餓鬼が縋る思想

6年前、私のあるじは変わった。


前の主はお父様。


今の主は、軍の鬼を管理する部門〝鬼飼おにかい〟に属する青年、山田やまだ太郎たろうだ。


国は血契約ちのけいやくを結ぶ事で吸血鬼を支配する事を認めている。


血契約を結んだ吸血鬼は、主から吸血する事を認められる。


血契約を結んでも、結ばなくても、常人から吸血する事は、国が禁じている。


もし、血契約者ちのけいやくしゃ以外から吸血したら、罰を受ける。


軽ければ投獄、重ければ処刑。


血契約を重複する事は許されず、血契約を結んでいない吸血鬼は、犯罪者である。


血契約を結んでいない吸血鬼は、与えられた猶予の間に、血契約を結べなかったら、鬼飼に管理される。


吸血鬼を国民と見なさない国は、吸血鬼に非人道的な行為を行っても、問題ないって事になっている。


そうなっているんだけど、血契約を結んでいる吸血鬼は、主の所有物って扱いだから、盗ったり、壊したり、してはいけない。


主が犯罪者だったり、吸血鬼の言動が罪に該当する場合は、別だけど。


……。


私の主、太郎は成人した18歳で軍に入った。


その前から、私は太郎の吸血鬼だったんだけど、私が鬼を狩る事は無かった。


怪我で軍を退役したお父様は、私を誰かに譲ろうと考えていた。


それは、私が、鬼を狩る事に生きる意味を見出そうとしていたから、だと思う。


吸血鬼は生きる為に生きている。


吸血鬼になった私は『死にたくない』って思いすぎて、自己中心的な存在に思えて、吸血鬼な自分の事が気に入らなかった。


そんな私は『吸血鬼は鬼を狩る役目がある』って言葉に惹かれた。


自己中心的じゃない『役目』って言葉に。


だから、私は人の為に、社会の為に、って鬼を狩った。


軍人だったお父様は私のお願いを聞いて、鬼飼に異動して私に鬼を狩らせてくれた。


私は自分が吸血鬼だって事に意味を見出そうとした。


お母様が私を生かす為に蘇った私は、お母様が死んだ事でその役目を終えた。


そんな私は、生きている意味を見出したかった。


意味が欲しかった。


そんな、理由。


私は皆と違う存在になった。


違うって自覚してるから、考えてしまう。


吸血鬼になる前は、吸血鬼の事なんて、殆ど考えてなかったのに。


……。


鬼飼おにかいに入った太郎の初仕事、それは餓鬼の討伐だった。


太郎の先輩、川島かわしま郡治ぐんじは、私の知り合いだった。


お父様の後輩だから。


――。


川島さんは若い頃からお父様の事を尊敬していた。


そんな川島さんは最初、私が頼りないと思っていたらしい。


確かに、見た目は大人に成り切れていない子供って感じだけど、そこまで子供じゃない。


生きている時間は、川島さんより長いし、身体能力だって、川島さんを凌駕している。


だから、子供を気遣う様に扱われた事に、反発してしまった。


あの時の私は、確かに子供だったんだと思う。


今もあんまり変わっていないような気がするけど。


あの時の川島さんは、吸血鬼が成長しないって実感が無かったから仕方がない事なんだけど。


私は、若い大人より、長く生きているって自覚があったから、八つ当たりをしてしまった。


年上にする態度じゃないって事だから、確かに川島さんが悪かったのかもしれないけど、直ぐに謝ってくれた川島さんを許さずに、数日の間、拗ねていた私は見た目と同じ子供だったんだと思う。


そんな私を許してくれたんだから、川島さんは良い人だ。


……。


吸血鬼の主、太郎の仕事は、鬼を退治する事だ。


吸血鬼を持っていない川島さんは鬼を退治できないから、情報収集が主な仕事。


同行する川島さんに調査の内容を聞きながら、餓鬼が潜伏していると思われる場所に行ったら、標的を見つけた。


結果は、餓鬼と疑われる容疑者を捕える事が出来たんだけど、抵抗した餓鬼を抑え込むために、少し本気を出したら太郎を驚かせてしまった。


まあ、本気の吸血鬼は、簡単に鉄を貫いちゃうから、基本的に隠しているんだけど。


久しぶりの実戦で、少し加減を失敗したかもしれない。


色々な物を壊しちゃったから、私の所有者である太郎に始末書を書かせてしまった事を申し訳ないって思ったんだけど。


吸血鬼の私にできる事は、鬼を狩るか、お茶を入れる事しか、思いつかなかった。


結果、入れたお茶を持って、謝ったら、許してもらえた。


『まあ、初めで、俺も花子を抑えられなかったから』って。


――。


捕えた時、餓鬼は言った。


『増えすぎた人間を減らす為に、俺は餓鬼になったんだ!』って。


それは、餓鬼になった者が信じてしまうかもしれない使命。


なんで餓鬼になったのか、それが分からない。


そんな餓鬼は多いらしい。


悪鬼のせいで餓鬼になったんなら、それは悪鬼のせいだけど、悪鬼が関与した形跡がないのに、餓鬼になった者は『なんで自分が餓鬼になったのか?』で悩み苦しむ場合がある。


人の社会、その倫理や道徳。


それらの価値観が『人を喰らうな』って言う。


だけど、餓鬼は、人を食べたい欲求を抱いてしまう。


そして罪悪感に苛まれる。


そんな餓鬼が、人を食べる為に、見つけた答えの一つが『大地は増えすぎた人を減らす為に餓鬼を生んだ』って言う考え。


それが正しいって証拠は何もない。


無いけど、根拠のない噂話でも、信じてしまう者がいる。


『信じてしまう者がいるのは仕方がない』って思うのは、自分が吸血鬼だって受け入れきれていない私だから、なのかな。


【終わり?】

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