第五話 『竜騎士たちの狩猟場』 その3


 ガンダラは、自分のことを責めていたな。


 もっと早くにルノー将軍を暗殺しておくべきだったと。自分の策が敵にハマっていくことを、楽しんでいましたとオレに謝罪してくる。


 いや、それは真実じゃない。魔眼を使うまでもないぞ、お前はそんなことで喜ばない。戦場でのガンダラは、誰よりもクールだから。


 この犠牲は……オレたちに重くのしかかっている。精神的に?ああ、もちろんそれはそうだが、それだけじゃない。順調だったはずのオレたちの戦略が崩れ始めている。その事実こそが、オレたちにとっては最悪だ。


 ファリス派と連邦派のあいだの不信感を強める作戦……それを行うことで5万の大軍勢を混乱に陥れ、その隙を突いて1万ちょっとしかいないルード王国軍の勝機を導く。それがオレたちのプランだった。


 途中までは完璧だったな。多くの物資を奪い、二つの派閥の対立を煽れていた。


 ……しかし、流れは変わった。亜人たちへの処刑を用いることで、彼らは結束を強めている。ルノーとクラウリーは、兵士たちに『共通の敵』を与えたのさ。憎しみと怒りと殺意で、兵士たちをまとめちまうことを選んだ。


 下らん手段だが、ヒトの群れは嘘でも動く……。


 そして、小賢しいことにルノーは進軍速度を上げていた。


 つまり、『兵士たちの体力を奪っている』のだ。疲れさせて、ケンカをさせないようにしているというわけだ。


 なるほど、悪い手じゃないね。オレたち四兄弟がケンカして仕方がないときに、お袋は山まで走って一番早く帰って来たヤツが正しいと指示してたもんだ。


 いい作戦だよ。疲れさせてしまえば、争う元気も無くなるって発想は正しい。


 ―――オレたちの当初の策は……そうだな、失敗しかけている。


 ヤツらの有利な方へと、状況は修正されているぞ……。


 反省点は多い。ガンダラの策は完璧だった。完璧すぎて、オレたちは調子に乗りすぎ、タイミングを見誤っていた。あと一日早く動いておけば、十分な混乱を招けただろう。


 ルールの上では、オレたちはゲームを支配していたが……敵が反則を使ってくる事態への想像力には、欠けていたのかもしれない。


 『敵』をでっち上げてくるとはな……高名な騎士殿のやり口としては、非常に薄汚れている。騎士と名乗る資格に値しない男だとは、考えていなかったが。老いたルノーは騎士であることよりも、卑劣な政治屋であることを選んだらしいな。


 敵を侮っていたわけじゃない。逆だよ。敵を、尊敬しすぎていた。


 それが今回、我々がしなければならない最大の反省なのさ。


 ……さあて、かつて騎士だった『豚』どもよ。


 貴様らが、誇りを捨ててまで利を啜る豚であるというのなら、オレたち『パンジャール猟兵団』も、それなりの行為で応えてやらなくてはな。


 これからは豚を相手にした策で挑むことになる。ヒトが相手ではないのだ、容赦はしないぞ。


 ……作戦を、より邪悪に修正する。オレたちは、より多くのリスクを背負うことにした、それだけ君たち豚への攻撃性を増すことに決めたのだ。


 なあ、ルノー。そして、クラウリーよ。


 お前たちの下らん茶番は、オレを激怒させているんだぜ。


 罪なき者への殺人で補修された『絆』か?……なるほど、表面上は取り繕えたかもしれないな。ああ、悪くない組織運営かもしれん。オレよりも、ずっと経営上手だ。


 ……でもなあ。お前らが作った『絆』は、どれほどの結束を生んでいるのかな?……そのような薄っぺらいモノは、オレの悪意が噛み崩してやるよ。




 夜の闇が訪れた。行軍で疲れ果てた『ヴァイレイト』の兵士たちは、よく眠っている。オレだけは起きていた。そうだ。仕事があるからな。


 男臭い兵舎から抜け出すのさ。ああ……悲しいな。君らともそれなりに苦労を共にしてしまって、仲良くなってしまった。君らが、オレの敵でなければ、友にもなれただろう。悪くない時間をありがとう。


 ―――そして。残虐なオレを許してくれるか?


 オレはリエルの作ったエルフの秘薬を取り出した。これは、悪い薬だ。とても怖いシロモノだよ。どんな薬か?……深い眠りを呼ぶ薬だ。その瓶のフタを指で飛ばし、オレは魔術で風を操ることで、その毒薬で霧をつくる……。


 兵士たちのテントに、それは蔓延していった。


 残念だよ。こんな卑劣な作戦はしたくなかった。『毒』を使うか。じつに不名誉な戦いだ。君たちとは、戦場で殺し合いをしたかったのだけどな……。


 ああ。今夜のオレは『悪人』だ。こんなことをしているのに、顔色ひとつ変えてねえ。48人の兵士たちを死の眠りにつつむと、オレはテントを出て行く。となりのテントに行ったんだよ。瓶は、あと三本あるから。


 さあ、みんな泥のように眠るといい……そして、そのまま二度と目覚めてくれるな。悪くない死だよ……君らに待ち構えている屈辱を思うと、汗をかき疲れた体のまま死ぬのも悪くない。起きてしまえば……?君らに待つのは誇りを失った日々だけさ。


 眠れる君たちの心臓に、深く『矢』が達することを祈るよ。


 静かなる破壊工作は、複数の箇所で行われている。疲れさせたことが、災いだったな。この秘薬は、それなりに香りが強い。普段ならば気づける勘の冴えた者たちもいるだろう。


 ……でも、こんなに深く眠っていたら、分からないさ。


 闇に紛れて無音で飛来したゼファーから、オレの暗殺に長けた妹が降りてくる。彼女はゼファーの口がくわえたロープを伝って、この『狩り場』へと降臨したのさ。


 ケットシーの風使いだ。無音で走り、仕事も早い。ミアは、あちこちのテントに眠りの毒キリを撒いていった。


 ああ。妹だけじゃない。


 オレの愛しいエルフの弓姫も、まったく同じことが出来るんだ。彼女もいい風の使い手だからな。そして、ミアよりエルフの秘薬に詳しい。彼女はより高度な毒を使った。二種類の秘薬の瓶を開けて、風のなかでそれらを化合させる。


 そちらの方がより無臭で、より広範囲に、即効性のある眠りの毒をまけるらしい。無音疾走ではミアには負けるが、彼女の毒キリは一度にオレやミアより多くを呪うのさ。


 オレたち三人は手分けして、この卑劣な作業に奔走した。みんないい仕事をしたよ。猟兵たちは、またたく間に『眠りの呪い』を数百人の兵士たちにかけていた。


 この異常に気づける者はしばらくいないだろう。兵士たちの交替時間はオレとシャーロンが把握しているから、問題ない。時間はある。30分ほどね。それだけあれば、十分さ。


 リエルとミアがオレの影に立つ。オレは言葉で命令をしない。そうさ、いらないんだよ。猟兵は、無音でも心をつなげられるからな。今は時間との闘いだ、不必要は全てそぎ落とす。誰もが口を開かないまま、歩き始める。


 オレの影を追いかけ、彼女らも続いてくれる。ミアは左を、リエルは右を警戒しながらね。邪魔者と遭遇すれば、一秒以内に殺す―――その哲学は共有されている。


 ……さて。そろそろ偽りの自分を砕こうか。


 連邦人の真似事は、もうお終いだ。オレは、ガルーナのストラウス家の四男坊さ。


 魔力を解放し、オレの髪は黒から炎の色に戻っていく。瞳は、黒から空の色にもどり、もう一方は、竜の怒りに狂う金色の魔眼さ。


 眼帯はミアに預けてある。だが。ミアは、渡してこない。いいぞ、心が通じ合っている証だ。そうだ、いらない。求めてはいない。今夜のオレは、魔力を全開にしていく。いつにも増して、冷酷で非道な男だ。


 ……まず最初に、『兵士』を手に入れることにする。


 オレたちは奴隷の檻が並べられた区画に向かっていた。巨人の奴隷たちも行軍で疲れているだろう。でも、勧誘しておかなくてはならない。彼らの力が勝利には不可欠だから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る