第二話 『我が名は、ゼファー』 その6

「おい。そろそろ起きろ」


 オレはオレのことを衛兵に通報したと考えられる若者に、蹴りを入れる。彼は、死んだふりをしていたが、オレには効かない。この魔眼のせいで、恐怖や怒りや敵意さえ『色』として見えるから。


 面倒だから普段はミスリル製の眼帯して能力を封じているけど、今は魔力を全開さ。こいつは敵の尋問なんかには特別に役が立つんだよ。彼の心の色は『青』。そう、真っ青に怯えている。かわいそうにな。


「……お、オレを、ど、どうするつもりだ……?」


「どうして欲しい?」


「た、たのむ、こ、ころさないで!?」


「お前は、オレを二度も殺そうとしたのにか」


「……そ、それは……ッ」


 若者は口ごもってしまう。


 まあ、大男の竜騎士に睨まれ、エルフの弓姫に弓矢で狙われているわけだからな。愉快なおしゃべりを楽しみましょうってことにはならないか。


「……訊きたいことがある。ドワーフの爺さんはどうなった?」


「……爺さんは、帝国の連中にしゃべってた!!アンタたちのこと、かんたんに、ぺらぺらとしゃべっていました!!」


「お前も帝国の兵士だ」


 うちの『マージェ』が冷たく指摘する。うう、怖え。この子が敵じゃなくて良かった。翡翠色の瞳が殺意の温度を知らせてくれる。真冬のガルーナの吹雪よりは冷たいのさ。


「そ、それは……で、でも、爺さんは、ホントだ!!あいつ、アンタらのことを売っちまったよ!!ドワーフなのに、反乱分子のアンタらのことを、くわしく、教えたんだ!!」


「彼にはそう言えと言っているから問題はない。それで、彼は、どうなった?」


「……ちょっと殴られてたけど、そんなにヒドくは、されてない」


「彼の指は無事か?」


「……職人の指だ。壊したりは、されなかったよ」


「そうか。いい知らせをありがとう」


 ―――もう君に用はない。そういう言葉で脅すのもありだが……今回は止めておこう。それを言わなくても、怒っているお嬢さんが代わりになんか言うだろうな。


「……団長。この男を許すつもりか?」


 ほらね。


「いいや。考え中だ」


「た、たのみます!お、おれ、しかたなかったんすよ!?アンタらのこと、そりゃ通報しましたけど、まさか……兵士にされちまうなんて!?」


「あら。おかしいわね。あなたの装備は、新兵のくせにいいものよ?……褒美にもらったわね、優遇されていた証拠。あなたは志願兵ね」


「……ッ!?」


「戦場のプロを舐めないことだ。君はオレたちに、よく嘘をつく。正直者になる『呪い』をかけてやろう」


「え、な、なんだよ……それ?……うぐッ!?」


 オレは彼のノドをつかみ、呪文をとなえる。


「……静かに、ちょっとだけ熱いぞ。がまんだ」


「……ひいっ!?」


 彼のノドを魔術の炎で少しだけ炙っていた。そこそこ痛かっただろうが、死ぬことは無いだろう。一生、火傷の痕は残るだろうがね。


「これで、正直者になった。君は嘘をつくと、ノドが燃えるようになったんだよ」


「そ、そんな、ばかな」


「じゃあ。試してみろよ?僕は、あなたより強い男です。さあ、言ってみろ。実験だ」


 若者は左右に首をブンブン振った。涙と鼻水でも拒絶を表現している。うん情けないヤツだ。昔のオレなら殺しているが、今のオレはちょっと違う考えを持つ。


「―――じつは、オレ、君たちと酒場で殴り合ったときのこと、思い出したのさ」


「……え?」


「……団長」


「なんで、オレがお前らみたいな雑魚を相手にしたのかってこと……思い出したよ」


 若者は顔面蒼白だ。うん、いい子だ。たっぷりと怖がれ。


「……お前ら、うちのエルフのお姫さまに言い寄ってたな」


「……そ、それは、その……っ」


「彼女はとても美しいが、君らのような下らない男に惚れたりはしない。彼女に冷たく無視された君らは、彼女に暴言を吐いた」


「……あ、あれは、その……ッ」


「どうした?得意の嘘はつかないのか」


 リエルの言葉責めが若者を追い込む。おお、ナイスタイミング。サド気のあるヤツは天性の尋問上手だ。


「さて……たしか君らは、彼女の部族を侮辱したな。先の戦で、エルフの娘たちを奴隷にして犯しまくったって?お前らなんて性奴隷に過ぎない?……勇ましいね」


 そうだ。それ聞いてて、オレはなんか腹が立って来たから、コイツらブン殴った。


「……あれは……その……ッ」


「さて。オレには君が戦の素人で、君なんかがエルフとの戦いの場に赴いたというのは嘘だってことは十分に理解出来ている」


「そ、そうです。オレ、そんなことはしてないですう!!」


「でも。君は状況に流されやすい男だ。もしも、君がそのとき戦場にいたら?捕虜の女エルフの陵辱に参加しただろうな」


 長い沈黙のあとで、若者は応えた。


「…………は、はい……」


「よろしい。嘘をつかなかったな。評価してやるよ。次の問いに対して、オレを満足させる答えを口に出来たら、命は助けてやる」


「……な、なんでしょうか、旦那?」


「二度と帝国軍に参加したりしないか」


 簡単すぎる問題だな。若者もそう思ったのだろう。うんうんと頷く。


「はい!もう、帝国軍なんかに参加したりしません!!」


「そうか。なら、オレたちがその願いを叶えてやる。リエル。やれ」


「了解だ」


 そして、刑は執行されたよ。


「ぎゃあああああああああああああああああっ!?な、なんでええ!?」


 若者の右手首をリエルの矢が貫いていた。オレは笑う。


「ハハハハハハッ!いやいや、これで終わりだよ。この重傷だからね、もう君は剣も槍もロクに扱えないじゃないか?徴兵にもかからんぞ!……うれしいか?」


「……わ、わかんない……です……っ」


「だろうなあ。正直者になってくれて、うれしいよ。さて、これで君は家に帰れる。お母さんは元気かな?」


「は、はい……ど、どうにか」


「そうか。親孝行しろよ」


「は、はい……っ」


「あと。これもオレとの約束だ」


「な、なんでしょうか……っ」


「エルフの娘をバカにする連中と遭遇したら、君の身に起きた事件を話してやれ。エルフの娘をバカにすると……酷い目に遭うぞって、その右手の傷を見せてやるんだぞ」


「……は、はひ……かならず、そうします……ッ」





「―――帰して良かったの?」


「文句があるなら、追いかけていって殺せばいいじゃないか?オレは別に止めないぞ」


「……団長の決断に、逆らうような団員ではないぞ、私は」


「そーか?」


 そんなに素直な女の子だっけ?……オレの認識とちょっと違う気もするな。リエルはもっと暴れ馬な気がするんだがな。


「……でも。臆病者には、悪くない罰かもしれないわ」


 森を吹き抜けていく風を見つめながら、エルフの少女は語る。なんだか、おだやかな気持ちになれる。


「だろ?彼がエルフの少女たちの地位向上に役立つ存在になるかもしれないぞ」


「ばかだな。そんなに上手くは行かないだろう」


「……ああ。でも、地道な一歩だ。少なくとも、アレは二度とオレたちの敵にはならない」


「味方にもならないわ」


「敵にならないだけマシさ」


「……そうね。でも、私の純潔を奪おうとしていた貴方が、あんなこと言うなんて?」


 ……うん。ツッコミ入るかなって、思ってたよ。なんか勢いで抱こうとしてたもん。


「悪かったな。その、あのときは、なんか……ケダモノでした」


「ええ。反省しているのね?」


「しているよ。もっと、ムードを高めての方が良かったってことだろ?屋外で処女喪失とかムードゼロだよな、動物じゃん?」


「……そ、そういうことじゃなく」


「え?ムードなくていい派?」


「……ちがうから。そ、それはいるけど、そうじゃなくて……」


「くくく。さて、そろそろ約束を叶えておこう。リエルちゃんの機嫌を取るために」


「私の機嫌を取る?」


 オレは指笛を鳴らす。ピイイイイイイイイイイイッ!という音が響く。谷の奥から、オレの『魔笛』を聞いたゼファーが、その大きな翼を羽ばたかせながら、オレたちの側にやって来る。


 力強い風をオレたちに浴びせながら、竜は大地に着地していた。


「ゼファー!ケガは大丈夫なのね!」


『うん。『まーじぇ』の、おくすりのおかげ』


「それと、オレの魔力を吸っているからだぞ?」


『うん。『どーじぇ』のおかげでもある』


「もう。竜騎士さまは恩着せがましいわね」


「うるせーよ。さて、お姫さま」


「え?……ちょ、ちょっと!?」


 オレはリエルのことをお姫さま抱っこに抱きかかえる。彼女は暴れるが、オレはお構いなしだ。頬肉をひねられるが、野蛮人は止まらんよ。


 ゼファーに合図する。ゼファーは首と翼を下げて、オレたちに背中をあずける。そして、オレはその鞍もつけていない背に飛び乗った。


「ま、まさか!?約束って!?」


「おお。空を飛ぼうぜ!!竜がどんなものなのかを、見せてやるって!!」


「う、うん。でも、この抱え方は、その……」


「大丈夫だ。離さないぜ、絶対に」


『おちたら、ひろうし!』


「あなたたち……さっそく、似てきてるのね。ま、まあ、いいわ。落としたら、承知しないからね」


「おうよ。君をオレが落とすわけはない。さて、飛ぶぜ、ゼファー!!」


『うん!!そらを、おしえてあげるね、『まーじぇ』ッ!!』


「ちょ、ちょっと、最初はゆっくりと飛びなさいッ!?」


 いや。落ちないように抱いててやるから大丈夫さ……。


 楽しめよ。最高の瞬間さ、空に融けるってのは!


 竜が飛ぶ!青く晴れた空へと昇っていく。リエルはビビっていた。その体を岩のように硬くして、オレに抱きついてくる。でも、大丈夫だ。オレたちは君を落とさない。


「リエル。空を見てみろ」


「……高い。怖い……っ。で、でも」


「どーだ?馬よりいいだろ?」


「……う、うん!ゼファー、スゴいわ!!貴方の背中!!」


「これが空だ!!」


 そこは青に埋め尽くされる世界!!風と無がある、どこまでも自由な場所さ!!ああ、初めて空を飛んだときのことを思い出すぜ。親父に抱かれて、オレも空を知った。最初は地上を見ていた。オレの家がどんどん小さくなっていくのが、面白かったから。


 でも、天に昇ると、遠くを見た。


 世界の果てまで見渡せる。


 その事実を知り、オレは、笑顔になったのさ!!


 竜がいれば、翼があれば、竜騎士は、空をも手に入れられるんだ!!


 ……オレも、9年ぶりの帰還だぜ!!


 最高だ!!空の青に融ける感覚!!ああ、これを求めていたぞ。アーレスを喪ってから、ずっと、ここに戻ることを望んでいたッ!!


 オレは風を浴びながら、天空を見上げる。そして、太陽へと叫ぶのだ!!


「帰って来たあああああああああああああッッ!!オレは、また、空に!!帰って来たぞおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「……団長。おめでとう」


「……おうよ。おら、ゼファー!!歌えええええええええええええッッ!!」


『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』


 竜の歌を浴びながら、その魂を揺さぶる振動に、空といっしょに融けながら!!オレは笑うんだ!!ああ、最高の瞬間だ!!オレは、ストラウスの竜騎士に戻ったぞ!!





 ―――竜の歌は空に響き、竜騎士の帰還を称えん。


 どこまでも遠くに響いたその歌声は、夜空の英雄たちにも届いたか。


 新たなる翼の名は、ゼファー。


 邪神のノドに食らい付いた凶竜、アーレスの孫。




 ―――いまだ伝説なき無垢な翼は、主と出会った。


 故国と一族を奪われた復讐の剣鬼。


 剣鬼は翼を真の意味で黒く染めていく。


 どの竜よりも高く飛べる翼に鍛えるために。




 ―――そして、翼は理解した。


 ヒトを背に乗せて飛ぶ、その喜びを。


 空の覇者は孤独であり、ともに飛べる魂を求めている。


 いつか、主とともに歌になる、それはゼファーの幸せだ。




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