第四話 『星になった少女のために……』 その1
―――詩人の導きでたどり着いたのは古くて荘厳な修道院。
猟兵たちは説明されなきままに、出迎えた侍女についていく。
そこは青を基調とした聖堂で、ひとりの女が待っていた。
詩人はペコリと会釈をする、彼の軽薄な口は語るのだ、お久しぶりです、『陛下』。
……おいおい。シャーロン・ドーチェくん。オレは君のことを下品でバカなお人良しぐらいにしか思っていなかったんだぞ?上流階級出身者なのは、学があることで予想はついていたのだけれど……ッ。
「……なあ、どういうことだ?」
うちの弓姫が、オレの服をグイグイ引っ張りながら質問してくる。そりゃ、そうだ、彼女からすればシャーロンなど下等な人間のなかでも、とくにヒドい位置にいる。虫けらというか、もうゴキブリみたいな類いだろう。
それが。
そのセクハラ・バカが……小国とは言え、女王と知り合いなのかよ……?
愕然とする我々の前で、シャーロン・ドーチェは女王にスマイルを向ける。
女王も笑い返している、そして、詩人のリュートばかり弾くあの手を握っているぜ。
「……ああ。シャーロン。本当に、来てくれたのですね」
「……うん。時間はかかったけれど。食糧と、医薬品だよ。急場しのぎにしかならないかもしれないけど……それでも、無いよりは、ずっとマシのはず」
「いいえ。とても助かります。帝国の経済封鎖は厳しいものです……我々の乾いた土地で収穫できるタロースの穀類が実るには、まだ時間がかかる……ありがとう」
「そう言ってくれるのなら、僕も来た甲斐があったよ」
「……それで。その後ろの方々が、もしや?」
「ああ。紹介しよう。あの赤い髪の剣士が、ソルジェ・ストラウス……あのベリウス王に仕えていた、この世界で最後の『竜騎士』だよ」
「……あ、ああ。その、ソルジェ・ストラウスです、女王陛下」
要人に会うなんて久しぶり過ぎて、あと突然すぎて、礼儀がなってねえな。それでもオレはこの国の女王の前に、片膝突いて挨拶をした。ガルーナ騎士として、無様を晒すわけにはいかないからな―――。
「ああ、どうか顔をお上げ下さい、ストラウス殿」
女王にそう言われ、オレは頭を上げる。
彼女はオレに近づくと、戦いと訓練で傷だらけになった手を握ってくれた。
「あ、あの、陛下?」
「ようこそ、ガルーナの英雄の末裔よ。貴方がたをお迎え出来たことを、私は誇りに思います……ああ。名乗るのが遅れてしまいましたね。私の名は、クラリス・エルズ・ルード。この国の、女王です」
まだ若い彼女は、そう言うとスマイルを向けてきた。ああ、威厳よりも愛らしさを感じるな。好人物に思えるぞ……だが―――。
「さて……このまま、立ち話というわけにはいきませんね。さあ。どうぞ、こちらへ!質素ですが、ディナーの準備をしていますのよ。遠慮せずに、お越し下さい」
一国の女王にそこまで言われれば、元・騎士としては断れない。まあ、腹も減っているし、オレたちは彼女の誘いに乗ることにした。
ガンダラがオレを見ている。うむ、言われなくとも分かっているさ。オレたちは罠にかけられようとしているぞ。シャーロンのヤツせいで、この負け戦が決まりかけてる国に、傭兵として雇われる可能性が出ている……。
シャーロンをにらみつけた。だが、あいつはオレの視線から逃げて、女王陛下の後についていった―――シャーロンよ、お前と陛下がどんな間柄なのかは知らないが、今のオレは、仲間たちを絶望的な危険に晒すほど、愚かではないぞ。
リエルがオレの腕をつかんで、進言する。
「ソルジェ団長。シャーロン・ドーチェは本気だろう」
「本気?」
「ああ。つまり、お前をこの戦に引きずり込むためのカードを用意しているはずだ。お前の哲学に逆らえとは言えないが、注意しろ」
彼女はオレと違ってシャーロンの友達じゃない。だからこそ、冷静な分析がシャーロンに向けられるのだろう。そうだ。シャーロンは、変態でバカではあるけれど、頭が悪いわけじゃない。たしかに、オレ相手に無策というコトは無さそうだな……。
その歓迎会は女王主催のディナーとしては、極めて質素なものであった。だが、オレたち傭兵なんかにすれば、すばらしい食事さ。残念なことに、量も多くはないが、味付けはさすがに一流。修道院の尼さんが作ったらしいワインもなかなかだよ……。
まあ、嫌いにはなれない女王さんだ。国が食糧難のときに、傭兵なんかに豪勢極まる食事を振る舞うとか?……そういう身勝手な王は、オレは嫌いだね。その点、クラリス陛下は自分も貧しげな食事だ。嫌いになれるはずがなかった。
さて、ささやかな食事会はつつがなく終わった。
……そろそろオレたちに、話すべきことがあるんだろ?女王陛下のとなりに座っている、シャーロン・ドーチェくんよ。
にらまれたことで観念したのか、あいつはナプキンで口を拭いた後で、立ち上がる。そうさ、いい判断だ。友よ、あまりオレを怒らせない方がいいぞ。
「―――さて。本題に入ろうか。陛下、僕が彼らに現状を伝えようと思います。その方が彼らも質問しやすいでしょうし」
「ですが―――」
「……陛下。そうしていただければ、我々も助かるのです」
オレは女王陛下にそう言った。そうだ、オレとあいつのあいだに、貴女の通訳は無用なのです……。
「我々は、女王陛下には尊敬と感謝の意はあっても、悪い感情は一切ございません。ですが、その男には、説明して欲しいことが幾つかあるのですよ」
「……なるほど。分かりました。シャーロン、頼みます」
「ええ。さて……まずは、何だか、騙す形になったことを謝るよ」
「……オレたちの仕事は、『食糧と医薬品を運ぶだけの簡単なお仕事』……じゃ、なかったんだな?」
「いや。現状までは、そうさ。この依頼は、僕が陛下から受けたものだ。陛下も理解しているよ。君らが、ルード王国の危機に力を貸してくれるとは限らないとね」
「……やはり、私が説明すべきなのでは?」
「いいんだよ、クラリス。僕の方が、ソルジェとは上手く対話できるから」
……クラリスね。女王陛下サマを呼び捨てか?どんな仲だ?……まあ、いい。
「……そうだ。陛下の前で失礼なことを言ってしまうが……正直なところ、ルード王国は不利だ。ここに来るまでに、畑や町の様子を見ていたが……疲弊し過ぎている。帝国の行った経済封鎖の効果は、ガッツリ出ているな」
「……ええ。私の判断ミスだったのかもしれません。国を疲弊させ過ぎました。兵士たちの士気も下がっている……決戦を仕掛けるのなら、もっと早くにするべきでした」
「でも、陛下は間違ってもいない。分かるだろ、ソルジェ?」
「ああ。理解している。戦になれば、ルード王国の軍勢だけでは戦線を維持することもままならない。それは、疲弊する前からも同じことだ。陛下は、犠牲を出したくなかっただけだろう……数ヶ月だが、この国の寿命を延ばすことには、成功しておられる」
「……ええ。その通り。私の考えの通りになりました。もとより、この状況を覆すだけのカードが、私には無かったのです……後手に回るしか、なかった」
それは彼女が無能と言うわけではないのだ。そもそもの国力の差が問題である。帝国という超大国は軍事力・経済力で圧倒的な存在だ。ルード王国であろうが、どこの王国であろうが、そうやすやすと太刀打ち出来るものではない……。
国家間にあるのは、正義の力学などではなく、たんに残酷な弱肉強食のルールだけ。世界の覇権を握っている帝国には、どの国家も後手に回らざるをえない。
現実的にルード王国の存続を長く維持しようと思えば、思いつくのは結婚政策ぐらいなものだ。王家の身内を、帝国の有力貴族の子息とでも婚姻させる……そうすれば、ルード王国に対しての侵攻は回避できるかもしれない……。
いずれは、それらのカップルのあいだに出来た『帝国の子』を、ルード王国の次の王にしてしまえば、戦わずして、帝国の『属国』が一つ完成するのだから。
……おそらく、それぐらいの策はすでに練っていたのであろうが、結実することは無かったらしいな―――。
「で。シャーロンよ。オレに何を望むのだ?……オレに出来ることは、いくつかある。たとえば、女王陛下をどこかに隠すつもりなら、引き受けてもいいぞ?」
「……私は、この国を捨てるつもりはありません」
揺らぐことのない決意を感じる。陛下はその言葉の意味も重さも知っておられるようだ。シャーロンは、悲しそうな微笑みを彼女に向けている。
……なるほど。陛下は覚悟済みのようだ。帝国に処刑されることさえ、覚悟しておられるぞ。
なあ、シャーロン、彼女の性格を知っていそうなお前なら、陛下がこうお答えになるのを理解していたのだろう。お前は、オレに何をさせたい?
ヤツはオレに視線を向ける。その表情は珍しく真剣そのものだった。
「ソルジェ。僕が望むのは、君の参戦だよ」
「……ふむ。そうだろうな。オレの真価が発揮されるのは、それだからな」
「―――おい、ソルジェ・ストラウス」
さっきから物言いたげだったリエルが、ついにガマン仕切れなくなったようだ。立ち上がる。だが、オレの副官さまに制されてしまった。
「おやめなさい、リエル・ハーヴェル。『パンジャール猟兵団』が、どの戦に参加するのかを決められるのは、団長だけの特権です。それが、我らの鋼の掟だ」
「……そう、だったな。すまない……ッ」
掟。その言葉に誰よりも弱いのはリエルだろう。マジメだからな。ガンダラは、そのことをよく理解している。まったく、知性派だね。
でも、助かったよ。リエルは、帝国軍が死ぬほど嫌いだし、たくさん殺してきたけど……仲間を犠牲にしたくないっていう気持ちは、強い。
もちろん、オレもな。
「……さて。シャーロン。お前がオレの参戦を望んでいたとして……その代価は?このオレが、これほど不利な戦場に『仲間』を連れて参戦するとは、考えていないはず。つまり、『オレ』を引きずり込む確証を抱けるほどのカードが、お前にはあるんだろう?」
リエルの言葉のほぼ丸パクりだな。でも、そうだろ?お前は変人だがバカじゃない。どんな『餌』を用意してくれているというんだよ。
「ああ。もちろん、あるよ。君が食い付くカードがね……」
「……言ってみろよ。お前は、オレにどんないいネタを隠していた?」
「……ごめんね。ほんとは、二週間前に知っていた。だから、話そうかとも思ってはいたんだよ?……だって、それを話せば、パンジャールの全員を動員することは出来なくても、君だけは、この戦場に引きずり込めるからさ」
「……ほう。じつに興味深いね」
それほどの『餌』か……心当たりはいくつかあるが、『誰』だ?
「僕は、クラリスを死なせたくない。だから、君を引きずり込もうかと迷った……君がいればさ、もし戦況が最悪になったとき、僕たちで彼女を誘拐してしまえるから」
「……シャーロン、貴方、そんなことを……」
「ごめんね。僕は、君に死んで欲しくないんだよ。それが立派な女王陛下の在りようだとしてもさ……僕は、死んだ君の歌なんて、作りたくないんだ」
「……シャーロン……」
恋人たちは静かになる。そりゃいいさ。でも、シャーロン。オレの『餌』についてだ。このオレに詳しいお前が、必ず食い付くと語る『餌』。どんなものだろうな。
恋人たちの邪魔はしたくないが、どうにも左目が疼いていけねえなあ。
「……で。何なんだ、オレへの『餌』はよ?……答えろ、シャーロン」
「……このことを、すぐに話さなかったのは、君をこの不利な戦場に巻き込みたくなかったからでもあるのさ」
「どっちだ?巻き込みたいのか、巻き込みたくないのか?」
「どちらでもあるさ。クラリスにも君にも死んで欲しくなんてないからね」
「そうかい。それで?」
「最初、クラリスのところにはさ、僕ひとりで行こうかとも思ってたんだよ。それが常識的な判断なようにも思えた。少なくとも、妥当な線だとは考えられたから」
「―――だが、状況が変わったらしいな。オレは、ゼファーを手に入れたぞ」
「ああ。最高の武器をね。あの無垢な翼がいれば、『君は死なない』。それに、奇跡みたいなことがいくつも出来る。だからこそ、今度のことに巻き込んだんだよ」
「……オレさまなんかの健康や命を気にかけてくれているとは、嬉しいねえ、友よ。で?結局のところ、『誰』なんだよ?……さっさと言えよ。オレにどんな『餌』を用意しているんだ?」
「……連邦三剣士の一人、『ガーゼット・クラウリー』さ。僕は、彼の居所を掴んでる」
「……ッ!!……そうかよッ!!そうか、でかしたぞ、シャーロンッッ!!」
オレは立ち上がる。そして、竜太刀を抜刀して、目の前にある会食用の大テーブルに飛び乗っていた。すまないなあ、女王陛下さま。
でも、これは、この男が悪い!!オレに、その名前を告げた、シャーロン・ドーチェが悪いんだよッッ!!
「おい!!シャーロンッッ!!ヤツは、どこにいやがるんだ!!話しやがれ、知っていることの全てを、話しやがれッッ!!」
オレは友と思っている男の首に、竜太刀の刃を突きつけながら脅していた。
女王陛下が、ヤツのことを庇うように剣のそばに現れる……ッ。
「す、ストラウス殿!!ど、どうか、乱暴は、おやめ下さい!!」
「……陛下……ッッ」
「……そうだ、ソルジェ・ストラウス。お前は、誇り高きガルーナの騎士なのだろう?その誇りを穢すようなマネはするな……それは、お前の友だろうが」
エルフの少女に諭される。
ああ……そうだな。そりゃあ、そうだ。こんな行為は、ヒトとして最低だよな。
オレはテーブルに乗ったまま竜太刀をしまう。そして、テーブルから飛び降りて、またイスへと座った。
「……申し訳ない。大丈夫だ、オレは落ち着いた。もう暴れない」
「……フフフ。少しぐらいなら、斬ってくれても良かったのに」
罰せられたいのか?なるほど、友のオレに大事なことを隠していたことを、罪悪だと思っているわけかよ……なら。いいさ、今の狼藉でおあいこだろ。
「……うるせえ、ドMみたいなコト言ってんじゃねえよ」
「そうだね。そんなことでは償えないよね」
「……いいよ、もうナシだ、それ。それで、傭兵としてのオレを雇う代価が、『ガーゼット・クラウリー』の居所ってわけか」
「……ああ。そうだよ。どうかな、それで僕とクラリスに雇われるかい?」
「―――ああ。もちろんだ。だが、あくまで、それはオレ個人としての仕事。『パンジャール猟兵団』を雇うんじゃない、オレだけのことだ。それで文句は無いな、ガンダラ?」
「……ええ。私闘までは掟で縛ってはいません。誰しも、運命の敵がいるものでしょう」
さすがはオレの副官だ。
よし、これでオレが死んだら、コイツが三代目の団長だな。
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