第六話 『我が名はソルジェ・ストラウス!!』 その3


 ―――兵士たちは噂する、ああ、おそろしい、おそろしい。


 将軍殿は、狂ってしまわれたのか?


 あの方の、あんな姿は見たことがない。


 何人も斬り殺して、返り血を浴びて笑っていたぞ……?




 ―――あれでは、まるで、『鬼』ではないか……。


 将軍殿は、別人のように変わってしまった。


 だが、彼は……血を吐いたと誰かが言った。


 ああ……そうか、将軍は、もうこの世の者ではないのかも……。




「……うううッ!?ゴホゴホぉッ!!」


 夜。将軍が再び咳き込む。どろりとした唾液に混じり、赤黒いモノが口から漏れている。ああ、やっぱり彼は体調が悪い。そのことは、医学的な知識のない軍人どもにも分かっただろうよ。


 第七師団の士官たちは、ルノー将軍の『病状』を心配し始めている。疑念、不安、そして『出世欲』……彼らの心は、そういった感情に染まっていた。


 軍議を執り行っているテントのなかで、帝国軍人らの欲望が渦を巻いている。彼らは将軍の正気と健康を疑っている。将軍の顔色はどす黒い。医務官に診察をすすめられたが、医務官を『スパイ』と断じた彼は、貴重な医療職をその場で斬り殺していた。


 誰もが、ルノーをおかしいと考えている……だが、彼の剣の腕を見せつけられれば、逆らうことも出来ない。医務官は縦一文字に切り裂かれている。体が左右に真っ二つ。デカいジジイだけあって、やるねえ、将軍閣下?……へへへ。


 さて、だが、コイツの頭がおかしいことはともかく―――妙な咳とクソ酷い顔色をしていることは、死期の近さを予感させる。


 いや、これ以上の体調悪化では、将軍職を実行することは難しくなるだろう。ルノーが指揮を執れなくなれば?……次の『将軍』を決めなくてはならないな。


 そうさ。『後継者』のポジションを狙って、彼らはこのテントに集まっている。


 ルノー将軍も、分かってはいるようだ。自分の健康上のリスクを……。


「……諸君。ワシは……このように声も崩れ、顔色も黒い……咳きも、止まらん……ゴホゴホッ。従来なら……新たな指揮官を選ぶべきだが、この混沌とした状況下では……ルールを曲げざるをえまい」


「どういう、ことでありますか?」


「……戦場を目前に、将をすげ替えることは出来ん。とくに、どこにスパイが紛れ込んでいるのかも分からん内はな」


「スパイ……例の補給部隊への襲撃者たちが?」


「ですが、あれは討たれたと?」


「……諸君、真実を見抜ける目を持たぬようでは、第七師団を受け継ぐ器はないぞ?」


「と、申されますと?」


「アレは、嘘じゃ。アレはワシが用意させた生け贄どもよ。主犯は……まだ何処におるのやも掴めぬ―――ワシが今、最も懸念しておるのは……身内に潜むスパイについてだ。諸君らを疑いたくはないが……あの『英雄』と呼ばれたガーゼット・クラウリーまでもが、ワシの命を狙う反逆者であった……ワシに、もしもがあった時に、我が団を継ぐべきものについては……このさい、階級には囚われぬ」


「……な、なんと申されましたか!!」


「……本来ならば、階級順じゃ。しかし……『敵』の策が、どこに潜んでいるかも分からぬ状況では……ゴホゴホッ……『通常の手段を取れば、読まれてしまう』。ならば、妨害があるかもしれんだろう」


「妨害?」


「暗殺されるということだ」


 その言葉に軍人どもは緊張を帯びたようだ。そりゃそうだな。未知の『敵』が、この中にいるのではないか?しかも……自分たちの暗殺を狙っている?そいつは、恐怖体験だよね?


「―――ワシに、『毒』を盛ったのも、指揮官の代替わりを促すためじゃろうて」


「ど、『毒』でありますか?」


「ワシの寝込みを襲っておいて、殺さなかった?……そうではない。毒を盛られ、ワシはもうすぐ死ぬのであろう」


「そ、そんな……」


「……ああ。持病の大なり小なりはいくつかあったが……この悪化ぶり、声の荒れ……そして、精神の疲れ果てよう……おそらく、『毒』だろう」


「い、いったい、だ、だれが!?」


「……クラウリーだろうな。いや……おぼろげながら、『赤い髪の男』を……見たような気もするが……?」


 その言葉に、赤毛気味の軍人たちはビクリと肩を揺らす。疑われているのではないかと思ったのだろう。そして、たしかに彼らは疑われている。


 軍人どもが、疑心暗鬼に取り憑かれてしまう。出世レースに、スパイ、暗殺者……彼らは、お互いを疑いの目で見始めているのが、オレには分かった。


「……確証は、ない。だが……慎重にならねばならぬ。どこに暗殺者が潜んでいるか、分からないのだからな?……ゆえに、私は信頼がおける者を用意した。『彼女』は軍人ではないし、その身分も『敵』に知られてはいないはず―――ラミアよ、お入り」


 かすれ果てた将軍の声が若干のやさしさを帯びて、その女の名前を呼んだ。


「はい。将軍閣下」


 凜とした声だった。そして、テントのなかに一人の美女が姿を現していた。背はすらりと高く、腰まである長い栗色の髪の美女だ。その瞳は、魔性を秘めたようなアメジスト色である……ほんと、怖いぐらいの美女っぷりだ。ええっと、彼女は……?


「―――君は、たしか……薬師の?」


 ひとりの軍人がラミアとやらに声をかける。ラミアは、静かにうなずいた。


「……はい。本来は、医師なのですが……薬師として、第七師団に従軍しておりますが、軍医ではありません。将軍とは、その……主治医と患者の関係です」


 なるほど。女医ね?優秀なお姉さんだな、ラミアちゃんは……で、どうして、ここに彼女を呼んだんだい、ルノー将軍?


「……彼女とワシには……実は、血縁関係がある。それも、極めて近いものがな。いや、ハッキリと宣言しておこう。彼女は、『ワシの娘』だ」


「な、なんですと!?」


「ど、どういうことです!?」


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