第一話 『竜の舞う谷を目指して』 その3
―――オレにも色んな過去がある。ぜんぶを話しておくヒマはないが、オレたち『パンジャール猟兵団』については、少しだけ説明しておこうか。
オレはさまざまな反帝国組織を渡り歩いた。どこも小規模な集団であり、内輪モメも多いようなところばかりだったからな。組織そのものが長続きするこはとなく、帝国に潰されたり、内紛で崩壊することが多かったのさ。
帝国の拡大に、抗うことは叶わず、連中はどんどん肥大化していった。今日も世界のどこかで新たな侵略戦争が行われ、奴らは新たな植民地をつくっている。
そんな時代だ、敗けを定められたような組織は、結束でまとまることが出来なかったんだよ。だから、オレも所属先を失いながら、世界を放浪することになった。
でも、居場所を失い続けたことには、理由がある。
……環境のせいだけじゃなく、オレ自身にも問題はあった。ストラウスの気質が邪魔をしていたのかもな。オレは、なんていうか死にたがるんだ。
それだけじゃなく、仲間にさえ『戦って死ね』という美学を求めすぎていたな。それはストラウスの生き方であり、一般的なご家庭じゃあ、ママに『戦場で死んで、歌になりなさい』なんていう教育は受けてねえということに気がつけなかったのさ。
浮いてたんだろうねえ。
そりゃ、浮くよ。
だって、敵の密集地帯に突撃するなんていう決死隊にばかり志願するんだもん。部下は大変だよ、だって彼らの多くは復讐者だけど、戦死を美学とまでは教育されていないわけだし。
そもそもオレみたいな竜騎士じゃないから、どいつもこいつも、ちょっとしたことですぐ死ぬもん。
五百人を殺して、こっちもオレ以外の二百人は全滅しちゃいました。
そんなことを繰り返していくんだぜ?
ハハハ、あっという間に『死神』あつかいだよ。敵からも味方からも怖がられる、厄介なカリスマの誕生ってわけさ―――。
敵から嫌われるだけでなく、仲間からも怖がられて、追放されることもあったんだよ。
なんていうか、当時のオレの戦は、あまりにレートが悪かったんだ。
オレたちは圧倒的に数が少ないんだからさ。あんなに仲間の兵士がバタバタ死ぬような戦いをしてちゃ、帝国なんてものに勝てやしねえってことだよ。
大勢の仲間を死地に引きずり込んだあげく、オレはようやく気づいたんだよね、そんな簡単なことに―――。
オレ、あのエルフのお嬢さまのこと悪く言えねえ。
自分に染みついた哲学を変えるってのは、なかなか難しいことってわけだよ。
そんなオレに、今のどこか力を抜いた生き方を教えてくれたのが、最後にたどり着いた『パンジャール猟兵団』ってところさ。
傭兵たちの中でも、凄腕たちのことを『猟兵』なんて呼ぶんだよ。つまり、百戦錬磨の戦士たちの集まりってこと。
とはいえ、オレが参加したときには、まさに壊滅状態。
壊滅した理由?
オレ。
帝国軍に雇われていた旧・『パンジャール猟兵団』に、オレと十数人の死にたがりが襲いかかった。猟兵たちは荒野にうち捨てられた砦に立て籠もり、オレらと3日間も殺し合いをつづけた。おかげで、双方がほとんど死んだ。
3日経って、ガルフの爺さんは白旗をあげた。
酒瓶を片手に、流れ矢が刺さった左脚を引きずりながら、オレのところまでやって来た。酒を勧められた。オレは、その酒に毒が入っているなんてことも思わずに、爺さんと一緒に座って飲み始めていた。
もちろん、毒は入っていなかったぞ。ガルフってのは、敵とも酒を酌み交わせる度量をもった人物ということだよ。ちょっと、変わり者ではあったがな。
「援軍が来るまで粘れという話だったが。こなかった。ワシらは帝国の連中に捨てられちまったらしい。そして、君らも……というか、もう君だけになっているようだが……お互い、仲間に見捨てられたな」
「よくあることだ。オレたちのような末端に、わざわざ救出するほどの価値はない」
「不帰の旅だったのかね?君らは、みんなそれを覚悟していたって?」
「ああ。犬死にするつもりはないが、こうなることは知っていたよ」
「なるほど。しょうもねえハナシだな」
「……アンタは、傭兵なのか?帝国の兵士には見えないが」
「そうだ。『パンジャール猟兵団』の団長。ガルフ・コルテスさ。よろしく」
「そうか。オレは、ソルジェ・ストラウス。ガルーナ最後の竜騎士だ」
「ほう。死なないわけじゃな、竜騎士かよ」
「もう翼はない。ただの戦士だ」
「そうか?ただの戦士とは言えんね、ワシの部下を殺しまくったぞ!ハハハハ!!」
「笑いながら言うことじゃないだろ?」
「いいや、笑うだろ?こんなスゲー男に会えたんだぞ!?傭兵冥利に尽きるぜ!!」
変な爺さんだった。爺さんは、ひとしきり笑ったあとで、オレに訊いた。
「ストラウスの血ならば、帝国にはなびかんな」
「当たり前だ。そうなるぐらいなら、死ぬ」
「他の者全てを巻き込んでか?」
「……っ!?」
何故かその言葉には返事を出来なかった。オレだけならば、ストラウスを全うするのは構わない。それでいい。だが、確かに、オレは仲間を巻き込み過ぎているかもしれない。オレは死んだ仲間たちを見た。
よく戦ってくれた。戦いに壊れながらも意志と力を発揮し、強敵と刺し違えていった。全身ボロボロで血まみれだぜ。彼らの種族の弔い方を熟知しているわけではないが、オレは彼らを一列に並べて、腹の前で組ませた両手に剣を抱かせている。
ストラウス家の弔い方はコレだ。こうして、そのあとは、竜の焔で焼いちまう……。
オレは彼らのことを誇りに思っている。彼らだって、この末路を覚悟していたんじゃないか?だが……彼らの家族は?彼らの子供や親は、このオレを、どんな目で見るのだろうか?この戦いに彼らを巻き込んだのは、オレなんだ。
きっと、恨まれるな。双方の哲学は一致することはないだろう……。
……いや。決死を覚悟していた、この仲間たちとのあいだにさえ、溝があった。
アーレスの奇跡が残した左目が、ときおり彼らの心の叫びを見せてくれる。
―――死にたくなかった。
―――死ぬのはいやだ。
―――オレたちは死んだ。
―――でも、あなたは生き残っている、いつも……そうだ。
「……オレは、そんなことを望んでいたわけじゃない」
長い沈黙のあとで、オレは頭をブンブン横に振りながら、言い訳するみたいにそう言っていた。死を恐れたことはない。だが、戦い抜いていたら、生き残ってしまう。オレは、自分だけ生き延びたいと、思ってなどいない……ッ。
「だろうな。まあ、気にするなって」
「え?」
ガルフ・コルテスはひょうひょうとしていた。オレの苦悩を理解しているのか、それとも興味がないのか……彼は言葉をつづける。
「いいか?コイツらは、みんな自分の意志で選択をしたのさ。んで、その代償を払っただけよ。そもそも、戦場で死ぬのは自己責任だ。殺し合いをする場なんだからな。誰もが罪深いが、責任まで追及するのは酷ってもんだぜ」
「そんなに、割り切れるものなのか?」
「ああ。だって、ワシらは仕事で殺してるだけだ。だから、契約が破棄された今は、敵でも味方でもねえもん」
「……自由だな……爺さんは」
「そうでもない。色々と苦労しとる。まず、これからしばらくは慢性的な人手不足だぞ。お前さんのせいでな!」
「そりゃすまない」
「笑い事じゃねえっつーの。仕事に差し支えがあるってんだ」
「たしかにな」
「だから、笑うなっつーの……ん?おー、そうじゃ。ソルジェ・ストラウス」
「なんだ?」
「お前さん、ワシの部下にならんか?ワシ、もう帝国とは仕事せんもん。嘘つきをクライアントに持つほど、ワシはバカじゃない」
「……アンタら、反帝国側に来るのか?」
「ああ。金もらえるならな」
「多くは稼げんぞ?経済的な封鎖を食らっていて、どこも貧しい」
「現物で支払ってもらおう」
「……現物?」
「うん。お前」
「オレ?」
「竜騎士だ。誰でも殺せるだろう?……ヒトでも、魔物でも」
「そりゃ、戦えば、殺せるな。剣が届くところにいるならだが―――」
「金になる。取引といこうぜ」
「取引?」
「ワシはお前にたくさんの給料は出せんが、その代わり、優秀な猟兵を貸してやるよ。そいつらと一緒になって帝国のヤツらを殺しまくれ。どうだ?どーせ、組織からもカットされたんだ。お前には帰る場所すらねえんだろ?……それに、仕えるべき国は歌に消えてる。お前さん、帝国と戦えたら、どこでもいいんだろ?」
「……まあな」
「よーし、決まりだ。今日からお前は、ワシの副団長だ」
「いきなりナンバー2か?……出世しすぎだな」
「かまわんさ。もう、五体満足で動けるの、とりあえずワシらだけだもん」
「……ハハハハハハハッ!!おいおい、マジか?オレとアンタの二人しか、いねえのかよ!?」
「そうだ!!これから、また集めるぞ!!いいカンジに腕の立つ、とびっきりの猟兵たちをよーッ!!フハハハハハハハハッ!!とりあえず、一人ゲットだぜええッッ!!」
ガルフ・コルテスは、オレに剣術の奥義を教えてくれることは無かったが、オレの精神構造をより深くフクザツにしてくれた。おかげで、オレは成長出来たと思う。
最も変わったことは、組織を維持させることを考えるようになったことか。だって、仲間たちの家族も背負っている。無意味に死なせるわけにはいかない。
『手段/道具』だと思っていたそれらが、いつのまにか本物の『仲間』になっていったのさ。感情や哲学は一致しなくても、利益のためにひとつの群れとなった。その結束は固い。裏切り者は必ず殺すという掟だが、ガルフを裏切った者はいなかった。
オレはだんだんと彼の影響を受けていく。
容赦なく殺す、というストラウス的な衝動は止まることはなかったが、それでも仲間を死なせなまいとするようになった。オレの哲学と行動に、白い獅子の教えは組み込まれていったのさ。『汝、強いのならば、ときどき弱者を守ってやれ』。
そこには色んな連中が引き寄せられてきた
ガルフの口車に乗せられたヤツとか、ガルフの命令でオレが戦場で拉致して来た戦士とか、亜人種の難民たちとか、救出した奴隷とか……ある日、オレを訪ねて来たエルフのお嬢さんとか―――色んな連中と色んな手段で仲間になっていった。
ガルフは、魔王みたいだった。陛下のように尊敬されることは少なかったけどね。
ガルフ・コルテスは誰とでも仲良くなってしまう。あいつは種族を選ばない。
腕前と、心だけを見ていた。
だから、みんなガルフを尊敬はしなくとも信じていた。ガルフは裏切らないから。だから、彼はオレが知る限りでは裏切られなかったんだよ。
そんな愉快なガルフ爺さんも、こないだ死んじまったけど。
オレにとても素敵な『パンジャール猟兵団』を残してくれたってわけさ。
オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。
『パンジャール猟兵団』の素敵な二代目団長サマだよ?
―――白獅子の紋章を掲げた、老いたる剣士。
千と百の戦場を、酔いどれの足で渡り歩く。
知将と呼ばれる日もあれば、悪魔と呼ばれた日もあって。
白獅子は、誰よりも多く殺してきた。
―――しかし、彼に捧げられた歌は、すべてが明るい。
仲間たちは彼を知っているのだ、獅子が辛気くさいことは嫌いだと。
天に戻る日、あるいは地獄に落ちる日。
白獅子は、空を見てニヤリと笑い、大地に唾吐き寝転んだ。
―――獅子の歌が伝わるのは、ヒトが遊ぶ酒の場だ。
コルテスの音は、流した血の報いにも囚われず、敵と味方の土地に流れた。
踊る娘と、酔っ払い男。
最強の剣士が愛したのは、夜空の英雄たちのとなりではなく、酒のとなりに決まってら。
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