第五話 『竜騎士たちの狩猟場』 その7


 休みたいほどの達成感さ。全身から力が抜けて、オレはまるでシロウトみたいに戦いの場で突っ立っている。


 泣いて叫んで笑ったら、今は心の中に何もない。休みたくなる。疲れを癒すために……でも。そういうワケにはいかないんだよ。


 オレは竜騎士だけど、セシルのあにさまだけど。それだけじゃない。『パンジャール猟兵団』の団長でもあるんだ。ガルフに拾われたあの時から、オレは傭兵としての命を授かっている。


 オレにはまだ仕事があるんだ。だから、終わっている場合ではない。オレは、リエルにミドルソードを返した。


「すまねえ。おかげで、納得の行く形で仇を取れたよ」


「そうか。それなら、よかった」


 彼女は、やさしく微笑んでくれる。オレを労ってくれているのか。ありがとうよ……。


「……おつかれさま、ソルジェ団長」


「いや。そう言われるのは、まだ早い」


「……うん。そうね。まだ、仕事の途中だわ」


 そうだ。オレは『パンジャール猟兵団』の団長さまだからな。仕事のために、働かなくちゃならない。でも、今は……オレはリエルを抱き寄せて、その唇を奪っていた。


「ひゃう……ッ!?」


 いきなりだから驚いていたようだが、暴れたり拒絶することはない。オレにご褒美くれてやがる。ありがとうよ、リエル……だから、調子こいて舌を入れる。肩を揺らして、怖がってくれた。イヤじゃなくても、怖いよな……。


 でも。怖がるお前も好きなんだ。それは、お前がオレ以外の誰にも穢されていないことの証だから。お前が、オレだけのモノだって感じられるんだよ、お前の不慣れな動きはさ。


 キスしながら、彼女のことを抱きしめていると、落ち着いてくる。これから、もう一仕事しなくちゃならねえし。それは、ちょっと大きくてキツい仕事じゃある。


 正直なところ、成功する確率は、あんまり高くないんだよ。


 失敗したらさすがに死んじまうほど危険でな。


 だから、お前を少しオレにくれ……。


 お前の体温があれば、元気がわいてくるのさ。どんな辛いときでも、男は、心にそういう熱量があったなら、戦えるんだ。


 ストラウスは狂戦士だから、未来には執着できない。だから、強く在るために、今このときを偉大な過去にさせてくれ。


 仇をぶっ殺して、その後、リエル・ハーヴェルとキスしてるんだ。オレは、この日を永遠に自慢できるだろ?……それが、あればよ……もし、オレが死んじまっても、お前の心にも、ちょっとはオレが残れるんだ。


 なら、いいんだよ。お前の歌に、オレがなれるなら。死んじまったとしてもな。別に自分の命を軽んじているわけじゃない。それぐらい、オレにとってこの時間は尊いってことなんだぜ、リエル。


 ……ながいキスを終えて、オレはリエルを解放してやる。


 リエルは赤面で、パニック状態だ。


「そ、それは、その……こ、こ、これぐらい、さ、させてやるけども……っ!?ちょっと、時とか場所とかを考えてもらえないかっ!?」


「いいじゃん。猟兵らしくてよ。戦場で、殺して、愛し合うとか、サイコーだろ」


「け、ケダモノみたいなことを言いおってからに……っ」


「自分だって舌からめてきてるじゃねえか?」


「していない!!あ、あれは!!お、おしもどそーとしただけだから!!」


「はいはい。リエルちゃんはツンデレなんだから」


「うおおおお!!愚弄しおってえ!!せ、セクハラの罪で、成敗してやるぅッ!?」


 エルフの美少女は激怒してる。この『照れ』がなくなったら、オレの愛欲の日々が始まるんだろうな?フリーパスで子作り三昧だよ……まあ、そこまで仕込むのには、時間がかかりそうだけど。


「―――さて。ふたりとも。冗談は終わり。そろそろ下準備は完成だよーん」


「シャーロン・ドーチェ!?いつの間に!?」


「ええ?ここにクラウリーを連れてきてから、ずっとコソコソ働いてたよー?」


 詩人の反撃に、弓姫が圧される。シャーロンごときがマジメに働いていたというのに、自分が恥を晒していたという事実が耐えられないらしい。


「なんたる、屈辱かッ!?」


「……さーて。ミア?」


「なーにー?」


 ミアも働きものだ。彼女は死体たちに『細工』をしている。ダガーで死体を斬り、『豚の血』で、そこらに落書きする―――んじゃなくて、戦闘で死んだように偽装している。


「よく描けてるぞ?まるで、クラウリーの使う、連邦流派に斬られたようだ」


「えへへ!でしょー?はい。これで、偽装完了!!」


「おう。おつかれ!」


 ミアが立ち上がり、オレの足下に寄ってくる。


「……これから、別行動だね。団の皆が、あちこちにバラバラだよ。ガンダラは巨人さんたちのトコロに出張だし、お兄ちゃんも詩人さんも別行動だし……」


「大丈夫だ。いつどこにいても、オレはミアのことを想っているぞ」


「ほんとー?……じゃあさ、約束してー」


「何をだ?……今、気分がいいから、どんなことでもいいぞ?」


「大きな、お家!!皆で暮らせる家が欲しい!!団の皆が、全員で!!」


「……家か。おお、デカい買い物だが、いいぞ!!この戦に勝って、クラリス陛下からの報酬で、デカい家を建てるぞおおおおお!!」


「やったー!!スイート・ホーム!!」


 オレたちストラウス兄妹は笑い合い、最後に抱き合った。


「……ムチャはすんなよ、ミア」


「うん。ソルジェお兄ちゃんもー」


「ああ。約束があるからな」


「うん」


 そして。オレは空にいるゼファーを見上げた。


「……いいか?オレとお前は、アーレスの瞳で繋がっている。オレは潜み、しばらく表には出てこられない。だが、オレの声を聞いて、自在に歌え!!……もうすぐ、お前の初陣だ。派手にかましてやれ」


『うん。わかってるよ、『どーじぇ』!いくさになれば、やきはらう!』


「よーし!!その意気だぜ、オレのゼファー!!……じゃあ、リエルとミアは、撤収!!」


「わかった。次は戦場で」


「うーん、がんばろー!!」


 オレの愛しい少女たちはゼファーの垂らしたロープにしがみつき、そのまま上空へと消えて行く。あとに残ったのは、死体と死体と死体……そして、シャーロンとオレだけ。


 そうさ、これからオレとシャーロンは、『大きな策』を一つ仕掛ける。


 とっておきさ!それさえハマれば……たかだが一万ちょっとが、五万超えの大軍にも勝てるはずだよ。失敗すれば?……全員で討ち死にしちまうかもね。


 まあ、これは……最初から分の悪い賭けだったんだから、そのリスクはしょうがねえ。でも、ここまではよく仕込めた方だと自分でも思うわ。いやあ、我ながら、リスクだらけの道を選んじまったものだなぁ。


 失敗する可能性もかなりあるんだ、オレはクールな大人だから、それはしっかりと理解しているよ?……でも、今のオレは野心にも燃えていた。そうだ、飛躍の時だ。もう『戦うだけ』では、足りないのさ。


 いい加減、『勝てる』ようにならなくてはならない。


 9年間、小規模な戦いでしか勝利の無いオレだったが、あんなものは自己満足に過ぎなかった。だってよ。アレじゃ、どう考えたって帝国を『壊せねえ』だろ?アーレスとの約束を守れねえ。


 ……でも、オレには翼も戻ったんだ。新たなオレの竜、若きゼファーがな。竜騎士に戻ったんだよ。そろそろ、ファリス帝国からも一度、『大きな勝利』を頂いておこうじゃないか―――この策を成功させることで、オレはもう一つ上のバケモノになろう。


「さあて……竜の『呪い』の始まりだぜ、ルノー将軍。騎士の誇りを忘れ、金を求める下らん豚に成り下がった『罰』さ。お前を狂気に染め上げて、その名誉を砕いてやろう……そして、この戦、ルード王国に勝たせるぞ、シャーロン!」


「うん!がんばろうね、でも慎重に。僕らはこれから、戦争の中心を目指すんだ」


「ああ。ばれんじゃねえぞ?……テメーは、死ぬな。クラリス陛下のところに、絶対に帰れ。あんな器の大きな女王陛下を悲しませちゃいけねえ。彼女は、世界に大きな平和をもたらすことの出来る人物だ」


「うん。君も、死んじゃダメだよ?しっかりと隠れてね。もしも見つかれば、君は敵地のど真ん中だ……」


「ああ。見つからないように、努力はするよ」


「……じつはね。巨人たちに演説しているソルジェを見ていてさ、僕には分かったことがあるんだ」


「なんだ?」


「君は、いつか『魔王』になれる」


「おい、悪口か?」


「ううん。いい意味での『魔王』さ。僕は、見たことないよ、君みたいな人間?」


「それも悪口にしか聞こえないんだが……?」


「エルフを愛の虜にして、巨人たちを心酔させて、ケットシーを妹と呼び、一度会っただけのドワーフの鍛冶屋を、君の大きな計画に、あちらから参加させてしまう」


「エルフどこうこというか、リエルに惚れられているだけだし?ガンダラには頼りっぱなし。ミアは『妹』だもん、そう呼ぶさ?……ドワーフの爺さんは、あれ、趣味なだけだろ?こっちが楽しみのダシにされただけさ……」


「そうかな?」


「ああ。オレは、そんなに大したことしちゃいねえよ」


「……フフフ。そう言えてしまうからこそ、君は偉大なんだよ」


「詩人さんの言葉は捻りすぎてるのか、よく分からんね」


「僕はね、『魔王』を、君のなかに感じるのさ。君は、もう、あのガルフ・コルテスよりも、大きな世界観を手にしていると思う」


「アレより?んなバカな。あんなテキトーな世渡りしてねえっつーの」


「まあ、ガルフさんとは、少し方向性は違うけど」


「ん?……おー。将軍閣下が、そろそろ、お目覚めになりそうだぞ」


「そっかー。じゃあ、『細工』しようね?」


「おお。オレたちの、一世一代の『罠』、帝国軍に喰らわせちまおうぜ?」


 ルノー将軍が、うう、と呻く。


 そして、彼の瞳が開かれようとしている。だから、オレは『呪い』を口にする。


「―――将軍、アンタの『目』は、もう、オレの『目』だ」




 ―――『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは、戦場の各地に消えて行く。


 迫る初陣に昂ぶる無垢な翼には、弓姫と疾風の継承者。


 知の巨人は同胞たちと、巨弓の準備をし……。


 詩人と『亜人を統べる者/魔王』は、大いなる影のなかに忍ぶのさ……。




 ―――これは歴史の転換点、ただの小国と大帝国との戦じゃない。


 なぜならば?


 見るがいい、我らの仲間たちを。


 あらゆる種族が、王の器を持つ者へと集まっている。




 ―――世界の変革が始まるよ、人間だけが支配しようとする過ちを。


 かつてのように、偉大なる魔王が破壊してしまう。


 彼は、竜と混じって、ヒトから離れて行っているけれども。


 それなのに、君は他人を惹きつける。




 ―――亜人たちは、共に在る魔王を待っていた。


 いや、僕たち一部の人間だってそうだろう。


 君の名を、勝ち鬨と共に叫びたい。


 我らの新たな『魔王』……ソルジェ・ストラウスよ!!


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