第三話 『密輸業者パンジャール』 その1


 ―――ああ、雄壮無敵の竜騎士が、雄々しき咆吼たずさえ世界に帰還した。


 だがしかし、彼らの群れは困窮状態。


 仲間も少なく、物資も乏しい。


 なんといっても金がない、財政は赤字だらけの火の車。



 ―――賢き詩人のシャーロンは、西の小国ルードの噂を聞いた。


 邪悪な皇帝ユアンダートの策により、ルードの民は飢えている!!


 帝国兵らは、国境を封鎖し、その地への貿易の道は閉ざされた。


 シャーロンは歌うのだ、勇敢なる翼よ、女王国を救いたまえ。





「結局のところ、団長。私たちはシャーロンにまた騙されるわけですか?」


 褐色の肌にスキンヘッド、そしてオレよりも筋骨隆々な巨人族……それがガンダラという巨人族を最も端的に表現した言葉だろう。


 知性よりも筋力の強さを誇りに思う、愛すべきバカ。それが巨人族である……という誤った認識が、人間社会などには蔓延しているが、このガンダラという男の知性に触れたなら、それはただの誤解だと気づくさ。


 巨人族ってのは賢くて大人しい種族だ。戦闘用に徴兵されたり奴隷にされているから、悪いイメージが生まれた。


 とにかく、ガンダラという巨人族……彼は『パンジャール猟兵団』の誰よりもマトモな常識人だ。古代エルフ語も理解しているし、手先も器用。どんな男よりも本を読み、オレに古代人が書いた哲学書を薦めてくる。


 そんな彼が、オレたちの置かれている状況を端的な言葉にしてくれた。


 そうだ。オレたちは、『シャーロンにまた騙される』のさ。今からな。


 ……オレだって、シャーロンとは長い付き合いになる。彼はオレに悪意を向けたことは一度もないし、おそらく、そういうことは死ぬまでない。


 乱世においては得がたい、いい友人というヤツだ。だけど、友人としては優れているからといって、ビジネス・パートナーとしてもそうだとは限らない。


「……仕方ないだろ?しばらく大きな戦もなくて、オレたちには金が無いんだ」


「ですが。彼が持ってくる仕事は、いつもおかしなコトになってしまいます」


「……正論だ。正論だぞ、ガンダラ。でも、オレたちにはまとまった金が要る」


 ―――ほんと。久しぶりに団のアジトの一つに帰って来たら驚いたよ。なんでも、今から一週間前に雷が落ちたんだってよ?……そしたらさ、燃えちまったんだってさ。


 黄泉から這い出て来たスケルトンの軍勢を焼き払いながら歌になっていった、オレの爺さん。よく口癖のように『森羅万象、すべては滅びる』と言っていたんだってよ。物質なんて、儚いってことさ。


 消し炭になったアジトを見てると、ホント、その言葉が心のなかに反響していた。


 爺さん、スゲえや。マジだったよ、アンタの言葉。財産とか?国とか?ほんと、あっさりと無くなるもんだ。


 地下室やら天井裏に隠していた、大なり小なりあったはずのオレたちの財産は灰燼に帰した。とんでもない被害総額……ってほどじゃない。元々、豊かじゃなかったからね。


 けれど、オレたち13人と一匹ばかりの小さな傭兵団の家ではあった。それがすっかり消えちまい、集まってミーティングを開く場所すらもない始末だ。


 幸いというか、『野外での生活』をそれほど苦に思わない連中だからな。みーんな、屋外生活してくれているよ!


 ……つっても、このままじゃいけない。ホント、ダメだろ……野人みてえな生活してるんだからな。


 せめて、屋根と壁がある場所で雨風しのぎたーい……最低限の文化的な暮らしを実現したいものじゃないかね。


 うちにいる猟兵ってのはさ、みんな性格や人種がある意味ではややこしい人々だから、どこの傭兵団にも入れるってワケじゃない。


 それがイイコトかはまったくもって分からんが、おかげで、まだ離脱者は出ていないのさ。彼らの多くが亜人種だからかかな?……とにかく助かったよ。


「―――だって、アジトもないんだぜ?……仕事中でも無いのに、お外でテント?……もはや、そこらの傭兵団なら、反乱が起きるレベルだよ」


「私たちは団長が好きですよ。しかも、その強さを知っている。反乱はしない」


「腕力って意味のパワー・ハラスメントかね」


「いえ。貴方の在り方そのものが、皆の忠誠を築いていますよ」


「……そーなの?……ありがとよ。でも、そういう好意に甘えちゃいられない。オレは、もっとこの団を大きくして強くしたいからな!」


「……皇帝ユアンダートを打倒するためにですかな」


「オレは夢想家に見えるか?」


「いいや。そんな綺麗な言葉じゃ釣り合いませんよ」


 ……んー?悪口言われてるのかな?でも、ガンダラは笑顔だ。


 うん、コイツからすれば褒め言葉だったのだろうか?……会話のセンスがオレよりマシだからかな。ときどきその言い回しを理解出来ねえときがあるんだよ。まあ、コイツが善人なのは、よく知っているけどね。


「オレは出来るヤツだってことか」


「ええ。そう信じています。機会にさえ恵まれれば、貴方ならば、どんなことでも成し遂げられる。翼も、戻りましたしね」


 ガンダラは空高く飛んでいるゼファーを見上げながら、ニヤリと笑う。


「あれがまだ子供なのですね。ふむ。大人になれば、どれほど強いか……ッ」


「ああ。ゼファーは『耐久卵』の仔だからな。竜が種族の危機に備えて産んだ仔さ」


「『耐久卵』。つまり、何十年も卵のまま眠っていた?」


「正確には分からんよ。もしかしたら、百年近くかもしれないな。種族の数が壊滅的に少なくならなければ、まだ産まれることもなく眠っていただろう」


「ほう。卵のなかにいても、群れの個体数の減少に反応すると?」


「ああ。卵の表面に刻まれた紋章で、それを感知しているようだな」


「なるほど、興味深い……種族の絶滅を防ぐための、『切り札』ってわけですね?つまり、数が少なくなりすぎたときにのみ産まれて、群れの維持に貢献する個体」


「そうゆうことさ」


「なんとも合理的な種族ですな。ですが……」


「どうした?」


「……どんな風に『異質』なのですかな?群れの維持をするとは、『特殊な個体』という意味でしょうか?それとも、ただ個体数を維持するためだけの『補欠要員』?」


 ……知的レベルの高いヒトは、好奇心が旺盛だコト。リエルなんて『耐久卵』の説明してたら、すぐに興味失って寝やがったんだぞ?


 『うん、わかった』。女が、男のロマンあふれている趣味のハナシを一刀両断で終わらせるときのフレーズを聞いたよ。


 まあ、いいや。男のロマンはエルフ娘より巨人のオッサンに伝わるさ!竜にまつわる知識をヒトに語るなんてコト、なかなか無いしね。聞かせてやるぜ!!


「いいか?ゼファーは『補欠要員』なんかじゃないさ。『特別な存在』だよ」


「やはり。団長が楽しそうだからそうだとは思っていましたが、で?具体的には?」


「おおよその見当がついてるんだろう。『耐久卵』の仔は、例外なく『強い』のさ」


「なるほど。群れの数を減らす『外敵』を、排除するための『守護者』だと?」


「そうとも言える。でも、本質的には……」


「―――『破壊者』」


 インテリめ。やっぱり予想してやがったか。まあ、種族の危機を救うためだけの存在が、平和的な生物なわけがない。


「そうだ。『耐久卵』の仔は、『強さ』と『狂暴さ』を併せ持つ。そもそも、竜の群れを滅ぼすような存在ってのは、竜だけだからな」


「わかりました。『同族』すらも殺す存在なのですね?」


「ああ。闘争意欲の高さから、同族殺しさえも厭わない。むしろ、嬉々として竜とも殺し合うだろうよ、ゼファーは本質として『竜喰い』なんだ」


「……『竜喰い/ドラゴン・イーター』……それゆえに、普段は存在しない。いや、してはいけない。普段から存在していれば……むしろ、群れを滅ぼすかもしれないから」


「そういうことだよ。毒を以て毒を制すの発想なのさ」


「……理屈は理解しました。しかし。団長やリエルと戯れる彼は、そうは見えない―――我々にも、敵意を向けるような気配はないですが……?」


 インテリさんに質問のチャンスだ。


「どーしてだと思う?」


「……そうですね。団長を『父親』、リエルを『母親』と呼んでいますし―――」


「お、おい、おま、お前、竜語を知っているのかよ!?」


「いえ。語感が最近学んだ古代の北方ドワーフ族の言語に似ているので、ただの推理ですが?外れていませんでしたよね」


「お、おう。あの……リエルには秘密な!?オレ、なんか怒られちゃいそうだから」


「ええ。かまいませんよ」


 ニヤリ。知性ある巨人は静かに微笑む。うわー、なんか弱点また一つ握られたわ。落ち込むオレを見つめながら、ガンダラはさっきの問いの答えをつづけた。


「―――少し屈辱的なのですが……ゼファーは、私たちに『敵』と感じるほどの強さを認められないのでしょうね」


 巨人族でも屈指の運動能力を誇るガンダラは、目を細めながら空で遊ぶ竜を見つめる。頭のなかで、ゼファーと戦っているのさ。ガンダラは間違いなく地上屈指の勇者の一人だが、飛竜と一対一で戦うなんてことは、さすがにムチャだ。


「……思いつきませんね、単独で勝つための方法が。団長はスゴいですね、アレに剣と魔術だけで勝ったというのですか」


「オレは竜騎士。竜について誰よりも詳しいからね。そうじゃなければ、さすがに殺されちまって、肉塊だっただろうなあッ!!強いんだぜ、ゼファーってば!!」


「フフフ。不吉なことを心の底から楽しそうな顔で言う」


「……まあ、竜騎士ってのは、竜には甘いんだよ」


 そうだよ。殺されたって、別に恨みはしなかったな。むしろ、喜んだ。強い仔が産まれて良かったなあって。それだけしか思わないだろうね。


「だが……アイツがこの団のメンバーを『弱い』と思ってくれているのも、今のうちだけだろう」


「我々が、ゼファーに嫌われるのですか?」


「いや。そうはさせない。あいつには、ここの仲間を『群れ』と教え込むよ」


「それは良かった。彼の『敵』になりたくはないですからね」


「ああ。でも、ヒトの戦場を知れば、アイツの思考も変わるだろう。ガンダラとリエルと……あと、話題のシャーロン・ドーチェくん。この三人で戦えば、ゼファーにも勝てるだろ?シャーロンは、死ぬかもだけど」


 ―――リエルの雷神の矢で落とし、シャーロンの毒と姑息な爆薬。あと強化魔術を帯びたガンダラの槍ならば、ゼファーに有効なダメージを与えるだろう。


 リエルの速度ならゼファーの攻撃を何回かは避けられるだろうし、ガンダラなら一度か二度は炎のブレスに耐えるに違いない。シャーロンは、ただの人間だから、死ぬな……弱くもないが、あいつは、とても強いってほどじゃないもん。


「ええ。そういうプランなら、考えつきましたよ」


「でも、ゼファーはまだ考えられない。そこが幼さだな。だから……まあ、ちょうどいい仕事だなあって思ってもいるんだよ」


「シャーロンの依頼がですか?」


「ああ。弓の名手や投げ槍の名手と戦わせる前に、翼を慣らすのにはいい仕事かなと思ってるんだ」


「……なるほど。団長にも考えがあってのことならば、私は文句を言いません。私は」


「……他のメンバーは参加してくれねえかな?」


「アジトの修復と、団長が略奪してきた物品の整備と販売……ああ、使えそうに無い鎧は溶かして、インゴットにして売りましょう。不参加のメンバーは、その作業をさせていればいいのでは?」


 さすがはオレの軍師殿。オレが考えるよりずっとマシな計画を即座に立ててくれるから頼りになるよ。でも、ガンダラのハナシを聞いていて頭に浮かんだ疑問があった。



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