れさ』を?
「ソルジェ・ストラウスッッ!!」
剣の鋼をぶつけ合わせながら、グレイはオレの名を叫んだ。
「どうした?オレの名前など、覚える気は無かったんじゃないのか?」
「うるさい!!揚げ足を取るな!!」
「そりゃ、すまない」
「貴様……ッ。なぜ、手加減をしている!?」
「そうすることが楽しいからだろう」
「わ、私を愚弄しているのかッ!?」
「いいや。感心しているんだ。その若さで、そこまでの腕に達する男は少ない」
「私よりも、はるかに強い貴様に、そんなことを言われても、ただただ、バカにされている気持ちだッ!!」
グレイが一瞬だけオレの想像を超える。
ヤツの体が、風のような軽やかさになり、バックステップを踊る。さんざんダメ出ししていた重心だが、オレの方が崩されかけたぜ。
そして、グレイ・ヴァンガルズの肉体が、素晴らしい運動性を発揮してくる。弓から放たれた矢のように爆発的な加速を帯びた、素晴らしい突き技だ。
うむ。どこまでも、まっすぐか。いかにも、君らしい技だな、騎士よ。
だが。それはマズい。
バキイイイイイイイインンンッッ!!
オレは竜太刀を振り落とし、突き出されたヤツの剣をへし折っていた。
「なッ!?」
「―――いい突きだが、君のための技じゃないな」
「く、くそッ!?ま、まさか、あの突きが、見切られるなんて!?」
グレイが後ずさりしながら、腰裏に下げていた予備の剣を抜いた。オレは追い打ちをかけない。
彼には、教育しておくべきことがある。
「……『それ』は、おそらく、君の師匠の技だろう?」
「……ど、どうして、分かる!?」
「なかなかの技だが、君が使うには、やや腕が長すぎるし、重心も高すぎる。そして、力は足りていない。剣の重さと技の威力に、君は制御を奪われていたぞ?だから、反応しただけのオレの剣に、たやすく折られる」
「……う、うるさい、余計なお世話だ!?」
「君の師匠は、すばらしい人物のようだが……もう何年も会っていないな?」
「……っ」
無言か。それが語る真実もある。
とくに、お前のようなまっすぐな心の持ち主は、嘘が本当に下手だな。
何も隠せない。魔眼の力さえいらないよ。
「君の師匠ならば、その技は君に合っていないと叱るだろう。君の突きは、もっと脚を開いて、沈んでから撃つべきだな。それならば、師の技にも近づける」
「……勝手なコトを言いやがって」
「模造は止めろ。師の影を追うことから、卒業する時が来ているのさ、若鳥よ」
「私は、セイレンさまの弟子だ!!貴様の弟子などではないッ!!」
グレイが怒り、オレに襲いかかってくる。獣のような俊敏さだ。
悲しいことに、今の方がさっきよりも少しだけマシだ。
師に憧れるのは勝手だが、『それ/師の真似事』に囚われて弱くなってしまうのであれば、セイレンとやらも喜ぶまい。
怒りに満ちた、野生的なこの動きの方が、さっきまでの道場剣術より、戦場の大地をしっかりと踏んでやがるぞ?
スピードも、パワーも、今の方が強いぜ、未熟者め。
「うおおおおおおおおおッ!!」
グレイの怒りと斬撃を十数手ほど楽しませてもらったが、もう十分だ。
「……さて。遊びは終わりだ」
「そうだあ、ソルジェ・ストラウスううううッ!!お前が、死ねえええッ!!」
「―――それはないな」
ガキイイイイイイイインンンッ!!
「なッ!?ま、また!?」
振り落とされてくるグレイの剣を、横になぎ払われた竜太刀がへし折っていた。そして、そのまま剣舞はつづき―――ヤツの鎧にオレの一撃は叩き込まれていた。
そうさ、『太刀風』……『オレの技』だ。
「が、はッ!?……あ、赤い……疾風ェ……ッ!?」
「……『太刀風』。いい技だろ?」
でも、刃は使っていない。刀身をぶつけただけさ。
だが、十分な破壊力だ。
ヤツの体は大きく『く』の字に曲がって、鎧はへこみ、ヤツの腹を深く打撃している……。
「ぐ、グレイ殿おおおおおおおおおおおおッ!!」
兵士どもが悲鳴をあげる。
「……ッ!!」
グレイは意識を失いそうだ。オレは、ほぼ無抵抗となった彼を、そのまま剣に乗せるようにして投げ飛ばしていた。
大地に衝突した彼は、受け身を取っていたな。
なかなかやるね。首でも折って死ねば、それまでの男だと思って、あまり手加減はしなかったんだが。合格だぞ、グレイ。
「……ッ……ぁ……ッ」
ヤツは呻きながらオレを見上げてる。
なんとも、恨めしそうな目をしてやがるぜ。
プライドが傷ついたのか。
でも、痙攣する横隔膜があまりに痛いのだろう、呼吸もままならないはず。
それに激しい衝撃のせいで、体のあちこちが、とっくに壊れちまっている。
もう腕ひとつ、上げられないさ。
そこまで壊されてしまえば、気絶していた方が幸せだったんだが。お前の才能と師の与えてくれた技巧が、それを防いでしまった。
感心すべき能力であるが、皮肉にも、お前を苦しめてしまうな―――。
この圧倒的なまでの実力差を見せつけられてしまい……あまりにも口惜しいのだろう。グレイの翡翠色の瞳の端に涙が浮かんで、頬を伝って流れちまう。
分かるよ、アーレスにぶちのめされたガキの頃のオレも、そんな目をしていたんだろうな。
「……ゆ……ゆるさ、ん……ッ」
「ん。もう、しゃべれるのか?驚きだぞ」
ほんと、驚いた。回復が早い。『血筋』ゆえの特性か?それとも、コイツの強い自意識が成せた奇跡か?……だが、もう今のヤツは冷静さを失っていた。
怒りと屈辱に耐えかねて、グレイ・ヴァンガルズは叫んだ。
引きつり痛む横隔膜にムチャをさせながらも、その命令を放っていたのさ。
「こ、殺せえええ!!……そ、そいつを、殺せええッ!!」
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