第四話 『星になった少女のために……』 その2


「はーい!!それじゃあ、私も、参・戦・決・定ッッ!!」


「……はあ?」


 我が妹分が叫んでいた。満面の笑みじゃないか?おいおい、話聞いていたのか?


「おーい。ミア。何を言っているんだい、君は?……『パンジャール猟兵団』は、今回のお仕事に参加しないってお話になっているんだぜ?」


「うんうん。わかってるよー。だから、私個人の『私闘』だよん!」


「それを、便利な言葉みたいに使うなよ」


「だってー、このまま『お兄ちゃん』が死んだら?……私、お兄ちゃんを殺したヤツのこと、絶対に殺しに行くもんね。それで私が死んだって、関係なく、復讐するよー?」


 おー、そうだな、お前、そういやヤンデレ系だったもんな。ミアはオレのそばに走ってくると、オレの胴体に甘えん坊の猫のような愛らしさで抱きついてくる。


「あのね。ソルジェ・ストラウスが死ねば、私も死ぬの!……だから、最初から、一緒に行けば早いでしょ?」


「……へへ。さすがは、オレの『妹分』か」


「そうだよ!来るなって断っちゃダメだよ?どーせ、密かについてくもん。それなら、初めからひとつの方が、ずっとマシだよね?」


 乱世のガキの『覚悟』を舐めていたな……そうだ。それでこそ、オレの妹だよ、ミア。


「よし。分かった。ついて来い。一緒に、オレのお袋と妹を焼いた男を殺すぞ」


「うん!!仇討ちだああああッ!!」


 ミアがオレの背に飛び乗ってくる。ああ、セシルを思い出している。あの子も軽かった。はかないぐらいの命の重さを感じるな。でも、乱世の少女は微笑みを絶やさない。


「お兄ちゃん、合体要請!!」


「よーし、兄妹合体だ!!」


「おーう!!」


 ミアが肩をよじ登っていく、オレはミアを肩車するのさ!


「うーむ!世界が広く見えるぞー!」


「フフ、合体完了だぜ!!」


 黒猫ケットシーが雄叫びをあげる!!


「うおおおお!我ら、ストラウス一族の敵は、命にかえても、ぶっ殺ぉおおおおおおおすッッ!!」


 それに呼応したのだろう。待機させてある遠くの森から、ゼファーの雄叫びも聞こえてくる。いいねえ……ほんと、君はストラウス的な妹分だよ。


 ―――死ぬのも生きるのも、一緒……か。


 そうだな、セシルにはしてやれなかったことだ。お前には、してやるぜ、ミア。その生き様が、お前がなりたい歌だと定めるのなら!!


「ああ。それで理屈が通るなら、私も参加します。はい、決定」


「ああん?」


 ガンダラが右手を挙げながらそう言っていた。


「おい。お前まで、変なこと言うなよ?……もし、お前が死んだら、『パンジャール猟兵団』の三代目の団長は、誰になるんだっつーの?」


「そんなことは知りませんよ。正直なところ、私はソルジェ・ストラウスに借りがあるから、傭兵をしているだけですしね。拒んでも無駄です。私も供に行きますよ。借りを返せないまま、貴方を死なせるつもりはありません」


「……へへ。意外と熱い男だな。よし、来やがれ!!お前が来れば百人力だ!!」


「ええ。それでは、これからもよろしく」


 くくく。しょせんは、どいつもこいつも同じ穴のムジナってことだな。


 さーて……こうなってくると、『残りの一人』に、オレたちの視線は集まるよな。


「……な、なにを、ジロジロ見ているのよ?」


 もちろん、リエル・ハーヴェルさんだっつーの。


「いや。リエル。君は、どうするのかなと思ってな」


「……わ、私が、ど、どうするっていうのよ?」


「オレと一緒に来るのか?それとも、帰っちまうのかよ?」


「……か、考え中よ!!」


「そっか。悩んでるのか」


「……悪いの?」


「ああ。なんだか、腹立つな」


「な、なによ、それ?」


「……リエル。オレといっしょに来い」


「……え?な、なんで、私にだけ命令するんだ?」


「来て欲しいから。ただ、それだけだ」


「……っ」


 おお。なんか、今のオレ、カッコよくね?……リエルのヤツも顔が赤いな。


 なんか、今なら、落とせる気がする。行くぜ、ストラウスの根性、見せつけてやる。オレはリエルに近づいていく。リエルは後ずさりするが、食堂の壁に追い詰められる。


「……ちょ、ちょっと、ソルジェ?」


「お兄ちゃん、ラブのチャンス!壁ドンだ!!」


「おう!!」


 肩車している妹分の命令に操られて、オレは都の若い女性たちのあいだで流行しているらしい必殺技を実行する。リエルの頭のすぐとなりに、オレは手を置いた。


「ちょ、ちょっと、何する気よ?」


「きーす!きーす!きーす!」


 ミアがキャハハ!と笑いながら、オレたちの恋愛を応援してくれている。ふむ。妹を肩車した状態で、ツンデレ弓姫エルフちゃんと口づけか。オレ史上、初の試みだな。


「はああ!?ミア、ちょっと、何を言っているのよ!?」


「いいじゃーん。どーせ、こないだしたんでしょー?他の皆と話してたじゃん」


「ぬ、盗み聞きとか、ダメでしょ!?」


「むー。私が見てないトコロで、お兄ちゃんとキスするほうがダメだっての。だから、私の目の前でキスしなおすべきなんだから!」


 うん?……うちの妹分の言っている意味、よく分かんねえぞ?


「はあ?なによその理屈?ちょっとおかしいわよ?ああ!ミア、あなた、お酒臭い!」


「んふう。リンゴジュースが切れてたけど……なーんだか、深刻な会話しててさー、メイドさんに頼みにくかったから、ワイン、一口だけ飲んじゃったぁあああ!!」


「ハハハハハハハハッ!!」


「おい、笑っている場合ではないだろう、ソルジェ・ストラウス!?掟に反する行いだろう?ケットシーの子供が、お酒を飲むなんて!?」


「……いや、細かいコトなんてどうでもいいじゃん。さて、キスしようぜ?」


「だから、なぜ、そーなるッ!?頭おかしいのか、お前たち兄妹は!?」


「いいじゃん。お前からとオレからで、もう二度もしたんだし、三度も一緒だろ?」


「そーだ。きーす、きーす、きーす!!」


「ああ、もう!!せ、せめて、こんなにヒトが多くないところで迫れ!!」


 なるほど、ムードを重視する。それがエルフ女子だったな。ここにいる連中は楽しいメンバーたちだが、さすがにエロいことする瞬間まで共有することはないよな。


「わかった。それじゃ、今から寝室に行こうぜ」


「……は、はあああああああああああああああッ!?」


「ムードを大事にするお前に、そこでムードを作り直して、もう一度迫ってやるよ」


「いいぞお、お兄ちゃん、カッコいい!!」


「ば、ばか言え!!そ、そんなところで、迫られたら、キスだけじゃすまないに決まっているだろうッ!?」


 混乱しているリエルを見ていると、楽しくて仕方がねえ。ああ、オレもワインが回ってきているな―――そーだよ、これもシャーロンの策略だ。オレを酔わせて説得しやすくしていたなあ?……さっすがダチ公、よく知ってんじゃん、オレのこと……。


「んー?寝室だと、どーされちゃうんだ?リエル?」


「そ、そんなこと、女の私の口から言えるかああああッ!?」


「リエル、女は度胸だよ!!お兄ちゃん、キスしちゃええええッ!!」


「おー、行きまーす!!」


「うわああああああああ!?う、腕を押さえるなあ……っ」


「……ん?なんだよ、そんなに、ここじゃイヤなのか?」


 コクコク。涙目のリエルが何度もうなずく。


「そうか?……じゃあ、全力で逃げてみろ。酔っ払ってるオレから、逃げられないはずがないだろう?」


「そ、そんな……っ」


「はい。ゲーム、スタート」


 ミアが、そう言いながら、ぴょんとオレの肩から飛び降りる。おお、ミアがふらついているぞ?危ねえな、酔っ払い過ぎじゃね?妹の体を支えてやる。その瞬間、エルフがピョン!とその場から逃げていた。


「うお。しまった……ッ!?」


「あうう。ごめーん、お兄ちゃん、ドジっちったよう」


「お、お、お、お前らあああああああッ!!セクハラ兄妹めええええッッ!!酔いが抜けるまで、絶対にこの私に近づくなよッ!?矢で射抜いてやるからなああああッッ!!」


 エルフ女子は、大泣きしながら、この場所から走り去っていく。スゲー、速いわ。酔っ払っているオレでは、絶対に追いつけそうにない。あきらめるか。


 それに……ミアが気持ち悪そうにしているしな。まだまだアルコールなんて飲んじゃダメなガキんちょさんだもんね。介抱してやんなきゃ。


「おい、ミア。いっそ、吐いちまえ。楽になるぞ?」


「う、うん……お外で、ゲロってくる……っ」


「お兄ちゃんついていってやろうか?」


「げ、ゲロ吐くところまでは、見せられない……全裸ならともかく」


「そっか。じゃあ、がんばれ!」


「うっす!」


 親指さんを立てながらミアはそう言った。うむ、コルテス式指サインは、今日も機能しているな。よーし、さてと……ん?


 オレは女王陛下と目が合ってしまった。彼女、ケラケラ大爆笑だ!?


 し、しまった、なんか酔っ払っている勢いでバカ騒ぎしちゃったけど、主催者の女王陛下がいたままじゃないか!?う、うおおおおおおお、やらかしたあああああああああッ!!


「す、すみません、女王陛下!!竜騎士としたことが、とんでもない失態を晒して!?」


「いえいえ。おかまいなく。見ていて微笑ましかったですもの!」


「そ、そーですか……そりゃあ、なによりです」


 この女王サンも、いい性格してそうだ。さすがにシャーロンの恋人なだけはある。ああ、そうか。この覚えのある包容力抜群な雰囲気は……お袋に似てるんだな。


「ソルジェ・ストラウス殿。そして、『パンジャール猟兵団』の皆さん。それからシャーロン、私に、力を貸して下さい」


「ええ。オレたちに出来ることは、やりましょう。だが、状況を知る必要がある」


 そうだ。シャーロンには聞かねばならんな。オレはあいつを見る。にらんじゃいない。今は、コイツを信じている。お前は、友だ。オレの敵ではない。ちょっと利用しただけだ。それぐらいなら、許容できるさ。


 我が親愛なる詩人殿は、いつものスマイルではなく真剣な表情で語り始める。


「……ソルジェ。ヤツは―――君の家族たちの仇である『ガーゼット・クラウリー』は、今では帝国のアサシン部隊の隊長の一人として暗躍している」


「ほう。どうりで、姿を見つけられなかったはずだ」


「なるほど。秘匿された暗殺集団の長ですね。それでは情報網にも引っかかりませんね」


 ガンダラがうなずく。そうだな、オレだけでは心配だ。ブレーキ役に、コイツがいてくれて助かるよ、本当に。


「そう。クラウリーは『三剣士』と呼ばれた、旧・連邦軍の強者。戦場での武勲は数多くあるけれど……残酷さでも知られている」


「それはイヤというほど知っている。オレは、この左の魔眼で、ヤツがオレの妹に火をつけやがるのを見たぞ。7才のセシルを殴って、怯えさせて、泣いているのに……ッ。火をつけて焼き殺しやがったんだッッ!!」


 ―――女王陛下が、一瞬だけオレの怒りに呑まれかけて怯えを見せていた。だが、それも一瞬だけのことだ。死さえ覚悟しておられる彼女は、魔力を帯びたオレの激しい怒りを、その優しく偉大な心で受け止める。


「……ご苦労をなさいましたね、ソルジェ・ストラウス殿」


「……いえ。世界中で起きている悲劇の、ただの一つに過ぎませんよ」


「ですが。貴方のセシルさまは、お一人だけでしょう?」


「……はい」


「貴方と、セシルさまのために、祈らせて下さい」


「……ええ。ありがとうございます、陛下。セシルは、オレの祈りに怯えてしまうかもしれません。ストラウスの気性は、激しすぎるから……でも、きっと、貴女の祈りなら、星になったあの子にも、きっと届くでしょう……」


 ―――いい女を見つけてたんだな、シャーロン・ドーチェよ。この女王陛下は、善人だなあ。胸くそ悪い王族も数多く見てきたが……彼女は、とても偉大な人物に思えるよ。オレみたいな狂戦士に怯えず、むしろ労ってくれるんだからな。


 静かな祈りの時間が過ぎていく……女王陛下も、シャーロンも、無神論者のはずのガンダラも祈ってくれている。セシルのためにな……あと。屋根の上に登っている、オレのツンデレ弓姫も、エルフの聖句を銀色の星に捧げてくれている。


 そうだな。


 オレも、祈ろう。祈るよ。


 怒りや、憎しみや、激しさを伴わない祈りで。そうさ、仇のことさえも心からかき消して、ただただセシルの冥福のみを祈れたよ―――こんな時間は、何度も無かったことだ。




 ―――星になった少女のために、聖なる大樹の枝に祈ろう。


 命が巡り、いつか再び世界に戻ったときのため。


 永久に枯れぬその大樹の葉に、彼女の名前を綴っておこう。


 忘れないよ、大樹は、永久に大地に根ざしたままだから。




 ―――忘れないよ、あなたの笑顔のことを。


 あなたの名前のことを、あなたが好きだった歌のことを。


 大樹は記憶し、導くの。


 世界を巡り巡って、またあなたが世界に芽吹いたそのときに。




 ……あなたのことを祈ってくれたヒトに、また出逢えるように……。


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