第8話 再会の入学式

 濃密な時間を過ごした合格発表から月日が流れて入学式当日を迎えた。緊張した面持ちで藍千高校の門を潜る新入生と、その隣では保護者の姿もある。それらを出迎える在校生が歓迎の言葉を送っていた。その中には合格発表時に顔を合わせた生徒会の先輩たちの姿もあり、視線があったので会釈を交わす。


 校舎の正面玄関前に到着するとクラス表が張り出されていた。新入生たちは自分たちのクラスを確認した後、保護者と別れて校舎に踏み込む。校門を潜った時よりも表情が硬く見える。保護者と別れて一人になったことが影響しているのか、或いは校舎内の方がより新入生としての実感が湧いたのかもしれない。何を隠そう俺自身も父親と別れて校舎に一足踏み入ると緊張から身が引き締まる感覚を覚えた。


 一年生は全部で四クラスあり、教室は最上階である四階に集約されている。学年がひとつ上がるごとに一階ずつ下がり、一階は職員室や保健室など職員が主に使用する部屋が当てられている。


 入学前にした経験と酷似していることに既視感を覚えながら割り当てられたクラスを目指す。ちなみに一年三組が俺のクラスだ。


 教室には既に到着した新入生たちの姿があった。黒板に貼られた座席表を確認にしてから各自、自分の席を目指す。その後の行動は様々である。中学生から続く友人と親しく会話する生徒もいれば、机に顔を伏せて眠る生徒もいる。窓際の生徒は肩肘を机に当てて掌に顎を乗せながら窓の外を見る生徒もいれば、緊張のあまり教室全体に視線を配る挙動不審な態度を見せる生徒もいた。


 自席に着席した俺は挙動不審と取れる行動は取らずとも、一人という事実に心細さを感じていた。そこに背後から声をかけられた。それも苗字ではなく名前でだ。声に釣られて背後を振り返ると眼鏡をかけた小柄な男子生徒が視界に入った。髪の一部を赤色にメッシュしているのが特徴的である。それにも関わらず記憶から該当する人物が出てこない。


「その顔、お前誰だ? て感じだな、おい!」


 こちらの心を読んだうえで男子生徒は何故か声を弾ませながら嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「俺だよ、俺、俺」

「対面してのオレオレ詐欺とは斬新だな」

「その発想が斬新だよ⁉ いやいや、そうじゃなくて、瀬戸初春だよ。小学生の頃に地元のスカイロードクラブで一緒だった」

「…………ああ。……ああ?」

「不安な反応だな、おい! いただろ? 練習中も練習後も試合前も試合後もしつこく喰いかかっていた生意気な子供が!」

「ああ! そういえばいたな! 何を言っていたか何一つ覚えていないけどな」

「あれだけ言ったのに何一つ覚えていないのかよ⁉ い、いや、今を振り返れば俺が勝手に話しかけていただけどさ……」

「まあ、待て。今、思い出すから……」


 目に見えて落ち込む初春が気の毒になって記憶を遡ることにした。気の毒も何も俺が完全に悪いのだが、なにせ全く会話の中身を思い出せない。当時は――今でもそうだが――空を飛ぶことがたまらなく好きで、スカイロードの結果云々は二の次、三の次だった。そのため試合結果や練習時間で恨み妬みを言われていたとしても聞こえていなかったのだと思う。


「もういいよ……。俺にしても黒歴史に等しい言動だから思い出したくないのが本音だしな」

「なんか悪いな。でもこうして再会して、それもまた一緒にスカイロードを出来るのは素直に嬉しく思うよ」

「俺もだ。あの時は勝敗だけが先行して純粋に楽しめていなかったと思う。だから高校からは考え方を変えて楽しもうと思う。それがお前となら尚更できると思ったよ」


 初春は眩しい程の笑顔を浮かべながら高校生活の将来像を恥ずかしがることなく明かしてくれた。


「少し足りないな」

「なに?」 


 全面的に受け入れてくれると思っていた初春は驚きを隠せていないようだ。何も初春の考え方を否定しているわけではない。寧ろ好感を持てる考え方で高校生活を楽しめると心から思えた。だけど楽しむだけのスカイロードは中学生で終えたのだ。今の俺は母から託された夢がある。


「勝敗も含めて楽しむ、だ。高校ではその気持ちが何より大切なのだと思う」


 初春の上唇が吊り上がった。


「だよな! やっぱり勝敗は大事だよな! よし! 高校で天下を獲ってやろうぜ!」


 腕を突き上げて宣言する初春の姿を見て俺の記憶の一部が蘇えった。それは小学生時代に所属していた地元のチームで同じように宣言していた初春の幼き姿だった。

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