第二話 『我が名は、ゼファー』 その4

「……ん、が?」


 オレは間抜けなシャーロンがバカにされる夢を見ていたようだ。口元はにやけて、よだれが垂れ気味。まずいな。ヤツに見られたら、変な詩を書かれちまいそう……。


「起きたか」


 リエルの声が聞こえた。彼女は、スープを煮込んでいる?……あれ?変だな、コイツ、料理はそこそこ上手なはずなのに、今日のスープのにおい。食欲が萎えるんだけど……っ。


「……どうした、変な顔をして?お前たちのために森で集めた薬草をブレンドしているところだぞ」


「ああ。血止めのヨモギに、感染症予防のモロカの根か……」


 どれも、オレの舌が苦手なものばかりだ。


 ん。そういや、オレの体からも薬草のにおいがするな……?


 おお。鎧、脱がされてるぜ……っていうか、上半身裸で包帯巻かれている。なるほど、いい部下だ。オレの傷口にあの激苦の手作り薬塗ってくれていたのかよ。


 ……あれ?


 もったいなくね?


 ……あの子の手で、オレ、体中に薬塗ってもらってたんだよな。


 ……おい、オレ、しっかりしてくれよ!!……そんなエロいことされているのに、寝てるとか!?


 男として失格すぎる!!


「オレのバカあッッ!!」


「ついに、己を顧みることに成功したのだな」


 へへへ、エルフさんは今日も毒舌だぜ。


 ああ。でも、ほんと、ウルトラ損した気持ちなんすけど。リエルの指にやさしく治療される思い出があると無いとじゃ、女にモテないオレの人生の終わりにおいて、走馬灯の出来が違う。


 可能なら、一瞬ぐらい綺麗な愛情物語っぽいものに触れてみたいじゃないか。


 でも。リエルの治療に対しての献身は、可愛いの範疇を超えていた。目の前に苦そうな香りが近づいてくる。目玉の白い部分が、痛がっている。刺激が強そうだなあ。


「ほら。コップに注いでやったぞ。ドロドロに煮込んで、薬草たちが溶け合ってる。効能が良い部分だ」


「うわー。緑色でドロドロしてるぜー……ッ」


 舌を使わないのに味が分かる。苦くてざらついてるに決まっているよ。これを飲んでしまうと、喉の奥までざらつく苦味がしばらくのあいだ残留しながら、オレの味覚を痛め付けることになるんだ……。


「一気に飲め。体力を回復させれば、治りも早まる」


 ぐいっと。少女はその薬品汁を、オレの目の前に出してくる。寝起きでコレはキツい。ていうか、寝起きじゃなくてもダメだよ。ガルーナの野蛮人は、肉食動物だもん。


 草を煮込んだ汁なんめ、口にしたくなーい。


「……いいよ。手当してもらっただけで、十分だぜ」


「いや。せっかく作ってやったのだぞ。この私がだぞ。遠慮せずに、飲め。もはや、義務だ」


 うおお。圧倒的な善意がプレッシャーだよ。苦手なんだよね、こういうヘルシーのために味とか度外視したモン。死にかけているとき以外は飲みたくない。


「だいじょうぶ。もう、だいじょうぶ」


「そんなわけあるか?死にかけていたんだぞ?竜の打撃を食らったりしたんだぞ?骨がボキボキ折れていたではないか!」


「いや。竜騎士が人間離れして頑丈なのは、竜と魔力で結ばれているからでもあるんだ。オレとゼファーはもう契約している。共に在るだけで傷の回復は早まるんだよ」


「む。そうなの?……森とエルフのような関係だな」


「そうそう。だから、大丈夫」


「……でも。せっかく、作ったんだぞ?」


 リエルが不満げにほほを膨らませる。なんだ、コイツ。リスさんみたいでカワイイ……ダメだ。オレの理性という名のブレーキが壊れて、セクハラ発言をしてしまう!?


「―――飲ませてくれたら、飲む」


「ん?」


「……く、口移しで、飲ませてくれたら、飲む」


 ああ。オレ、ゼファーと契約出来たせいで、舞いあがり過ぎてる。なんてこった、折檻されるの確実なレベルのセクハラじゃないか。


 マジで学ばないのか、オレという男は?……彼女は、ちょっと裸見られただけで、オレにヒトを殺せるレベルの雷を命中させる娘なんだぞ。


「……そうか」


 リエルの言葉に、オレはビクリとしてしまう。す、すみません。出来心だったんです。ちょっと舞いあがってて、冗談が口から出てしまって―――セクハラの慰謝料とか請求しないでくれませんかね。


 ……ほんと、それだけはキツいんだ。うちの経営、楽じゃなくて。


 がしっ。


 リエルの指がオレのアゴをとらえる。うう。何されるんだろ?尖ったタイプの岩で顔面殴られるのか?ああ、でもいいや。慰謝料要求されるぐらいなら、生傷つくった方がマシ―――。


「い、いくぞ」


「え?」


 エルフ少女はオレの目の前で、コップに入った薬液をグイッと飲む。そして、それを口に含んだまま、オレの唇に自分の唇を押し当てていた。


 なんか、下手なキスだったな。勢いよすぎるというか。歯と歯が衝突して痛めるところだったそ、オレがポカンと口を開けてなければ、ガキくさいキスになっていた。


 少女が、ゆっくりとオレに体重をかけるようにしてくる。オレはそれに導かれて、地面に頭を落としていく。仰向けに寝たオレの唇に、死ぬほど苦いあの汁が垂れてくる。


 苦い。はずなのに、全然平気だった。オレ、変態かも?……薬師のお姉さんとかが、毎回、こんなやり方でお薬飲ませてくれるんだったら、毎日でも病院に行きたいッ。


 ……リエルの唾液が混じった薬液を、オレは罪悪感を覚えながらも呑み込んでいた。なにこれ、エロい夢?……ほほをつねるけど、痛い。


 リエルの唇が、オレから離れていく。少女の顔は赤い。赤いけど、オレをじっと見下ろしたまま、訊いてくる。


「……ちゃんと、飲んだか?」


「……ああ。おいしかった」


「お、おいしくは、ないだろ!?」


「いいや。お前の唇が、甘くて、すごく良かった」


「……へ、変態……こ、これは、ただの治療で……って?」


 オレはすくっとその場に起き上がる。体の調子を確かめるように、腕や脚を動かして、腰をひねり背骨を前後に曲げるのだ。


 うむ。快調だ。薬液は効いた。ほんと、効いた。


「何してるの?」


 地面に女の子座りしているエルフは、準備体操しているオレに訊く。


「いや。ちょっとね、体が万全かどうかを確かめていたんだ」


「そうなのか。大丈夫そうだな」


「う、うん。ほんと、万全そうだわ……」


 ―――オレは、間違っていた。


 あの薬草汁は『メッセージ』だったのだ。オレはしゃがみ、その薬草汁が入ったコップを持ち上げると、それをひと思いに一気飲みしてしまう。


「ああ!?う、嘘つき!?ぜんぜん飲めるじゃない!?」


「……ああ。うん。ほんと、ゴメン」


「……あれ?そ、その。それは、いいとして……どうして、近づくの?」


「ん?ああ、だいじょうぶ。だいじょうぶだから」


 女の子座りしているリエルは、彼女の前にしゃがんだオレから、後ずさりしようとしている。でも、だいじょうぶ。オレ、やさしくするし?


「……理解したんだ」


「な、なにをだ!?」


「あの薬草汁の意味を」


「あ、あれは、薬で……」


「そうだよな、忘れてた。そして、思い出したんだ」


「な、なにをだと訊いている!?」


「モロカの根は、『精力剤』だもんな」


「ふぇ?……え、ええ!?ち、ちがうぞ!?そ、そっちの元気はつけなくていい!!わ、私は、ほ、ほんとに、た、ただ、元気になって欲しくて……っ」


「十分に元気だから、だいじょうぶ」


「だ、だから、さっきから、何が大丈夫なのだ?……って、きゃ、きゃあ!?」


 オレはエルフを押し倒していた。


「だ、ダメだから……異種族とは、ダメなの、掟が……っ」


「大丈夫だ。オレに無理やりされたことにすればいい」


「え……?」


 涙目のエルフがオレを見つめてくる。


「オレが無理やりしただけだから、お前は掟を破っていないことになるだろ?……悪いのは、ぜんぶオレだけ」


「そ、そういう問題かしら?」


「ああ。オレは、お前を手に入れるためなら、どんな罰でも受けてやるぞ」


「……そ、そんなコト、真顔で言うな……っ。困るだろ……」


「どうして困る?」


「わ、分からない。分からないけど、でも……そ、その……っ」


 まどろっこしい。やっちまえ。ストラウスの根性、見せてやるぜ。オレはリエルのアゴを押さえて、そのまま彼女の唇を奪う。


 リエル・ハーヴェルは瞳を閉じて、オレの行いに耐えている……いや。拒絶の少なさで、悟れることもあるな。


 しばらくそのままつながっていて、やがて唇を外す。


 息を止めていたリエルは、解放されると、はー、はー、と音を立てながら呼吸をしている。その行動を見ていたオレは、悪戯っぽく笑いながら発言する。


 悪者みたいに。いいさ、こんなときの男なんてみんな悪者の顔をしている。本気で欲しいものがあるなら、ヒトは狂暴さも選べるんだ。


「……さっきのお返しだ」


「……私のは、治療だもん。これ……そうじゃないよ」


「どうだか。すっかりと、素直になってるな。リエルちゃん、暴れないし」


「……暴れても、ソルジェには勝てないもん……っ」


「ホントにイヤなら、抵抗しろよ?……オレ、お前には残虐になれないんだ」


「ど、どーしてだ?人間は、皆、エルフに残酷だろう?」


「どうしてだろうな。オレも自分の感情を知りたいからさ、ここから先をさせてくれるか?」


「……だ、だめだよ」


 口ではそう言っているが、リエルの腕も脚もすっかり力が抜けている。オレを受け入れてしまってもいいという心が、一族の掟とやらより勝っているんだろう。


「ああ。いい子だ、リエル・ハーヴェル。人間とエルフが愛し合うと、どんな感覚なのかを、オレがお前に教えてやるからな」


「あ、愛し合うって……そ、そんな」


 リエルはたしかに怖がっている。でも、それは拒絶に根ざすモノではない。たんに、己にとって未知の行為をされるから不安なだけさ。


 オレはリエルの胸に手を伸ばしていく。リエルは近づいてくるオレの指を見たあとで、ゆっくりと瞳を閉じる……ちいさな声で、ばか、と彼女が呟いたように聞こえた。


『―――んあ?『どーじぇ』、『まーじぇ』。なにしてる?』


 無垢な言葉を浴びてしまったせいで、オレとリエルはお互いから跳び退くように離れていた。そ、そーだ。忘れていた。オレたちのすぐそばには幼竜がいるのだ。こ、子供の前でセックスなんて、しちゃダメだっつーの!?


「な、なんでもないわよ、ゼファー!?」


「そ、そうだ。ただの肉体の鍛錬だって!?な、なあ!?」


「う、うん。そーよ。貴方たちがさっきやっていたのと、同じよ?」


『……そーなの。ぼくも、またしたいなあ……でも、『どーじぇ』は『まーじぇ』より、つよいから、いじめちゃだめ』


「あ、ああ。そーだな」


「いい子ね、ゼファー。でも、名前が間違ってるわよ?『どーじぇ』じゃなくて、ソルジェだし。私は、『まーじぇ』じゃなくて、リエルよ」


「……いや。そいつが言ってるのは、竜語だ」


「竜の言葉?どういう意味?」


「えーと。兄と姉。そういう意味」


「……そう。うん、それならいいわ。私は、『まーじぇ』のリエルよ!」


『うん。りえるは、『まーじぇ』。そるじぇは、『どーじぇ』!』


「そうよ。えらい!」


 巨大な竜とエルフの少女はそんな微笑ましい語らいをしている。ああ、なんか、しれっと嘘をついちまってるな、オレ。


 うん。『ドージェ』ってのは『父親』ってこと。それで、『マージェ』は予想がついてると思うけど『母親』って意味さ。


 なんかリエルを混乱させちまうかもと思って、ソフトな感じにした。否定されてもオレが傷つきそうだったしな。


 しかし、竜にはオレたちが『夫婦』に見えるのか?ヒトとエルフなのに?……ん。まあ、人種なんか今さら関係ないわ。好きなモンは好きだし。それでいいんじゃないかな。


 実際、あのままだと間違いなく、やっちまっていたしな。


 ……ゼファーのヤツに邪魔されたって気持ちもなくはねえんだけど。今は、それでもいいか。なにせ、本当の邪魔モノが迫っている。


「―――オレが気づいたんだ、リエルも気づいているな?」


「……ええ。鳥が歌ってくれているから」


『ぼくもきこえた。にんげんどもが、きてる。がちゃがちゃ、かたいおと』


 ゼファーが大きな頭を持ち上げて、西の方をにらむ。


「……レッスン2だ。まずは『ドージェ』と『マージェ』の戦いを見ろ。オレたちと連携を取れるようになるために、今回はオレたちの戦い方を見ておけ、いいな、ゼファー」


『……つまんないけど、そうする。がんばれ、『まーじぇ』!』


「ええ。『まーじぇ』の強さ、見せたげるわ」


 ―――なんか、今さら、それ『母親』って意味だよ!……って、言いにくいな。リエルちゃんてば、ムチャクチャ『マージェ』あつかい気に入ってるみたいだし。


 まあ、いいか。この甘ったるい家族ごっこは、血縁者を失ったオレの孤独を癒してくれる。家族が欲しい。その衝動が、ゼファーを通じて叶えられている。性欲以上の幸せを、オレは感じていられているんだよ。


 竜が、オレの人生に戻ってきてくれた。リエルとも絆を深められた。十分さ。


 さあて、ガルーナの竜騎士らしいことをしようじゃないか。


 オレは素早く鎧に身を包む。あちこち曲がっているな。クソ、残念だ。これで性能が下がる。まあ、ゼファーに殺されなかったのは、この鎧のおかげだから、文句は言えねえな。


 ゼファーの『マージェ』も装備を身につけ終わる。弓矢にショートソード。複数のナイフを脚に巻いて、弓姫は気迫のこもった目に戻った。


 オレを受け入れようとして従順さを見せたときの目も好きだが、戦いのときに見せるその目も好きだぜ、リエル。


「さーて、リエル。残酷なことを始めちゃおうぜ」


「了解だ、団長」


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