第三話 『密輸業者パンジャール』 その4
「作戦自体は至ってシンプルなものだ。夜の闇に紛れて、ゼファーで荷を運び国境を越える。川と急峻な山でルード王国は囲まれていて、主要な貿易ルートは封鎖されているが、それらの全てを難なく越えられるゼファーがオレたちにはついている。問題は無いさ」
「……ゼファーでこれだけの荷を運べるのかい?」
「一度では無理だな。だから、七回ほど往復することになる……所要時間は、おそらく一時間半もあれば十分だろう」
「慎重に運んでくれたまえよ……とくに、医薬品は慎重にね。割れると取り返しがつかない」
「分かってるさ。割れ物を運ぶ練習もさせていた。その後の手はずは、お前に任せていいというハナシだったよな?」
「うん。準備は出来ている。この書状があれば、何も問題はないよ!」
シャーロンが懐から一枚の丸められた羊皮紙を取り出す。赤いリボンでまとめられているな。高級感が漂うワインレッドだ。
「それは?」
「帝国貴族バーダッツ氏に対する、『旅行証』だよ。帝国域内外を移動する権利を、ユアンダート皇帝が、大富豪のバーダッツ氏に大金で売ったものさ」
「……偽造しましたか」
ガンダラがつぶやいてくれたので、オレはシャーロンごときに感心しなくてすんだ。
帝国人の富豪であるバーダッツ氏から盗んで来たのかと思ったが、そんな武勇伝は無いらしい。そもそも、バーダッツさん自体、架空の人物なのだろう。
「帝国貴族は旅行好き……帝国政府も推奨している。と言っても、観光のためじゃない。一種の侵略行為だよ。植民地にする予定の国に対して、帝国資本の早期参入を推奨しているというわけだね」
どういうことかと言うと、やがて侵略して植民地にする土地に、帝国貴族が運営するお店を先んじて建てさせようということだ。植民地化した後は、その帝国貴族のお店に対して、帝国政府が有利な働きかけをしてくれるのさ。
たとえば、輸入小麦の独占権とかね。
そうなれば、小麦を輸入に頼る土地では、その帝国貴族のお店だけが大いに儲かるということになるってわけさ。
……そういう『後々のメリット』を見返りにして、帝国政府は帝国貴族や商人たちに『戦費』を出すことを促しているというわけだ。
つまり、法外な値段の『旅行証』は、貴族や商人から戦費を調達するためのものだし、貴族や商人たちからすれば、コレを買えば数年後には大もうけ出来るってことになる。
おそらくは、こういう『餌』を有力者たちに撒くことで、帝国の侵略政策を推進することにもつながっていくのだろう。
『侵略すれば、儲かる』。そうなれば、帝国の貴族や商人は、侵略戦争に諸手を挙げて賛成するだろうさ。どうせ、兵士として死ぬのは庶民のガキばかりだしな。金持ちは苦しまない。
……胸くそ悪いが、確かに賢いやり方だ。
だって、いつかガンダラに説明されるまで、オレには意味が分からなかったぐらいだしね。ストラウスには難しいぜ、そういう姑息な財テクとかはよ。哲学にも文化にもないんだ。
「……今回は、その『旅行証』を用いて、我々が帝国貴族とその召使いにでも化けるというわけですかな」
ガンダラがシャーロンの『策』を見透かして発言する。シャーロンは口をつむぐ。少しだけ不機嫌そうな顔をしている。童顔だから本当に子供ように見える。美青年なのにね、中身がアレじゃなければな……。
恋愛小説家志望の詩人殿は、プンスカ怒っている。
「もう。僕が言いたかったことなのに!……ズルいよ、ガンダラ!」
「それは、どうもすみませんね」
なんて心のこもっていない謝罪だろう。真心が通じなったのだろうな。シャーロンは、ますます拗ねる。
「いいんだよ……僕の浅知恵なんて、賢いガンダラには筒抜けさ!」
「……いえ。そこそこ良い作戦だと思いますよ?」
「そこそこ……」
がっかりするシャーロンがいた。シャーロン、ガンダラのような戦略のプロから満点もらおうなんて、止めておけ。彼がいつも愛読する古文書には、伝説的な軍師の仕事ばかりが書いてあるんだから。
「『帝国貴族の率いる商隊』に化ける。それならば、この馬車をルード王国に持ち込めます。戦闘行為なしでね。まあ、私が貴方の奴隷役をつとめるのは不満ですが」
「それはそうかもしれないけれど、リアリティを追求したら、その配役でしょ?」
「……ふむ。致し方ないですね。で、女たちはどうしますか?」
「―――リエルとミアには、ゼファーと共に、先行した荷を守っていてもらおう」
彼女たちみたいなとびきりの美少女たちを、女に飢えた兵士が40人もいる土地に連れて行けるかっての。帝国兵士がオレの弓姫ちゃんと妹を見て欲情するとか、気分悪いわ。
「ソルジェ!君まで、僕の計画を先読みするのかい!?」
「……いや。そりゃ、分かるだろ?この馬車で詐欺手形見せて、帝国軍の封鎖地点を抜けて、積荷と合流。そして、積荷を馬車で王都へと運ぶ……そういうことだな?」
「うん。ああ、せっかく、うつくしい旋律に乗せながら、そのプランを発表したかったのになあ……っ!!」
「はて、潜入作戦を大声で歌うわけですか……詩人の感性は、どうかしているのですかね」
なんともマトモな指摘だった。シャーロンは、反省する。
「そ、そうだね。ホント、ゴメン。軽率だったよ」
「……まったくです。貴方はどこか抜けています。そういうミスを無くすことですな」
「そしたら、恋愛小説家として大成功するかな?」
「……ええ。たぶん、おそらく。もしかしたら」
テキトーなコト言ってやがるぜ。まあ、作戦はそういう手はずだ。よーし、馬車も待機ポイントについたぜ。リエルも腕を組んで立っている。ああ、邪魔モノはどこにもいないようだなぁ。
ここは、ご覧のとおり、ひらけて見通しの良い場所さ……この古びた街道が『現役』だった頃には、商隊たちがここで馬を休ませたり、馬車同士の荷を交換するために使っていたであろう空間だ。
『密輸業者』の拠点としても、ピッタリの場所だろ?可能性は高くないが、衛兵たちと遭遇しても商人のマネごとで誤魔化せるしね。
「さーて。移動地点まで何事も無く到着してしまいました。では、夜まで休憩ですね」
「ああ、それじゃあ、僕は、酒場で歌う君たちの『詩』を、書いておくね!」
広報部長は笑っている。そうさ、広報だよ?シャーロンが酒場で、オレたち『パンジャール猟兵団』の詩を歌えば?……オレたちの伝説が広まるんだよ。
そしたら、仕事が回ってくるかもしれない。もちろん、シャーロンの詩に嘘は入っていないが……その出来の良さまでは、さほど期待は出来ないね。
まあ、詩になって歌われるってのも、悪い気持ちじゃない。シャーロンにだって給料を払っているんだ。猟兵団に貢献してくれないといけないよな。ヤツは宣伝担当も仕事なのさ。
「遊んでばかりいて、時間をムダにするなよ、男ども」
リエルがオレたちの隣を通り過ぎながら毒を吐いた。
「私は狩りに行くぞ」
「おう!大物、期待してるぜ」
「なら、団長。お前も手伝うことだ。おしゃべりばかりが男の仕事ではなかろう?」
「遊んでたワケじゃないんだが……まあ、あとは夜まで待つだけ、オレも行って来よう」
「うん!がんばってね、二人とも。ソルジェ、ちゃんとやさしくしてあげるんだよ?紳士らしくリードしてあげてよね!」
「狩りに行くんだっつーの……」
男女ふたり=即・逢瀬とか?頭おかしいのか、コイツ?
まあ、チャンスがあれば、口説くし?森のなかでのセックスも別に嫌いじゃないけどな……まあ、アホなこと考えてると、殴られそうだ。
オレが労働に対するため息を吐いた瞬間、シャーロンが暗殺者のスキルを見せつける。無音で走った彼は、オレに近づくと、耳打ちして来たよ。小さな声だった。だが、オレにはしっかりと届いたぞ。
「……僕の予測によると、リエルちゃんは、やや強引なのも嫌いじゃないはずだよ」
エセ恋愛小説家がアドバイスくれてるぜー……ハハ。ほんと、信頼度が低い情報だ。
だけど、うん。押しに弱いところはあるよね、リエルちゃんってば……今回の情報、もしかして信じていいのかもしれん。
「僕の統計によれば、エルフの十代女性の理想の体位は、99%で正常位だよ!」
「……マジかよ?」
「うん。愛を語られながら、されたいのさ。耳がいい種族らしいよね」
……おいおい、コイツ、何人のエルフ女子にそんな質問をしきたんだ?
ん?待てよ?……99%って数字を作るためには、最低でも百人はいるんじゃないか?……こ、怖い、この変態イケメン、スゴいけど、ガチで怖いぞ!?
なんて日常を過ごしていやがるんだ!?お、オレにはマネ出来ん……これが、本物の変態かッ!!
「性に対して保守的な種族らしいよね?だから、ソルジェが好きな、荒々しい体位とか、複雑な行為は要求しちゃダメだぞ?」
「テメー、オレの性癖の何を知っているというんだ」
「え?酔っ払うと、理想の夜の過ごし方を、君はいつも語っているじゃないか」
「嘘でしょ!?オレ、そんなセクハラトークしてんの!?……なんてみっともないんだ!!」
……くそ、そりゃあ、モテねえはずだぜ。そこそこ顔はいいし、背も高いってのに……なるほど、オレ、断酒しようかな?モテるために……。
……しかし、99%ってことは、例外もあるのかな?……参考にしなければ。エルフだって、本音と建て前があるだろ?リエルも、意外とマイノリティな趣味かもしれないし。
「で。残りの1%は、どんな体位が好みだと?」
「ああ、それはね―――」
ズシュン!
本当に下らない話をしているオレとシャーロンのあいだを、エルフの少女が放った矢が通り過ぎていった。オレは無口になる。シャーロンも笑顔のまま微動だにしない……。
「……すまないな。ちょっと手がすべった」
冷たい言葉をオレたちは聞く。何でだろう?彼女の言葉は100%嘘だってバレバレなのに、オレたち反論することも出来ないや―――。
「……それで、ソルジェ・ストラウス?狩りを手伝ってくれるの?くれないの?」
「て、手伝うぜ!……だって、オレ、紳士だし。君の狩った獲物を、運んだりしよう」
「当然だな。私の服が汚れてしまわないように、気配りをしろ」
「……おー」
オレの服は汚れてもよいのか?……まあ、リエルからすれば、いいんだろうね?
無敵の竜騎士だって美少女エルフちゃんには弱い。オレは闘志剥き出しで森に入っていくエルフの姫さまを追いかけていった。残されたバカと大きな常識人が会話してる。
「……ねえ、知の巨人ガンダラ」
「おや、いいフレーズですね、『知の巨人』とは」
「あの二人をモチーフにして、恋愛小説を書いたらどうかなー?」
「……ハハ。やめておきなさい。それは喜劇です」
「ダメかい?愉快な恋愛劇は?」
あの巨人と詩人、ヒトの恋愛をなんて解釈してやがるんだ!?喜劇だと?……さすがにそのカテゴリーはないだろ?君らはオレの友達なんだぞ?悪口は慎むべきだ。
「はて、恋愛小説を楽しむ女性には、向かないでしょう。もっと貴族趣味なお話にしなさい。竜騎士よりも、見目麗しい王子や、青年実業家などにしておくべきですな」
……え?
おい、待てよ?
傭兵団の経営してる青年は、『青年実業家枠』ではないのだろうか?……じゃあ、オレは、一体、何の枠の経営者なんだろう。
えーと?……契約者さまの敵対勢力に対して、殺傷行為を代行するだけの簡単なお仕事なんだが?……そうか、サービス業者か!
「ああ。やっぱりそーかー……バーサーカーより、プリンスかー」
「ですな。ソルジェ団長では、官能小説の主人公にしかなりませんよ」
「うん。彼は、恋愛と性欲の境目を、いまいち理解していないトコロってあるよね?」
「お、お前にだけは!!言われたくねえんだからな、シャーロンっっ!!」
「……ほら、さっさと来い。アレに関わるな、ソルジェ・ストラウス。アレは疫病神だ」
―――うう。わかってるよ、アイツ、さわやか笑顔のクソ野郎だって?
でも、悪気はなくて面白いヤツだからさ、けっきょく友達やめられねえんだよね?……今回の仕事が終わったら、一緒にビール飲んで、肩組んで歌う可能性は高い。
―――たまには血の流れない時を過ごそう。
僕らは戦うだけに生まれたわけじゃないのだから。
ヒトは傷つけ合ってしまう罪深い性質を持っているけれど。
共に在るための努力を惜しまなければ、友愛の絆で紡がれる。
―――僕らは一人でも生きられる。
強くて、ズルくて、容赦をしなければ。
でも、それでは人生が灰色に色あせてしまうだろう?
だから、僕らはそれぞれの色を混ぜて、何かを世界に描くんだ。
―――僕らの描いたものは、うつくしくはないだろう。
彼は血の赤、彼女は静かな銀色で、黒猫は秘密を隠し、茶色い巨人は賢すぎ。
空飛ぶ僕らの歌うたいは、まだ無色……僕は、愛に狂ったピンク色。
十人十色の英雄たちは、いまだに世界に知られちゃいない。
―――でも。それでも、月の無いこの夜は。
銀が狩り、赤が運んで、茶色が料理したイノシシ料理が最高さ。
僕はリュートを弾いて、黒猫と無色の竜は鼻歌をユニゾンさせる。
いいよね、たまにはいつもと違うノリで、詩を書いて歌っちゃうのもさ?
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