第六話 『我が名はソルジェ・ストラウス!!』 その5
ラミアはルノー将軍の部屋にいる。ルノーはメシを食べているな。ラミアと共に。食が思いのほか進む。将軍さま専用のメシは美味いからだろう。それとも、これほど美しい『女』が隣にいるから?……ああ、その言い方はダメだね、『娘』さんさ。
家族団らんの時間だ。まったく、戦場では貴重な光景だね。
さて……『あっち』はどうなってるかな?
おい。ゼファー?
―――なーに、『どーじぇ』。そっちは、じゅんちょう?
ああ。『策』は進んでいるぞ。そろそろ、そっちに敵が行くはずだ。ルートを頭に送るから、地面に爪で描いて、リエルとミアに教えろ。
―――うん。えーと……。
6000の別働隊の進軍ルートを、オレはゼファーの心に送っていた。ゼファーはその大きくて鋭い爪を使い、大地に恐ろしいほどの精度の『地図』を描いていく。
ミアが感心しているな。だろうな、ミアよりずっと上手だもん。リエルは……ああ、マジメだぜ。あちこちの枯れ葉の下に、紋章で『炎』の魔術地雷を仕掛けている。
『乾いた森』に、あれだけの魔術地雷か……くくく、いいねえ。
ゼファー、戦術は、想像がつくか?
―――きたかぜを、りようする?
さすがだ。そう、そこには北方の山脈から吹き下ろすように強い風が吹いている。その森は、恐ろしいまでに乾燥しているんだ……『試すなよ』?好奇心に駆られる必要はない。『マージェ』とミアの魔術を信じろ。いいな?
―――うん。しんじる。
ああ。万が一の時だけ、ブレスで足せばいい。たぶん、かなりの見物だぞ!
……しかし、枯れ果てた森とは言え、『焼き討ち』に使えとエルフの弓姫さまが言い出すとはな?『山火事は再生の儀式だ。この森は乾きすぎている。近いうちに、火に包まれる。そして、灰となった木に栄養され、大地に再び緑は芽吹く』。
山火事が起きる『運命』を、少しだけ魔術で早めてしまうだけ……森を熟知するエルフらしいな。『山火事の後にだけ咲く花もある』というのは事実なのか、エルフの慣用句なのか……。
……へへへ。世の中、知らねえことも、たくさんあるもんだぜ。しかし……あと数時間で、別働隊の連中は、この森を走る入り組んだ道に入っちまうわけだ。
乾いた強い北風が吹きすさぶ、特別製の悲劇の舞台にな。
……上出来だ。コンディションは整っている。『火葬』にしちまえ。
「……お父さま?」
「ん?……ああ、悪い。ちょっと、眠っておったようだ」
「だいじょうぶですか?夜風は、お体に障りますよ」
「……そうも言ってはおられんよ。やらねばらならんことが、まだまだあるからな」
将軍は自室代わりのテントに運び込まれた『宝箱』を見下ろす。そう。それには面白いモノが入れられているぞ?……将軍は、懐から薬瓶を取り出すと、その『宝箱』の上部をスライドさせて、大きな鍵穴を露出させた。
そして、薬瓶からの液体を、慎重かつ丁寧にその鍵穴へと流し込んでいく……これで、内部のモノに薬液は到達するだろう。
「……お父さま、『その子』は、お元気ですか?」
将軍の娘が、とても楽しそうに訊いて来る。中身を知ってて、いい根性しているね。ルノーはうなずいた。
「問題は無いな。『人食い箱』の管理も楽しいものさ。目覚めて暴れなければ、誰にも噛みつくことのない、ただの美しい宝箱。フフフ。盗人が、これに不用意に触れてしまうのが、楽しみじゃ。さぞ、おどろくことじゃろう」
そう。これは悪趣味な『ミミック/人食い箱』さ。
貴族趣味は難解?……まあ、ヒトの癖は色々。『竜を飼っているオレ』なんかには、他のヤツが、どんなモンスターを、どんな飼い方していたって、とやかく言える筋合いは無さそうだ。お前が言うな、っていう言葉に、反論できないよね。
「さあて……そろそろ、お前の、花婿候補どもが、やって来るぞ」
「……私は、退席していたほうが、よろしいでしょうか?」
「いや、ここにおれ。その方が身を守れる。お前は『正体』を知られてしまったんだ。無理やりに襲おうとする不届きな男も、現れるかもしれんしな」
「は、はい。それは、とても怖いですわね……っ」
だよね?そう、だから、ラミアちゃんはここにいて正解。将軍はいいお父さんだ。
「さて……この密書を、花婿候補らのそれぞれに配るのだが……」
「密書、ですか。軍隊みたいです!!」
「あ、ああ。ま、まさに軍隊だからな……」
「そ、そーでしたわ!!すみません、なれなくて……」
ラミアちゃんはカワイイねえ。ハハハ。うちの女子どもは軍事訓練させすぎて、可憐さが損なわれているかも?ツンデレは巨大な鹿とか数分で解体しちゃうし、ヤンデレはスーパー暗殺者だしね?……お。来たぞ、花婿候補がな。
「将軍!入ります!!」
「……うむ。よう来た。ラミアよ、先ほどの密書を、『お前』が、彼に手渡せ」
「はい。お父さま。では、グレイ・ヴァンガルズ大佐、これをお持ち下さい」
「は、はい!……しょ、将軍、この手紙の、中身は!?」
「己のテントに戻り、一言一句暗記して、すぐに炎で焼き払え。書いてあることには必ず従うのだぞ?……失望させるなよ。では、帰れ」
「サー・イエッサー!!」
「ヴァンガルズ大佐……い、いいえ、グレイさま。どうか、ご武運を」
「は、はい!!が、がんばります!!」
鼻の下が伸びてる。ホント、バカだな男って、オレも発情中のとき、あんななのか?いいや、オレはクールな大人だもん。もっと、マシだよな、リエル?な?
「……あの、お父さま?こんな感じで、大丈夫でしたか?」
くるりとラミアがルノーの方を振り返る。将軍は、うむうむとその大きな頭を縦に何度も動かしている。
「ああ。十分だ、その調子で頼むぞ、ワシのラミア」
ルノー父娘は、それから何度も同じようなことを繰り返していった。密書は全ての候補たち/幹部どもに配られる。アイザックさま、ロミオさま、トニーさま、カイルさま……美女に名前を呼ばれたら、男って、あんなに下らん顔になるのか?
……どうしよう。自信が無くなってきたぞ。オレも、リエルやミアに呼ばれているとき、あんなみじめな顔しているのだろうか……例外を見つけたい。そして、その例外にオレを重ねたい。さて、次の男よ、オレに、可能性を見せてくれ―――!!
「ジャンさま、ご武運を……ラミアは、あなたさまのご活躍を、祈ってますから」
「は、はい!!が、がんばりまあああすううッッ!!」
……ジャンさん。ウルトラ期待してる顔してたァ。もう、ラミアちゃんの旦那になった気持ちなんだろうな……うん。
結論が出ているぞ。くそ。たぶん、オレも、美少女に名前呼ばれたら、だらしなく鼻の下を伸ばしながら、なんとも迫力のねえ顔でデレデレしてるんだろうなあ。
この夜、オレの期待していた例外はいなかった―――こんな小規模の実験で、人類の半分を構築する性別の特性を、断定するのは統計的根拠に乏しいだろう。そうだ、でも、分かっている。オレも、エロい。オレも、美女が好きだ。男なんて、みんなそうだ!!
「……お父さま。今夜は、いっしょに寝ますか?」
「な、なにを言うておるんじゃ!?はしたない!?」
「え?いえ。この部屋に、私の分のベッドを運んでいただき、そこで寝ようかと?お父さまの容態が急変したら、私が処置したいですし?」
「……な、なるほど」
怖い。深夜過ぎると、男って、見境無くなる。ダメだろ、将軍?外見が美女だからって、ラミアちゃんに欲情するとか?……アウトだ!!
「……お父さま、お疲れのご様子。そろそろ、お休みになられては?」
「う、うむ。そうだのう。ワシも……明日は合戦だ。大暴れしてやろう」
「頼もしいですわ」
さて。将軍はベッドに横になったな。
そして、彼の『目』はラミアを見る。彼女は二刀流か?……いいね、細身の剣を両手に抜刀している。彼女までヒットマンであるなら面白いが……そうじゃない。彼女、将軍のために護衛もしてやるつもりだな。
貴族が教育に大金を投入した結果か。賢く、見た目までよく、そのうえ強い?……で、男にやさしく、言葉もカワイイ。ハハハ、花婿候補どもをバカに出来んわ。まあ、彼らの半数以上は明日、オレたちに殺される運命だ。うらやましくなんてないね。
せめて、今夜はいい夢を見ろよ、花婿候補ども。明日は、竜騎士たちと殺し合いだぜ。
こちらの視線に気がついて、ラミアちゃんがこっちを見た。
「……お父さま。瞳を閉じて、お休みください。ご安心下さい。私も剣には自信があります。ご存じでございましょう?」
そう。『オレたち』が狙わなくとも……強力な弾圧を受けた『ヴァイレイト』の兵や、将軍を暗殺してその地位を奪おうとする花婿候補らもいるかもしれない。将軍よ、そうだな、今夜は、彼女に甘えて、少し休もうか?……将軍の『目』が閉じられる。
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