第三話 『密輸業者パンジャール』 その6
早朝。オレたちは動き始めていた。ゼファーは朝焼けの空を飛び、リエルとミアが待っているルード王国側へと飛んで行った。オレとガンダラとシャーロンは朝食を手早く済ませると、さっそく詐欺師へと変身する。
シャーロンは帝国の成金男爵ロビー・バーダッツ氏に化けた。イケメンの金髪碧眼ってのは、こういう変装には役に立つ。貴族ですと言われたら、そうなんだろうな……と納得させられるぐらいの美形なのさ。宝の持ち腐れってヤツだよ。
バカをバカにしている場合じゃねえな。さて、オレも変装だ。オレは眼帯を外す。なぜかって?『赤毛で片目の大男』のままじゃ、手配書にある男まんまだからな。眼帯を外すと、そこには金色にかがやく怪しげな瞳があるのだが……まあ、見てな。
瞳を閉じて、3、2、1……さて、開く!
「おー。ソルジェ、さすがだね!青い目に化けた!!」
「いつもながら、見事なモノですな。瞳の色を変える魔術……ふむ、これなら、『片目の竜騎士』とは言われないでしょう」
貴族の『召使い』に化けたガンダラが、オレの変装技術を褒めてくれる。
「ああ。お前も似合ってるぞ、ガンダラ。知性的なカンジがな」
「召使いの姿が似合う?ふむ。元・奴隷としては複雑な心境にもなりますが……まあ、知性的であるという評価には、喜んでおきましょう」
背筋をピンと伸ばした二メートル十五センチの巨人族は、特注されたスーツを着こなしている。見事な紳士だな、ちょっとデカすぎるけど。オレもシャーロンの用意した衣装に身を包み、ボディーガードの『ラッセル・ハーバー』に化けた。
「……えーと。お前の『エロ小説』の登場人物だっけ?ハーバーさん?」
「エロ小説じゃないよ?財産を目当てに、体を許してきた自分の秘書である女性と、養子にした元・奴隷の少女。そんなふたりとの愛欲にまみれた日々を送る初老の紳士……やや大人向けの恋愛小説の登場人物さ!」
「うえええ。エロじじいの名前かよ!?……なんか、屈辱を感じるんですけど」
まあ、偽名なんだから、どうでもいいんだけどよ?でも。もっと他にも候補とかあると思うんだよ。なんで、女性に人気の青年実業家の役とかをオレに選ばないんだね、シャーロンくん。
そして、金目当ての秘書と奴隷の養女と愛欲にまみれた日々を送る初老の紳士は、『恋愛小説』の主人公として適切なのか?
……官能小説キャラじゃね、そのクソ野郎……。
「さて。それでは出発いたしましょう。さっさと合流して、労働をしようではありませんか?……どうも我々は、女たちに比べて働いていないように思います」
「そだねー。僕、リュートの弾き語りしてただけだし」
「オレは竜を駆って仕事してるはずなんだけど……?リエルは認めてくれなさそうだ。よし、仕事だ、仕事!!クールな大人の男の仕事を、少女たちに見せつけてやろうぜ!!」
五頭引きの馬車に乗り、大富豪ロビー・バーダッツ氏とその従者二人は、ルード王国の不動産を買収するために出発したのさ―――あくまで、そういう設定ってことさ。
「……止まらないか!ここから先は、通行止めである!」
廃棄されていたルード王国の古い砦を改修して作ったその関所に、オレたちはたどり着いていた。当然ながら、不機嫌そうな顔をした衛兵たちに馬車は停車させられる。
さて。作戦開始と行くかね。
『召使い』のガンダラが、馬車から飛び降りて、兵士たちの前に歩み出る。兵士たちはその巨人族の体躯にビビっている。まあ、フツーそうだな。彼はその気になれば、目の前にいる5人を7秒の内に殺害出来るんだし。
「ふむ。なかなか、ご挨拶ですね。さて。では誤解を解くとしましょうか?」
緊張している兵士らに槍を向けられっぱなしのガンダラだが、彼はコホンとわざとらしい咳払いをしたあとで、例の書状を兵士たちに見せつける。
「こ、これは……ッ!!帝国政府の特別手形ッ!!」
「……ここに書いてあるように、我々は特別な商談のために動いている。主は帝国貴族であられるロビー・バーダッツさまだ。この馬車の積荷は空である。自衛用の武器以外、我々が消費するための食糧と書類があるだけだ。あらためたければ、あらためるがよい」
「え、ええ。そ、そうですか……たしかに書状は本物のようですが……いったい、ルード王国に何をしに行かれるのですか?そんな大型の馬車を用いて?」
「そ、そうです。あの国には何もありませんよ……?」
兵士たちは怪しんでいる。さあて、出番だぞ、男爵殿よ。
シャーロンが化けた男爵閣下は、御者席に座るオレのとなりからヒョッコリと顔を出す。なんてスマイルだ。可愛らしさが先立ち、威厳が薄い……ッ。
「ああ、僕の商売に疑問があるようだね」
「い、いえ。そ、そんな、貴族サマに文句があるわけではないのですが……」
「い、一応、業務の内容も確認しなくてはならないのですよ……」
イケメンが機能しているな。マジで貴族っぽく見えるんだろう。得な顔してやがるぜ。中身はあんなに下品なのに……っ。
「なるほど。たしかに、その書状には僕の目的は書かれていない。なにせ、僕のお仕事は少し恥ずかしくもあることだからね」
シャーロンの言葉に兵士たちは緊張を強める。怪しんでるな……。
「……恥ずかしい仕事……と、おっしゃいますと?」
「君たちは、ルード王国に何も無いと言ったけど、それは大間違いだよ」
「はあ、そうですか?」
「いるでしょ、とびっきりの宝石たちが?」
「宝石ですか?そのような話は……」
「フフフ。比喩的表現さ。『若い女』たちがいる……そう言えば、分かるかい?」
「……ま、まさか!!」
兵士たちが色めき立つ。どいつもこいつも若い男だ。仕方ねえよな。
「そうさ。僕が経営する高級サロンで働く、特別な女の子たちを買い付けに行くんだよ。今、あの国は財政が厳しいからね。お金に困った上流階級の娘たちを、相場より安く買える」
いい演技だ、シャーロン!お前、役者になれる!!
よし、オレもサポートだ!!
「へへへ。この馬車一杯に、若い女どもを買いあさってくるのさ!!」
ゲスなボディー・ガードの『ラッセル・ハーバー』ことオレは、そう言った。オレの言葉に反応し、兵士たちの目が好奇心で一杯になる。いいぜ、男はみんなバカだもんなあ!!
「男爵さまが買い付けに行くのは、上流階級のお嬢さまたちだ。器量よしの、無垢な女たちだぜ?そんな子たちを、オレたちはガッツリ買いあさってくるわけよ!!」
「うおお!!え、エロい!!……い、いや、立派なお仕事であります!!」
「うふふ。そう言ってもらえると嬉しいよ。いい女の子たちを、ひとりでも多く仕入れたくてね。こんなに大きな馬車になっちゃった。ええと、馬車を点検するなら、早くしてくれたまえ?」
「は、はい。あ、あと書類も少しだけ―――」
「時は金なり!!」
巨人族の紳士がそう叫んだ。兵士たちはガンダラに注目する。
「……一秒でも早く、女どもを仕入れに行きたい。男爵さまは、そうおっしゃっておられるのが、お分かりか?」
「そ、それは、もちろんですが」
よし、オレも名演技を披露するぞ。経営者としての話術を見せてやるぜ!!
「いいかよ、兵士諸君。うちの男爵サマは、心が広い。メリットにはメリットで応えて下さるだろう。君らは、女に飢えていないのか?こんな何もない辺境に派遣されちまってよ」
「……つ、つまり、何が言いたいんですか!?」
まったく、好奇心に目を輝かせやがって?このエロ兵士どもが!!
「くくく。皆まで言わすのかよ……スケベどもめ。君らがここをすみやかに通してくれたなら、男爵さまは、その『借り』を必ず返すだろう。やがて、ここを戻るとき、この馬車は若い娘たちで一杯なんだぞ!!」
「ま、まさかあああッ!!」
兵士たちがざわついている。おお、40人がここに集まっているぞ、皆、鼻息が荒いぜ。ほんと、男ってアホだよなあ。シャーロンが、とどめを刺しにかかった。
「僕の選んだ女の子たちを、抱きたいかい?」
「ま、マジですか!!マジで、やらせてくれるんですか!?」
「うん。僕は心が広いからね。もちろん、無料とは言わないが……我が帝国の利益を守るために、最前線で働いている君たちに……僕は格安で『サービス』を提供するよ?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!マジかああああああッッ!!」
そこに、熱狂が生まれていた。
仕方のないことだ、女っ気ゼロの乾いた最前線なんだからな。売春婦を山ほど連れて来るとか聞いちまったら、みんな感涙ぐらい流すよね。
「おい、理解したな!?諸君!!男爵サマに、道を開くんだあああッ!!」
「はい!!おい、みんな、門を開け!!そ、そうだ、楽器だ!!楽器を用意しろ!!」
「皇帝陛下が訪れたような気持ちで、誠意を尽くすのだ!!」
「国歌を歌うぞおおおおおおッッ!!手の空いている者は、ここに整列し、男爵閣下の出発を、お見送りするのだああああああああッッ!!」
兵士たちは最大限の敬意を男爵閣下に向けた。
ラッパが吹かれ、兵士たちは帝国国歌を斉唱する。
シャーロンが調子に乗って、兵士たちに敬礼すると、兵士たちは一糸乱れぬ最敬礼を持って応じてくれた。近衛兵団みたいな練度をカンジさせるぜ。そうだな、みんな、心はひとつだもんな!!
女、女!女!!
「お仕事、がんばってくださあああああああああああいいいいッッ!!」
「どうか、無事な帰還を!!ご商売が上手くいくことを、お祈りしておりますッッ!!」
「バーダッツ男爵ご一行に、神々のご加護があらんことをッッ!!」
うおおお。男たちの情熱を感じてくるぞ……女に飢えた若い男たちの波動で、吹き飛ばされてしまいそうなぐらいだぜッ!!
だって、馬車が心なしか彼らの魂が送る風に押されて、スイスイ進んでいくようだしな。いや、馬が人間の雄どもの昂ぶる熱意に、怯えてしまっているのかもしれんな……。
しばらく馬車を走らせて、オレたち三人は爆笑を始めた。
「ワハハハハハハハハハハハハッ!!帝国のスケベどもめッッ!!」
「フフフ!三文小説並みに、都合良く問題が片付いたね!」
「いやいや、お二人の演技の賜物ですな。お二人の本質が成せた仕事です」
ガンダラにバカにされてる気がするなあ。ああ、でも笑った、笑った。なんだよ、国歌で見送られちまったよ、オレたち?……はー、腹が痛えっつーの!!
「しかし……見事な詐欺だったなあ」
「うん。欲望に罠をかけるのって、簡単だよね」
「まあ、餌与えてない魚ばかりの釣り堀に、ミミズつけた針を垂らしたようなもんだし」
「ええ。簡単に引っかかってくれました。人間族は、欲望に対して素直ですね」
「……おお。ほんとーだぜ…………ふう」
笑いのピークが過ぎてしまった。オレたち三人は、唐突に静かになった。そして、何だか悲しみを感じる。なんというか、虚しさが心にやって来ていた。
「…………オレたち、マジで何してんだろ……?」
オレは空を見上げる。自分の言動を思い出すと、少し引いてしまっていた。オレは誇り高きストラウスの竜騎士だ。翼を取り戻したはずだぜ?
なのに、今日の仕事は何なんだ?
人買いエロ男爵のエロ護衛のマネかよ?……誇りの欠片も感じない。
「……いっそのこと、戦いにでもなれば良かったのになあ……」
「……そうですね。いっそのこと、その方が、充実感はあったかもしれません」
「お前もそう思うか、勇敢なるガンダラよ」
「ええ。なにか、槍を持って暴れたい気持ちになる」
「―――フフフ。ヒトの愚かさを見たとき、心に虚しさがわくものさ」
詩人が何か言ってる。うん、そうだね、男の愚かさにオレたち引いてる。
リエル・ハーヴェルがここにいたら、人間の悪口を延々と聞かされるハメになっていそうだなあ……しかも、反論する余地が一切ないもん。
詩人が、リュートを弾き始める。悲しい曲だった。
―――踊り子は言いました、男なんて皆、大バカよ。
どいつもこいつも、叶えてくれない約束ばかりをしていくわ。
愛しい気持ちも、愚かさの前には霞んでしまう。
男はいつも、私自身ではなくて、踊る私のへそを愛してるだけ。
「……おい。その歌、やめようぜ?」
「……うん。そだね。僕も、ちょっと違う気がしてたよ」
「明るく、前向きな話をしましょう。出来れば、下世話ではなく、知的な会話で」
そうだ、オレたち大人の男だもん。クールで知的な会話も出来るさ。出来るはずさ。
「……」
「……」
「……」
ああ、チクショウめええええッ!?
どーして、いつもお喋りなハズのオレたちが、今このときは無口なんだよ!?
チクショウ……ッ。
オレたちは自分自身に絶望したまま、しばらく無口なままであった。
「ソルジェ団長。お疲れ様」
「お兄ちゃん、おつかれー!!」
合流ポイントにたどり着いたオレたちは、少女たちに出迎えられる。彼女たちは、お昼ご飯の用意をしてくれていた。昨夜たくさん働いて疲れたゼファーは、ぐうぐうと寝息を立てていた。労働してる。コイツら、ちゃんとした労働してるぜ!!
「あ、ありがとう!!オレたち、次の食事は絶対に作らせてもらうから!!」
「楽しい食事のための音楽は、僕に任せて!!普段の三倍、技巧を使うね!!」
「……バカたち、どうしたの?」
リエルがガンダラに訊ねていた。ガンダラは静かに頭を横に振った。
「なかなか手強い敵だったのですよ」
「え?騙せなかったの?」
「いいえ。それから先が、問題でした。我々は、詐欺などには向かない人種ですね」
「おうよ!!シャーロン!!今度は、もっと派手な仕事持って来い!!」
「ああ。でも……これから先は、やり甲斐があるんじゃないかな?―――食糧難の国に、食糧を運び込むよ。そして、医薬品もね。僕らの仕事は、ヒトを救うことになる」
ん。シャーロンめ、やけにマジメな顔をしているな……そう言えば、コイツはルード王国に対して、やけに肩入れしているよな……何か、理由でもあるのかね。
「もー。とりあえず、ゴハンにしようよー!!お腹、減ったあああ!!」
ミアがそう主張してきたので、オレはシャーロンへ抱いた疑問を追求することなく、とりあえず食事を始めてしまう。ヤツのリュートが、いつもより悲しく聞こえたのは、気のせいだろうか?
―――運命の始まる土地に、勇者らは足を踏み入れていた。
そこで待つのは戦の火種。
彼らはやはり、血なまぐさい定めを選んだ猟兵どもだ。
戦いは迫っている、皆がそれに感づきながらも、まだこのときは歌に聴き入る。
―――そうだ、詩人には秘密があった。
王国の若き女王は、彼の学友のひとりである。
ハーディンの大学で同じ時を過ごした、親しき友だ。
詩人は彼女がこのまま戦火に散るのを、見過ごせなかった。
―――滅びに片脚つっこんだ、ルードの辿る道?
暗がりへと進む、破滅の道だ。
どうすればいい?
どうしようもなさそうなことを、否定する術は?
―――詩人は一度はあきらめ、見捨てようともしていた。
かつて恋した人を見捨てても、誰も彼を罰することはないのだから。
だが……透明な翼をもつ、恐ろしき飛竜に乗った赤い剣鬼を目に映したとき。
彼には、希望の歌が聞こえたのだ。
―――ああ、魔王の竜騎士ストラウス。
君ならば、あの小さな国を救えるか?
恐るべき異能の力をもって、君は定めを断ち切れるのか?
頼むよ、ソルジェ、我が友よ……クラリスを救ってやってくれないかい?
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