第二話 『我が名は、ゼファー』 その3

「……驚いたというか、呆れたというか。本当に、竜に勝ってしまったのね」


 すっかり死にかけているオレとゼファーの前に、弓姫リエルはやって来る。


 ゼファーは賢い。オレのにおいをわずかにその身に宿す彼女のことを、家族と認めている。ぐるる。と静かにノドを鳴らして挨拶していたよ。


「まあ。なんだか、かわいらしいわ」


「女が好きなんだろ」


「飼い主にそっくりなんだ」


「そりゃどーも」


「……撫でてもいい?」


『……うん』


 竜の言葉は、思いのほかに幼いものであったのだろう、リエルは驚いた。


「しゃべるの!?」


「そりゃ、竜だから、しゃべるに決まっているじゃないか」


「知らないわよ、竜の生態なんて!!……そ、そうか。特別なモンスターなのね。でも、ほんと不思議な体験だわ……」


 リエルもまた警戒心を解いていた。彼女はゼファーに近づき、そのしなやで繊細な指をそろえて、傷だらけになった竜の肌を撫でてやった。


 まったく。勇敢な娘だぜ。竜に触るなんて、ちょっと出来やしない。気に入った。ストラウスのヨメにはいつでもなれるな。あの長くて細い脚が生えてる小さな腰。いいね、愛し合いたくなるわー……。


「……おい、団長。ヒトの腰を好色な目でジロジロと見るな」


「そ、そりゃ、すまない……」


「まったくもう。感心していたら、すぐにコレだもの?」


「戦いの後ってのは、そーなるんだよ。殺し終わったら、生殖本能が疼くものさ」


「動物ね」


 軽蔑の眼差しを少女はオレに向ける。


 こういうのって、女子には理解してもらえない衝動なのかね。


 血や傷を見て興奮する女傭兵も多いけど、リエルはそうじゃないのかも。参考にしよう。


「でも、ソルジェ団長も人が悪い」


「え?人間は、君からすれば全てが悪人じゃなかったっけ?」


「そういう意味ではない。最後の魔を帯びた剣舞のことだ」


「ああ。『竜の焔演』のことか。スゲーだろ!」


「……うん。認める。口惜しいけど、遠くから見ていてのに、幻惑されてしまう。動きが読めないぐらい複雑で、読めたとしても速くて対応出来ない。そして、手数も多くて、威力もスゴい」


「惚れた?」


「……そういうトコロがマイナスね」


 口は災いの元ってか?オレ、たまに言われるね。無口な方がモテそうって?……ガルフ・コルテスの教えのせいだわ。でも、無口だった頃のオレは、死神って言われていたよ。


 その頃よりは、今の方が愛するに足る生き物になっているんじゃないかな。


「いい技だわ。三系統の魔術を同時に展開しながら、剣舞を踊るなんて、スゴい。これが竜に勝てると考えていた根拠なのね……それなら、初めから教えておいて欲しかったわ」


 あはは。コイツ、オレのこと本気で心配してくれてたんだな。なんか、ちょっと……ていうか、かなり照れるぜ。オレの死は、彼女の心に悲しみの雨を降らすことぐらい出来るのかもな。


「―――でも。それだけの奥義なのに、全く無名なのね?……シャーロンあたりが宣伝に利用したがりそうなものだけど」


「ハハハ!うちの『広報部長』の詩人さまだって、知りゃしねえよ。『竜の焔演』は、さっき初めて出来たんだからよ」


「……え?」


「……ストラウスの奥義だぜ?オレみたいな若輩が、おいそれと使えるかよ……まあ、長年の修行で、そろそろ使えるとは踏んでいたが、マジで使えるとはな」


「……なによ。偶然なの?」


「いいや。血が覚えた。これからは、何度でも使える―――ゼファー。お前のおかげだぞう。お前が、想像以上に強くて、オレを死に追い込んでくれたから、開眼出来た!」


 オレはゼファーにじゃれつく。撫で回すのさ。


『……ぼく、つよい……っ!そるじぇも、つよい!!』


「おう。もっと強くなれるぜ、これからな!!」


「……あきれるわ。竜騎士って、本当に竜が好きなのね」


「ああ。きっと、お前も好きになるよ、ゼファーはいい子だろ?」


「……ええ。貴方を殺さなかったしね」


 ツンデレ弓姫が、笑ってくれた。


 おお。やっぱり、カワイイは強い。これだけの美少女に微笑まれると、無条件で心が温かくなるぜ。ああ、ほんと……体が動くのなら、襲いかかっていたのに。


 ゼファーに人間の邪悪な欲望についても、教えてやれたのになあ……。


 でも。今は、ダメだ。性欲よりも、体力がやべえ……死にそーだぁ。


「……なあ。ほんと、久しぶりなんだけど、団長として命令していいか?」


「……なに?」


「しばらく、オレとゼファーを守っててくれないかな……ちょっと寝ないと、二人とも死にかけちまっているし」


「……うん。了解よ。敵が来たら、足止めしておいてあげる」


「……ありがとう。助かるよ、リエル……ああ、オレの愛しい弓姫ちゃん……」


「え」


 リエルの顔が赤くなるのを見た気がする。


 怒らせたかね、ガキ扱いしちゃったから。


 はあ、オレの悪い癖だなあ……まぶたを閉じると、オレはすぐに睡魔に襲われる。




 ―――間抜けな詩人シャーロンは、いつも伝説が生まれるときにいないのだ。


 才能がないわけじゃないはずで、ただヒトより不運に恵まれやすい。


 幸運に嫉妬されているのだと、彼は誤魔化すが。


 猟兵どもは、それはヤツの強がりだと噂して、評判狂わす歌を歌う。


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