第7話 伝統と記念の一枚

 部室で日向の叫び声が木霊する最中、元凶を作った来訪者の七海は予想通りの反応を見せてくれたことに満足していた。その一方で視線を彼方から外さない。日向が逢引きをしていないのは初めから分かっている。伊達に小学生から幼馴染として付き合ってきたわけではない。でも、だからこそ日向が男子生徒と二人っきりで会話をしていることに驚いた。幼い頃と比べたら内気な性格も幾分か改善されたが、それでも他人との会話を苦手とする根本的な部分はまだ残っている。少なくとも七海が知る限り自然な笑顔で男子と会話する日向の姿を高校生になってから初めて見た。


「ふむー…………」

「お、俺に何か?」


 頭からつま先までじっくりと確認してくる七海の視線に困惑する。


「私は白藤七海。君は?」

「君島彼方ですが……もしかして仁科部長が言っていたマネージャーの方ですか?」

「あら? 私のことを日向ちゃんから……」

「はい! とても頼りになるお友達と聞いています!」

「そ、そう。日向ちゃんが私のことをそんな風に……」


 満更でもない、寧ろ傍目からでも分かる程に照れた表情を浮かべる七海の姿がそこにあった。面倒事を避けようと嘘を吐いた手前、少しばかり罪悪感を覚えてしまう。嘘も方便という言葉があるが、それでも直接声にした本人としては心にしこりが残るものらしい。


「ところで仁科部長はあのままでいいのですか?」


 誤解を解こうと言葉を並べながら慌てふためく日向を七海と共に見る。必死さは伝わる一方で、赤面する顔色が余計な誤解を生みそうだ。事態を引き起こした当事者が七海であるため誤解する者がいないことが救いである。


「私としたことがすっかり忘れていたわ!」


 ようやく事態が打開できると胸を撫で下ろした矢先、七海はどこからともなく一眼レフのカメラを取り出して日向にシャッターを切り始めた。プロのカメラマンのように相手を褒める言葉を送りながら連写していく姿は手慣れたものである。


「えーと…………」


 七海を制するべきか悩んでいると、シャッター音と共にフラッシュが俺を照らした。予想外の発光に思わず目を細めてしまう。


「な、何を⁉」

「入部記念よ。あ、まだ入学していないから仮入部記念の方がいいのかな?」


 七海は小首を傾げながら本気で考える。


「入部記念ですか?」

「そう、入部記念。こうやって写真を収めて残すと思い出になるでしょう? これもマネージャーとしての仕事よ」


 反論の余地もない至極真っ当な理由に俺は自然と感嘆の声を漏らした。


「それにこうして写真を撮るのは我が部の伝統でもあるのよ」


 七海はそう言って戸棚から一冊の分厚い本を取り出して机の上で広げた。中身は学生服やユニフォームを着用した男女の写真だ。


「写真を撮ったらこうやってアルバムにするの。ちなみにこれは去年のアルバムよ。ほら、ここに日向ちゃんがいるでしょ」


 集合写真と思われる大きめの写真の端に映る女子生徒を七海は指で差した。今よりも幼さを残しているが、ボブ気味のショートカットの髪型は今も変わらない。


「へぇー、凄くいい伝統ですね!」

「そうだよね! 私も凄くそう思う!」


 アルバムを覗く俺の隣にいつの間にか肩を並べて同じようにアルバムを覗いていた日向の姿に驚きの声をあげてしまった。


「あら? いつもより早いお帰りだね、日向ちゃん」

「もう! いつもからかうのは止めてって言ってるのに!」


 両頬を膨らまして怒る日向に対して七海は笑いながら軽く謝罪をするだけ。間違いなく反省もしていなければ行為を改める気もないことが分かった。ただそのことに口出しすることはない。今日知り合ったばかりの俺が指摘することでもなければ、このやり取りも彼女たちなりのコミュニケーションなのだと何故だか確信を持てたからだ。


「ところで、七海ちゃんはどうして部室に? 今日は用事があるから来れないって言ってたよね」

「うん? ああ、思いのほかに早く済んだから今日中に持ってきたのよ」


 七海はそう言って取り出したのは先程見ていたアルバムと同じ型の本だ。そこには今年の暦と藍千高校スカイロード部の文字が刻まれている。


「もしかしてこれって今年の――」

「そう、今年のアルバム。ほんでもってこれが記念すべき一枚目の写真だよ!」


 七海は強引に俺と日向の肩を掴んで体に寄せてからカメラを反転させてシャッターを切った。七海を中心に両脇を俺と日向が立つ形だ。その一枚は満面の笑みを浮かべる七海と驚いた表情を浮かべる俺と日向が映っていることだろう。


 それでも確かに記念すべき一枚になることは俺も日向、もちろん七海は知っていた。

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