2日目

「おはようございます、タブレットを持参して広間に集まってください。繰り返します……」


 まだ数十分しか寝ていない気がする僕は、そのアナウンスで飛び起きた。遅れると何されるか分かったもんじゃない、きっと昨日言われた通り失格__死を意味する__になる。

 睡眠時間が短く感じられたのは、きっと此処では1日が24時間ではないのだろう。遊びでやる人狼ゲームだって昼の時間はせいぜい6分程度なのだから、別に珍しい事ではない。

 タブレットを持った。


 広間には、まだ半数程度しか集まっていなかった。章汰、佐藤先輩、東雲先輩、立花先輩。

 やがて城崎先輩、野沢先輩、如月さん、椎名さんも姿を現し、また無機質な声が響いた。


「これから話し合いを始めます。村人陣営の方は、人狼と妖狐を注意深く探してください。人狼の方は、妖狐に気をつけながら、村人に正体がバレないよう振る舞ってください。妖狐の方は、処刑と呪殺を潜り抜け、生存してください。それでは開始」


『開始』の後、沈黙が続いた。

 異様な程モノクロなこの建物を、より恐怖を味わう場にするように。


「情報が何一つないなんてあり得ないだろ、占い居るんだし。さっさと出てこいよ」


 野沢先輩が口を開いた。

 確かにそうだ。ここで僕がカミングアウトしなければ章汰が吊られるかもしれない。村人陣営なのに、友達なのに。それは嫌だ。


「僕、占い師です。長谷章汰、白」

「私占い師です! 城崎先輩、人狼ではないと出ました! ……え?」


 章汰が嬉しそうにする。城崎先輩は驚いた様子だ。

 ……対抗は如月さんだ。狼か狐、どちらかは分からないが、彼女は人外。

 疑いたくはないが、如月さんの白である城崎先輩も狼の可能性がある。適当に白打ちしたなら村人だが、如月さんが黒だとして、相方を囲う事も十分あり得るからだ。

 次に東雲先輩が口を開いた。


「占い師把握。黒出しではないから、俺はグレー……カミングアウトも占い師からの結果もない人から吊りたいな。霊媒出しも希望する」

「東雲先輩に同感です! 少なくともグレーに1人外はいるはずなので!」


 霊出しをすれば占い関連とグレーが4:4になり、それぞれに1人外か2人外いる事になる。占いロラ、(占い真偽をつける為でもあるが)片白吊りを希望した場合、黒置きやヘイトを買う恐れがある。僕が吊られるのは村陣営の敗北に直結するかもしれない。それを考慮すれば、グレーが安定かな、と僕も思う。自分も賛成です、と口に出しておいた。

 ……対抗の、狂人がいない部屋で狼が2人共潜伏するのはレアケースの為、僕目線黒超濃厚な如月さんが言っているのが引っ掛かりはするが。


 残りの6名も賛同の意見を持っていると示し、今日はグレランをすると決まった。

 周りが少しうるさくなる。

 特に意味はないが、辺りを見渡す。椎名さんが、2回目の発言をしようと口を開き始めているのが目に入った。


「あ、あの、私霊媒師です。何もその人の役職についての情報がない、グレー? の方って、野沢先輩、佐藤先輩、立花先輩、東雲先輩ですよね。誰を……吊り? ます?」


 人狼をあまり知らない椎名さんが、周囲から聞こえてきた専門用語を使いながらたどたどしく話した。小さな声だったが、「霊媒師」という言葉が聞こえた途端話し声がピタリと止んだ為、クリアに聞こえた。

 彼女の発表の後、真っ先に声を出したのは多弁でグレーなのに進行っぽいオーラを出している東雲先輩だった。


「そうだな、人外は誰かと言われたら正直あまり分からないが、野沢は生き残っている際難しいと思う。野沢吊りを希望する」

「私は全然分かんないけど、野沢と佐藤さんは村人じゃなかった時怖いな~って思う!」

「立花先輩と同意見です! お二人が人外にせよ人外じゃないにせよ!」

「そうだね、これは私だけの目線ではあるんだけど、伊吹くんと朱音は悪い隠し事してなさそうだなって思うな」

「私は、東雲先輩は目立ってる辺り人外ではないと見てます。野沢さんか立花さんのどちらかが人外でしょう」


 彼の後に、立花先輩、如月さん、城崎先輩、佐藤先輩が立て続けに意見を出した。5人は共通して野沢先輩を吊り位置として提出している。初日でそんなに情報もないこの状況で友人を疑う対象に外すのは仕方ないし、余計一匹狼な野沢さんを吊りたくなるのも当然だろう。


「は? なんで俺が吊り位置になんだよ、日常は日常、これはこれって割りきって精査する気ねーのかよ。俺は適当に人外塗りしてる立花が特に怪しいと思うがな」

「僕は目立っている東雲先輩以外、と言いたいですが、わざと進行のように振る舞って吊りを逃れる狼もいますから、こればっかりは分かりません。4名共、白置き黒置きはまだできないです」

「ぼ、僕は、なんとなくですけど。野沢先輩が、何か隠してる気は、します」


 僕が意見を行ったのならと思ったのだろうか、最後に章汰が吊り位置を提出した。


「み、皆さんの意見をまとめると、……野沢先輩を、つ、吊りたいという人が一番多いようですね」

「お前らな、私情だけで判断するな! 生死に関わっているんだ、俺を処刑したお前ら、特に指揮を執ってる東雲は立派な大戦犯だ!」

「感情的になって。こんなの、どう考えても野沢吊りが正解だろ」


 野沢先輩が今までにない程の大声で叫んだ。それを聞いて、東雲先輩が冷たく言い放つ。


 吊る、つまり処刑、要するに殺す事。自分のせいで人が亡くなるのなんて嫌だが、猫又もいないこの役職構成、処刑しなければ村陣営が負けてしまう。もし決着時まで自分が生き残っていたとしても、きっと狼に喰い尽くされる。

 ……彼は、なんでこんなに冷たくできるのだろう。対軸になっているのもあるが、占いの対抗も考えると此処の2狼は確実にない。そして、勿論ライン切りも考えられるが、全員から疑われているという事は、野沢先輩が狼なのか……?


 そこまで考えた所で、自分の発言を思い出した。確か、僕はグレーに対して白置きも黒置きもしていないと示している。……先輩が黒なら疑われる。しかし、今更撤回する訳にもいかない。上手く潜り抜けていくしかなさそうだ。


 いつか振りの沈黙。暫くすると、あの無機質な声が聞こえ始めた。


「日没が迫っています、これで1日目の話し合いを終了します。タブレットで、処刑したい人物をタップしてください」


 指示に従って液晶画面を見る。そこには、如月、城崎、佐藤……と、50音順に並べられた文字があった。

 ……野沢先輩、ごめんなさい。

 タップすると、野沢和に投票しました、と表示された。

 顔を上げると、もう全員投票しているようだった。


「野沢和が8票、立花朱音が1票。本日の処刑者は野沢和です」


 そう告げられた瞬間、どこからともなく黒い人間のような生物が二匹沸き出た。そいつらは野沢先輩の腕を掴んだ。先輩は、枯れた声で何かを叫びながら何処かへと消えていった。


 先輩が連れ去られてから数分間、広間は話し合いの時よりも重苦しい雰囲気に包まれた。

 ……これが、処刑。参加者の意志によって、誰かが死んでしまう。

 この状況から逃げたくて、これは夢だと思いたくて、俯き目を閉じてみる。が、容赦なくあの声が降ってきた。


「もうすぐ夜になります。各自部屋で役職を確認し、行動してください」



 黒だらけの空間で、僕は画面とにらめっこしていた。

 狼を処刑するんだから、村陣営を勝利に導かないといけないのだから、一人連れていかれたくらいで落ち込んでは駄目だ。なんとか自分を立て直した。


 さて、僕は霊媒師の結果をまだ知らない。野沢先輩が黒の可能性もある。その場合、残りの黒を当てたところで、ラストウルフ回避をされてそのまま狼の波に飲まれてしまう恐れがある。今は、妖狐を溶かすのが占い師としての最大の役目だ。

 東雲先輩? 否、ヘイトを買われやすい動きをしている彼が狐とは考えにくい。立花先輩は……本当に何も知らなそうだ。

 これまた消去法で佐藤先輩を選ぶ。……昨日の白の表示でもなく、かといって黒せもなさそうな表示が出た。……まさか。


『佐藤栞 を呪殺しました』


 自分の手で、この指で。



 ……人を、殺してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る