第五話 『竜騎士たちの狩猟場』 その5


 ゼファーはオレたち三人を背に乗せて、音も無く空へと舞いあがった。


 『インビジブル/風隠れ』は十分に使いこなせるようになっている。まあ、不完全ながら『竜の焔演/複合強化魔術』まで使えたのだ、これぐらい朝飯前か。


 オレは金色の瞳で指示を出す―――目指したのは、ルノー将軍のテントだ。十四人ほどの手強い護衛に守られたその場所の上空に、ゼファーは音を立てずに飛来する。


「……やるぞ」


「……ええ」


「……りょーかいっ」


『……ぎゅい』


 オレとミアが夜空へとダイブしていた。鎧を着ていないオレの体は、いつもよりもずっと身軽だ。いつもと違うのはそれだけじゃない。指が握るのは竜太刀ではなく……『竜槍』だよ。竜騎士が古来より愛用してきた、襲撃用の重槍/ランスさ。


 どう使うかって?……今から見せてやろうじゃないか。


 これは空中から獲物に向かって飛び降りたとき、墜落の破壊力を、敵兵の肉と骨に肩代わりさせるための装備なのさ―――ッ!!


 瞳に、大柄な兵士の肉体を映す。そう。彼らならクッションとして丁度いい。オレの落下のエネルギーを、君の立派な体に浴びせてやろう。


 残酷を悦び、唇が歪む。竜みたいな貌になりなが……オレの殺人は実行される!!


 ズグシュウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!


 竜槍が、体格のいい帝国兵の体を貫いていた。墜落のエネルギーを加えられていた竜槍は、まるで竜の牙のごとく、兵士の肉を深く貫き、鎧をも貫通しながら、大地に彼を張りつけにする―――。


 竜槍に貫かれ、歪み、破壊され、大地に串刺しになった死体から、オレはゆっくりと降りた。十数メートルの高さから飛んだというのに、オレはまったくの無事だった。竜騎士の降下と殺人を同時に行う……それが、この竜槍の使い方なのさ。


 伝統的な竜騎士の技だが、奇襲でコレをやられたなら、死を免れる者などいないだろうな。オレは右を向いた。ちょうどミアが大地に降りていた。


 ミアは風を使い、その小柄な体に空中でブレーキをかけたんだ。大地にぶつかる直前に減速し、大地に着地すると、そのままゴロゴロと地上を転がりダメージを分散する。


 墜落の威力を全て四散させたミアは、すくりと立ち上がり、獲物へ向かって音も無く走るのさ。そして、その兵士に背後から飛びかかった。


 空にいるミアの両手には、ダガーが握られている。彼女は、兵士に飛びつくと同時に、鎧と兜のあいだに刃を入れて、兵士を即座に仕留めてみせた。


 いい動きだな。オレよりも風に愛されているミアは、次の獲物を見つけ、物陰から物陰に、その小さな体を隠しながら進んでいく。


 空からは暗殺の矢が飛んでいた。巡回している兵士の頭部に、矢は刺さった……。


 いいね、リエル。竜の背からの射撃が、精密さを増してやがる。日々、鍛錬を重ねていたな。団長であるオレも、負けてはいられないぞ。


 オレは音を消して走り始める。邪魔者を排除しなくてはならないのさ……『ヤツ』との決着をつける前にね?


 獲物を捕捉する……二人組か。よし、連携するぞ、リエル。オレは二人組の兵士たちに走って行く。オレが兵士たちにたどり着く直前に、リエルの放った矢が一人の兵士の頭を射抜き、その直後、となりの兵士の首にオレの腕が回っていた。


 兵士の首に絡ませた腕に力を込めて、ゆっくりとその首をへし折ってしまう。命を失い、ぐったりとした兵士を、オレはその場所に寝転ばせる。


 オレとリエルがそんなことをしているあいだに、ミアはもう三人目を仕留めていた。


 コルテス式ナイフ術だけじゃない。ミアにはオレの仕込んだ風の魔術もある。とくに、『インビジブル/風隠れ』の性能は、小柄で素早い彼女には、オレたちのそれよりも、ずっと優れているから。


 いや。おそらく、それはもはや『風隠れ』という領域ではなかろう。『フェアリー・ムーブ』……妖精族の伝説の殺し屋『アシュラン・ザトー』。『死の乙女』の異名で知られる彼女の奥義とは、ミアの動きに近しい技術だったのではないだろうか?


 敵に気配を気取られないまま、毒薬が塗られたナイフで敵に襲いかかれるのさ……反則的な有能さだよ。『暗殺者』としての能力だけなら、ミアが『パンジャール猟兵団』で最強のスキルホルダーだ。


 『風に愛され、獣を上回る俊敏さを持つ妖精族/ケットシー』ならではの才能、それらを豊かに宿していた、オレのミア・マルー・ストラウス。彼女は、オレとガルフの指導により、それらの才能を暗殺のためにのみ磨いていった……。


 ミアが風を呼び、4メートル近くの高さまで跳躍する。その角度から、敵兵に飛びついて押し倒しながら、ノド元をダガーで切り裂いた。


 衝撃とバランスの崩壊で困惑したまま、急所を切り裂かれる……あれじゃあ、死にながら悲鳴を上げることさえも難しい。なにせ、ノドが切れて声より先にその『裂け目』から空気が漏れてしまうからな。


 その敵兵とペアになっていた兵士を、エルフの矢が射抜く。ふふ、リエルめ。『狩猟者』として、ミアに負けられないというプライドを感じるぞ。


 そうさ、ミアの『芸術』を目の当たりにすれば、戦士として、狩人として、猟兵として、焦らされるぜ。オレたちにはそれぞれが戦いのエリートだという自覚があるからな、心が騒いでしまう。


 証明したくなるんだ、自分の強さをよ。


 オレは急ぎ、獲物を探す……無音。それが今度のルールだ。クソ、オレには不利だな。それでも敵の隙を突くようにして、三人目に近づき、そいつの首をへし折って仕留めていたが……その頃には、ミアが六人目を仕留め、リエルが五人目を射抜いていた。


 得手不得手というモノがあるが、この戦場ではオレよりも彼女たちの方が暗殺の技術は上なのさ。


 上空から障害物無しに殺し放題のリエルに、『本職』の天才暗殺者ミアだ。破壊力が売りの竜騎士では、この静かなる戦場を支配する彼女らには勝てない。


 口惜しいやら、誇らしいやら。


 複雑な心境だが、笑うミアを見ていると、誇らしさの方が上回る。オレは兄貴なんだな。ミアは血塗られたダガーを鞘に収納して、オレに抱きついてくる。


「……えへへ。終わったよ。お兄ちゃん。私が、ナンバーワンだ」


「おう。あざやかな技だったぞ、我が妹よ」


 人間を六人も殺せて嬉しいのだろう。喜ぶミアの黒髪を、オレは撫でてやる。ミアの猫耳がピクピクと動き、オレの手に反応して悦んでいた。


「……ソルジェ。時間は無いわよ」


 ゼファーのロープをつたって降りてきたリエルが、オレを急かした。そうだな。君のことも褒めてやりたいが―――今夜は、仕事優先だ。


「ふたりとも、死体の『処理』を頼むぞ……シャーロンが『ヤツ』を連れて来る前に、この死体を隠しておいてくれ」


「わかった。ソルジェ……気をつけて」


「ムチャはダメだよ、お兄ちゃん」


「おう。お前らもな」


 そうだ……オレには仕事がある。まずは、騎士という概念を穢した男、ルノーに用があるんだよ。


 オレはルノーが寝床として使っているテントの中へと入っていく。


 そこは帝国軍人らしいテントだった。指揮官らしく、そのつくりは豪勢なものである。宝剣に、帝国軍旗に、ルノーのための鎧……調度品も素敵だな。赤い絨毯に、革張りのイスに、洒落た丸いテーブルと……その上にあるクリスタルの水差し。


 豪華なものだな。貴族然としているぞ。民草のための盾であり槍であり、騎士道に生きるべきお前を、金が歪めてしまったか。


 財産への止まらぬ欲が、お前を偉大な騎士から、みじめな豚へと堕落させたのだろうか。


 ……なあ、かつて騎士だった男よ。戦士としての価値を無くし、金に冴えを鈍らせてしまったお前には、騎士と呼ぶべき相応しさが残っているのかな?


 オレはベッドに眠る老騎士のそばにたどり着く。彼は健康そうな顔で、安らかな寝息を立てていた。売春婦でも隣に寝ていたら厄介だなと思っていたが、彼は一人で寝ていた。


 意外だな、オレが将軍だったら、ひとりで寝る夜なんて作らない。この銭豚は、性欲より、金かよ?……まったく、貴様はどこまでも騎士ではなくなったようだな。有能な子孫をつくるのも、オレたち騎士の義務だろうが……。


 だが。良かったよ、ムダな騒ぎにしなくて助かる。罪無き売春婦を巻き込むのは、騎士道に反する行いだ。女の悲鳴については、あまり聞きたくないんでね。


 よし。まずは、ルノーを起こそう。『呪い』にかけるのは、それから後でいい。


 オレはテーブルの上から水差しを取ると、そのフタをあけて、眠っているルノー将軍の顔に水を浴びせていた。


「う、うむう、ぐう、うう!?」


 しばらく苦悶の声をあげていたルノーは、ついに目を覚まし、その大きな上半身を勢いよく起こしていた。ルノーは激しく咳き込んでいた、鼻から喉の奥に水が入っていたのだろうな。


「ぐは、がは、げほッ!?な、なんだ……っ、いったい……ッ!?」


「閣下。大変だ、敵ですよ」


「……なに!?どこだ!?」


「お前の目の前にいる」


 ルノーが騒ぐ前に、彼のノドを指で掴み、その呼吸を掌握する。彼はもがき、オレの指を外そうとするが……意識が薄まり、抵抗を失ってしまうほうが先だった。


 オレは彼に教えてやる。彼が、これからどんな風に誇りを失うのかをね?……礼だよ、この戦を勝てせてもらうのだから、それぐらいのことはしておくべきだろうよ。


「……これから、お前に『呪い』をかけてやる。竜の『呪い』だよ。お前はオレのことを忘れてしまう。そして、目を覚ましたとき、お前は正気を失い、被害妄想的な男になっている……お前の『目』は、オレの『目』につながる道具となって、お前の見聞は、オレにつつぬけになるのさ」


「……きさま……だれ……だ……っ?」


「……ソルジェ・ストラウス。『最後の竜騎士』だよ」


 こちらの名乗りが聞こえていたのか、いないのか……?ルノーはオレの目の前でゆっくりと意識を失い、黄泉の暗がりへと落ちていく―――。


 当初のプランから、内容を変えなくてはならない。オレは、危険を楽しむことにしているぞ。


 くくく!……『大いなる勝利』のために、より残酷になるための覚悟をさせてくれて、ありがとう。


 『豚ども』よ。君らはその血肉と命をオレに喰らわせ、オレを今まで以上か、それとも今まで以下の、『何か』に変えてしまったぞ……。


 失神したルノーをベッドに寝かせたまま、オレは……『ヤツ』が来るのを待っていた。長いかな?……待ち遠しくもあるが……どうだろうね。


 分からん。焦がれているのは事実。そして、不思議な緊張にも包まれている。長い時を費やしてしまった。探し回っても見つからず、あきらめてしまいそうになった。


 不思議な感情だ。言葉にして現すのは難しそうだな。そういう心だってある。


 ……時間にして十五分だった。その時間が経過したとき……ついに、復讐のときは訪れる。


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