第五話 『竜騎士たちの狩猟場』 その2


「……ガンダラ。今夜はどうだ?」


「予定では、あと二日は粘るはずだったのでは?……まだ強奪できますが?」


「……いや。これ以上、時間をかけすぎても、帝国側に対策を取られてしまう可能性が出てくる」


「ゼファーを気取られると?」


「いや、そっちじゃねえさ。モラルの維持の方だよ。ちょっと上手く行きすぎている」


「なるほど。演説をしたり賞罰などを与えることで、モチベーションを高めにかかる頃合いかもしれませんな……もうすぐ敵地に入るわけですし」


「おお。そういうことさ。で、お前の意見は?」


「……そうですね。悪くないタイミングですよ。ただ、個人的には、可能な限り……奴隷たちの枷を外しておきたかったのですがね」


「そこは、悪いと思っている。だが、戦は『早さ』が大事だ。体勢を崩せたのなら、敵の群れが制御を取り戻す前に、止めを刺すべきだぜ」


「……ふう。団長がいてくれて、助かりますよ」


「……どういうことだ?」


「私では、慎重になり過ぎる。作戦に勝負勘を持たすことは不得手ですからな」


「オレは考え無し過ぎるから、合わせりゃ丁度いいってことだな」


「―――ほんと、いいコンビだよねえ、二人は?」


 シャーロン・ドーチェが仲間外れにされてるガキみたいな顔でそう言った。拗ねてやがるぜ。あの童顔を使って。だからオレはシャーロンの肩に腕を回すのさ。


「……お前も含めて、いいトリオだろ」


「そうかい?そうだと、うれしいよ」


「……大一番の前に、あまりこういう発言をすると不吉だと、コルテス老は言っていましたが。ぜひとも、皆で無事に帰りたいものです」


「くくく。たしかに、なんか不吉だな!」


「うん。誰かが欠けてしまうような予感をさせる言葉だね」


「失言でした。私としたことが……戦場などで、感傷的になるものではなかった」


「そうだな。いいか、二人とも。ここは敵地のど真ん中だ、『無事に帰してやる』という約束は出来ん……それでも、やるぞ」


「うん」


「ええ。やりましょう。これが、我々のビジネスですからな」


 魔眼を用い、ゼファー経由でリエルとミアにもそのことを伝えて、オレたちは今夜の作戦実行に備えるのだ。さて、それぞれの持ち場に戻るとするか―――ん?


「……あれれ?人だかりが出来ている?」


「ふむ?」


「……とりあえず、オレが見てくるわ。シャーロン、お前はガンダラを奴隷たちの檻へ連れて行ってくれ。巨人奴隷がうろついているのは、さすがに目立ち過ぎる。貴族のボンボンであるお前の『専属奴隷』ってハナシも、暴動の熱に巻き込まれたらアウトだぜ」


「すみませんね、団長。確認はお願いします」


「それじゃ、行こうか、ガンダラ」


「ええ」


 ふたりは足早にここから立ち去る。オレは……いや、あの二人もだろう。悪い予感がしていたのだ。猟兵の勘は外れない。自分たちにとって不都合が起きるときは、とくにな。


「……どうした?何の集まりだ?」


 オレは黒髪の兵士に訊いてみる。オレを『同胞』と思い込んだ彼は、ご親切に状況を説明してくれるのだ。


「ああ。例の『盗賊』が見つかったらしいぜ」


 ―――なんだと?


 顔が引きつりそうになったが、ポーカーフェイスだ。戦場での嘘や駆け引きは大得意なんだよ。オレは、いかにも驚いたって顔を作ってみる。そして白々しく訊くのさ……。


「マジかよ!?けっきょく、どこの誰だったんだ!?」


「ほら。あそこにいるだろ?……あの『亜人ども』だったんだよ」


「……ほう」


 ―――クソ!!なるほど、そういうことかよッ!!


 心のなかで悪態つきながら、オレは広場に並ばされている亜人種たちの集団を見た。人間の兵士たちに囲まれて、彼らは心底怯えてしまっている。


 殴られたのだろう、ボロボロにされていて、口には縄を巻かれて発言を禁じられていた。どれも若い男たちだ、エルフが二人に、ドワーフが三人、そして巨人が五人だった。


 怯えた目が、右に左にと泳いでいる。おそらく、どこを見ても憎しみと怒りの瞳ににらみ返されてしまうだろうからな―――。


 赤い服を着た士官が、怯えた彼らの前にやって来る。士官は書状を読み上げていく。


「この亜人どもが、ここ数日のあいだ、我らの補給部隊を襲っていた卑劣な盗賊どもである!!……我々は、調査の結果、この盗人どもの巣を見つけ、殲滅した!!……これより、そこで捕らえたこの賊どもの処刑を開始する!!」


「おおお!!いいぞ!!」


「ぶっ殺せええ!!」


「亜人どもを殺しちまえええ!!」


 人間たちの悪意が爆発していた。縛られている彼らに、兵士たちは怒声と石を投げつけていく。オレは、奥歯を噛んでいた。


 衝動に駆られる―――彼らは違うぞ!!そう、主張したかった!!


 いや、そうするべきではないのか!?罪なき彼らを助けられるのは、オレだけだ。竜騎士の『誇り』は、これを看過して貫けるとでも言うのか!?


「―――ダメだよ、ソルジェ」


 耳元で、友がささやいた。シャーロンだ。ガンダラを檻に戻したのだろう。そして、すぐに戻って来た。イベントが好きな男だからな、人だかりを無視できない。


 ……小さな声で、ヤツは伝えてくる。


「―――ここで君が出て行って、ゼファーを呼べば?……とても低い確率で彼らを助けられるかもしれないけれど……作戦が台無しになる」


「……だが」


「彼らの命も、君の誇りも……どちらもが尊いものだよ。でも、僕はルード王国を滅ぼしたくない。勝つには、君がいる。そして、まだゼファーの存在を知られてはいけない。勝利のためにはね……僕は、クラリスを、どうしても死なせたくないんだよ」


「……なるほど。だから、お前はオレの腎臓を狙って、ナイフを突きつけてるのか?」


 オレは腰の裏に感じる不穏な圧力について、考察したことを小声で伝えた。


「……うん。君を、脅しているんだ。殺し合いになれば、君には勝てない。刺されながらでも、君は僕を殺すから。でも、僕は君に重傷を負わせることまでは出来る。そしたら、治療所に運ばれるだろ?……君は、僕のせいで彼らを助けることは出来ないってことさ」


「……シャーロン」


「彼らを見捨てるのは、君じゃない。僕なんだよ……」


 シャーロン・ドーチェは、オレを庇ってくれている。オレが安っぽい正義と自己満足のために死ぬのを、ヤツは自分を貶めることで救おうとしていた。そうさ。コイツはなんだかんだで、オレの友だ。


「……オレの誇りなんかを、守ってくれようとしなくてもいいんだぜ」


「……すまない。耐えてくれ、ソルジェ……っ」


 オレは怯えた亜人種たちの顔を見る。見つめる。記憶するために。オレが見捨てた君たちのことを、オレは、いつまでも背負うぞ……。


 だから、オレを許さないでくれ。


 憎んでくれ。


 この卑劣なオレを……ッ。


 オレが死んで地獄に落ちたなら、君らはオレを刃でズタズタに切り裂いてくれていいんだ。ハンマーで全身の骨を砕いて、痛めつけろ。すまない。本当に……すまない。


 アゴを噛む力を抜いた。平常心を装う。寄せていた眉間を離していく。


「……シャーロン。大丈夫だ。覚悟を決めた。オレは、彼らを見捨てる」


「……わかった」


 シャーロンがナイフを離す。


 そして。熱狂する兵士たちのあいだに……オレの『宿敵』が姿を現していた。黒い髪をした背の高い初老の男だ。精悍な戦士……といった貌である。


 見覚えがある。


 ああ、絶対に忘れることはないさ。


 直接会ったことはないのだが、セシルを痛めつけ、焼いたのはこの男だ。


 我が故郷のために空が涙を流してくれていたあの日。アーレスのくれた魔眼は、オレに半日前の光景を見せてくれた。死んだセシルの最期の記憶さ。


 怯えたオレの妹の、涙に歪んだ視界の果てに……今より9才も若いそのクズ野郎はいた―――ヤツは妹を殴り、縛り、火をつけた……ッ。


 ……ふざけるな、貴様は、セシルの命を奪っておいて、9年も生きたのか!?オレは、コイツを……そんな家族の仇を、これほど長い期間、逃してきたのかッ!?


 セシルと過ごした大切な7年……それよりも長い時間、ヤツを殺すことが出来なかったのだなッ!!


 肉体が震える。魂が暴れていやがるんだよ。ヤツへの憎しみで、ヤツへの怒りで、オレ自身への悔恨でッ!!この無能なうすのろめ!!オレは、今まで何をやっていたッッ!!


 シャーロンが、叫びを出すまいとガルーナ人の強い牙を噛みしめているオレの代わりに、その穢れきった名を口にしてくれる。


「……『ガーゼット・クラウリー』……ッ」


 ヤツは囚われの亜人たちのそばに歩いて行く。無表情のまま、刀を抜いた。そして、刀を天高くに掲げる。死の一刀に怯える獲物を、じっと黒い瞳が見物していやがる!!


 なるほど。そうかよ。セシルを守ろうと盾になったお袋のことも、死んだお袋に泣きながら抱きついているセシルのことも、貴様は、そんな目で見ながら、そのクソみたいな口にうすら笑いを浮かべながら、刀を振り落とし、殴り、火をつけたのか……ッ!!


「……帝国の法の下に、死ね。愚かな亜人の盗人どもよ!!」


 そんな言葉とともに、『ガーゼット・クラウリー』は口元をサディストの笑みで歪ませながら、エルフの首を刎ねていた―――ヤツは、次から次に、怯え切った亜人たちを斬り殺していく。オレは、見ていた。全てを見ている。


 気が狂いそうになるぜ……ッ。


「……すまない。お願いだ。耐えろ、耐えてくれ、ソルジェ。たのむからッ」


「……わかっているッ!!―――オレは、彼らを見捨てると、言っただろう!!」


 殺戮を終えた後で、ヤツは熱狂する兵士たちに告げる。


「諸君!!我らの背後をうろつく邪悪な亜人どもは潰えたぞ!!あとは、ルードの亜人どもと、亜人ごときに肩入れする人間の裏切り者どもを、皆殺しにするのみだッ!!進軍するぞ!!ルード人どもを、殺し、ヤツらの全てを奪い、国土を蹂躙し、破壊するぞ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「帝国軍、万歳ッッ!!」


「英雄、ガーゼット・クラウリー殿を、称えろおおおおおおおッッ!!」


 ヤツを称えるための歌が、罪無く殺された者たちの血の赤に汚れた大地に響いていた。オレは、シャーロンに連れ出されるように、その場から離れていく。


 そうだな……殺意が、制御できなくなる内に、そうしてくれると助かるぜ、シャーロン。


 そうだよなぁ。そうだよなぁ、アーレスよ。


 オレは……ダメだ。まだ、死ねないぜ。だってよ?……もっと償ってからじゃないとダメだろ?そうでないと、オレなんかに『死ぬ資格』もねえんだよ。


 穢れたオレは、歌/英雄にはなれねえ。


 9年前に死に損なってしまったオレは、その資格を失ったままだ。


 オレには、アーレスと約束し、アーレスに背負わされたものがある。


 『復讐』だ。


 一族と、主君と、故国の恨みを晴らさねばならない。


 ……そして、ここに新しく誓おう。今日からは、君たちを犠牲にした罪も背負う。


 覚えておくぞ、今日ここに、オレに見捨てられた君らが十人いたことを!!そのことは永遠に忘れん!!両の拳を握りしめる度に、君らのことをオレは思い出すだろう!!魂に刻み、行為をもって弔おう―――。


 竜騎士として、ストラウスとして、戦うことで、殺すことで、償わせてもらうぞ!!


 この腐った帝国を、皇帝を!クラウリーを!!全てを切り裂き、焼き尽くすまで!!オレは、死なねえぞ、バカ野郎がああああああああああああああああああッッ!!




 ―――将軍ルノーは悟っていた、この混乱の裏で蠢く作為の影を。


 指折り数えて、ヒゲをいじる。


 さあて、取るべき手段は、いくつある?


 群れの維持に役立つことは?『敵』をつくること、それを老騎士は熟知する。




 ―――王道なのは、『真犯人』の逮捕だが……時間がかかる。


 士気が維持されるのであれば、偽りの逮捕でも同じこと。


 用意させよう、近くの村に行き、亜人どもを金で買ってこい。


 いや、皇帝陛下の徴兵状を使い、その生け贄どもを集めるのだ。




 ―――それが正義とルノーは断じた。


 なぜなら、これは戦争だ、勝つためならば、あらゆる犠牲は許容される。


 ましてや、あれらは亜人ども、人間ですらない歪んで劣った愚者どもだ。


 何が悪い?支配者が、家畜の命を喰らったところで?




 ―――これでよい、兵士どもは憂さ晴らし出来ただろう。


 皆で女を犯すのもよいが、やはり敵を殺すことが一番の薬だな。


 そのとき、心にあふれる熱狂が、国家という枠を作るのだ。


 敵を殺す、それが愛国心のコツである……。




 ―――真犯人?……ああ、無視してしまえと彼は笑った。


 姑息で小規模の殺ししか出来ないことこそ、限界の証と老獪な脳は結論する。


 そうだろう、精鋭かもしれぬが、多くはいまい、影に潜んだ殺し屋など……。


 さあて、憂いは断った……あとは、前進あるのみだ。




 ―――兵隊たちは、敵地目掛けて歩いて行く。


 彼らは、昨日よりも仲良くなっていたのだろうか?


 たしかに、そうかもしれないが……猟兵たちの心は、熱くて暗くて冷たくなった。


 詩人は理解するのだ、今宵の剣鬼は……魔王の再臨だ。




 ―――詩人の目には、翼が広がるのが見えた、黒くて深い闇の翼が。


 剣鬼の心から、それは生えている。


 誰よりも残酷になり、誰よりも強く、悪魔のように殺すだろう。


 ルノーは、自分のしでかした失態に気づけまい……そこまで長く、生きられないさ。


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