第二話 『我が名は、ゼファー』 その2


 崖の上から、竜の黒い影が現れる。跳躍と羽ばたきの連動!!幼い竜とは思えないほどに、巧みだ!!なるほど、アーレス!!お前の血は健在だッ!!


『GHHHAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッ!!』


 いいね!!いきなりのドラゴン・ブレスだッ!!



 視界の全てを竜の炎の赤に塗りつぶされる。渦巻く灼熱が放つ光に網膜が焼かれるほどに熱いというのに、見るしかなくなる!!ああ、いいぜ、この容赦のなさ!!さすがは、竜!!


 いきなり、ぶっ殺されちまいそうだぜッ!!


「ハハハハハハハハハハハハッ!!『魔王の風よ、焔を穿て』ッ!!『エアフォルク・スピアー』あああああああああッッ!!」


 逆巻く竜の焔の嵐へ、オレは風神の魔槍を撃ち放つ。魔術には相性があるのだ。雷は炎に幻惑され、炎は風に踊らされ、風は雷に切り裂かれる。なんていう法則だな!!


 だが。そんなものは、あくまでも人間同士の力量のハナシではある。


 人間ごときの魔力ならともかく、竜なんていう神々すらも焼き殺すような怪物の魔力によって産み出された火炎を、風の魔術で封じるなんてことは、ほぼ不可能。何人もの上級魔術師がいても、竜の魔力なんてものは読み切れんだろうからな。


 だが。ストラウスの竜騎士は別だ。五百年、オレたちはこの炎と共に在った!!


 その血を受け継ぐオレならば、竜の炎の渦の巻き方さえも見破れる。ゆえに、たかがヒトの魔力で撃った魔術ごときでも、竜の炎を制することが出来るのだ!!


 嵐の魔槍に突き破られ、竜の炎がかち割れる。オレの左右へそれらは注ぎ、岩を焼いて焦がしていく。そして―――嵐の魔槍は無数のかまいたちへと変化し、真空の刃の五月雨となって、『ゼファー』の翼を切り裂いていく!!


『がふうううううううううッ!?』


 攻撃をまともに破られたことなど無かったのだろう。当たり前だ。


 風の魔術に制されて、『ゼファー』の翼は空から滑り落ちてしまう。そうなるように、オレが魔術で風を操ったからな!!翼の下にあった風を、かき消してやったのさ!!


 竜が谷間の岩壁に落下する。相当なダメージのはずだが、『ゼファー』はグルルと唸りながら、素早く身を翻す。


 そうでなくてはな!!もう、こちらは走り出しているぞ。剣を抜いて、お前目掛けて飛びかかっている!!


 反応して見せろ!!『ゼファー』!!オレが、この一撃で、仕留めてしまっては、あっけなさすぎる!!失望させるなッ!!


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンッッッ!!


 竜太刀の斬撃と、ゼファーの『魔爪』が激しくぶつかった!!こちらの斬撃に、合わせて来やがったぞ!!しかも、コイツ、魔力を爪にまとわせていた!!


 オレの技の威力を予想して、稚拙ながらも魔力を操り、爪を強化したのだ!!


「うれしいぞ、ゼファーッ!!オレを、受け止めやがって、このヤロー!!」


『ぎゃるううううううううううううううううッッ!!』


 竜が踊り、オレを空中に押し上げた。ククク!いい体さばき!!アーレスに似ている。こういうパターンで、反応の素早い竜が取る行動は一つだ!!


 ヒュウウウウウウウウウウウンンッ!!


 風を切り裂き、空気を破壊する音を感じる。ゼファーはオレの予想をやや超えたスピードで、尻尾の一撃をオレに叩き込んで来やがった!!


「ぐふうううううううッッ!!」


 馬車にでも轢かれたかのような打撃が、胴体に響く。体が歪むぜ。だから、あえて空気を吐く。そうじゃないと、肺の中で逃げ場を失った空気で、内側から壊れちまうからなあ……ッ。


 オレの体は蹴られたボールのように軽薄に吹っ飛んで、岩が剥き出しの斜面に叩きつけられる。


 空中で何度も回転したし、地面の上も転がっていた。そうだよ、あえてだよ。回転することで威力を分散させることに成功していた、そのおかげで即死じゃない。でも、ゴホリと口から血が吹き上がる。ハハハ!あばらが大骨折さ!!


「……へへへ。いいぜ。オレじゃなきゃ、肺が破裂して、死んでるっての!!……最高だぜ、お前、最高だぞ、『ゼファー』よ!!フハハハハハハハッ!!」


 大爆笑だ。大爆笑しながら、血を吐きまくり、それでも魔力を練る。


『ぐうううううう!?』


 ゼファーはオレが死んでいないことに驚いている。しかし、次の瞬間には、オレを目掛けて走り始めた。いいねえ、牙で殺す気か。いいぞ、その殺意は素晴らしい!!お前は幼いが、ストラウスのように勇敢だ!!


 未知の強敵に対して、怯むことはない!!


 ゆえに、オレもまた、容赦はせんぞッ!!


「雷帝よッ!!大地を鉄槌で打ち砕き、その威を示せッ!!『トール・ハンマー』ああああああああああああッッ!!」


 初めに雷光。そして、衝撃と大音量だ!!


 ズガドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


 竜の肉体を雷帝の鉄槌が打ち据えていた。雷に直撃されたゼファーの体がくの字に曲がって、ヤツの口から血混じりの炎が吐かれていた。いいね。コイツは、天才だ。オレが牙を躱したときに備えて、炎を準備しているとはな!!


 もし、魔術で迎撃していなかったら、焼き殺されていたかもしれないぞ。


「―――いい子だ、ゼファー!!今度は、肉弾戦と洒落込もうぜッッ!!」


 体長七メートルを超える世界最強のモンスターに対して、正面から突撃できるのは、一族の教えの賜物か?『死んで歌になりなさい』!!……おうよ、お袋!!アンタの産んだ四番目の男は、今日も元気にストラウスだあああああああッッ!!


「フハハハハハハハハハハハアアッッ!!」


 オレはどうにもこうにも楽しくてな。笑い声をあげながら、竜の鼻っ面に強烈な斬撃を叩き込んでいた。血が吹き上がる!!それを浴びる。笑う!!いいにおいだ、なつかしい温もりだ!!竜だ!!


『グウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウウウッッ!!』


 ゼファーが獣のごとく唸り、オレをその牙で噛みつぶそうと襲いかかる。オレはバックステップでその食いつきを回避する。回避しながら、竜太刀を構えなおしていた。備えなくてはならないからだ。


 ブオオオオオオオンンッ!!


 空気を割りながらゼファーの魔爪がオレを狙って横に振り抜かれていた。


 着地の瞬間を狙ったのか、いい判断だ。ヒトを……このソルジェ・ストラウス知ろうと必死だな。それでいいぞ、教えてやろう。竜騎士とは、どういう存在であるのかをな!!


「ぐぅおおおおおおっっ!!」


 竜太刀で爪を受けながら、オレはその破壊的な重さに乗るようにして、回った。例えるならば風に舞う木の葉のごとくだ。アーレスに教えてもらったのさ。風と一体化する体術だ。これならば、どんな破壊の一撃すらも受け流せる。


 ゼファーの爪がオレをすり抜けるように空振りしていく。いや、空振りさせた。竜太刀で受け流したんだよ。オレは、獣よりも俊敏なのだから。まるで、オレは風!


 そして、ストラウスの本質は、嵐だ!!


「行くぞ、おらあああああああああああああああッッ!!」


 オレは闘志のままに雄叫びを上げて、ゼファー目掛けて突撃していく。ゼファーの懐に入り、竜太刀を遊ばせるのさ。爪で切り裂き、牙でえぐって、角で突く。暴れる竜のような荒々しい剣舞で、太刀を浴びせていく。


 ゼファーの魔銀の鱗を切り裂いて、オレの斬撃は深い傷を与えていく。その攻撃は容赦なく、連鎖する。縦横無尽に剣は踊り、暴力の嵐は竜すらも圧倒していった。


『ぎゃふうううううううううううっ!?』


 覚えろ、ゼファー。


 これが、お前が死ぬまで戦うことになる『人間』の武器だ。剣は痛い。槍も痛い。弓はお前の天敵となるだろう。そして、ヒトは小賢しく、その技術は老獪だ。


 岩をも切り裂くその爪すらも、躱す者もいる。


 回転するように躱すのだ、そのステップにはお前の距離感をずらすための技巧が組み込まれている。そして、空振りしたお前の肉体に、『人間』はいきなり噛みつくぞ?カウンターこれは、そう呼ばれる。


 斬撃を放つ、放つ!放つ!!


 それらの角度は的確に、回避の技巧を追い抜いて、狙った場所の肉を削ぐ!!


 いいな?天才的な剣士であれば、このように、お前の腱や関節を狙ってくる。


 それらは皮膚の薄い場所だからだ。いくら竜でも守りが弱い。血管までが浅く、そこにはたやすく刃は届き、それに併走する神経をも切り裂いてしまうのだ。


 血が吹き上がり、痛めつけられた神経は、不快な電流を帯びてお前を焼くぞ。


 『ゼファー』よ。あまりに未熟なお前は、今このとき初めて知らされているだろうが、これらの場所はお前にとても痛く響き、お前を深く傷つける。


 無敵のはずのお前が宿している、数少ない弱い場所だ。痛みを伴い学ぶのだ、最強の生物である竜にも、避けねばならぬ攻撃があることを!!


『ぎゃるうううううううぐうう!?』


 ダメだ。それは悪い声だ。『迷い』が生まれても、戦いの最中には声に出してはならないぞ。


 竜が歌っていいのは、力と知恵にあふれた言葉のみだ。人間はな、狡猾なのだ。才知ある者ならば、お前の口がこぼした音色だけで、お前の幼く素直な混乱に気づくだろう。


 そして、つけ込むのだ。呼吸のかすれを察知して、動きの破綻と照らし合わせ、攻撃への動作を読み取ってしまう。リズムを読まれた攻撃は、一定水準を超えた強者には当たらないぞ。


『ぐううううううおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 翼の打撃と、尻尾の大振り。それらが、オレに襲いかかる。一度は有効だったからか?……ダメだな、殺せていない技には、欠陥が伴っているものだ。それらは、オレの身に二度も届かせるには、雑すぎる。


 横から飛来した翼の先の爪をかいくぐって避け、尻尾の大振りは左に入りながら躱すだけさ。


 どうだ。お前が焦って力とリーチ任せに打撃を振り回せば、このようなことになるのだ。ほら、まるで影のようにお前の雑な攻撃をかいくぐりなら、オレは自在に懐に入ってくるぞ。


 ……そして、鋭く痛い太刀筋で、お前のアゴを強烈に打撃する!!


『ぎゃひゅううううううううううッッ!?』


 理解できてはいないかもしれない。


 まるで、嘘のようだろ。


 力でも体躯でも劣った者が、お前を翻弄することさえあるのだ。


 だが、覚えておけ。


 オレが側にいれば、それをさせることはない。


 そして、この時間を覚えてくれ、より強くなるために。


 ―――なあ。とても楽しいよな。


 どこまでも、血が熱くなるのが分かる。


 本当に強いヤツとの、全力の殺し合いってのは、そうなんだよ。


 鹿でもクマでもない、モンスターでもない。


 ヒトだ。ヒトとの戦いこそ、至上の快楽であり、お前の本質を満たす、唯一の手段だ。


 それを認識しろ。そうだ、笑うんだ、今みたいにな!!


『GHAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!だよなあ、『ゼファー』ッッ!!」


 ……さて。調教の第一段階は、これで、終わりだ。


 ストラウスの奥義を見せようじゃないか。


 ストラウスの剣術と、無敵の肉体と、極められた魔力。そして、竜太刀がそろってこその奥義だ。


「―――覚えておけ、これが『竜の焔演/りゅうのほむらの』だ」


 風、雷、炎。それらの魔術の共演に、剣舞を混ぜた、竜騎士の奥義さ。風をまとったその肉体は加速し、雷が走るその腕は巨神のごとく剛力となり、爆炎を帯びた竜太刀は、鋭さを高めながら炎たずさえし神殺しの牙となる。


 速さ、腕力、武器の鋭さ。それらの全てを高めるのだ。そうだ、『観察』しろ、『ゼファー』よ。これのカウンターを喰らっては、いくら竜でも即死する。不用意な攻めは、いらない。


 これはすさまじいぞ。竜の魔銀の鱗さえもたやすく切り裂きながら、その肉深くを焼き壊す。暴れて踊る炎はオレを隠し、対峙する者の視界から消すのだ。そして、疾風迅雷の速さと早さで、15回の処刑の斬撃を叩き込みつづける。15回以上はムリだ。オレの体が崩壊する。


 オレは見せつけている。こちらの奥義を学ばせるためでもあるし、戦いの知恵を磨かせるためでもある。いいや、それだけじゃないんだ。じつは期待はしていた。だが……まさか、マジにやるとはなッ!!


『ふるるるうううううううううううううううううううううッッ!!』


 こっちの呼吸と魔力の動きを『真似てやがる』。爪だけに与えていた魔力を、全身に巡らせていくぞ?あいつなりの、『竜の焔演/複合強化魔術』じゃねえか。


 ああ。もちろん、未熟だが、それでも、何割か動きも力も底上げしちまってるぜ!……最高だ。オレを、どこまで楽しませるんだ、『ゼファー』よ!!


 闘志と力は高められる。暴発しそうになるぜ、喜びでな!!だから、十分だ!!


「競うぞ、『ゼファー』ッッ!!」


『GHHHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 竜が走る!!そして、オレも加速するのだ!!互いに、疾風の動きをまとったスピードでな!!このとき、戦いの喜びを知った『ゼファー』に迷いはなかった。学んだ『全て』を用いて、後先考えずに体力の全てを『ここ』に使うのさ!!


 そう。それこそが最善の策だ。この瞬間こそ決戦!勝敗は今から決まる!!『ここ』で出し惜しみなどすれば、一方的に敗北するぞ!!それは、竜として惨め過ぎるだろうッ!!


「それでいい!!どちらが狂暴なのか、どちらが強いか!今から決めるぞッッ!!」


『ガアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 竜の身が踊る。蹴り爪をオレに向けて放った。先手を取るつもりだ。巨大な爪が飛来する―――。


 当たる。オレの身は鎧ごと歪むように切り裂かれる。


 ―――だが、それは『幻』。加速と共に竜太刀の炎が生んだ『陽炎』にすぎない。


 躱されながら、『ゼファー』は理解する。避けられた、次は痛めつけられると―――備えようと重心が動く。しかし、反応させるほど、風を帯びたオレは遅くはないぞ!!竜の胸をくぐったオレは、その硬い腹を斬り裂きながら駆け抜ける。三度だ、腹を二度、右脚に一度、斬撃を入れていた。


 魔の炎を帯びた竜太刀の刃は、黒い魔銀の鱗を裂いて、竜を刻みつける。激痛のはずだ。だが、今は神聖なる決戦の最中……痛みを上げる必要はない、完全に破壊されなければ、動けるのだから!


「『ゼファー』!!心を、肉体を、攻撃のためだけに機能させろッ!!」


 竜が呼応する、視界に残ったオレの影を追いかけて、位置を気取ったか。そのうつくしく長い尾は風を壊しながら、鞭のしなりを真似る。近くにいるオレを斬り捨てるために横になぎ払われていたのさ。だが、風をまとったステップは、オレの身をその間合いの外に踊らせる。


 空振りだな……だが、その間合いの誕生を、竜の知性は勝機とも判断するのだ。柔軟な動きで、半ば跳び上がった『ゼファー』。その口は大きく開かれて、炎の砲撃を繰り出そうとする。だが……炎は、竜だけのものではない。


「はああああああッ!!」


 炎を宿す竜太刀を、大上段から振り抜いた!!


 炎の剣は伸び上がり、空気を呑んで爆炎へと変貌する!!そして、空を焼き焦がしながら、竜を上空から爆撃するのだ!!指向性を得た爆炎は、大地へと向かう。


 つまり、『ゼファー』よ、お前の体に降り注ぐ!!……この爆撃を空で浴びれば、翼は弾かれ、背骨は曲がって、空にいることは許されん。


『ぎゃううんッ?!』


 己より高い位置から殴られたのは、初めてだったか。魔剣との戦いは、分析では対応できんぞ。魔剣の爆撃を浴びて体勢を崩した『ゼファー』は大地に勢いよく叩きつけられる。


 しかし、その立ち直りは、今までよりもずっと速い。『複合強化魔術』のおかげだ!!


 だが、それでも後手の不利があるな。オレはもう肉薄しているぞ。


 そして、決着の準備も終わらせているのだ。雷の魔術を、腕にほとばしらせる。『チャージ/強力化』だ。ただでさえ人間離れしている腕力を、その十数倍の域に増量させているぞ―――鉄も鋼もミスリルも、斬撃で打ち砕けるほどさ。


 ―――この間合い。もはや、オレと『ゼファー』が選ぶことは、一つのみ。


 どちらが、より速いか、より強いか!より狂暴なのか!!


 シンプルだぜ!!攻撃合戦と行こうぜ!!


 瞬間、お互いが歌を放つ。叫び、踊り、躱し、切り裂く。爪が、刃が、牙が、突きが、尾が、斬撃が、灼熱を帯びた闘志に暴れて狂う!!


 攻撃と攻撃のぶつかり合いだぜ!!どちらの威力が優れているか―――竜もストラウスも!!こんな単純なことが、好きで好きでたまらないのさッ!!


 疾風の速さと、迅雷の鋭さに動くオレを、竜の攻撃どもが追跡する。速く鋭く、強くもあった。肉を切られる。鎧が削り取られる……だが、致命的ではないのなら、ストラウスは壊れても止まらん!!


 炎に祝福された魔剣の斬撃は、一度、二度、三度と『ゼファー』を切り裂きながら、爆熱でも打撃する。威力に圧された竜の動きは緩む……勝機を嗅ぎ取ったオレは、再びストラウスの嵐へと化けた。


 そうだ。この斬撃の嵐こそ、我ら一族500年の殺戮が果たした到達点!!『竜の焔演』の終局さ!!鋭く、激しく、容赦なく!!オレの剣が、最愛の竜の肉へと叩き込まれていった!!


 知れ!!これが、ガルーナの竜騎士、ソルジェ・ストラウスだッ!!


 ……『竜の焔演』の最後の五つの斬撃が放たれる。若きゼファーは竜騎士の血なまぐさい歴史に翻弄されたまま、それらの斬撃に深く、その身を切り刻まれていく―――胸を、首を、翼を、頭を、脚を……竜が、壊れて、赤い血潮が空高くを目指すかのように爆ぜていった。


 ああ、血の雨を浴びる。熱い雨だ。これはオレの赤毛と同じ色。竜の血は、オレを、より赤く染めてくれるのさ。命を感じる。尊くて、強く、熱い。オレと竜が、混ざっていく。


『ぎゃふううううううううううううううううううううううううっ!!』


 決着だ。そのころには、すっかり世界はオレとゼファーの呼んだ炎と、オレと竜が流した血で赤く染まっていた。へへへ。いい戦いだった証拠だぜ。谷間の一角のすべては炎に焼き払われている。焦げた血から放たれる、黒いにおいを嗅いだ。


 地獄みたいに尊い戦いの中心。そこに、ゼファーとオレだけがいた。全身を深く切り刻まれたゼファーが、大地にその身をゆっくりと沈めていく。オレだって限界ギリギリだが、これは勝者の権利だ、お前を見下ろさせてもらおうか。


 オレの目の前で、いつか偉大な竜となるべきその幼竜は倒れた。傷つき、焼かれているが、なんて、うつくしい翼だろう。なんて、強い肉体だ―――しなやかな尾は長く、器用だった。


 ああ、これほどの美を、世界は産み出すのか?……それを見下ろすだって?罪深さを覚えるほどに最高の光景だ、ヒトの身に余る。神々さえも、この景色は拝めまい。


 勝利の喜びに唇は歪む。牙を剥き出しにして、笑うのさ。オレは、竜を超えたぜ……。


 ……ああ。もちろん、これぐらいでゼファーは死んではいない、動けないほどに瀕死なだけだ。死んでいないのに、暴れない。これは、『オレを認めた』という表現なんだよ。


 竜とつるめるのは、同等の存在だけだから。絆を結ぶのにも、命がけだぜ……。


「ハァ、ハァ、ハァ……っ」


『しゅうう、しゅうう、しゅるうう……ッ』


 しばらくお互い呼吸を整えていた。死に瀕している肉体は、さすがに疲れ果てているが、魂の底からどうにもならない喜びがあふれていき、その苦しみごときは塗りつぶしていく。


「……なあ、ゼファー」


 戦いのためではなく、愛しさゆえに、歩いて行く。近寄るのだ、尊い心の求めるままに。


 竜太刀の魔を祓い、指からそれを手放した。


 大地に、剣は音を立てて落ちていった。硬い音が聞こえる。剣が世界に戻った音。


 いいのさ。命よりはずっと大事な剣だけど。しばらく、オレはそれを必要としない。だってよ、今この瞬間、オレの指は、最も求めつづけた者のためにだけ、存在していなければならないのだから。


 ゼファーは近寄る『脅威』に怯えない。拒絶はない。受け入れるため、首を動かすことなく瞳を開けた。金色にかがやく眼球がぐるりと動いて、オレを好奇心に満ちた瞳で観察してくる。


「……そうだ。いい子だ、オレを見てくれ。ゼファー。オレは、ソルジェだ。これからオレとお前は、永遠の絆で結ばれるんだぞ。オレは、お前のための竜騎士で。お前は、オレのための竜だ!!」


『…………そるじぇ……?』


 賢いゼファーは、オレの言葉をマネしてくれる。オレは戦いの形相を捨て去り、初めて我が子を抱く父親みたいな顔になってしまっていた。


「ああ。そうだ。そのとおりだ、ソルジェ・ストラウスだよ。オレのゼファーっ!!」


 声が震える、歌みたいに旋律に揺れる。オレは血まみれになった手で、ゼファーの鼻先をやさしく撫でる。ああ、そうだ。眼帯を外して、金色に輝く魔眼を見せてやろう。お前に逢いたかったのは、オレだけじゃないんだぜ?


 ゼファーの瞳が見開かれる。アーレスと同じ金色の瞳を!ゼファーは興味深そうにオレの左目に鼻を近づけてくる。鼻をスンスンさせて、魔力を嗅いだ。


『……あーれす…………』


「そうだ。魔力から情報を引き出したな、お前は、優秀だぞ。そのとおり、この目は、お前の爺さんがオレにくれたモノだよ。お前の『家族』だ。オレたちストラウスも、アーレスも、お前の『家族』なんだぞ、ゼファーッ!!」


 オレは笑う。全身ズタボロで、あちこちから流血しているし、骨なんて今にも割れそうなぐらいヒビだらけなのに、ムチャクチャに痛いぜ。なのに、楽しくて仕方ないから笑うんだ。それを見て、竜は咆吼する!!


『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 そうさ。歌え!!


 歌って祝うんだ、この至福に満ちた瞬間を!!


 オレとお前が、絆で結ばれたこの時を、天空に響かせろ、大地を揺らして世界に刻め!!歌って表現するんだよ、こんなに楽しいときはなッ!!それが、オレたち竜騎士と飛竜ってものなんだからッ!!



 ―――血盟はそこになった。


 鋼が眠る大地の上で、彼らは無二の友となる。


 さあ、竜騎士の復活だ。


 空より来たりて、全てを殺す、怖くて黒い翼が戻ったぞ。




 ―――偉大なる古竜アーレスの孫、ゼファー。


 新たな黒き翼は、最後の剣鬼を認めたのだ。


 これより、ふたりは永久にひとつ。


 死して歌となったあとも、ひとつの音に融け合うのだ。



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