第二話 『我が名は、ゼファー』 その1


 ―――それは険しき試練であり、避けては通れぬ運命だ。


 竜を求める勇者なら、勝たねばならない。


 血の熱量を見せるのだ。


 肉体と魂を動かすその『赤』がもつ熱で、語り合わねばならない。




「……ソルジェ団長、正気なのか?」


 エルフのお嬢ちゃんはいつも率直かつ口が悪いな。ヒトの説明を聞いたあとで、正気かどうかを質問してくるって?……エルフ村じゃ、そういうの失礼っていう範疇に入らないのかね。


「そりゃ正気さ。オレって、クールな大人だもん」


「……とても、そうとは思えない」


「そうか?」


「ああ。だって、危ないだろう?」


「まあ、死んじゃうかもしれないしな」


「……こともなげに言うな。だから、団長はバカなのだッ!?」


 コイツ、心配してくれているのかね?……あー、そうか。命の危険があるってトコロに引っかかっているんだな。


 そうか、オレはまたやらかしちまっている。ストラウス的な発想が、彼女を困惑させちまっているのか。


「何事にも、代償ってのは必要だろ」


「それは、そうだが……」


「ヒトには翼がない。なぜか?世界がそう定めたから。ヒトは、自在に空を飛ぶような存在であってはならないのさ」


「……そうかもな」


「でも。竜騎士は違う。ヒトでありながら、空を自在に飛ぶんだ」


「その『代償』が……さっき言っていたコトか」


「うん。『命がけで、竜と一対一で殺し合うんだよ』」


「……頭が痛くなる」


「そんな日もある。風邪かもしれんな」


「……お前が原因だ。ふざけるな」


「すまん。場をなごまそうかと思った」


「そんな戯言でなごむものか。そもそも、なごんでいるような場合ではない」


 ああ。そうなのかね。でも、すまねえなあ、ストラウスってのは、そういう風に出来ちゃいねえんだよ。


「エルフには理解しにくいかもしれないけれど、こういう試練はオレたち竜騎士にとっては、またとない栄誉の時なんだよ」


「……それで、死んだとしてもなの?」


「うん。だって、竜に殺されるんだぜ?それより良い死に方なんて、この世にないだろ」


「……はあ。ホント、バカな人間。人間たちは皆が愚か者だけど、お前は、特別に規格外だ!!」


「ストラウスにつける薬はなくてな。ちょうど、いい目をした見届け人もいる。オレにとっては、人生最高の日だ」


「……私を決闘の立会人とするということか」


「ああ。君にして欲しいね。ダメか?」


「……お前が殺されかけても、竜に矢を射るなと言うのか……ッ」


「わかってるじゃないか。この勝負は神聖な儀式なんだよ。お前にしていいことは、二つだけ。オレとあの子の戦いを見届けること……そして、オレが無様を晒したら、その矢でオレを射殺すことだけだ」


「……おい。私に、お前を殺せと言ったのか!?」


「ああ。お前になら、くれてやるよ、オレの命」


「こんなときに、聞きたかった言葉ではない……」


 じゃあ、どんなときになら良いのかね。ひとつの毛布にくるまって、汗まみれになりながら愛し合ってるときに?……機会があったら、訊いてみるか。


「悪いな。オレはストラウスなんだ。翼が無い状態で、竜に出会ってしまった。オレがすべきことは、たった一つだけさ」


「……私の言葉なんて、聞かないってコトか?」


「いや。信じろと言いたい」


「え?」


「ストラウスの男を待つ女は、心配なんてしていたらストレスで胃に穴があいちまうぞ。コツは、信じることだ。お前の瞳に映っているバカな男は、竜より強い」


「……私を、お前の女あつかいするのか?……私の肌を見たぐらいで」


「それはお前次第だろ。どうあれ、オレは、竜を連れてお前のところに戻ってくる気だ。お前を竜の背中に乗せてやると言ったしな。だから、もう心配するなよ」


「―――ソルジェ・ストラウスの子を産む女は、苦労するだろうな」


「……ストラウスの血を否定は出来ん。見るのも辛くて、信じられもしないなら、この山のふもとで待っているという選択もありだぞ」


「……っ」


 リエルは悩んでいる……いや、葛藤している。『答え』なんて、ずっと前から見つかっているんだ。それを変えられることなんて出来ないと理解しているからこそ、お前は眉間にしわを寄せているのさ。


 エルフの少女はしばらく考え、ちょっと怒ったような表情のまま口を開いた。


「……わかった。引き受けよう」


「ありがとう。生きて帰ったら、メシをおごってやろう」


「むう。それは、軽いぞ、命がけの約束なんだぞ」


「なら、どんな約束なら相応しいんだ?」


「それを女に聞くんじゃない、バカ団長」


 今日はいつにも増してバカバカ言われている気がするんだが。


 ……たしかに、いつもより知能は低くなっているかもな。血が騒いでて冷静さには欠けている。構わないけどな、こんなときに竜に夢中になれなければ、ストラウス失格だろ。


 さてと、傭兵にお願いするんだから、無料ってワケにはいかんか……。


 でも、今のオレに美少女が喜ぶような報酬を思いつける気がしない。リエルちゃんの喜ぶことを見つけるのって、簡単なことじゃない。


 今は頭のなか、戦いで一杯だし、きっと、そんな感情の中からリエルを笑顔にする方法は見つからないと思う。


 だから……そうだな。じゃあ、こういうのはどうだろうか。


「……何でも一度だけお前の言うことを聞こう。報酬は、それでいいか?」


「……うん。契約成立だな。もしも、お前が竜に手足を食い千切られ、みじめに這って逃げようとしたら……頭を射抜いてやる」


「ああ!!」


「バカめ、笑うな!!……私は、出来ればそんなことしたくないんだからな!!」


「おお。でも、ありがとう。見ていてくれ、ストラウスの本懐を」


「死んで歌になるには、まだ早いぞ」


「ああ。勝って帰るつもりだ―――あんなオレより若いヤツに、負けられるかよッ!!」




 山道を進んだ。リエルは無言でついて来てくれている。


 そうだな。黙ってくれていると助かる。


 試練に集中したい。全霊で挑むべき戦いだ。勝つつもりだが、竜との戦いに100%の勝利など見込めはしない。親父から伝えられた一族の剣術を頭に思い浮かべ、幼い頃から共に在った竜たちの動きを思い出していく。


 竜騎士の作りあげた伝統の全て。一族と、アーレスから受け継いだ教えの全てを、集中する心に広げて網羅する。これは人生の集大成だ。数手で死ぬかもしれないし、数十手の長丁場の戦いになるかもしれない。


 一瞬でも、一時間でも、同じこと。オレが継いだストラウスの全てを、ここで解き放つのみ。


 集中する。全てをオレの心と肉体に合致させ、真の竜騎士にオレは変貌するのさ……。


 ……長いような短いような道は、やがて終わる。オレたちは森を抜けて、その谷へとたどり着いた。


 なるほど、丘陵から白い岩盤が剥き出しの山肌へといたる土地か。そこそこ開けていて、戦いの舞台とするには悪くない。逃げ場がないのもいい。力と力をぶつけ合わせられるってものさ。


 集中を増した嗅覚が、金属の飛沫の放つ酸味を嗅ぎ取った。鉄のにおいだ。うん。だが、甘さもあるな。


 そうかい、これは地下の鉱脈由来のものじゃなく、獣の血肉に融けていた鉄のにおいか―――。


 空腹らしいな。成長期か。うん。いいぜ。大人の飛竜へとなろうとしている。骨が成長し、翼が広がり……強さを得る代償としての空腹に襲われている。しかし、このタイミングでか。


 ……そうか、お前もオレと出会って、血が騒いでいるんだな。


 昨日の夜、ここらを飛び回り、めぼしい獲物を見つけては、肉を食み、血を呑んだ。飢えを満たそうと、欲張りやがった。


 竜としての本能が、オレとの『戦い』に備えさせたのだろう。おそらく、お前にとって真の意味での『闘争』は初めてになるはずだ。


 強いヤツなんて、こんな山奥にはいない。お前のライバルになるはずだった竜たちは、すでにこの土地からも消えている。


 お前も心が躍って仕方がないのさ……お前も、自分の全てをぶつけたいんだな。強さを示したい。気高い竜の本能というやつだ。


 ああ。まったく、オレたちは相思相愛だぞ。


 なあ……お前の血に宿っているアーレスが教えたのか?


 それとも、ただ竜の本能が囁いただけなのか。


 どちらでも構わない。お前は、理解しているな。


 オレとお前は、これから激しく殺し合う定めにあるのだと。


 翼に血は充実しているか?もう食事は十分か?……なるほど、いいぜ、最高だ。


 オレは立ち止まる。振り返らないまま、リエルに命じる。


「退避してろ。ヤツは悟った。お前は見届け人に過ぎないと。お前は襲わんよ、どんな結果になったとしてもな」


「……私が納得する結末にしろ」


「全力と全霊を尽くす。ストラウスの誇りと、オレの竜アーレスのために」


「うん。信じるぞ。だから、翼を取り戻せ」


 そう言い残してエルフの弓姫は素晴らしいスピードと跳躍を駆使して、岩山を登っていく。いい動きだ。迷いはないな、リエルはオレの依頼を実行するだろう。竜との決闘を見守り、結末次第では、オレにとどめを刺すのさ。


 いい女だぜ。ストラウスの子を産ませたくなるほどに。


 だが。ヨメよりも、まずは、お前だぜ……ッ!!


 オレは大きく息を吸い込む。足の指に力を込める。大地を掴むのだ。そして、両腕を大きく広げながら、体のなかにある全ての空気を吐き出しながら、咆吼する!!


「ううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 風に融けたオレの雄叫びが、谷のあいだを走り抜け、世界にオレを記していく!!


 そうだ、聞くがいい!!オレさまの名をッッ!!


「我が名は、ソルジェ・ストラウス!!ガルーナの竜騎士、ストラウスの血族だッ!!我は、お前を欲しているッ!!お前も、オレの血を呑みたいだろう!?……決めるぞ、オレの願いと、お前の願い!!そのどちらが、より強い願いなのかッッ!!」


『GHHAAAAOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 こちらの名乗りに反応し、竜が雄叫びを上げた!!


 風が天から降り注ぎ、谷が震える、大地が揺れる!!


 ―――我が名は、『ゼファー』!!


 オレはヤツの『言葉』を聞いて、うれしくてたまらない!!


「ハハハハッ!!いい名だ、さすがはアーレスの血を継ぐ翼だ!!そうか!!来やがれ!!『ゼファー』ああああッ!!オレは、ここにいるぞおおッ!!」





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