第三話 『密輸業者パンジャール』 その2
「なあ、シャーロンの依頼って、そんな地味な仕事するよりヒデーって評価なのかよ?」
「ええ、そりゃもう。何度、死にかけたと?」
「……まあ、そうだが―――」
山賊退治のつもりで洞窟に連れて行かれたらヒドラの巣だったり?馬泥棒の追跡するだけの簡単なお仕事のはずが、キマイラに襲われたり?いろいろと楽しく危険な冒険に巻き込まれたよな。
「ぶっちゃけ、オレは楽しめてたんだが……」
「ストラウスの竜騎士はそうでしょうが、我々、常識ある者たちは違います」
「うちの一族、ムチャクチャ言われてる……っ」
「あと、シャーロンは、女子メンバーから、とにかくドン引きされてますな」
「ああ。あいつ、恋愛経験とか、男性遍歴とか聞きまくるもんな……取材とか言って」
「好きな体位を恋人でもない女性に訊くのですよ?ド変態です」
「思い出した……あいつ、リエルにとんでもないコト訊いてたなあ」
―――やあ、リエル。君はソルジェと初めて交わるとき、どんな体位が理想だい?
―――炎のように激しく愛されたいかな?
―――それとも正常位で抱かれながら、耳元で愛を囁かれるほうがいいの?
「……ああ。あいつ、矢でふともも射抜かれていたな……恋愛小説を書きたいらしいけどさ、女子にそんなコト訊いている時点で、恋愛物語なんて書く資格無いわ!!」
「しかも、彼には悪気が全くないところがマズい。団長みたいに笑えませんからね」
あれれ?意外なコトを言われているんだが。
「ちょっと待て、オレは、笑えるのか?」
「ええ。貴方とリエルの夫婦漫才は、そこそこ笑えると思いますが?」
「漫才なんてしていない。ちょっとしたセクハラして、殺されかけてるだけだぞ」
「喜劇ですね」
「……そ、そうか。第三者から見ると、アレ、『シャーロン劇場』と同じなのかよ?」
オレたちは紳士的で爽やかな態度で悪気なくセクハラ発言をするシャーロンが、相手の女性に殴られたりする瞬間を『シャーロン劇場』と名付けている。
「アレと同じレベルか……?ちょっと、違うだろ?リエルはツンデレなだけだし?」
「で。リエルとはヤッたんですか?」
インテリが下世話な言葉を使って来た。いきなりだと面食らう。大人男子のトークだもん、エロいハナシの一つぐらい、不意に放り込まれてくるもんだけど?オレ、ガンダラの奇襲的な下ネタに反応遅れるときがある。未熟なトーク力だという自覚はあるよ。
「……おいおい、ガンダラぁ。シャーロンみてえなコト言うなよ……」
「『ドージェ』と『マージェ』と呼ばれているのですよ、幼子に?……関係が深まった何かが起きたのかと思いましてな」
「ゼファーは、オレたちで作ったガキじゃないぜ」
「でしょうな。彼の方が卵として過ごした時期も含めれば、お二人よりもずっと年上だ」
ガンダラにオレ、弄ばれてるな。
でも。まあ、そうだよな。リエルとは進展している。
「……まあ。リエルに関しては、ほとんど落とせてるよ」
「ほう」
「へへへ。だって、あいつ田舎モンでチョロいし?……次に二人っきりになったら、十中八九抱けると思うんだよな」
「ほう。それはめでたい。良かったですな、リエル?」
「……え」
オレはまた軍師の策略にハメられていた。耳の良いエルフの少女は聴覚が優れている、とくにオレの失言を逃さずキャッチするというのに!?
……洗濯物を満載にしたカゴを抱いたリエル・ハーヴェルが、やや離れた場所から一直線に歩いてきている。
銀色の長い髪を、家事の邪魔にならないように三つ編みにしてまとめてあって、エプロンドレス着ちゃってるよ。ほんと、今日はとっても家庭的な美少女だけど。顔、怖い!?ああ、あいつ、洗濯カゴを置いたぞッ!!
そして、両手に雷の紋章を展開しているのだけれど!?
「―――ソルジェ・ストラウス。面白いコトを言っているようだな」
「……おい。これが、劇場か!?」
「そうですね、ソルリエ劇場ですな」
ガンダラ!オレの腹心が、オレを見捨てて安全そうなトコロまで逃げている!?この距離なら、ガンダラだけは被害を免れる。くそ、あのスキンヘッドめ、涼しい顔をしていやがる……っ。
「私の名を、そいつのと混ぜて呼ぶな、ガンダラ!!」
「はあ。ですが、そのうちリエル・ストラウスになるかもしれないのです、名前が混じるのにも慣れておいて損はないでしょう」
「だ、だれが、り、リエル・ストラウスだあああああああああッッ!!」
エルフ少女の怒りが魔術となった。青空に突然と黒雲が立ちこめて、次の瞬間、雷撃がオレの肉体に降り注いでいた。
―――死ぬほど痛いけど、オレ、耐えたぜ?
『……『まーじぇ』のじゅつ、すごーい!!『どーじぇ』、がんじょう!!』
上空でオレの竜が喜んでいた。オレが雷を浴びても生きて立っていることを褒めてくれたぜ?竜に褒められる。いいねぇ……ニヤけちまうよ。
「―――おや。久しぶりに戻ってみたら、さっそく痴話喧嘩かい?」
さわやかで良く通る声が、この場に流れていた。
白い馬に乗った金髪碧眼の青年が、オレたちのアジト跡地にやって来ている。
「うぐ!?シャーロン・ドーチェ!!」
リエルがイヤそうな顔をする。基本的にクールな彼女が感情を強く表す相手は少ないんだが……まあ、シャーロンって、そういう男だよね。
「ダメだよ、リエル?幼い竜も見ているんだ、家庭内暴力は良くない」
「か、家庭内暴力などではない!?」
「ああ。そうだね。愛ある調教か」
「ちょ、調教だと!?」
「なるほど。エルフ族の愛は情熱的なんだね。そして、束縛的だ」
シャーロンが馬から華麗に飛び降りる。一々、動きが貴公子然としているのが腹が立つな。コイツ、わかりやすい美形だし、フツーなら女性にモテるはずなんだが……さすがは、シャーロン。そんなことは一切ない。
『取材メモその78巻』を懐から取り出し、鉛筆片手にヤツはリエルに迫った。
「さて、訊かせてくれないか、君たちの愛の物語を?エルフは雷にどんな性的な意味を比喩として忍ばせているんだい?」
「く、来るな、よるなあ!!」
リエルが逃げて、オレの背中に隠れてしまう。あれ、オレ、面倒な二人に挟まれてない?危なくないか、この位置関係?
「そうか!求愛の言葉なんだね!?雷を浴びて動けなくなった男を……そうか、それは性衝動の発露!!ソルジェ!!彼女に愛を語って、すぐに欲望を満たしてやるんだ!!」
「だから、屋外での初体験はリエルちゃんの好みじゃないんだって?」
「こ、こら、ソルジェ!?」
「なるほど。森を敬愛するエルフのことだから、屋外での行為にも抵抗がないのかと思っていた。うん。いい参考になったよ、ありがとう、二人とも。この取材結果は、小説にリアリティをもたらしてくれるはずさ」
「……お、おのれらああ……ッ」
リエルの顔が赤面していく。そして、ついに少女は耐えきれなくなったのだろう、この場から全力疾走で逃げていく!!そして、しばらく走った後、振り返る。おお、あのツンデレ、かなり怒ってるぜ。
「……に、人間なんてッ!!人間なんて、焼けて死ねええええええッッ!!」
少女はそう叫んだ後で、指笛を鳴らしていた。
「……なんだ、あれ?」
「森の動物でも呼んだのかな?そうか、獣たちにも見せつけたいんだね、ソルジェと自分が愛し合っている光景を!フフ、童話みたいで、かわいいじゃないか?」
「……いや。絶対ちがうな。ていうか、シャーロン。やべえぞ、死ぬかも?」
「え?……ああ、なるほど。『母親』として、竜に命じられるんだねえ」
空の高みからゼファーがオレとシャーロン目掛けて炎のブレスを放っていた。囂々とうなる炎の渦が、オレとバカ目掛けて降ってくる―――ていうか?
「シャーロン、お前も古代ドワーフ語を?」
「そりゃそうだよ、言語学の修得は、詩人の嗜みさ」
「……それ、リエルには秘密な?」
「いいけど。でも……竜の炎か。僕、繊細だから、生きていられるかな?」
「へへ!……お前、一応、今回の金づるだから、守ってやるよ!!風よッ!!」
オレは魔術で風を呼び、ゼファーの炎を散らしていく!!炎はオレたちの頭上で四散し、地上まで届くことはなかった。
「うつくしい!!まるで、花火みたいだよね!!」
「……竜の炎を浴びせかけられて、そんなこと言った勇者はお前だけだろうな」
『あはははは!『どーじぇ』、なかなかやるー!!』
「……本当に、これだけの魔力を漫才に込めるのですから、大した喜劇だと思いますよ」
いつのまにかオレのとなりに戻っていた副官ガンダラはそう語る。
「……否定したいけど、たしかに、オレたち滑稽かもな」
「ソルジェ。愛はいつだって滑稽だと思うよ?」
さわやかさを極めた笑顔で、シャーロン・ドーチェはそう言った。
「あと。『ドージェ』は古代北方ドワーフ語では『お父さん』で。僕の名字の『ドーチェ』は千鳥足って意味だね」
「……そーなの。いらねえ知識が、また一つ増えちまったわ」
ああ、オレ、マジでコイツの依頼を受けるんだよな、今から?……再会して5分もしてないのに、コイツのせいでゼファーに焼き殺されかけたなぁ。そりゃ、皆、コイツのこと敬遠しちゃうよね。悪気ゼロで殺されたら?悪霊になって祟るのも恥ずかしい。
「……ガンダラ、お前は来てくれるんだよな?」
「ええ。一応、貴方の副官ですから」
「ありがとう!ほんと、頼りになるわぁ……ッ」
「あと。ミアも行くでしょうね」
「ほんとか?……ありがたいけど、腕力ねえし、荷物運びには向かないぞ?」
「偵察と暗殺はコルテス老の仕込みです。彼女は万能ですよ」
「知ってるさ。オレも色々と教えたし」
「仲間ですが、貴方の『妹分』でもある。たまには一緒に行動してあげて下さい」
「ケットシーはそんなこと気にしないんじゃねえのかな?……まあ、いいか。おおおおおおおおおおおいいいッ!!ミアぁああああああああ!!仕事についてくるかああああ!!」
オレはゼファーの背に乗っている猫耳娘に叫んでいた。
ミアは、ゼファーの背から、ぴょんと飛び降りてくる!?ゼファーも突然の出来事に口を開けてポカンとしていた。
「団長ぉおおおおおおお、うっけとめてええええええええ!!」
「うおおおおおおおおおおおッ!?とびきりアホな子めええええええええッ!?」
ニコニコしながら両腕両脚を広げて空から落ちてくる少女のことを、オレは突き出した腕で受け止めるッッ!!
ずどおおおおおおおおんんっっ!!
四十キロぐらいの超軽量級とはいえ、なかなかの衝撃だ。でも、相変わらずいい動きするなあ、ミア・マルーめ。オレの腕に落ちた瞬間、体を回してオレに抱きついて体重を浴びせてきた。彼女はほとんど痛くなかっただろう。オレの脚に、体重を渡したんだから。
「にゃははは!さっすが、ソルジェお兄ちゃんだああああ!!」
ミアは大爆笑だ。黒髪のあいだから生えている猫耳が特徴の獣人、ケットシー族の娘だ。まだ13才だが、暗殺や偵察の腕は超一流の猟兵さ。
「オレがいたからいいんだけど、いないときは、こんなことしちゃダメだぞ?」
「うん。了解、了解。ありがと、受け止めてくれてー♪」
オレの妹分がほほにキスをしてくる。はは、礼のつもりかな?
「おや。ミア・マルーくん。今日も元気いっぱいだね」
シャーロンがさわやかな微笑みでオレの妹分に挨拶する。
「あ。詩人さんだ。お仕事の準備は終わったの?」
ミアも太陽みたいに明るい笑顔のまま、愛想良くシャーロンなんかに返事してやる。
―――ああ。なるほど、『この人選』の理由が分かったわ。
エロ詩人は、『リアルなガキ』は守備範囲外なんだよね。シャーロンはミアのことを子供としてしてか認識していないし、ミアはシャーロンのセクハラ質問の被害に遭ったこともないから、両者のあいだは友好的なのだ。
「そうだよ。だから、君たちを迎えに来たのさ。ソルジェお兄ちゃんのお手伝い、がんばろうね?」
「うん。がんばるー!お兄ちゃん、頼りにしてね!」
「……ああ。ムチャせん程度に、がんばれよ」
……オレも病んでいるのかな?ミアに、セシルを見ているんだ。オレの死んじまった妹のことをさ。7才のまま死んじまった可愛そうなセシル……よくオレに懐いてくれていたのに。オレは、ミアにその影を見ている
兄妹ゴッコをしているのさ。
いつからか、こんな感じになってしまい。そして、この関係がくれる慰安的な安らぎを、オレはもう放棄できそうにない。この子は、セシルじゃないのにな。
オレは黒髪の妹を大地において、その小さな頭にポンと手を乗せる。コイツ、140センチしかないから手とか置きやすい。なんか、可愛らしくなって撫でてしまう。
「えへへー。褒められてるー」
「ああ。ミアは、お手伝いしてくれるいい子だからな」
「うんうん。ホントの兄妹みたいで睦まじいねえ」
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