第三話 『密輸業者パンジャール』 その3


 ―――黒髪の猫は、奴隷の娘。


 老いた獅子と剣鬼は、人買いどもから逃げる猫と出逢ったのだ。


 剣鬼は、セシルとつぶやいて……猫に迫る人買いを、悪魔の貌で斬り捨てた。


 老いた獅子は笑うのだ、猫よ、そいつは今日からお前の兄貴だぞ。




 ―――猫は疾風の名を継ぐだろう、剣鬼と獅子に風の極意を授かって。


 その身に宿るは、ケットシーの力。


 その魂に宿るは、新たな家族への想い?


 いいや、隠し秘められているのは兄への恋慕。




 ―――疾風の踊り手は、剣鬼の子を産んだ女のひとり。


 詩人だけは悟っていた、だから、その恋だけは守ってあげた。


 詩人にも、流行病で亡くした妹がいたのだから。


 猫は双子の姉妹を産んで、セシルとラケルの名をつける。





「……シャーロン、お前は官能小説と恋愛小説の区別もつかんのか?」


「失礼だな。知っているよ。常に肉体的に愛し合いつづけている描写を描くのが、前者だよ?でも、僕の目指している後者は、性行為以外にも愛を表現している詩的な物語さ」


 オレたちは荷馬車に揺られて街道を南下していた。この荷馬車はシャーロンが買い付けた大量の小麦と薬が積み込まれている。


 そう、ガチで下らない会話をしていても、ちゃーんと仕事をしているよ。


 馬に荷を引かせるだけの簡単なお仕事。盗賊にでも絡まれなければ、オレのすることは他にない。馬は道に従って、ただ南へと向かうだけだしね。それ以外の行動は全て負担となり馬の脚にのし掛かるのみさ。


「……もう。昼間から、なんてバカな会話をしているのよ」


 荷馬車の上で日光浴をしているオレのツンデレ弓姫が、気分悪そうにそう言った。


「リエル。よくこんな仕事についてきたな?」


「……バカとバカと子供と子供。大人が一人だけじゃ大変そうだからよ」


「それは助かりますな、リエル」


 ガンダラがそう言ってた。子供ペアは今も上空で曲芸飛行しているミア&ゼファー、バカのペアは心外だけどオレとシャーロンらしい。


「あはは。リエルは手厳しいね。じゃあ、場を和ますためにリュートの弾き語りでもしようかなぁ……リクエストはある?」


「……牧歌的なモノがいいわ。恋愛のセクハラ歌は禁止ね」


 たしかに、夜の酒場なら大受けだけど……昼間から往来で性描写がキツい歌を、ムダな美声とアホみたいに高い音楽スキルで奏でられたら?……いっしょの馬車に乗っているのも辛い。ノン・アルコール状態で耐えられる恥じゃねえなぁ……。


「それなら、『ファルシャージの里に風が吹く』……なんて、どうかな」


「いいですね。巨人族ゆかりの地の歌です」


 ガンダラが珍しくシャーロンに同意している。ふむ。シャーロンめ、いつになく素直だな?……そうか、ミアとゼファーの子供ペアの効果か。コイツだって、純粋な子供の前じゃ、性欲にまみれた邪悪な歌なんて歌えないもん!!


「ナイスな選択だったぞ、ガンダラ」


「団長もお好きですか。そうですよね、ファルシャージは、素晴らしい古の都です」


「そんなに良いところなの?」


「ええ。そうですとも、リエル。いつか、あなたも行くといい……」


 ガンダラめ、やさしい目をしているな―――まあ、この男も戦闘用の奴隷として売り買いされていた過去を持つ。パンジャールへの拾われ方も、なかなかハードなコースだったな。


 こいつも逃亡奴隷さ。飼い主の帝国軍人を殴り殺して、必死に逃げていた。自由を求めていたんだろうな。そりゃ、そうだ。ヤツは背中に5本の矢が刺さっても、走りつづけた。


 そして……ついに出血が激しすぎて、倒れてしまい、捕まった。


 見せしめに処刑されるらしいって噂になってたな。奴隷兵士たちの反乱を、防ぐための見せしめさ。ガルフは爆笑していた。


 ―――いい男だぜ。気に入った。タフで自由を求める男、猟兵たる資格は十分だ。


 オレは奴隷小屋に忍び込んだ。助けてやるつもりだったんだが、ガンダラはすでに見張りの兵士を殺し、脱出しようとしていた。


 ガンダラは誤解していた。人間であるオレを『敵』だと思ったんだ。自然な発想ではある。戦いになった。ガンダラは武器を持っていなかったから、オレも素手だった。


 そのケンカの結末?


 ガンダラがオレの魔眼に気付いて、突然に終わったのさ。


 帝国側では有名だったらしいな、『最後の竜騎士』の噂はよ。片目の戦闘狂で、帝国に不満を抱いている亜人どもを仲間に引きずり込んでいる……ってな。


 ―――すまない。私としたことが、勘違いしてしまった。ムダな時間を取らせた……。


 ―――このままでは、敵に囲まれてしまうな、どうする竜騎士よ?


 ―――おいおい、本気か?……正面を抜けるのか?私よりもムチャする男だな。


 なかなかスリリングな体験ではあったな、そこを二人して大ケガしながらも抜け出して、ガンダラはオレの親友になった。


 インテリな彼は、32才。オレより年上で、しかも子供の頃から連邦の奴隷兵士だったし、ファリスの軍にも奴隷兵士としていたのさ。数多の戦に参加していて、その経験値はとても高い。


 地理にも帝国軍の内部事情にも詳しいし、そのうえ勉強好きの博識、とんでもない読書家でもあってね。つまり、オレたちの頼れる参謀さまなのさ。


 シャーロンのムダに優れている美声と音楽のおかげで、オレたちの旅は更に気の抜けたのんびりとしたモノになっていた。昔話を思い出しちまうレベルの、だらけ具合だ。春のお日様も気持ちいいものだしなあ……。


 ほんと、平和なもんだったよ……だが。オレの左目に『知らせ』は届く。


 ―――へいしたちが、いるよ。


「……そうか。ありがとう、ゼファー。おい、ガンダラ。予定通りだ。次の分かれ道を右に……旧道を登って丘の上に出るぞ」


「分かりました。敵の数は?」


「ちょっと待て―――」


 ―――みあが、ゆみへい、なな。やりが、じゅうご。まじゅつしがさんにんだって。


「弓7に、槍15、魔術師3だ」


「なるほど、ではローテーションのメンバーも含めれば、40人弱……」


「かなりしっかりと守っているな……突破も可能だが、馬車がムダに傷むのは避けたい。この馬たちにだって金はかかっているんだからな。今回は手堅い仕事にするぞ」


「ですな。せっかく楽に仕事が出来るハズなのですから……素直に楽しましょう。では、曲がりますよ。屋根の上の弓姫さん、落ちないように気をつけて」




 オレたちの馬車はその分かれ道を右へと曲がり、緩やかな丘へと入っていく。これはさっきまで走っていた新しい街道ではなく、それが整備されるより前に使われていた旧道だ。


 今となってはすっかりと廃れていて、道の整備も疎かだ。馬車がわだちに引っかかり、何度もガタガタと揺れやがった。


 居心地が悪かったのだろう。リエルが馬車の屋根から飛び降りてくる。


「どうした、かわいいお尻を打ったのか?」


「それは、いけない。ソルジェにさすってもらえばいいよ」


「……セクハラ男どもが。私は、先行し、誰もいないか見てくる。上空からだけでは、見落としがあるかもしれないからな」


「ええ。頼みますよ。それでは、また後で」


「気をつけて行けよ、リエル。ついて行ってやろうか?」


「……フン。いらないわよ」


 リエルは風のようなスピードで、森へと飛び込む。木の枝と枝を伝うようにジャンプしていくつもりだな。あの軽業は、オレにはマネ出来ない。同じようなことをやれるのは、ミアぐらいなものだ。筋力じゃなく、体重の軽さが要るからな……。


「さて。そろそろ段取りを聞かせてくれるかな?」


 シャーロンがオレの肩に手を置きながらそう言った。


 そうだな。一応、今回の依頼人であるシャーロンには説明しておく義務があるか。彼は大借金して作ったこの大量の小麦と医薬品を無事に密輸出来なければ破産する……。


 破産か、明日は我が身とはこのことだ。シャーロンなんかに、感情移入してしまう日が来るとはなあ……まあ、いいや。


「簡単なことさ。オレたちにしかいないアドバンテージを駆使する」


「……なるほど、ゼファーくんだね」


「そうだ。知っての通り、帝国軍はルード王国へ通じる道を封鎖しちまった。食糧の供給を他国からの輸入に頼っていた彼らには、とんでもない痛手だな」


「うん。規模の大きな『兵糧攻め』さ。国家一つを対象にしたものだよ」


「そうだ。独立自治を掲げているルード王国は、ファリス帝国との不平等な条約を結ぶことを拒否した。その仕返しだな」


「帝国のいつもの手段だよね。武力を背景に不平等な条約を結ばさせて、圧力をかけていき……『武装蜂起』するのを待っている。戦いになれば、圧倒的な戦力を誇る帝国軍は、表立ってその国を侵略出来るからね」


「ああ。どの国にも血の気の多いヤツってのはいるもんだからな。抑圧されれば、それに命がけで抗おうとする連中は、いつか一定量に達する……ルード王国は、帝国の侵略政策のターゲットにされちまった。遠くない未来に、戦端は開かれるだろうさ」


「……だろうね。そのときは、僕らも参加するのかい?」


「―――それは、団長の意志次第ですよ、シャーロン。我々の決めることではない」


 ガンダラが諫めるようにそう言った。シャーロンは苦笑して、謝罪してくる。


「……そうだね。ソルジェ。ボスである君の考え次第だよ」


「団長は血の気が多い。あまり挑発をしてもらっては困るな、詩人殿」


「ああ、越権行為だったね。ゴメンよ、二人とも」


 シャーロンはオレを操ろうとしている?……少なくとも、ガンダラはそう考えているのかもしれないな。ガンダラはオレのストラウス気質を警戒してくれているのだろう。


 いわゆる特攻精神ってものを、危惧してくれているんだよ。9年間、よくやったことだからな。『パンジャール猟兵団』の団長になったオレの狂気は皆を死地へと追いやることにもなる。


 どんなに不利な戦況でさえも、憎い帝国軍と戦えるのなら喜んで参戦する―――オレがそんなことを言い出すのを、ガンダラは抑止したいのさ。オレと、皆のために。


 みんな、付き合いがいいからな。オレだけじゃなく全員で特攻したがることになるかもしれんよ。それは、良くないことだってことは理解している。


 ……正直なところ、ルード王国の旗色は悪い。なにせ、生命線である貿易路を守れなかったぐらいだからな。内情までは知らないが、国力の割りに軍事力が乏しいのか?


 まあ、いい。オレは今のところは冷静だ。帝国への復讐心に駆られて、団員たちを無謀な戦いに巻き込むつもりはない。


「―――さて。とりあえず、今回の仕事について話すぞ、いいな、シャーロン?」


「……うん。おねがい」





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