第一話 『竜の舞う谷を目指して』 その4

田舎道を馬で走るのは、なんとも気分がいいものさ。


 ああ、薄暗く、鬱蒼とした森のあいだを縫うように走る、このクソ荒れた道でさえも輝いて見える!馬車のわだちも少ない。自然が豊かで、肉食動物のエサになる獣たちは、この暗い森にたくさん住んでいるんだ……。


 自然の密度がある。人家はどこにもない。この自然豊かな土地には、オレの求める可能性が潜んでいるはずさ。


「……上機嫌だな、団長。鼻歌なんて珍しい」


「……まあな。竜と会えるかもしれないだぜ。そいつはワクワクしてくるよ」


「竜と遭遇することを、楽しむか。おかしなハナシだ」


「まあ、竜騎士以外の価値観ならば、そうなんだろうな。でも、いいもんだぜ、竜ってのは!」


 オレとリエルは馬を走らせていた。馬は竜ほど速くはないが、その次に使える脚ではあるな。リエルは馬を併走させながら、オレの顔を見てくる。


「……なんだ?お前の翡翠色の瞳には、何か魔法があるのか?」


「浅はかな者の心を、覗くことは出来るぞ」


「また、毒を吐きやがる」


 あの小さくやわらかそうな唇で下等種族を罵りながら、リエルは微笑んだ。


「子供みたいだな、今のお前は」


「……そうだな。正直、かなり、はしゃいでいる。お前には分からんだろうな。竜の背に乗るという意味の素晴らしさが」


「ええ。分からない。想像したこともなかったもの」


「何事も経験だ。広い世界を旅している。そりゃ、帝国と戦うためだけの、血なまぐさい旅だが……たまには楽しい出会いにも恵まれるもんさ」


「出会いか……ふむ。たしかに、そうかもしれない」


「お前も誰かに出会えたか?」


「ん?……とりあえず、赤毛の愚か者にはな」


「悪口言いすぎじゃないか?」


「いつも私の体をいやらしい目で見ているような男を、愚かと呼んで悪いのか?」


「……えーと、すみません。最近のお前は美人になったから、ついな」


「フフフ。まあ、美しい者に見とれてしまうのは、仕方が無いことだ。許してやろう」


 自意識が過剰だな。いや、たしかに、リエルはとびっきりの美少女だけど?


「……しかし。誰かが集合時間に遅れてしまったせいで、もう日が暮れてしまう」


「ん?……そうだな―――宿を探すか」


「……セクハラ」


「……いや。そこまで深い意味ないし?」


「どうだかな」


「じゃあ、野宿でもするか?……まあ、さっきの若者たちが、オレのことを通報しているかもしれないな。オレは町に泊まるのは危険か」


「トラブルメーカーだな」


「うるせーよ。なあ、リエル、お前だけでも町の宿に泊まるのもいい。野宿じゃ、大して疲れは取れない」


「ヒトが多いところは嫌いだ」


「ひとりで町にいくの、不安なのか?」


「……殺すぞ」


「殺すな。すまん、口が悪いのはオレも同じだな」


「川の音が聞こえる。もう少し、進んだところにしよう」


「……ああ」


「ソルジェ団長。貴方にとって竜は大切な存在なのだろうが、あまり焦るな。馬が苦しそうだぞ。五年も前の話だ。急ぐ意味はなかろう。竜だって、どこかに飛び去っているかもしれないし」


「……うん。まあ、出会えん可能性もある」


 ……それも、正直、高い。


 竜は傲慢だ。より良い住み処を目指し、その土地へ旅立つかもしれない。ここよりもずっと北の土地に行けば、人類の戦いとは無縁な広大な土地が広がっている。


 凍てつくように寒いが、そんなものは竜には関係ない。ヒトを煩わしいと考える竜たちにとっては、その静寂な世界は楽園にも等しいだろう……。


 滅びにある種族だからな。攻撃性が強すぎるのさ、もしも強者と出会えば殺し合う定めの種族。最強であることを証明するためには、戦い続けるのみ。野生種は孤独を好み、その数は元より少ない。


 ヒトが増え、森が削られ食料が減れば、どうしても生息数が減っていく。世界は混迷しながらも、人口は増えて、森は拓かれているんだ。


 アーレスの血も絶えた。ストラウス家の竜は滅びたけれど……他にはいるはずだ。竜は、生態系の絶対的頂点。いくら数を減らしても、絶滅なんて、してたまるかよ……。


「……あの。す、すまない……」


「どうした、リエル?」


「いや、お前の希望を否定するような言葉を吐いてしまった」


「気にするな」


「気にする……」


 オレはさみしそうな顔でもしていたのか?だから、リエルはやさしいのかな?ときおり彼女はフツーの少女みたいに思えるときがある。傭兵たちに混じって帝国軍との殺し合いの日々。彼女も、かなりムリしているのかもな。


 旅は楽しいが、それだけではないよな。森のエルフの村を思い出すだろ?帝国に滅ぼされ、聖なる森の奥にあった、その小さな王国のことを。


 本来なら、そこで静かに森のエルフの王族として優雅に暮らしていたのだろうにな……。


「……なんだか、考えなしだった。言葉で傷つけたなら、謝りたい」


「だいじょうぶだよ。お前の指摘は正しいんだ。それに、夕暮れになるのも気づかないほど、はしゃいでいたか……なにより、馬にムリさせていたな……」


 オレは馬の歩みを遅くさせる。鼻息が荒くなっている。体温も熱い。大男を乗せているというのに、走らせ過ぎだ。心臓を破裂させてしまうところだったかもしれない。


「リエル。ありがとう、いい判断だ。馬を死なせるところだったよ」


「……うん。でも、私は……ソルジェ団長が竜に出会えることを、聖樹に祈っている」


「ああ。頼りになるよ、君の祈りならね」


 ―――オレたちは馬を止まらせ、野営の準備に入った。


 エルフはこういうときも頼りになる。


 リエルは薪を拾いに森へと入り、すぐに十分な量をかき集めてくれた。オレは馬たちを川に連れて行き、水を飲ませて休ませる。


 水をがぶ飲みしたあとで、ヤツらはそのあたりの草を食み始める……草食動物ってのは、便利だわ。どこにでも無料のレストランがある。


 オレみたいな肉食獣は、そういうワケにはいかないね。


 リエルちゃんが肉食禁止の種族じゃなくて助かるよ。オレは厚切りにしたベーコンと、ジャガイモでシチューを作ることを提案する。リエルはうなずいてくれた。


「……ウサギとか鹿がいないか、探してくるわ」


「いいね。肉はいくらでも大歓迎だ。たのんだぜ」


「まかせろ!」


 そして、彼女は風のように走り、森へと融け込んでいった。


 彼女の狩りの腕は一流だからな。まあ、この森に獲物がいてくれなければ彼女でも狩ることは出来ないが……彼女はエルフのお姫さまだ。森も、サービスしてくれるのかな。


 鍋のなかのシチューが煮える頃、リエルは帰って来た。手ぶらだ。


「……こら、残念そうな顔をするな。交替だ」


「どういうことだ?」


「血のにおいを辿れ、二キロ半ほど北だ。メス鹿を仕留めた。よろこべ、大物だぞ」


「……えーと、それをオレが運ぶのか?」


「ああ。獣くさくなるの、イヤだし」


 ……森育ちのエルフさんなのに……?まあ、女子らしい主張じゃあるわな。


「了解。サラダとか作っててくれても構わんぞ。ディナーは豪華に行きたいからな」


「ああ。時間をかけてもいい。私は、水浴びしておくから」


「……え?」


「……ソルジェ。私は、弓と矢を持って川に行く。理由は分かるか?」


「モンスターとか出て来たら危ないからだろう」


「それもあるが、主たる目的は違うな」


「……不届き者とかを、射るためにかな?」


「そうだ。気をつけろよ」


「……お、おう」





 ―――言わなきゃいいのに?


 どういうことだろう?『覗いてくれ』っていうアピール?ツンデレのデレ成分が、じわっと出て来てるっていうことなのだろうか?


 これって、いわゆるフリなのかね?……いや、単純に、うっかり見てしまうというハプニングを予防するためだろうか?


「分からん。賢きアーレスよ、どう思う?……意外と、勢いに任せて襲っても、受け入れてくれるんじゃねえかとか……オレ……思って……―――」


 そこにいたのは大きな鹿だった。本当にデカい!


 森の主レベルの大物さ。


 オレは、狩りではこんな大きな鹿を仕留めたことない。それどころか、見たこともないレベルだよ。いるんだな、こんなの。


 そいつは250キロはあるんじゃないかっていう巨大な肉の塊だった。それが、皮をすっかりと剥がれて、ロープで半ば空中に吊り上げられている。大樹の太い枝を『滑車』の代わりにして、ロープで吊り上げたのか。


 皮を剥いで血管を切り裂いているから、それからは大量の血がしたたり落ちている。うん。内臓もすっかりと抜かれているな……素晴らしい解体テクニックだ。あの美少女エルフがこれをしたのかと思うと、ちょっと引くけどね。水浴びもしたくなるよな。


 うん。大物すぎるレベルの獲物だぜ……。


 もしかして、あいつ、オレのこと慰めてやろうとして頑張ったのかな?さすが、オレのツンデレ・エルフさんだぜぇ……って、ならないなぁ。だって。この光景は、オレの知っている全てのカワイイとは真逆に位置するものなんですけど。


 月明かりの下で、皮を剥がれた肉塊が、血をしたたらせながら大樹の枝に吊されています。もしかして、エルフ族のなかでは、これ『仲直りの印』とかかな?獲物を献上することで、仲を取り持つのか?


 茶をにごすように、そこらの茂みからリエルが出て来てくれないかな?『どうだ、私の獲物は、大きいだろう!』とか言っちゃいながら?それだと、雰囲気が良くなるよ?今だぜ、リエルちゃんよ?ほら、恥ずかしがらずに出て来い、このツンデレ姫?


 ……。


 ……。


 ……うん。出て来ない。魔眼をつかうと、分かるぜ。リエルめ。ぜんぜん、近くにいないんだ。ああ、あいつ、フツーに水浴びしてるんだろうなぁ……。


「……しかし。オレ、この大物を担いで山道を歩くのかよ」


 怪力が売りだから、出来ないことはない。


 しかし。どう考えても、血まみれ確実なんだけど?


 服、しばらく血なまぐさくなりそうだなあ。鎧を置いてきてラッキーとか、そんなことにはならんよ。これ、明日でも良かったんじゃね?血が抜けきってからでも良い作業なんじゃないだろうか。


「……はあ。まあ、いいか……団長さまの筋力を見せつけてやるとしますかね……」


 オレはその大樹の根元に歩く。そこには少女エルフの作った構造物があった。エルフのトラップの応用だな。ロープと滑車と岩を組み合わせることで、彼女の細い肉体でも、これだけの労働をしたってことか。相変わらず、やるねえ。


 ……ああ、ちなみに。肉を吊しているのは、彼女のオレに対する威嚇とか、彼女の性癖がなせる変な趣味とかじゃないからな?これにメッセージ性はないはずだぞ、たとえば、彼女の水浴びを覗けば、首を切り落として吊してやるとか。うん、ちがうはず。


 こうすることで『血抜き』をしながら、他の動物がこの肉を襲わないようにしているんだよ。だって、宙に浮かぶ肉に噛みつける動物なんて、いない―――。


「……ッ!?」


『GHHAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 そいつは空から現れた。


 激しい風を黒い翼にまとって、その剣みたいに鋭く太い足爪で、森の主クラスの巨大な鹿の肉塊を力強く掴むと、そのままロープを引きちぎりながら空へと戻る!!


 左目がうずく。


 アーレスが、喜んでいる!!


 ―――黒き竜。我の娘が産んだ『耐久卵』の仔か。我の血脈だな!!


「……へ、へへへ!!」


 アーレスの子孫は空へと戻り、あっという間に消えて行く。若い。若い個体だが、その翼はまさにアーレスの生まれ変わりと言える。強さとしなやかさを併せ持ち、未熟ながらも風と巧みに遊んでいる!!


「……いた!!いたぞ……見つけた!!アレこそ、オレの竜だ!!オレの、新しい翼だ!!ああ、待ってろよ!!お前に、必ず、会いに行く!!」




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