第六話 『我が名はソルジェ・ストラウス!!』 その4


 いきなりのカミングアウトだったな。軍人たちも、この突然の告白には慌ててしまったようだな。そして……知恵を働かせて、この告白の意味を、探ろうとしていやがる。魔眼の力で、オレには分かるよ?『探求者』……緑の輝き。将軍の『目』は、オレの『目』だからね。筒抜けさ。


 ルノー将軍は、ふう、と大きなため息を吐いた。彼も、いくらか恥ずかしさがあるのかもしれないな。黙っているべき秘密ではあったのだろう。しかし、自分で言い出したことに、彼は責任を取るつもりだ。彼はラミアと自分の関係について語るのさ。


「……恥ずかしい話じゃが……妾のひとりに入れ込み、産ませた娘だ。ワシは、彼女の存在を秘匿しつつ、英才教育を施して来たんじゃ。ラミアはなぁ、すこぶる知能が高い。君らは、9才のときに、『ファリス王国憲章』の全てを、暗記していたか?」


 父親に褒められて、ラミアは照れている。いいね、そういうの。なかなか素直なお嬢さまらしい。うちの女たちにも、この成分が少しぐらい欲しいかもな。


「……将軍。私の頭脳など、この場にいる歴戦の勇者さまたちには、とても及びませぬ」


「……ラミア。他人行儀に呼ぶでない。すでに、身分と関係は明かした。父と呼べ」


「……ッ!!は、はい!!……お、お父さまッ!!」


 なかなかの展開だな。ラミアちゃん、お父さんのこと見つめながら、泣いちゃってるよ。娘がいるカンジのオッサン軍人どもは、つられちゃってる。少し、うるっと来てるね。


 でも、若い男どもは、彼女の複雑な運命ではなくて、濡れた瞳を発情しながら見つめている。彼女は可愛すぎる。分かるよ、オレも抱きしめてあげたい気持ちになるね。


「ほれ、泣くなラミアよ……」


「……ああ、お父さま……」


 ラミアは頭をやさしく撫でられている。しばらくそれは続いたが、さすがに子供扱いし過ぎていると将軍は感じて、彼女の髪から手を離す……だが、離れかけた手を、ラミアはそっと握った。


 彼女のアメジストの瞳がうるみながら、将軍の『左手』を見つめていた―――。


「ああ。お父さまの手……とても懐かしくて、とても大きい。そして、この『傷』は……私を狩りに連れて行って下さったときのモノ……獣の血を見て、興奮した猟犬から、私を庇っていただいたときの傷……」


 ラミアにとって、それはかけがえのない思い出だったのだろう。存在を隠された『娘』だからこそ、父親との『絆』の証を大切に思うのかもな。


 将軍は、照れくささと、そして、これまで彼女を『娘』と公然と呼んでこなかったことの罪悪感からだろう、腕を引き、彼女の両手のあいだから、その傷だらけの戦士の手を抜いていた。


 そして、将軍が、頭を下げながら語った。


「……すまぬな。こうして、『毒』でも飲まされねば……死期が近づかねば、お前を娘と呼んでやれなかった……すまない、ラミア。ワシの娘よ」


「……お父さま……安心して下さい。お父さまのお体は、私がどうにか―――」


「お前にして欲しいことは、ワシの治療ではない。助かるような薬を盛るほど、『クラウリーの仲間』は甘くはなかろうて」


「そ、そんな―――」


「ワシが、娘としてのそなたに求めるのは……一つじゃ」


「な、なんなりと!!」


「……この中にいる、ワシが認めた男と、夫婦になれ」


「……え」


 ラミアちゃんの表情が固まる。そうだろう。なかなか酷いこと言ってるかも。このアホ面を下げた若手どもに、君みたいな美女を娶らせる?……死にかけの親父は、何を言ってるのかな。


 うちの猟兵女子たちなら、激怒して噛みついて来そう。


 ……さて。周りの軍人どもは騒がしくなっている。そうだな、とんでもねえ『餌』がやって来たぞ。ラミアは美女ってだけじゃない。『ルノー将軍の娘』だ。戸惑いながらも、ここにいる軍人どもは、ルノーの意図を理解し始めているようだ。


「諸君。分かっただろう?……『ラミアを娶った者』ならば、『ワシの後継者』としての立場にはなろう。少なくとも、この『楽な戦』が終わる時までは、もつはずだ。ラミア?どうだ?この戦の確実なる勝利のために、我らが帝国のために……その純潔と人生を、くれぬか……?」


 娘を政治の道具にしちまうね。よくある話だが、こういう形で婚約が進むというのは珍しいことだろう。戦場の最前線での嫁取り物語だと?……ドラマチックだね。


 彼女は……抵抗があるのだろうか?まあ、突然すぎる。無いとは言いがたい。ラミアはこの場にいる軍人どもを、戸惑いの視線で見回していたから。


 だが、土壇場で、こんなことを言い出した父親の覚悟も、本気だろう。


「……どうした、我が娘よ?返事を聞かせろ」


 ルノー将軍の言葉に、ラミアは……ついにうなずいていた。


「……は、はい!わかりました!……お父さまのお役に立つのであれば……私は、お父さまの認めた勇者の、つ、妻に、なります……ッ」


 ほんと、健気な子だ。男は、こういう子も嫌いにはなれない。ラミアにこの場にいる男どもはすっかりと骨抜きだ。宝石のように美しい見た目に、この従順さ。こんな女を抱けるなら、男は命を賭けて何でもするかもな。


 まったく、オレがラミアちゃんの旦那候補じゃなくて良かったよ?こういう子には、オレも弱い可能性があるしなぁ……?セックスのとき、敬語使ってくれそうな娘とか、ほんとタイプだし―――。


 すまんな、オレの性癖なんてどうでもいいことだわ。


 涙で目を赤くしながらも、毅然とした表情で、強がるように背筋を伸ばした『ラミア・ルノー』。彼女は、この戦場の美しくも痛ましい『花』だった。


 男たちは欲望を隠す、紳士面の下にね。


 でも、ルノーの『目』はオレの『目』、そして、オレの『目』は魔眼。心に隠した欲望の暗黒と、性欲の炎が、コイツらには見えるんだよ?ホント、男ってバカだなあ……。


 この中でラミアを真の意味で慈しむ唯一の男は、彼女のための言葉を捧げる。


「……ラミアよ。戸惑うことも、悲しむこともない。ワシは、お前の夫に悪い男は選ばんよ。花婿の発表は、開戦直前だ。そのときまでに、ワシは候補である君たちを、個別に呼び、さまざまな指示を与えよう。それらは全て真実の言葉だ。花婿以外も呼ぶし、花婿も当然呼ぶ。敵を攪乱するためだ」


「な、なるほど」


「つまり……明日の朝まで、分からないと?」


「そういうことだな。もしも、ワシがそれまでに死ねば……継承順位上位から……そうだな、三番目が、臨時の将軍として振る舞え。もしも、開戦時までワシが生きていたら、そのまま指揮を執らせろ。最後の戦だろう、勝利の味を感じながらあの世に逝きたい―――異論は、許さんぞ」


「……ハッ!了解しました!!」


 軍人たちは将軍の迫力に圧された?


 ああ。それもあるだろうが、欲望にそそのかされているんだよ。うつくしく、その上、『おいしい』、美女ラミアにな。


 彼女を手に入れたいと願うのは、男の性でもある。『出世』と『うつくしい妻』。男の欲を、どこまでも叶えてくれる『女神/トロフィー・ガール』の登場に、彼らは浮かれているよ。まったく、脳天気にね。戦場への意識が疎かになっているぜ。


 ……まあ、油断ではなく、余裕だがな。


 そうだ。


 なにせ、彼らにとって今度の戦は、『必ず勝てる戦』なのさ。13000の敵に対して、コイツらは死傷者続出中だとしても、兵士が本隊だけで40000は残っていて、別働隊に6000もいるからな。


 戦力の差は、3倍以上だ。どうにも、負ける方が難しい戦力差だと軍人どもは考えているんだろう……まあ、オレたちの『策』が、機能しなければ?ファリス帝国の勝利は揺るぎはしない。


 ん?オレが何をしているかって?コソコソと色々やってるさ。


 まあ、どうなるか。見ててくれ。色々やってるんだ。


「……今宵は、皆、早々に己のテントに戻れ。そして、ワシからの呼び出しを待つのだ。今日は遅れてしまったな……明日は、早朝から軍をまとめ、ルードの平野部まで駆け抜けることになろうぞ……しっかりと、兵を休ませろ!!」


「イエス・サー!!」

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