第六話 『我が名はソルジェ・ストラウス!!』 その1


 ―――開戦38時間前、女王は騎士の鎧をまとい、白く大きな軍馬に騎乗する。


 決死を覚悟のギャリガン将軍以下、亜人の勇者たちは、女王のそばに。


 出陣するルード王国軍および反帝国義勇隊、その総数13000……。


 荒野を西進する『敵』は、ファリス帝国軍……53000。




 ―――無垢な翼は、弓姫の命令のもとに、『巣』より『家族』を連れて来る。


 狂人ぞろいの『パンジャール猟兵団』、団長以下13鬼、参戦す。


 戦は好きだ、憎き帝国をぶっ殺せるんだから?あと、マネーも好き。


 歴史を変えろ女王よ、死なせない、我らは、女王の雇われ近衛!!




 ―――戦いの時は迫っている……そんなとき、将軍ルノーが目を覚ます。


 彼は知らないのだ……己に竜の『呪い』がかかったことを。


 彼の『目』は、すでに竜騎士の魔術の内に。


 すべてを、ソルジェ・ストラウスは『見ている』。




 ……そうだ。オレの『目』は、お前の『目』だ。


 知っての通り、オレの左目は特別製でね。魔竜の怨念込められた金色の『魔眼』だよ。これからは、逃げられねえんだ。


 さあて、ブラウンの瞳が太った犬みたいなルノー将軍?……今日から、しばらく、オレは『君』の『全て』を観察することになる。


 竜の魔力を使ってだよ。その『視野』を共有させてもらうぞ?これから、君の言動はオレに筒抜けなのさ……。


 いやいや、ほんと、プライバシーを侵害してしまって悪いよな……でも、これは戦争なんだ。


 しかも、こっちが大きく不利なね。負け戦を勝ち戦にリメイクしなくちゃならねえんだ、ちょっとは、オレだって卑劣な策を使わせてもらうよ。


 オレに首を絞められて『気絶していたルノー将軍』は、すっかりと目を覚ました。ああ、体が重くてだるいみたいだな。55才だ、年齢もそこそこ行っているし、心配性のルノーは服の下にミスリル・チェインの鎖帷子をつけて寝ているから、その分もあって重たい。


 まあ、用心深いってのは悪くないよね?実際、オレたちに潜入されて悲惨なことになっているわけだし。セキュリティってのは、し過ぎることはないな。


「襲撃された?……なんたる……こど、が……ぁッ!?」


 将軍はノドをさする。そうだな、多分、オレにそこを潰されかけたせいだろ?彼は言葉のうつくしさを無くしていた。


 そして、彼の茶色い瞳は、そこら中に転がる衛兵たちの死体を見つける……。


「……誰が、これを……?」


 将軍は死体から剣を奪い、用心深くなって、ゆっくりと歩く。周囲を見回す。敵を探しているんだ。でも、いない。そう、『敵』はいないさ。オレたち『パンジャール猟兵団』は、もう逃げた後だから……。


「……襲われた?……ふむ、暗殺者どもか」


 しかし……ルノーは思考する。


 『なぜ、自分は殺されなかったのだろう』?


 そうだ。何か目的があるはずだ……何だろう?誰かに、何か言われた気がするぞ?


 ……『呪い』?


 ……私の『目』に……?


 将軍は老いた手で目をおおう。異変は、分からないだろう。竜の魔力は、特別だから。


「わからんな。いや……そんな不明瞭なことを気にしている場合ではないだろう……それよりも、問題は……コレだ」


 ヤツの死体を将軍は見つけていた。そうだ、分かるな。その鎧を見れば?特徴的な黒い鎧だ。折られてはいるものの、その死体が握っているのは、連邦流派の用いる刀だ。


「……おいおい、この首なじ……ゴホゴホッ。『首なし』の、死体は、彼かね?……ガーゼット・クラウリーじゃないか?あの、ゴホゴホッ。連邦派の、英雄くんか……っ」


 将軍は顔色が悪い。そうだろうな、それは邪悪なことを考えているからだ。クラウリーに罪を押し付けようとしている……いや、それだけじゃないんだ。


 これをチャンスだと将軍は考えたのさ。


 『ヴァイレイト』を……『殺す』。そうだ、これは『間引き』の戦だ。敵であるルード王国の愚か者どもだけでなく……旧・連邦派の軍勢、『ヴァイレイト』を戦場で殺すチャンスなのだ……ッ。


 では、これを……利用出来ないだろうか?


 『ヴァイレイト』を屈服させ、自分の第七師団に組み込めないか?ヤツらを東方のビネガー好きのアホくさい文化から断ち、大いなるファリスの法と文化で、この私が支配する!!―――それが、将軍のかねてからの望みであったのさ。


 だから、彼は一芝居打つことにする。自分の服を、ナイフで傷つける。そして、そこらに転がる兵士の血を、自分の顔や服に塗りつけた。


 『化粧』を完了させて、彼は叫ぶのだ!!


「であえええええええええええええええ!!反逆じゃあああああ!!反逆者どもじゃあああああああッ!!……う、ゴホゴホッ!?」


 咳き込みながらも、しわがれた咆吼でルード将軍は兵士を呼ぶ。


 やって来た兵士たちは、この場所に広がる、あまりにも悲惨な光景に、恐れを抱く。手練れの衛兵たちの死体の山と、そして傷ついて将軍を見たのだから、当然だな。


「しょ、将軍閣下!!いったい、何が、あったんですか!!」


「……ゴホッ。い、いっだじゃろ……ううぐ。ノドが痛むわ……声が、おかしい……ッ」


「大丈夫ですか!!閣下!!すぐに医者を!!」


「かまうな!!それよりも、兵に指示を出せ!!我が第七師団の全員を起こし、『ヴァイレイト』の裏切り者どもを、取り囲むんじゃ!!」


「な、なぜですか!?み、味方ですよ!?」


「……ふん!見えないのか、コレが!!この死体を!!あの死体も!!連邦の流派の太刀筋で、刻まれている!!何よりも、この鎧!!首は無いが、明らかに、ガーゼット・クラウリーではないかッ!!」


「た、たしかにっ!?」


「ヤツらが……ゴホゴホッ!……反乱しおったのだ!!……ワシの寝込みを襲撃したのだろう。だが、ワシの護衛たちと戦い、クラウリーを含め、おそらく襲撃者の大半が死亡。生き残った者は、クラウリーの首を切り落とし、事実を隠蔽しようとしたのだろうよ」


「な、なるほど……死体を隠す余裕がなかった、ゆえに、首だけ持ち去ったということですなッ!?」


 そう。だから、首だけ切り落として隠した。クラウリーが暗殺に関与したという事実を隠すために。将軍はそう考えているのだろう。そして、自分が『殺されなかった理由』にも彼なりの見当はついているな。


 彼は、咳き込む。口元を抑えた手には、赤い血がついている。兵士は、その事実を口にする勇気がなかったのか。なにか、知ってはならない秘密を見てしまったような不安げな顔になっている。


 将軍は、ワシが血を吐いたことは口外無用。と、若い兵士をにらみつけながら脅した。兵士は、りょ、了解しました!と叫んでいた。


 そうさ。将軍はこう考えている。自分は『殺されなかった』わけではないのだろう。自分は、『毒』でも飲まされている。


 やがて、死ぬのかもしれない……彼は不調を起こした自分の呼吸器に対して、そのような判断を下したらしい。それだけに、彼の表情は激怒を宿した。


「―――このワシを、殺すか……『毒』で、殺すか……ッ。猿どもめ……ッ」


「か、閣下!?ひッ!!」


 悪魔でも見たような顔で、兵士は怯えたような顔になる。怒れる将軍の放つ迫力は、この若者には受容できる量を超えてしまっていたのだろう。将軍は、叫んだ。


「騎士どもを、起こし、東猿どもを拘束しろ!!……ぐふうッ……密かに、ワシが用意させておった……『仕掛け』もつかえ」


 仕掛け……あいまいな言い方だ。


 だが、そこそこ関係が深い近衛の兵士たちは、しずかに頷いた。


 忖度してくれちゃってるね。やっぱり、色々と『ヴァイレイト』対策を仕込んでいたようだな……これで、巨人たちの行動も正当化出来そうだ。


「将軍の命令だあああ!!反逆者の『ヴァイレイト』どもを、拘束するのだああ!!」


「弓を撃っても構わん!!ヤツらはかなり数が多い!!少々、数を減らしてやれ!!そうだ、巨人どもを叩き起こし、強弓で射殺してしまええ!!……ぐ、ごふうッッ!!」


 いい流れだ、第七師団指揮下の軍勢には、将軍の命令がすみやかに行き届き、元々、『ヴァイレイト』と敵対していたファリス派の兵士たちは、血なまぐさく笑い、『東の野蛮人』を狩るために動き始めていた。


「……巨人隊!!配置につきました!!」


「ほう。早いな、先見ある指揮官が、気を利かせて配置しておったのか!!」


「そ、そのようであります!!」


「東猿どもを射殺せッ!!ヤツらの寝所に、強弓の矢の雨を注いでやるのじゃ!!」


「は、はいッッ!!撃てええええええええッ!!」


 作戦伝達用の角笛が鳴る。そして、ガンダラと巨人の戦士たちが、『ヴァイレイト』の兵士たちが眠るテントに向けて、次から次に矢を撃ちまくる!!


 おお、リエルの毒薬で眠っていた連中のところに、矢が降り注いでいくぞ!!


 いいねえ、もっとやれ!!


「いいぞっ!!もっとやるんだ!!……騎馬で、チャージをかけろ!!抵抗されるより先に、ヤツらを砕いてしまうのだッ!!急げ!!迅速に動き、全員を拘束しろ!!」


「了解です!!東のビネガー臭い猿どもに、誰が支配者なのかを、教えてやります!!」


「いい気概だ!!行って来い!!抵抗すれば、殺してかまわん!!東猿どもなどに、命の価値など、ありはせんわああッッ!!」


 怒り狂った将軍の叫びと命令が、第七師団に伝搬していく。巨人の強弓の矢に、騎馬隊の突撃……そんな激しい攻めを混乱しているあいだに浴びせられた『ヴァイレイト』は、多数の死傷者を出してしまう。


 朝陽が昇る頃には、『ヴァイレイト』の全員が第七師団に降伏していた。


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