第五話 『竜騎士たちの狩猟場』 その1


 ―――歌え、歌え、我らの生き様を!


 命の終わりを越えて、死の安息を越えて!


 世界に、その爪と牙と歌声で、刻みつけるのだ!


 我らは、『パンジャール猟兵団』!!地上と空を支配する、悪鬼の群れぞ!!




 ……バシュラ暦1109年、4月20日、早朝。オレたちの密かな戦争が開始して、もう10日が過ぎ去っていた。


 ああ。よく働いたぜえ。帝国兵士どもを殺せたオレは、満足である。やはり、宿敵どもの命を奪うのは、たまらなくオレの飢えた心を癒やしてくれるものだな。


 今、目の前にあるのは12人の兵士の死体。ルード王国へと進軍している帝国軍、その補給部隊の連中であった。オレたちは、つい十五分ほど前に、彼らを強襲して、数十秒のうちに全員の命を奪っていた。


 感情のままに殺しているわけじゃないぞ?ガンダラの描いた策略は、もちろんこの殺戮にも含まれているのさ。


 どうだ?彼らの『髪』を見るといい!


 茶色いのや赤いのや金色がいるが……『黒髪』は一人としていないだろう?そうさ、こいつらはファリス派の中央軍、ルノー指揮下の第七師団に所属している兵士たちだ。


 昨夜、オレたちは略奪行為に励んでいた。


 5つの補給部隊を襲い、その荷をゼファーであそこの山奥に運んでいる。ヒトの足ではいけない場所だな。食糧、武器、そして兵士への手紙も奪っているのだ。何がしたいか?


 食糧や武器は、ゼファーが昼にでもルード王国へ輸送するのさ。あの国は物資については、何もかもが足りていないからな―――。


 手紙は、道ばたに焼き捨てておく。家族や恋人からの手紙が届かなければ、兵士たちにストレスと上層部への不信感を与えるだろう。心理戦さ。


 細かな策略の第一段階だよ。補給路への攻撃……進軍ペースが遅れて、ルードに準備期間の猶予が増える。


 しかも、不思議なことに第七師団所属ばかりが毎晩のように襲われている―――『仲違い作戦』は、密かに始まっていて、帝国の軍勢にオレたちの牙から注がれた『毒』は、ゆっくりと回っているのさ。


「……さて。そろそろ『戻るぞ』、シャーロン、ガンダラ」


 オレはふたりの部下たちに命じて、帝国軍の野営地へと向かって歩き始める。


 シャーロンとオレは殺した帝国兵たちの服を奪って着こなし、ガンダラには屈辱をガマンしてもらって『奴隷』の姿をさせている。悪名高い『魔銀の首かせ』つきさ。呪文ひとつで奴隷の首を締めあげる、残酷な錬金術の装置だよ。


 これがあるから巨人族を帝国軍の兵力として使役できている。逆らえば首の骨を折って殺せるからだ。戦いを強制する、実に下らない装置だよ。


 ストラウス一族の哲学から言わせてもらえれば、戦いとは新生なる命の表現さ。強制させる?……戦士の命をバカにするんじゃねえつーの。


 まあ、それはホンモノとは異なり、ガンダラの首につけられたそいつからは『絞首』の魔術文字が削り取ってある。


 だから、もしも兵士らに呪文を唱えられても『首締め』は機能しないってことさ。窒息している演技をすれば、誤魔化せるからね。ガンダラは知能が高い、それぐらいやれる。


 ……でも服装は、ホントの奴隷そのものだ。悲惨な半生を送ってきた反動なのか、ムダにおしゃれな服を着たがるガンダラさんにとっては、なんとも屈辱だろうが……作戦を作ったのは、彼自身なのだから、ガマンしてくれよ。


 さて。帝国兵とその奴隷に化けていることで分かるだろうけれど、オレたちは帝国軍に紛れ込んでいるのさ。シャーロンはファリス派の第七師団に、地方貴族のバカ息子として潜り込んでいるし。オレは?……見ろよ、この『黒髪』と『黒目』。


「……器用なもんだよね、ソルジェの『変装魔術』。歌にしたいぐらいだよ」


「ふざけるな、オレさまの潜入スキルを宣伝しようとするなっつーの」


 そう。あの魔術だ。オレはアーレスの魔力を用いることで、瞳の色と髪の色を変えることが出来る。器用なもんだろ?……今回のオレは、連邦派の『ヴァイレイト』の陣営に潜り込んでいるってワケだ。


 ヤツら連邦人には、黒髪と黒目が多いからな。あと、オレのお袋は連邦人だったしね?親父がお袋を誘拐してきて結婚して、お袋はオレたちを産んでくれた。


 だから、オレにも連邦の血が流れている。顔の形は、ちょっと東っぽいのかもしれん。ともかく、オレの変装は実に効果的に機能して、『ヴァイレイト』への侵入を成功させてる。


 つまり、オレは『ヴァイレイト』に、シャーロンは第七師団に潜り込むことで、情報収集と破壊工作をしているのさ。


 まあ、やってることは子供じみてるね。基本、双方のケンカを煽ることだ。連邦人に化けたオレは、ことあるごとに第七師団の兵士たちを殴っている。


 シャーロンは酒場を回り、『ヴァイレイト』をバカにする曲と歌をエンドレスで熱唱してるよ。


 ……元々の仲の悪さもあって、彼らはすぐケンカになるぜ。


 あちこちで、連邦派対ファリス派の対立が起きるようになっている。


 あとは……情報収集もしている。武器がどこに集められているか、食糧はどこか。そんな戦略上に有益な情報を、可能な限り集めているぜ―――チクチク地味に細かいコトを、オレたちはたくさんやっている。


 まあ、オレとシャーロンなんて気楽なもんだ。ガチのハードワークは、ガンダラだよ。


「やれやれ。自分で作った策ですが……久しぶりの奴隷労働は憂鬱ですな」


 そうは言うものの、ガンダラはいつもの冷静極まる無表情だ。でも、ガンダラは本当にイヤな役回りだな。元奴隷である彼のトラウマを直撃する行為だろうね、もう一度奴隷をするってことは。


 巨人奴隷の従事させられる過酷な労働を想像すると、頭が下がるわ。あんな苦しみから命がけで逃げ出したのが、ガンダラだぜ?……なのに、彼は自分の意志で再びその屈辱の場に赴いている。


 ガンダラの行動も重要なのだ。


 彼は帝国軍の巨人奴隷たちと接触し、彼らの反乱を促そうとしている。ルード王国と帝国軍がぶつかった時に、彼らがルード王国に寝返れば?大きな戦力の確保になる。


 ガンダラは奴隷たちと過酷な労働に励みながら、彼らを密かにルード王国の仲間へと引きずり込んでいるのさ。器用なガンダラは、カエルみたいに胃袋へ入れた魔銀のヤスリを口から出せるからな……。


 断っておくが、それは宴会芸ではないぞ。


 そのヤスリと、巨人の筋力があれば、『魔銀の首かせ』の呪印を削って『無効化』することが可能なのだ。つまり、今では、かなりの数の奴隷たちの首かせは壊されている。彼らは『絞首』の呪文から解放されているってことだよ。


 ガンダラが吐き出したそれらのヤスリは奴隷たちの寝床に出回っていて、あちこちで奴隷解放の任務を実行しているのさ。


 ガンダラは、それをしてやることで、巨人の奴隷兵を一人でも多く味方に取り込もうとしている……。


 実際のところ、どれだけの数が寝返るかについては未知数だが。でも、強い戦士は一人でも欲しい状況だからな……少なくとも、恩を売ってるから『敵』は減らせる。


 五万を超える軍勢の『移動』を支えるのは、巨人奴隷たちの重労働さ。彼らの数は多い。2400人はいる。ガンダラの胃袋から吐き出された十五本のヤスリが尽きるまでに、どれだけの首かせを無効化出来るか……戦況を左右しかねない最重要ミッションの一つだぜ。巨人が500人でも仲間になれば、戦局を動かす材料になる。


 男たちの仕事はこんなもんだ。


 ……で。華麗なる女子たち、リエルとミアはどうしているか?


 彼女らはゼファーと山に隠れている。彼女らの任務は昼は略奪した物資の輸送と、オレたちが集めた情報を女王陛下に報告すること。夜は、オレたちと合流し、ファリス派の輸送部隊の襲撃&略奪に参加するという、シンプルなハードワークだよ。


 オレとゼファーは常に魔眼でつながっているからな、オレが呼べば、ゼファーとセットで彼女たちが最適のタイミングでやって来る。


 そして、補給隊を上空と地上から殺戮しちまうんだ。弓姫の矢と、ケットシーの暗殺者が空から襲いかかり、オレとガンダラとシャーロンが波状攻撃をかけるのさ。こんなものに対応出来るはずがないよね。最悪、ゼファーが焼き払うことも可能だし。


 どうあれ襲撃が完了すれば、ゼファーはすみやかに積荷を運び去っていく。どうだい?便利なもんだろ?この究極の連携略奪は?……略奪した物資をちょろまかせば、とんでもない大金に化けるんだがな。


 オレの職業倫理がそれをさせない。我々は略奪者ではないのだ、これはあくまでルードと帝国の戦。軍事作戦さ。傭兵として得る金は、クラリス陛下から頂く金でいい。


 ……さて。襲っているのは全て、ファリス派の第七師団の輸送隊ばかりと言っただろ?


 これの効果を説明しておきたいな。ちょっとは、自慢させてくれ。


 オレとシャーロンに煽られてケンカが絶えなくなった両者のあいだに、今、本当に深刻な亀裂を生みかねない『噂』が流れ始めている。


 第七師団の積荷を襲っているのは、盗賊などではなく『ヴァイレイト』なのではないか?そんな噂さ。まあ、おかしな話だからね、何台もの馬車の荷が、一晩のうちに幾つも消えているんだからな……。


 そんなことは『フツーの盗賊』の仕事には思えないよね?いくらなんでも大胆すぎるし。そして、荷運び能力のある馬で襲うにしても、現場には馬の足跡はないんだから。あるのは兵士の靴の痕跡ばかり……それは、オレたちの足跡なんだけどね。


 竜という非常識な存在を想定しない以上、状況証拠から導き出されるのは、内輪モメさ。


 第七師団ばかりが襲われているし、現場には馬のものはなく兵士の足跡しかない―――さらに、コレはオレたちの仕業なんだが……『ヴァイレイト』の荷から、第七師団の兵士たちの盗まれた私物が、大量に発見されているからな。


 第七師団の兵士たちは、完全に『ヴァイレイト』を疑っている。報復のつもりなのだろう、『ヴァイレイト』が愛してやまないビネガーの樽が150個。こないだ穴を開けられてダメにされたんだぜ?連邦人は、激怒してたよ。


 これについては、オレらはまったく関与していない。


 もはや憎しみは自動的に動き始めているってことさ。


 オレたちも色々やったし、連中が自発的に仲の悪さを発揮してくれてもいる。そのおかげで、帝国軍のモラルは、もはや崩壊寸前と言える状況だ。


 シャーロン作詞作曲の『黒毛の蛮人どもへのレクイエム』は、第七師団の兵士たちのあいだで大流行であるし、『ヴァイレイト』は懐かしの『バルモア連邦愛国歌』をそこら中で歌いまくっている。『魔王ベリウスと、その愚かな家来ファリスを討ち滅ぼせ』というフレーズが、いいカンジに機能しているね。


 今のところ、ガンダラの目論見は、全て上手くいっているようだぜ。


 いつものことながら、その軍略には恐れ入るよ。


 彼の予想通りに大半のことは進んでいる……あとは、『仕上げ』をオレがしくじらなければ、問題は無い―――そうさ。仕込みは万全……そのはずだ。


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