第四話 『星になった少女のために……』 その6


「さて。これで全員がそろいましたね」


 昼下がりの時間帯である。『パンジャール猟兵団』のメンバーとルード王国軍の将官が、女王陛下の御前にそろっていた。そうだ。今から軍議が始まるのさ。


 オレたちの『作戦』をルード王国軍に売りつけるプレゼンでもあるな。こちらの『司会』はもちろん参謀であるガンダラだ。彼の話術は巧みだし、オレより知性を感じさせる。


 巨人族を『脳筋種族』だと誤解している人間は多いが、どうやらルード王国人はそうではないようだ。うむ、将官の顔を見渡せば、その理由がよく分かるぜ……。


 この会議室には巨人もいるし、エルフもいる、ドワーフもだ。なるほど、この多様性がルード王国とファリス帝国の『仲違い』の原因だな。


 ファリスは『人間第一主義』である……というか、それ以外のヒトを、つまり全ての亜人種を弾圧して迫害している。だから、ルード王国のように亜人種に高い地位を授けるような国とは、政治思想ってモノが、あまりにも違い過ぎるのさ。


 否定と受容。


 憎悪と親愛。


 その哲学の違いは、あまりに反対を向きすぎてて、どうにも埋められるものではないな。


 ―――ルード王国の国力と、それに比する戦力は低いものだが……士気だけは高いかもしれない。亜人種の彼らには、後がないからだ。この国が滅びれば?彼らは皆、帝国の奴隷となるほかない。


 いや、ここにいる要職についている者たちは、家族ごと虐殺されるだろう。


 悪帝ユアンダートは亜人種を憎悪しているのだ。彼の望む世界に、亜人は一人もいらない。彼らを世界から抹消したいという、狂った夢に取り憑かれているんだろうさ。


 敗北は、ここにいる亜人種将兵たちの死に直結する。つまり、この連中は、命を惜しまずに全霊を戦いに捧げるだろう―――その点だけは、オレたちの強みだな。


「……情勢は、簡潔に言うと、最悪です」


 ガンダラがそう述べた。ああ、そうだろうな、ホント最悪だ。敵は多くて、味方は少ない。こっちは飢えてるしね。体調面でも不利だ。大きな悪条件だよ。


「こちらは近隣の同盟勢力からの義勇兵を期待しても、せいぜい総力で12000がいいところです。対して、帝国がルードに派遣しようとしている軍勢は56000。比べるまでもありません。数では、絶対的な不利ですな」


「……傭兵よ、そんなことは我らも百も承知である」


 ドワーフの将軍が威厳のある白ヒゲを弄りながら発言した。傷の走る顔を不機嫌そうに歪めて。部外者に仕切られることを嫌っているのかもしれんな。


 老将は鼻息荒く語るのだ。


「ゆえに、我らは散る覚悟をしている。亜人種の兵を前面に出し、皆で散るのだ!」


「ふむ。なるほど、戦後の弾圧で死ぬよりは、戦で死んだ方がマシと?」


「そうだ。そして、どうせ死ぬのなら、未来が閉ざされた者たちでいい。人間族ならばファリス帝国は民として受け入れてくれる可能性もある」


 ……現実的だな。大した覚悟だぜ。どこか追い詰められ過ぎていて余裕は一切ないが、共感できる部分もある発想だ。だが、『未来が閉ざされている』?……それは、どうかね。


「……ギャリガン将軍。我々、『パンジャール猟兵団』には策があります」


「策?……どういったモノだね?君らが、大量の食糧や医薬品を運んでくれたことは知っておるが、『密輸』の腕だけでは、戦には勝てないぞ」


「ええ。もちろん。しかし、そもそもが勝てぬ戦でもないのです」


「……なんだと?戦況は最悪と、自分で言っていただろう?」


「あくまでもそれは現状のことですよ。将軍。帝国軍が小国を落とす際に組む軍勢の『正体』を知っていますか?」


「……詳しくは、知らないな。だが、帝国市民権目当ての若い兵士が多いとは聞いているがね?……士気はそれなりに高く、打算的な思想で結ばれた、若く健康な男が多いとな」


「私は戦闘奴隷として、古くは連邦、その後は帝国と、どちらの軍にも私の意志に反して参加させられたことがある。私には、この軍勢がどういう構成なのか、理解できます」


 ギャリス将軍を始め、軍人たちがガンダラの言葉に興味をひかれているようだな。だろうな。『敵』。それを少しでも知りたいと切望するのは、戦士として当然の発想さ。


「王国軍の偵察兵からの情報を参照すれば、私には、この軍勢の『原材料』が分析できる。二週間後に、ルード王国へと侵攻してくる軍勢は、かつてのバルモア連邦軍の第三師団『ヴァイレイト』と、ファリス帝国東方軍のルノー少将率いる第七師団『ザイツリン』の混成軍ですね」


「……そう断じることの出来る根拠は?」


 女エルフの兵士長が発言する。行け、ガンダラ、説明してやれ!!


「この軍勢の『基礎』となっているのが第七師団『ザイツリン』なのは、最高指揮官がワドル・ルノー少将だからです。これは説明するまでもないでしょう」


「ええ。でも、『ヴァイレイト』は?……連邦軍は解体されて、帝国軍に吸収されているはずではないのかしら?」


「一般的にはそう言われてはいます。しかし、旧・連邦の勢力も、完全にユアンダートのファリス家に崩されているわけではない。ユアンダートは立場上では、旧・連邦軍を支配してはいるものの……実情は、やや異なるのですよ、ユリーズ兵士長」


「ふむ。どういうことかしらね……?」


「旧・連邦領は広大で、彼らの人口はとても多く、それゆえ反乱の火種もまた多い。ファリス家の失脚を狙う強硬な連邦貴族は数多くいます―――そのことから、ユアンダートは連邦軍であった者たちを信用しておらず、連邦の武官を帝国中央軍から排して来ました。じつに長いあいだ、その方針はつづいています。その結果として、軍隊内部での二分化が進んでいるのが現状なのですよ」


「……つまり、帝国軍のヤツらは、連邦派とファリス派に別れているの?」


「ええ。その亀裂は、日々深まっています。ファリス家の威光は確かに強く、彼らは主導権を失ってはいませんが、版図を広げすぎた帝国軍の持病でしょうね。手が回らない範囲が増えてしまっている。彼らは、もはや大きくなりすぎているのです。旧勢力の復権を止められないほどにはね」


「……なるほど。でも、巨人の傭兵さん。貴方は答えていないわ、私の質問に。『ヴァイレイト』である根拠は何かしら?」


「言ってしまえば、簡単なことですが。ここ二ヶ月にわたるビネガーの値上がりですよ」


「……ビネガー?あの、料理に使う、お酢の?」


「ええ。『ヴァイレイト』の伝統でしてね。東方連邦のなかでも、南部のプラナーベ共和国出身者で作られているこの軍は、兵士の食事に故郷で主流の調味料であるビネガーの一定量の提供を義務づけています」


「そんなことが?」


「はい。不文律ですがね、絶対の掟ですよ。帝国中央軍ではありえないことですね。彼らは家畜のように決められた軍糧を口にしています。ビネガーの枯渇とそれに伴う価格の上昇は、『ヴァイレイト』が結成され、連中が第七師団に合流している証なのですよ」


「……なるほど。それらの組織の中にいた者ならではの洞察ね」


「ええ。連邦派は、ファリスの『文化』の流入と、それに感化されることを強く拒絶しています。ファリスの食事を口にすることは、絶対にありませんよ。『故郷の味』にこだわることは、それだけでファリスへの反抗であり、連邦派の結束の証明であるわけですな。これは極めて政治的な動機に基づく行動なのです。勢力が滅びない限りは、その行動パターンも消失しないでしょう」


「……しかし、何故、連中は、そのように仲の悪い連中をひとつにしたがる?」


 ドワーフの将軍があごひげを引っ張りながらガンダラに訊いた。ガンダラは、面白いことに、と前置きをした後で語るのだ。


「これは事実上の、旧・連邦派に対する『間引き』なのですよ」


「……ほう。『間引き』とは?ずいぶんと物騒な言葉が出たのう」


「ユアンダートは、ファリス王家への恭順を示せと、『ヴァイレイト』に激しく血を流すことを強いているのです。最前線でルード王国軍と戦うことになるのは、『ヴァイレイト/旧・連邦派』ですね。総大将のルノー将軍と彼の第七師団は、消耗を抑えながらも、『ヴァイレイト』の後方に位置し、その『反乱』に備えている」


「なるほど。信用できない仲間を、戦で『死なせている』わけか」


「ええ。帝国も一枚岩ではない。小国相手に、いかにも大きすぎるこの軍勢は、ルード王国を威圧し、降伏を勧告するためでもあり……裏の目的は、帝国内部の勢力へのペナルティ的なマネジメント。『間引き』なんですよ、ユアンダートの政敵たちへのね」


「実際、東方から進軍してきた『ヴァイレイト』の消耗は、進んでいるでしょうね。移動するだけでも、長く険しい旅路になっているはずよ……だって、食料の価格を変動させるほどの混乱を招いている―――経済的な混乱も大きいのね」


 エルフの兵士長は、ひとりで頷いていた。そうさ、彼女の言う通り、『ヴァイレイト』ほどの軍勢をこんな遠くの土地まで進ませるだけで、旧・連邦領の諸侯たちの財政をも逼迫しているだろう。血だけじゃない、金も流させてるのさ、悪賢い皇帝はな。


「―――そう。コイツらは一枚岩じゃないってことさ。むしろ、憎しみあっている!……ということで、この混成部隊を、『仲違いさせようじゃないか』というのが、オレたち『パンジャール猟兵団』の提案する策だぜ!!」


 オレは席を立ち上がり、将軍たちの注目を浴びる。タイミングをオレなりに考慮したんだが、ちょっとアホっぽかったかもしれん。


 さっそく、ドワーフの将軍がオレのことを、まるでシャーロンでも見るかのような視線でにらんでくる。疑っているな?まあ、そうだろう。


「おい、赤毛の若造。『仲違い』とはどういうことだ?……たとえ政治的に反目し対立していたとしても、ヤツらはどちらも帝国軍だぞ。『敵』である我らを前にして、内輪モメを起こすとは、とても思えんが?」


「仲違い『させる』―――そう言っただろう?……そうせざるを得ないほどの『傷』を、連中に負わせてやるんだよ」


「……具体的には?」


 巨人族の将軍が訊いて来る。ガンダラによく似た茶色いデカいオッサンだな。


「『ヴァイレイト』には、かつて東方三剣士と呼ばれていた剣客のひとりが、暗殺部隊の長として帯同している」


「悪名高いファリス帝国のアサシンどもか」


「ここのは『旧・連邦軍のアサシン』だがな。まあ、コイツらは独特の剣術を使う。その剣術を再現し、オレが、ルノーのマヌケを斬り殺すのさ」


 ルード王国軍の面々がざわつく。


 エルフの兵士長がオレに訊いてくる。


「つまり、連邦派の手によって、ファリス派のルノー将軍が暗殺されたように偽装すると?」


「おう。オレの左目を奪ったのは、三剣士のうちの一人だ。色々と因縁深い相手でな、あいつらの技は、完全に模倣出来る。その技で、ルノーを斬り殺せばいい」


「ルノー将軍は、若かりし頃は大陸十傑と呼ばれたほどの騎士だが?」


「問題ない。ヒトの形をしたものが、このオレに勝てるわけがない。そもそも彼は、残念ながら老いているしな。勝負にもならんさ。そして、最も難しい『潜入方法』についてだが、オレたちには『密輸』で使った『裏技』もあるのさ」


「……どんな手段だ?」


「オレには『翼』があってね」


「『翼』?」


「ほら。そこの窓から外を見てみな、巨人のオッサン」


「……何があるというんだ?」


 巨人は背を屈めながら、その窓から外を見る。しかし、素直にこんな指示に従ってくれるとはね?好奇心の旺盛なオッサンだな。巨人ってのは、みんなそんなもんだけどよ……。


「いいか。よーく見てみろ。西の山の頂上……その『上空』を」


「……ん?『上空』だと?……な、なんだ、アレは!?」


「どーした。何があったんじゃ!?」


「……ロジン将軍、代わって下さい。私の方が目はいいはず―――って、何よアレ!?」


「だから!なんじゃ!!ワシは背が低いんじゃ、どかんか、お前ら!?」


 ルード王国軍の面々は、窓の外に見える漆黒の翼を見て、驚愕していた。


 そりゃそうさ。初めて竜を見た者は、皆そうなるもんだよ。


 ―――オレは眼帯を外し、アーレスの魔眼を発動させる。


 この魔力があれば、オレとゼファーのあいだの距離は意味をなさなくなる。


「……ゼファー。『ブレス』だ」


 ―――りょうかい、『どーじぇ』!!


「うおおおおおおおおおお!!竜が、炎で天を焼きおったぞ!?」


「まさか、この男の言葉に従っているの?」


「……ふうむ。彼は……もしや、ガルーナの……?」


「……おう。そうだ、オレは、『元・魔王軍の竜騎士』……ソルジェ・ストラウスだ」


「……竜、騎士……ッ。魔竜と、心をかわすという……ッ」


 エルフの兵士長が唾を飲む。何か、恐ろしいモノでも見るかのように、オレに視線を向けていた。まあ、よくあることだ。


 竜と通じる魔性の戦士に対して、友愛よりも恐怖を抱くことは理解できる。でも、これだけは理解しろよ、お嬢さん。


「……だいじょうぶだ、今回、オレは仲間さ。帝国の敵は、皆、オレの仲間になる」


「……そ、そうか。たしか、ガルーナのベリウス王とその猛将たちは、連邦と……ファリスの裏切りによって、討ち取られたと聞いたわね」


「そうだ。有名な物語だよ。オレは、その物語の1ページにもなれずに、死の栄誉からこぼれ落ちた『復讐者』さ。帝国打倒と、ユアンダートを殺すためなら、命も惜しまず、お前たちに協力する。それを理解してもらえると嬉しいね」


「ふん!……翼将殿の息子が、まだ生きとったんかい」


 ドワーフの将軍がそう言った。背の低い彼は、オレの方へと歩み寄る。そして、オレの顔をじっと見上げてきた。灰色の瞳は老いているが、力強い意志を秘めているぜ。


「将軍、アンタは、うちの親父を知っているのか?」


「ワシの叔父はな、古き竜アーレスの鎧を打った男だ。ワシは若い頃、叔父の手伝いでガルーナにも行ったのさ。そこでベリウス陛下の御前試合として、翼将殿……ケイン・ストラウスと武器を交えたこともある」


 ドワーフは……ギャリガン将軍はそう言いながら、傷だらけの顔をニヤリと笑わせた。


「剣ではまったく敵わなかったが、戦槌でなら、ワシのが上じゃったぞ!!」


「……そうか。そうなのか。アハハハ!爺さん、懐かしい名前を聞けて嬉しいぞ」


「ふん。お前らは、まだ母親の腹にもおらんかった頃のことだ。お前は……うむ。言われて見れば、翼将殿の若い頃によく似ておる。彼の目は、二つとも青かったがな?」


「オレのも生まれたときは両方、青かったんだが……まあ、色々あってね」


「よし!お前ら、この竜騎士は使えるぞ!!ケイン殿の血だ。我らの命を預けるに値するぞ!!……コイツなら、死んだとしても獲物を殺す。だろう、竜騎士よ?」


「おう!さすがは、親父の知り合い。よく竜騎士ってモノを分かってるじゃねえか!!」


 オレとギャリガン将軍は、ニヤリと笑い合い、お互いの握った拳をガツンとぶつけ合わせていた。ガルーナの戦士のあいさつさ。この伝統をやれたのも、久しぶりだぜ。


 バカな戦士どもの語りを黙ったまま聞いていてくれた女王陛下が、静かに立ち上がる。ガンダラが彼女専属の召使いのように、慣れた口調でオレたちを律した。


「陛下のお言葉です!皆のもの、謹んで聞きなさい!!」


 ルード王国軍の面々は、その場で片膝を突く。


「……おい、ソルジェ団長」


「お、おお!!」


 リエルに言われて、オレも慌てて片膝を突いた。ああ、宮仕えには向いてないタイプだ、オレ。野良がしみついちゃって、高貴な方への作法も忘れちまってるよ。


「……将であるギャリガンの了承も得ました。竜騎士ソルジェ・ストラウス殿。貴殿と、貴殿の『パンジャール猟兵団』に、あらためて正式な依頼をさせていただきます」


「……はい!陛下、我らに、言葉を」


「ええ。帝国軍が将、ルノーを暗殺し、彼らの軍に大きな混乱をもたらしなさい!」


「了解ですとも、女王陛下。我らの剣と牙で、ヤツらの誇りも結束も、ズタズタに切り裂いてしまいましょう。我らは、この大陸の誰よりも、残酷な獣たちですから」


「……頼りにしていますよ」


「オレたちがどれだけ血なまぐさい歌を刻むか、楽しみにしていてください」


 オレはそう言うと、立ち上がる。


 そして。リエルとミアとガンダラとシャーロンを順番に見回していく。いいぜ、腕と根性のあるホンモノの猟兵どもだ。ククク、いいねえ、一世一代の大勝負だ!!


「猟兵たちよ!!帝国の犬どもを、食い散らかしに行くぞッッ!!」


 ……待っていろ、ルノー。


 そして……ガーゼット・クラウリー。貴様の犯した罪を、償わせてやる。貴様が今、何に仕えているのは知らないが、オレから家族を奪ったその剣で、連邦と帝国を狂わし、壊してやるぞ。


 首を洗って待っていろ。いいか、クラウリー。貴様の首は、ストラウスの所有物だ!!




 ―――これは歴史の変わり目となった戦である。


 英雄たちは、ついに歴史の表舞台に躍り出る。


 竜を駆り、悪帝を焼いた英雄と。


 その仲間たちの伝説が、ついに始まるのだ。


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