第五話 『竜騎士たちの狩猟場』 その4


 ―――その場にたどり着いたとき、すでにガンダラが、そこら中の檻を開けてくれていた。解放された巨人たちは、この静かな半月の夜の下で、数年だか数十年ぶりの自由の風に吹かれている……。


 総員2423名。それが、解放された巨人たちの数である。軍に同行していた全員だ。


 これを成し遂げたトリックがある。我が団員たちの功績だ、語らねばならないだろう。


 シャーロンが贋作した『鍵』が機能しているのだ。アレは頭がいい男なのさ。常に世界を観察しながら、利用できる情報は無いかと貪欲に収集している。


 今回、シャーロンの碧眼が見ていたのは『奴隷番』の動きだった。


 『シャーロン専属奴隷』というクソみたいな役回りを課せられていたガンダラであったが、彼は毎日、『違う檻』に入れられていた。


 なぜか?同じ檻に同じ奴隷を入れつづけるのはリスクがあるからだよ……だって、そんなことをすれば?奴隷仲間らが結束を強めて反乱を起こすかもしれないし、人間たちに気付かれないように、毎日少しずつ檻の一部を壊していく場合もあるからな。やがて、月の無い暗い夜にでも脱走しちまうって寸法さ。


 だから、巨人奴隷の管理は、何十人も入る大きな檻へと、毎日『ランダム』に放り込むようになっている。帝国軍では一般的なコトらしいぞ、ガンダラ曰く。


 ……さて、シャーロン専属の奴隷であるガンダラだったが、彼のことを檻から出してくれるのは、もちろん奴隷番の兵士たちであった。


 シャーロンは、毎度その連中に頼んでは、自分の専属奴隷であるガンダラを檻から出してもらっていた。シャーロンは、その度に、鍵穴に差し込まれる鍵の形状を盗み見ていやがったのさ。


 さて、ここの檻たちには『マスター・キー』なるものがある。それがあれば、どの檻でも開けられるんだよ。一本あればね。便利だろう?……シャーロンは、ガンダラが解放される度に、それぞれの檻を開けた鍵の特徴を記憶している。


 恐ろしいことに、あいつは一瞬でも見たら、細かなことでも覚えられる。文才以外は色々と優れているヤツの特技の一つさ。


 そして、バカなくせに賢い。それぞれの鍵の形状や、解錠時の魔力、そして音。逆に施錠時のそれらも。そういう情報を逆算して、シャーロンは『マスター・キー』の形を『予想』していた。そして、その模型を作っている。もう4日も前にね。


 それを夜中にリエルへ渡して、『お使い』に行ってもらっていた。オレの知っているなかでも、最高の技術を持つドワーフのひとりのところにね。


 ああ、アボット村の鍛冶屋の爺さんさ。彼の指は健在で、リエルに頼まれるとすぐに『マスター・キー』のコピーを作ってくれたそうだ。ミスリル製の特注品をね。


 ん?ミスリルの出所?……ゼファーが年中、体を掻く度に、ボロボロ魔銀の鱗が落ちている。あれを鉄と銅と混ぜたら、ミスリルは完成する。爺さんは、久しぶりのミスリル大量製造を大いに喜んだんじゃないか。


 彼は15本もの『マスター・キー』を偽造したみせたよ。もちろん、上手く作用した。シャーロンはこういう作業でしくじったことはないし、爺さんも名匠の一人だからな。この檻を開けたのは、彼らが作った、そのニセモノの『マスター・キー』ってわけだ。


 ……そして、爺さんは、リエルに『土産』もくれていたな。『魔銀のヤスリ』の強化版で、『ミスリルのヤスリ』だ。そいつが30本もある。


 これが、アホみたいに高性能だった。


 そりゃそうさ。爺さん、昔、奴隷だったときに、自分で針金研いでニセモノの鍵をつくり、それで『魔銀の足枷』を破ったことがあるそうだ。それは首かせと同じ仕組みだからな、爺さんはそれらの構造にかなり詳しい。


 リエルが『魔銀のヤスリ』を渡して、コピーを作ってくれと頼むと、事情を察して協力してくれたようだ。


 職人を舐めてはいけない。爺さんはガンダラが使い、削れてしまったヤスリを見て、首かせの構造の方を理解したのさ。


 ヤスリのどこに摩耗が多いかってとこで、『首かせ』の構造の癖を見抜き、さらにはヤスリの目に絡まった魔銀の粉をなめたりして、まさかの『味』からも分析したらしい。


 どんな金属がどれだけ混ざっているか?それが分かれば品物の『成るべき形』を知れるんだそうだ……スゴいね。まあ、『構造』と『成分比率』。それさえ分かれば、どこのドワーフの工房が、それをデザインしたのかまで理解できるんだとよ?


 設計思想まで解読された『首かせ』は、もはや機能を失ったも同然だった。爺さんには見なくても全てが分かったんだよ、どんなアイテムを用意すれば、その『首かせ』が壊せるかってことがな……素晴らしく都合の良い『協力者』も目の前にいたわけだしね。


 この『ミスリルのヤスリ』には、エルフの強力な『祝詞』が刻印されている。難しいことは専門的すぎて分からないが、まあ、使用方法は単純にして明快だね。どこでもいい。一カ所でいいのだ、コレを使って、『首かせ』のどこかを巨人のバカ力で削れば完了だ。


 そうすれば、ミスリルの微粒子が『首かせ』に付着する。すると、その粉がエルフの『祝詞』を『首かせ』に伝えて、その魔力を中和・無効化するのさ。そうなれば?……ぶっ壊れちまう。二度と『絞首』の呪文は入力されないってワケだ。


 ……まったく。珍しいハナシだな。


 種族的に対立しているはずの、ドワーフとエルフが協力するとはね?……今月のテーマ『境界を越えろ』っていうのを、あの弓姫もまた実行してきたらしい。魔王軍の哲学を、彼女は理解しようとしているのさ。


 おかげで、錬金術器具の世界に革命が起きたぞ。


 エルフの『祝詞』をドワーフの『技術』で保存し、巨人の『筋力』で『枷』を削れば、ほーら、この通り―――。


「……『絞首』」


 オレはその場に集まった解放奴隷たちに、その呪文を放つ。奴隷たちは記憶に刻まれた恐怖により、反射的に体を震わせていだが、数秒の時が、全てを証明した。


「……成功ですよ、団長。誰の『首かせ』も機能しない」


 ガンダラがオレにそう告げた。


「だろうな」


 オレは短くそれだけを言う。オレは信じていたからな。ガンダラのあがきも、シャーロンの器用さも、リエルの『祝詞』も、爺さんの技も―――予想していた通りにコトが進むと、どうにも嬉しくなるもんだ。自信がわいてくるね?


「さて。おめでとう、巨人たち。君らは、今、自由を証明された」


 そう語り、オレは魔眼で奴隷たちの顔を見ていく。喜んでいるし、戸惑ってもいる。そうだな。それは、そうだろう。ここは帝国軍のど真ん中だ。君らは包囲されているようなものだから、まだ安心は出来ないだろう。


 ……それでは、ガラじゃないが、演説でもしようか?この9年間、色々と苦労して身につけた『話術』の出来を試すとしよう。


「―――巨人たちよ。君たちが、奴隷の身分から解き放たれたいと真に願うのなら、これからしなくちゃならないコトがある。オレは世界を彷徨ってきたが、奴隷から真の意味で解放された者を見たことは少ない」


 そうだ。多くの者が、解放されない。山や谷の奥で、追っ手の影に怯えて暮らす?それでは意味がないだろう。そんなものに、『自由』の名を与えてはならないさ。


「逃げるだけでは足りない。それでは、君たちは真の自由を手にしてはいないのだ。君たちは、勇敢に戦わなければならない。戦わなければ、たとえ世界の果てに逃げたとしても、君らは奴隷の呪いに縛られる。証明しなければならない。戦え!偽りの主を殺し、自分の人生を、自分の手で取り戻せ!!」


 ひとりの巨人が、オレに訊いてくる。


「……『サー・ストラウス』。私たちは、いつ戦えばいい?」


 さすが、ガンダラの同族だ。ハナシの理解が早くて助かる。


「しばらくは帝国軍に隷属しているフリをしてくれ。将軍の命令に従うんだ……君たちが蜂起するのは……」


 オレは右手の一差し指を空へと伸ばす。巨人たちが、その指を追いかける。夜空には、半分の月と、わずかな雲が浮かぶのみ。そう、今は、異変がない。今はね。


「……いいか?君たちが帝国軍へと襲いかかるのは、空で竜が歌ったときだ!」


「……了解しました、『サー・ストラウス』!」


「それまでは、将軍に従え。従順にな。自由を得たことを気取られるな!」


「奴隷のマネをするのは、誰よりも得意ですよ」


「フフ。だろうな。じゃあ、とりあえず、最初の指示を出しておこう。君らは、108武器集積が分かるな?」


「ええ。夕方まで、そこに我々の武器を運び込んでおりましたので」


「いいね。では、今から、そこに向かってくれ。行く道の兵士たちは毒の霧で死んだように眠っているはずだが、もし見つかったときは……シャーロン?」


「うん。この書状を、兵士たちに見せるんだよ」


 シャーロンがリーダー格と思しき巨人たちに、それらの書状を配っていく。


 ヤツの才能がまた発揮されている。


 オレたちが襲いつづけた補給部隊。そこでオレがいつもの趣味として回収しつづけた命令書。そこに記されていたのは、もちろんルノー将軍のサインだ。シャーロンが、それを模倣できないわけがない。


「将軍の命令だと、嘘をつくといい。これで騙せるはずだぞ」


「……分かりました、『サー・ストラウス』!」


「……いや。いい、やめるんだ。オレは、君らのご主人さまなんかじゃないぞ」


「いえ。これは私たちの自発的な敬意なのですよ、『最後の竜騎士』殿」


「そうかい。ならば、勝手に呼ぶといい。罪深いオレをそう呼んでくれるのなら、この戦だけでいい、オレと共に在ってくれないか?」


「……御意に!」


 まったく、巨人たちは、なんだか難しい言葉ばかり使うぜ。さて……オレは、そろそろ行こうか。魔眼に力を込めて、ゼファーを呼ぶ。


 夜空から、まったくの無音でオレの竜は舞い降りてくる。修行の成果が、早すぎるほどに出て来ている。さすがは、『耐久卵の仔』だな。


 ……たくさんの補給部隊を密かに潰してきた。その無音暗殺攻撃の経験が、ここにスキルとなって形を残しているのさ。兵士たちの命を喰らい、ゼファーはまた一歩、真の竜へと近づいたというわけだ。


 ゼファーを目にした巨人たちが、静かに、感嘆の息を漏らす。


「おお……なるほど。これが……竜」


「『ゼルアガ』を退けた者たちの末裔なのか……」


「……そうだ。こいつの歌を聞いたとき、君たちは本物の戦士に戻るんだ」


「……了解!『サー・ストラウス』!!」


「……移動を開始しろ。ガンダラ。彼らのことを頼んだ」


「ええ。もちろんです、団長」


 そう言って、ガンダラは同胞たちの列に合流していく。シャーロンは、自発的に動いた。ヤツもまた張り切っている。女王陛下のためにな。


「それじゃあ、また後で!」


「ああ。死ぬなよ?」


「うん。君もね!僕が作っている君の歌は、まだまだ未完なんだから」


 リュートを背負った希代のペテン師は、闇へと消える。ヤツも今夜は静かだ。いつも、これだけ静かなら、女にもモテるのにな。まあ、女王陛下以外の女なんて、シャーロンからすればセクハラでからかって遊ぶ程度の価値しかないのかもしれんが……。


「お兄ちゃん!」


「ソルジェ団長」


 ミアとリエルが竜の背に乗りながら、オレを呼ぶ。いいねえ、ふたりとも気合いに満ちた凜々しい顔をしているぜ。そして、闇に映えるオレの黒い翼よ。ゼファーよ。その金色の瞳で、オレの復讐を目撃してくれ。


 ―――アーレス。お前との誓いの一つを果たそう……これから、ファリスの軍勢を一つ、崩壊させてやるからな?……空より高い場所から、孫の瞳を使い、見ていてくれよ。


『……ぐるるるぅ』


「おう。行くぞ、ゼファー。無音で、空に飛ぶぞ」

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