1-8
颯はその問には
「はい」
とだけ答えることができた。
そこでまた少しの沈黙があった後、颯は
「覚えています」
とも付け加えた。
彼女はその答えに満足したように微笑むと、
「今日は何で来たの?」
とまた質問を重ねてきた。
少し時間が経っていたし、少なくとも自分に興味が少しはある感じだったので颯の緊張も少しはとけて、
「まあ、あの、いえ」
と至って普通に答えることができた。
仕方のないことなのである。颯の人生においてこんな風に年上の美人から話しかけられる経験などそんなにあるはずもなく、そもそも交友関係も広い方ではないので、こんな時どういう風に会話を広げていったらいいのかが分からないのである。だから今の短い返しでも颯の中では十分に会話ができた部類に含まれるのである。
今の颯の答えにもなってない答えを聞いて満足したわけもなかろうが、彼女は、
「まだ緊張してるの。かわいい」
と続けた。
かわいい。
最後に言われたのは確か16年ほど前のその言葉は、颯の心臓の鼓動をさらに早める。
落ち着け、落ち着け、と颯は心の中で唱える。
きっとこの人は誰にでもこのようなことを言う人種なのであろう。颯自身はその類の人間ではないし、そのグループとかかわったことも、これからもかかわる予定もないが、世の中にはそのようなナチュラルに勘違いをさせてくる人間が存在する。
それに本気で返してしまうと、冗談も分からない奴だとのレッテルを張られてしまうのである。
現に、彼女は先ほどの言葉をさして気にした風でもなく、
「私はね、準備をしに来たの」
「準備ですか?」
「そう、だから君もそうかなって」
ようやく会話らしいものになってきた。
「何の準備ですか?」
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